死と生の狭間で
これには、実は深い設定があるのですが...。
その一部みたいなのを...!
踏切の無い線路で、電車が此方に来ているのを気付いたのが、遅すぎた。
気付くと僕は、何もない場所に居た。何もない、色さえない、只の白色の場所。何なんだ、此処は。辺りを見渡したが、やはり見覚えのない場所だった。
「あら、君も自殺志望者?それとも、もうした人?」
少し低い少女の声がして、声がした方を見ると、そこには灰色の大きいケープを着た少女が居た。いや、それよりも、今なんて...?いや、もしかしたら聞き間違えかもしれない。か弱い女子を証拠もなく問い詰めるなんて、流石の僕でもしない。
「聞こえなかった?自殺志望者なの??」
...僕の気遣いは、呆気無く壊された。僕は少女の方を見ると、「自殺ではないかな、というか、此処は何処?」と聞いた。すると少女は、クスクスと笑って「私は誰?」と言った。何かの映画でも真似ているのかもしれないが、生憎今はおふざけタイムではない。
「まぁ、そんな顔しないでよ。そう、此処は生と死の世界の狭間かな。」
微笑みながらそう言われて、僕は語彙を失う。それでも何とか頑張って、辛うじて「...そうなんだ。」と平気そうな振りをした。初めて演劇部だったことを感謝したかもしれない。でも、その精一杯の振りは、次の彼女の言葉で意味をなくした。
「ふぅん、じゃあ君は死んだんだね。」
「...え?」
喉元から、絞り出したような声しか出せなかった。不思議なことに、少女は微笑んでいた。
「...ねぇ、一緒に死後の世界を謳歌しない?私、自殺者なんだ。」
良いことを考えたとばかりに、彼女は微笑みを顔に浮かべたまま、そう聞いてきた。僕は、そんな彼女を只々見ていることしか出来ない。こいつ、狂っているのか。何かの、夢なのか。悪夢か。
「...どうして、自殺したの。」
もう自殺した人にそんなことを聞くのはどうなのか、と思ったけれど、好奇心や探究心が考えるより先に出てしまった。彼女は、少しの間、考えるように押し黙ったが、ふ、と諦めたように笑うと、「悪い?」と呟いた。ふわふわした言い方に、何処か強い意思が感じられた。
「...死にたいと思う意思も、尊重されるべきよ。」
彼女が思いついたようにそう付け足した。僕は、どう反応するべきか迷ったが、彼女は更に続けた。
「死にたいと思うのの、何が悪いの。人は、勝手ね。」
「...命は、大切にしなきゃ。長生きしたら?」
「だって、死ぬタイミングなんて、遅かれ早かれくるじゃない。皆、死ぬために生きているのに?」
死ぬために生きている。その言葉が、頭の中で反芻された。そんなん、屁理屈だ、と思いつつも、ああ、そうか、確かにな、とも思った。彼女の言葉が、妙にしっくりきた。でも、表面では、「生きてたら良いことあるよ。」と言った。
「良いことって、何。何が良いの。」
「...。」
「大昔からの仏教の教えは、生きることそのものが辛いこととされてきた。輪廻を外れることが、解脱することが辛さから解放される、とね。」
では、現代は?彼女の目は、そう問うていた。僕は、何も言えない。
「現代の方が、ずっと厳しいわ。嬉しいことなんて、一つも...いいえ、一つしかなかった。」
だからね、と彼女は話を続ける。
「私は、そこから外れるの。解脱、したいの。」
微笑んでいた彼女の顔が、揺れた気がした。よく見ると、彼女が組んだ腕は、小刻みに震えていて、目には涙をためていた。僕は、躊躇いがちに何かを言おうとしたが、彼女はそれを見透かした様に、無理に笑うと、「やっぱり死ぬのは怖いね。」と言った。
「あなたは生きたい?」
「そりゃあ、勿論。」
「生きても何も良いことないよ。」
「それでも、生きたいんだよ。」
「...そう。」
彼女は、それなら生きなきゃ、と無理に笑っていた頬を緩め、ふわっと微笑んだ。僕は、それを見て、生きていたいのかどうか、つい疑ってしまった。僕は、まだあの約束を叶えていないじゃないか...でも、死に行けば楽になるのか...?自分は、どうしたらいい...!?
「ねぇ、最後に私が思う、一番良いことを聞いてくれる?」
「...うん、いいよ。」
「ありがとう。」
涙が1,2滴頬から滑り落ちた。彼女は、それでも心配させないようにと笑っていた。彼女は、震える声で続ける。
「...あのね、昔、幼馴染に、助けてもらったの。踏切の無い線路で、電車が来たときに。」
微笑んだつもりが、顔が制御出来なかったのだろう、不安そうな顔になって、彼女も「あれ...?」と言う。
「それでね、彼に、私も助けたい、って言ったら、じゃあ、何時か助けてよ、って...。」
だから...。と彼女は呟いた。それから、首を振ると「これ、持っててよ。」とストラップを一つ、差し出した。アニメのキャラクターが、強気な笑顔を浮かべている、今話題のアニメのフィギュア。
「私のことを、誰かが覚えていたら、って思っていたの。だから、持っててくれると、嬉しい。」
僕は、差し出したストラップを、受け取ろうと手を上げた。彼女は、死ぬんだな、ああ、死んでしまう...。悲しい気持ちが、心にいっぱい広がった。人の死を、中々受け付けられないのかもしれない。
手がストラップに触れた瞬間、僕は何か強い力に引っ張られているような気がした。
「さようなら、今野遥君...。」
遠くなる意識の中で、はっきりと、彼女が僕の名前を言っているを聞いた。
ブツッ、と何かが切れた気がした。
目覚めた時には、雨が降っていた。ザァァァ、と音がする。そして、線路の方に、何人か人がいた。皆、恐ろしそうに、怖そうに何かを見ている。僕は、踏切の無い線路の端の方にいた。さっきまで、僕が線路の方にいて、確か、轢かれたはず...。
僕は、何かを思いつくと、急いで線路の方にいった。一縷の望みをかけていたのかもしれない。彼女も、自分と同じように無傷でそこに横たわっている、とか、これはただの悪い夢だった、とか。
でも、そこにいたのは、原形がなくなるほどの無惨な死体だった。辛うじて持っていたバッグから、女の子だったとわかるぐらいだった。隣で、「美奈ァ!美奈ァァ!!」と叫んでいる少女がいる。彼女は、その子の友達だろうか。
ストラップは、彼女のような強気で、でも何処か弱そうな笑みを浮かべて、此方に向かって微笑んでいた。
「良かったのですか、あなた、帰れたのに。」
そう問われ、私は微笑んで、「いいの、約束だから。」と呟いた。