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体こそ猛き剣なり  作者: かもめし
寄り道一つ目:皆川道場
11/15

其の五

 果たして、時は来た。

 今宵は満月である。

 太物問屋《さやしな屋》の裏門に、二つの人影がどこからともなく現れた。

 一人は吉中宗次郎。もう一人は、闇に隠れて顔は分からぬが、吉中の肩に届くか届かないかほどの背丈をしている。

 黒装束に、同じく黒の頭巾を被った二人が、周囲の気配を伺い、


(大丈夫・・・)


 と思ったらしく、さらしな屋の門をそっと叩いた。

 間もなく、音も立てずに門が開けられる。

 これを開けたのは、菜飯屋で吉中と話をしていた男であった。やはり、奉公人を装ってさらしな屋へ潜り込み、仲間の侵入を手助けする役割を担っていたらしい。

 その男が、吉中たちを中へ誘おうとした瞬間・・・。


「待て」


 さらしな屋右手の道から、声がかかった。

 雲に隠れていた満月が、姿を現す。

 その光に照らされたのは、小杉金之助であった。

 やはり着流し姿の金之助は、すでに大刀を抜き払っており、


「神妙にしろ」


 吉中たちへ声をかけた。

 瞬転。


「お頭!逃げろ!」


 吉中の大声をきっかけとし、黒装束が闇夜に消えた。

 金之助は、これを追うつもりはなかった。

 残った吉中と、さらしな屋の奉公男は、それぞれ脇差と匕首(あいくち)を引き抜き、金之助に立ち向かうつもりであった。

 それをじっと見つめていた金之助が、


「久しぶりですね、吉中さん」


 声をかけると、頭巾から見える吉中の瞳が、大きく見開かれた。

 続けて金之助は、


「小杉金之助、諸国修行の旅から戻ってきました」


 名乗ると、吉中の瞳は更に大きくなり、遂には頭巾を外してしまった。


「せっ、先生・・・?」


 仲間の男が、不安げに吉中へ声をかける。


三平(さんぺい)


 吉中が、男へ呼びかけた。

 三平と呼ばれた男は、それだけで何かを飲み込んだらしく、匕首を仕舞うと、道端に胡坐をかき、座り込んでしまった。


「なるほど。菜飯屋でその顔を見た時、どこかで見た気がしたと思ったが・・・小杉。お前だったか」

「・・・」


 金之助は答えぬ。ただ、闘気をもって大刀を正眼(せいがん)に構えるのみだ。

 吉中が、寂しげに笑った。


「お前、修行先でだいぶ遊んだらしいな」


 言うと、吉中も大刀を引き抜いて構えた。

 二人の剣客が、静かに見つめ合った。

 不思議と、金之助の心に不安は現れなかった。

 道場に通っていた頃は、どうやっても敵わなず、


「どうした、小杉!」


 叱りつけ、木太刀を打ってくる吉中が怖かった金之助なのである。

 それがどうだ。十年ぶりに吉中と対峙した今、


(負ける気がしない)


 その気持ちが、金之助の心内に溢れ出てくるのだ。

 ふと、寂しさが金之助の胸をよぎった。

 それを察知したものか・・・。

 先に地を蹴ったのは、吉中であった。


「やあっ!」


 大刀を振り上げた吉中が、それを金之助へ叩きつけた。


(決まった・・・!)


 三平が勝利を確信した。

 しかし、そうではなかった。

 身をひねった金之助は、そのまま横なぎに、吉中の大刀の刀身を斬り落としてしまったのだ。

 鍔より先を無くした大刀を、吉中は呆然と見るより他にない。

 早くも大刀を鞘へ収めた金之助は、


「吉川さん。お上の裁きを・・・」


 言いかけ、瞠目した。

 吉中は刀身を失った大刀を捨て、引き抜いた脇差で腹を斬り、続いて喉を割って果てたのである。

 激痛を伴ったはずなのに、吉中の死に顔は穏やかなもので、柔らかな笑みをたたえていた。


「あぁ・・・」


 嘆息をもらし、膝から崩れ落ちる金之助へ、


「だ、旦那は一体・・・」


 それまで座り込んで斬り合いを見ていた三平が、声をかけてきた。

 金之助は彼を一瞥すると、吉中の骸を見つつ、


「皆川道場の、小杉金之助。最後まで、この人に勝てなかった剣術使いさ」


 と答えた。

 金之助は立ち上がり、吉中の骸を抱え上げると、闇の中へ消えようとする。


「旦那・・・いったい、どこへ・・・」


 三平が再び問いかけるのへ、


「どこへともなく消えるがいい。だが、この人のことは忘れてほしい」


 それだけ言って、悠然と歩き去ってしまった。

 残された三平は、暫し考えに耽っていたようだが、


「こうなれば、仕方がねぇ」


 呟くと、匕首を捨て、金之助が消えたのとは反対の方向へ、歩を進めたのである。

 それから四半刻|(約三十分)ほどして、現場に戻って来た人影があった。

 吉中と共にさらしな屋へ侵入しようとした、黒装束である。

 こやつは、その場にあった血だまりをじっと見つめていた。

 そして、地に転がっていた匕首や、折れた刀身を拾い上げると、そそくさと闇の中へ消えていったのである。

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