其の一
パラダガルドの西側に広がる大陸は、名前もそのまま『西の域』という。その中で最も力を持っている国というのが、『シャオレ』だ。
そのシャオレ国では、
「突如あらわれた、不気味な集落」
の噂で持ち切りとなっている。
最初にその集落を見つけたのは、エルフ四名、ドワーフ三名・・・計七名の子供たちであった。
彼らは、シャオレ北部に広がる森で、
「魔法ごっこ」
なる遊びに興じていたのだが、これに夢中となるうちに、どんどんと森の奥へ進んでしまい、遂にはその集落を発見したのだという。
国の大人たちは、これを子供の戯言として相手にしなかったが、中には野次馬根性が騒ぐ者もいて、彼らは問題の集落を見るべく森へと足を運んだ。
するとどうだろうか。
「あった!あった!」
なのである。
「確かにあったんだよ!木で出来てて、屋根に藁を敷いてて・・・そんな家が十軒くらいあるんだ!でも、誰かが住んでいるって気配もなくて・・・あれはヤバいって!」
などと、野次馬の一人が声を上げて騒ぎ立てる。
西の域では、建物を造るのに適した木材の入手は困難だ。故に、建物は石や煉瓦を積み上げたものが殆どである。野次馬が見た家の造りは、確かに異質と言えよう。
この噂はシャオレの城の中にまで及び、遂には国王であるバルバロット五世の耳にまで届いた。
国王は、集落の異質さもさることながら、木材の入手ルートの方が気になったようで、
「他の域に確認を取り、木材を輸入した記録があったかを明らかにせよ」
と家来に命じた。
すぐさま検問所や港へ聞き込みが入る。
すると、
「この百年で、建築用の木材を輸入したという記録はありませんが・・・」
との報告がなされたではないか。
これはいよいよ密輸の疑いありとみた王は、国の騎士団へ、件の集落の調査を命じた。
こうして、若年の騎士団長・リーファスは、二十名の部下を引き連れ、早速に現場へ向かったのである。
シャオレの森を進むこと約一時間。一行は、目的の場所に着いた。
木造の、藁ぶき屋根の家が十軒。子供たちや野次馬の証言した集落が、確かにそこにあった。
だが、生活の気配は微塵も感じられぬ。
「ふぅむ・・・」
唸るリーファスへ、
「騎士団長!」
部下の一人が、呼びかけてきた。
森と集落の境目。そこへ、リーファスを呼んだ部下が屈みこんでおり、食い入るようにして地面を見ている。
「どうした?」
「これを・・・」
部下が地を指す。そこには、何者かの足跡があるのだ。
それも、一つではない。
集落を取り囲むようにして、大きいものから小さいものまで、複数あるのだ。
何やら薄気味悪さを覚えたリーファスが、
(一旦は、王へ報告を・・・)
と決断した時。
集落の奥から悲鳴が聞こえ、直後に爆発音が響いた。
音のする方には、まだ調査をしている部下たちがいるはずだ。
リーファスと、近くにいた数名の部下が、腰元の長剣に手を置きつつ、騒ぎのする方へと向かった。
果たしてそこにいたのは、優に五メートルほどの身長を誇る、猪のような面をした怪物と、それに対峙し、あるいはすでに斃された部下たちであった。
「なっ、なんだ・・・?あの化け物は・・・」
リーファスたちが驚く間にも、抵抗をしていた部下たちが、化け物の持つ、巨大な棍棒によって叩き潰されていく。
それを見て我に返ったリーファスは、部下たちへ、
「序列と後列に分かれろ!俺が先頭を行く!後列は魔法で支援するように!」
命じ、剣を引き抜くと、自ら先陣を切った。
気後れしていた部下たちも、その姿を見て闘志を燃やす。
七名が列を組んで剣を構え、五名はリーファスに続いて化け物へ突進を仕掛けた。
化け物が棍棒を横なぎにしたのを、倒れ込むようにして躱したリーファス。そのまま、がら空きとなった化け物の足元へ、彼は剣を突き入れた。
刀身いっぱいに、リーファスの剣は突き刺さる。だが、化け物は悲鳴を上げこそしたものの、その足をリーファスもろとも蹴り上げた。
「なっ・・・」
驚きのあまり、リーファスの手が剣から外れる。
空で身動きの取れなくなったリーファスへ、すかさず化け物の棍棒が振り下ろされた。
地へめり込む棍棒を見て、リーファスの生存を信じる者はいない。
頭目を失った騎士団隊員は狼狽し、中には逃げる者まで現れ、とても統率がとれる状況ではなくなった。
そんな彼らを、化け物は無慈悲に潰していく。
この混乱を切り抜けられた騎士団員がいるのか・・・今となっては定かではない。
潰れた兵士の肉を喰らい、これに歓喜の鳴き声をあげた化け物は、更なる獲物を求めて、近くのシャオレ国へ進行することになる。
『西の域』崩壊の過程が始まりだ。