表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕の形とその結論

作者: サワヤ

 僕は彼女を愛していた。そして彼女もまた、僕を愛していた。


 けれども僕達は別れることを選んだ。僕は今でも彼女を愛している。彼女もまた、きっとどこかで僕を愛してくれているだろう。何故僕達が別れたのか、そんなことにあなたは興味を持っていないかもしれない。しかしどうか、僕の思い出話に耳を傾けてはくれまいか。


 ところであなたは、恋愛で悩みを持ったことはあるかな。届かない片思い、パートナーの浮気や不倫、同性への恋愛感情、或いは恋愛感情を持ったことがないなんていう悩みもあるだろうか。


 あなたがそれらの悩みにぶつかりながら生きているのなら、僕は恵まれている。何しろ僕と彼女は両思いであるから。それでいながら、別れることもあるんだという話なんだ。


 もしかするとあなたも、僕と同じような状況になることがあるかもしれない。その時は是非、僕の話を思い出してくれ。



 さて、僕と彼女が別れた理由と経緯を話そうと思う。


 僕と彼女は4年前に付き合い始めた。当時はまだお互い大学生。大学のゼミで知り合ったんだ。僕にとっては初めての恋人だった。彼女は優しく、頼りない僕をいつでも暖かく包んでくれた。


 僕は愛に飢えていた。寂しかった。彼女と出会うまで、僕を受け入れてくれる女性など誰もいないと思い込んでいた。しかし彼女は僕を包んでくれた。僕を受け入れてくれた。


 僕は暫くの間、彼女の優しさに甘え続けた。僕を理解し、受け入れてくれる彼女がいるという安堵感。彼女の温もりが心地よかった。


 しかしそれだけではなかった。彼女は美しかったのだ。その心も、その容姿も。僕にとって、彼女は僕を包んでくれるだけの存在ではなく、僕の憧れでもあり、光でもあった。


 彼女の優しさに甘えていただけの日々が過ぎ、僕は彼女の眩しさに気が付いた。僕は自分を大切にするあまり、彼女そのものの魅力に気付くまで、2年の歳月を要したのである。


 彼女の美しさに気付いた時、僕は嬉しかった。僕を受け入れてくれる、僕の存在価値を認めてくれる、そんな彼女が美しくて眩しい人間であることを誇らしく思った。


 しかし、彼女は美し過ぎた。特に美しかったのは彼女の人格や心であった。彼女は聡明な女性、というわけではない。だが純粋で、穏やかで、それでいて可愛らしい、そんな美しさを持っていた。


 彼女は裕福で愛の溢れた家庭で育った。彼女の話を聞くに、彼女の両親は人格者であり、彼女に愛を十二分に注ぎ込み、彼女自身の意思を尊重して、彼女を心豊かに育てたようだ。


 そうして僕は不安に駆られるようになる。彼女と僕では、格が違いすぎるのだ。いずれ僕は彼女に捨てられてしまうのではないか。そもそも何故、彼女は僕を愛してくれるのだろうかと。


 この時、僕も彼女も社会人になっていた。大学や高校の同級生から、結婚式に呼ばれることが増えてくる。


 彼女と結婚できたなら。彼女と生涯を添い遂げることができるなら。それはどんなに幸せだろうかと僕は思った。けれども同時に、そんなことがあるわけがない、現実味のない夢物語のようだとも感じていた。


 僕は彼女と付き合うまで、片思いしか経験のない青春を過ごしていた。恋愛、それ即ち片思い。僕にとっての恋愛は、そういうものだった。


 だからこそ、彼女との関係の在り方が正しいのか、自信を持つことができなかった。彼女と付き合って2年が過ぎても、僕と彼女との関係が正しい恋愛関係なのかどうか、僕にはわからなかったのだ。


 僕は彼女に依存している。それは自覚していた。彼女に捨てられるのが怖い、彼女が僕を愛してくれる理由がわからない。そんな不安が毎日のように弱い僕を襲った。


 暫くして、ある日。僕は突然に考えが変わった。僕はもう十分すぎるほど彼女に甘えた。僕のことなどより、彼女の人生を優先しなければならないと。美しい彼女を、汚してはならない。清く正しく生きる彼女に、清く正しく生き続けてほしい。


 僕は彼女を愛していた。そうだ、これが愛なんだ。彼女のことを思う。そこに僕などが介入するべきではない。彼女の眩しい人生に、僕は必要ない。


 僕はそう考えるようになり、不安が消えた。毎日が楽しく過ごせるようになった。彼女と恋人になったことで、僕は「僕の恋愛の形」を忘れていた。僕の恋愛は片思い。それが一番しっくりくる。


 僕が彼女と結ばれて、共に生きることなんて汚らわしく感じられた。そんなことは望まない。本当に僕にとって大切なのは、彼女が美しくあり続けることだけだった。


 僕は彼女が美しくあり続ける為には、何が最善かを考え続けた。僕が彼女から身を引くだけでは、また彼女は他の男に汚される可能性が拭いきれない。勿論、美しい男性と恋に落ちて結婚し、彼女が美しく生涯を終える可能性もあるが、不確定だ。


 ある日僕は決心した。僕は彼女を卒業しよう。彼女と別れよう。彼女が美しくあり続ける為に。


 僕は彼女を愛していた。それは今も当然変わらない。僕は生涯彼女を愛し続ける。そして彼女は美しくあり続ける。彼女の心も、人格も、そして容姿も。心や人格は、環境や出会いの変化で汚れるかもしれない。容姿は時が経てば衰える。


 だから僕は、彼女を殺した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一段落が丁度良いので読みやすく感じました。 独白でストーリーが進んでいく形も、面白いですね。 [気になる点] 個人的には、独白の中に心中思惟があると、より臨場感が増して良いのではないかと思…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ