其の七
小杉金之助が、皆川道場の仮の道場主となってから七日が経った。
未だ門弟はいないが、それでも金之助は腐ることなく、稽古の日々に励んでいる。
そこへ、林太郎が訪ねてきた。
神剣を抜いての稽古をしていた金之助は、その手を止め、深く頭を下げて林太郎を出迎える。
「で、どうです。道場主としての生活は」
「やはり大変です。稽古だけでなく、口入れ屋からの仕事もしなければならないので・・・」
「おゆみから聞きました。料亭の中庭の草むしりから、商家金蔵の警護までやっているそうで。よくもまぁ、七日のうちに色々と引き受けましたね」
「まぁ、先立つものがないと、どうしても不安でしてね」
と、談笑していた二人だが、そのうち林太郎が真剣な顔となり、
「そう言えば、夜駆の伝右衛門なる盗人が捕まったとか」
言った時、湯呑を握っていた金之助の手が、微かに止まった。
それに気づかないのか、林太郎は更に言葉を続ける。
「その盗人、押し込み先では誰も殺さず、女も犯さず、まして金のないところからは盗まなかった、とか」
「・・・」
「して、そ奴が捕まった次の日に、お前は盗賊改め方の役宅に呼び出されたとか」
「・・・」
「一体、どのようなわけで?」
暫しの沈黙。
内心、焦りを感じた金之助であったが、それを面には出さず、努めて笑顔で、
「その伝右衛門なる男を、十年前に千住大橋で助けたことがありまして」
「ほう」
「無頼浪人に囲まれていたところを、私が割って入りました。尤も、その時はまさかに、あの男が夜駆の伝右衛門だとは思いませんでしたが・・・」
「なるほど」
「その時のお礼を言いたく、わざわざ私の名前を出し、役宅へ呼び寄せたそうです」
「ふぅん・・・」
またしても、沈黙が訪れる。
林太郎は、白湯を啜ったところで、
「吉中宗次郎は、今頃どこで何をしているのやら・・・」
溜め息交じりに言ったので、またしても金之助は心内で驚いた。
「・・・吉中さんのことです。今は落ち着いて、諸国の道場を巡って、代稽古でも頼まれているのではありませんか?」
考えに考え抜いて出した言葉であった。
林太郎は、開け放たれた戸から見える中庭の景色に見とれつつ、
「そうだといいんですがねぇ」
言うと、また一啜り、白湯を飲んだ。