其の二
《得物》を見つけた化け物が棍棒を振り上げ、それを叩きつける直前。
示し合わせたように、三名はそれぞれ別方向へ跳び退った。
それを見た化け物が、エリシアを最初の標的と定め、迫ってくる。
「くっ・・・!」
すかさず弓矢を構えるエリシアだが、今までの疲労と、迫りくる巨体への恐怖とが合わさり、標準が合わせられない。
「エリシアっ!」
叫ぶシュタロスが駆けるより早く、件の奇妙な格好をした女が、むしろエリシアに飛びかかるようにして乱入してきた。
「はっ、放せ!」
エリシアの言葉を無視し、その腰元へ抱き着いた女は、そのまま後方の茂みへと突っ込んでいく。
直後、エリシアが立っていた場所へ、化け物の棍棒が叩きつけられた。
陥没した地面を見て、シュタロスは唾を飲む。
(一足遅ければ、エリシアは潰されていた・・・)
のである。
視線を、女とエリシアの方に向けてみよう。
女に組み付かれ、強引に茂みへと連れ込まれたエリシアは、
「なっ、何を・・・」
叫ぼうとして、女に口を塞がれた。
片手でエリシアの口を覆いつつ、もう片方は人差し指を立て、これを自分の口元へ当てている。
(静かに・・・)
ということらしい。
やがて・・・。
女はエリシアの口から手を離すと、むくりと立ち上がり、臆することもなく茂みの中から出て行った。
女の姿を認めた化け物が、咆哮を一つ上げる。
《得物》を横取りする無粋な者に見えたのか、はたまた新たな《得物》として捉えたのかは、当の化け物にしか分からない。
周囲の木々を揺らすほどの咆哮が鳴り止むと、化け物は地面にめり込ませていた棍棒を持ち上げ、それを横へ払った。
これまた、周りの木々が仰け反るような風圧が生じる。
女は、黙ってそれを見ていた。
その態度が気に喰わなかったものか。化け物は鳴き声と共に、突進してきた。
女は動かない。
「逃げろ!」
シュタロスが叫んだ。
化け物が、女へ棍棒を振り落とす。
と・・・。
女の腰間から銀色の閃光が駆けたと思うに、化け物の棍棒がすっぱりと両断されたのである。
女は、剣を抜き払っていた。
片刃で、反りのある刀身は、シュタロスたちにとって珍しい形状である。
その珍妙な剣を引っ提げた女は、驚愕に目を見開いた化け物の首元へ一気に跳躍した。まるで飛蝗のようである。
女はそのまま、化け物の喉元へ剣を突き入れる。
悲鳴を上げる化け物。
女が体重を思い切りかけると、その巨体は仰け反って倒れた。
女は、まだ剣を先へ先へと押し込んでいる。
やがて、悲鳴は止んだ。
突き入れることを止めた女が、今度は剣を右へ左へと捻じり回していく。
そうして、化け物の死をやっと認めた女が、剣を喉から引き抜き、懐から取り出した紙で、刀身についた血を拭った。
(この女、何者なんだ・・・)
シュタロスが・・・そして、茂みの中で身を低くしながらもこれを見ていたエリシアが、目を丸くして女を見た。
西の域で最も力を持つ国・シャオレ。
それを一晩で壊滅させた、猪面の化け物。
そして、一匹とはいえ、その化け物をあっという間に倒してしまった謎の女。
見ようによっては、更に強い化け物がもう一匹あらわれたようでもある。
「ふぅ」
剣を鞘へ納めた女が、一つの溜息と共に茂みへ目を移した。
思わず身を竦めたエリシアだったが、途端に先ほどの・・・人差し指を口元に当てる女の姿を思い出した。
果たして女は、茂みを通してエリシアを見やると、にっこりと頬を緩め、
「もう大丈夫ですよ」
と手招きをしてみせた。
立ち上がったエリシアが、恐る恐る女へ近づく。
距離を置いたシュタロスは、不安げにその様子を見ていた。
女は、近づいてきたエリシアの手を取り、それをまじまじと見た後で、
「ふむ」
と、何やら一人合点をした。
それから、エリシアの頭から足先までを観察した女は、
「怪我はないようですね。あの時、無理やりに投げ飛ばしてしまったから・・・」
そう言った。
心配してくれているようだったが、エリシアからすれば不快の思いもあった。断りもなく、自分の体をじろじろと見られたのだ。無理もないことである。
そんなエリシアの心中を察せないまま、女は安堵の表情でエリシアとシュタロスを交互に見て、
「いやぁ、良かった。やっとまともなのに会えた」
と言った。
ひと月。丁度、シャオレ国が、あの化け物の襲撃を受けた頃である。
(するとこの女、シャオレから逃げてきたのか・・・?)
思ったシュタロスだったが、すぐさまそれを否定した。
(こんな格好をしているエルフがいたら、すぐに分かるものだ)
である。
そこでシュタロス、女の出身と名前を聞こうと思いついた。
「お前さん、どこから来たのだ?名前は?」
すると、女は不安げな表情となって首を振り、
「それが、分からないのです・・・」
と言った。