其の一
エリシアとシュタロスが、記憶喪失の女・・・「テアナ」が珍妙なる出会いを果たしてから五日後。
一行は、とりあえずの目的地である、「スーフォの街」に来ていた。
しかし、そこは《街》というよりも《廃墟》と呼ぶにふさわしい土地であった。
大地は荒れ果て、周囲には「建物だった」残骸がそこかしこに見える。
「あ、あぁ・・・」
シュタロスは絶望のうめき声をあげ、その場にへたり込んでしまう。
その老体を、エリシアはなんとか支えていた。
と・・・。
(や・・・?)
テアナが、瓦礫の一つへ目をやった。
何か、動く者の気配を感じ取ったからである。
すると、身を屈めたテアナが、一気に気配のする瓦礫へと跳躍した。まるで飛蝗のようである。
果たしてテアナが振り向いてみると、そこにいたのは若い男と、幼い娘の二名。
男の方は、金髪緑眼に鋭耳といった特徴を持っているので、恐らくエルフだろう。
歳は、人間で言えば二十二か三。髪は花留めの如く逆立っており、左目には傷によって潰れてしまっている。
一方で娘の方は、六、七歳ほど。赤みがかった髪をおかっぱにし、「ぱっつん」と切り揃えられた前髪は、両目を隠してしまうまで垂れ下がっていた。
「なっ・・・!」
金髪の若者の方が、目を見張りながら叫び、次いで立ち上がると、腰元に差した長剣を引き抜いて構えた。
幼女の方は、ぼんやりとテアナを見ているのみ。
やがて、若者の声を聞いたシュタロスとエリシアも駆け付けた。
剣を構える若者を見たエリシアが、
「落ち着いて!」
宥めるように言う。
それを見た若者は、エリシアとシュタロス・・・すなわち、自分と同じエルフの特徴を持った者を見て少しは安堵したらしく、
「むぅ・・・」
テアナを見据えつつ、なんとか剣を納めた。
「お、お前たち・・・スーフォの生き残りか?・・・であるなら教えてくれ。この街で何があったのだ」
シュタロスが興奮の態で聞いたが、若者は頭を振り、
「俺たちは法外ギルド・・・《月下の集い》のもんだ」
と言った時、
「法外ギルド・・・」
エリシアの表情が険しくなり、やがてそれは侮蔑のものへと変わる。
それに気づかず、若者は名乗った。
「俺はアイン。で、こっちが・・・」
若者・・・アインが言いさすと、背後にいた幼女が進み出て、
「あたしはカオン。ドワーフよ。よろしく」
堂々と名乗った。
素肌に鋼の胸当て。両腕に鉄の手甲。そして膝上丈の短い下衣のみという、大胆な出で立ちのカオン。
それとは対照的に、エリシアやシュタロスたちと同様、鈍色の鎧で身を包んだアイン。
この二人が属している「法外ギルド」について、少しばかり述べておきたい。
言ってしまえば時の如く、
「法を外れたギルド」
のことを指す。
正規のギルドは、東西南北それぞれにある「域」・・・それを治める主力国家の定めた法に則って、仕事を行う。このことは、以前にも触れた。
一方で法外ギルドは、依頼主からの報酬を自分たちで決めてしまう。
装備品も、闇市場で流れているのを主に使う。
極めつけは、「外道魔法」と呼ばれる、倫理観を無視した魔法を使用するのだ。
このため、生半可な国の騎士団はおろか、正規ギルドよりも法外ギルドは強力である。
しかし、その強力さを振りかざし、威張り散らし、街の民を虐めるわ、無銭飲食を働くわ、
「これは・・・!」
と目を付けた女を連れ去り乱暴を働くといった者が殆どなのである。
故に、巷の評判はよろしくない。
エリシアが顔を歪ませたのも、当然と言えよう。
「ここで何をしているんですか。ここは正規ギルドの聖域。紛い物が入っていい場所ではないんですよ!」
鋭い目をしたエリシアに言われ、アインとカオンは漸くに自分たちが蔑まれていると気付いたらしい。
やれやれ、といった顔となり、
「別に。目ぼしいものが残ってないか、漁ってただけさ」
見下すように、エリシアへ言った。
「火事場泥棒ですか。外法な輩にはぴったりですね」
エリシアの中で、不快さが膨れ上がっていく。
「さしずめ、スーフォをこのようにしたのもあなたたちなんでしょう!」
決めつけるようにエリシアが叫んだ時、流石に我慢できなくなったのか、アインが再び剣を抜いた。
瞬間。テアナもまた、大きい方の曲剣を抜き、これをアインの首元へ持っていく。
カオンは、エリシアとテアナ両名に向けて、手のひらを翳していた。
「やめんか!」
年長のシュタロスが、間に割って入る。
「このような時に、同士討ちしている場合ではないわ!エリシア!お前も冷静になり、こだわりを捨てろ!どうあっても、この者たちだけでスーフォをこのようにできるはずがなかろう!」
そうシュタロスに言われ、エリシアは黙るよりない。
アインは、舌を打って剣を納めた。
テアナもまた、アインを睨みつつ納刀する。
最後にカオンが、ゆっくりと腕を下ろした。
これを見届けたシュタロスは、
(それに今一つ・・・)
胸の内で呟いた。
周囲の荒れ果て具合に比べ、骸が一つも転がっていないのである。
(よもや、襲撃はされたけれども、上手く逃げて別の地に移ったのでは・・・?)
シュタロスはこのように考えていた。




