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体こそ猛き剣なり  作者: かもめし
寄り道一つ目:皆川道場
10/15

其の四

総合PVが1500を越えました。ありがとうございます。

「へい。今夜の九ツ半(一時)に、あっしが店の裏門を開けるので・・・」

「俺とお頭が、それへ入る・・・」

「その通りで。しかし先生。殺すのはいけませんよ。犯すのもいけません」

「分かっているよ。お前たちと、何年この稼業をやっていると思っているのだ」

「これはどうも・・・」


 会話に耳をそばだてているうち、金之助は一つの嫌な予感を察知した。

 すなわち、


(これは・・・盗人が行う押し込みの話し合いでは・・・?)


 なのである。

 でなければ、深夜に店の裏門を開け、人を招き入れる段取りを話し合う必要もないではないか・・・。

 それに、


「いけませんよ」


 と戒めていたとはいえ、「殺す」や「犯す」という単語が出てきたのも穏やかではない。


(もう少し、話を・・・)


 思っていた金之助だったが、どうやら話し合いはそれまでのようで、


「じゃ、あっしは戻りますので」

「うむ。俺は、もう少しここにいる」

「先生は、ここの豆腐田楽が好物でしたものね」

「そうさ。なにせ十年ぶりの江戸だ。今少し、この味をかみしめておきたい」


 このようなやり取りが交わされたのち、吉中と話をしていた男が腰を上げ、店を出て行った。

 その男の後姿を、金之助はさりげなく見て確認している。

 金之助の心は決まった。

 菜飯をかっこみ、味噌汁で流し込んで、豆腐田楽を一口で平らげると、


「美味かったよ」


 店の小女に一言添え、店を出た。

 この時、ちらりと吉中が金之助を見たが、別段に気にすることもなく、豆腐田楽をぱくついている。


「また来てくださいね」


 店の外まで見送る小女を、


(どうか、気付かないでくれ)


 と願いつつ、左手を見ると、先の男が歩いているのを確認できた。


(どこまで行くか、確かめてやる!)


 金之助はこの思いであった。

 果たして・・・。

 件の男を尾行するのに、さして手間暇はかからなかった。

 後ろを警戒するでもなく、男は今戸にある太物問屋(ふとものどんや)の《さらしな屋》へ入っていったのである。

 ちなみに、絹織物を扱うのを呉服問屋というのに対し、綿や麻の織物を扱うのを太物問屋という。

 絹織物の方が儲かりそうなものだが、さらしな屋はその奇抜なデザイン性が江戸市中の評判となり、物珍しさに買い物に来る客が後を絶たないのだとか。

 そのため、儲けもそれなりにあり、結構な金を溜め込んでいるという噂も・・・。


(なるほど。奴め、恐らくは(あらかじ)め店の者となって忍び入り、盗みを働く当日に仲間の侵入を助ける役を担っているのだな・・・)


 皆川道場には、火付け盗賊改め方や町奉行所の人間も通っていたことがある。彼らから、世間話ついでに仕事の話も聞いたことがあるのだが、


(まさか、それが役に立とうとは・・・)


 金之助も予想しなかったことであった。

 さて・・・。

 おおよそ、吉中たちの企ては分かった。

 今夜九ツ半、男の導きにより吉中ともう一人・・・《お頭》と呼ばれた者がさらしな屋へ忍び込み、金を盗む。

 さらしな屋へ入った男の言葉を信じるならば、恐らく店の者に危害は及ばないだろう。

 殺さず、犯さず、無い所からは盗まず。これらの心情を守り抜く盗人がいることも、金之助は聞き及んでいた。

 また金之助の中で、


(せめて、吉中さんはそんな盗人であってほしい)


 という望みもあった。

 だが、それとこれとは別問題だ。


(なんとしても押し込みは止めてみせる!)


 金之助の決意は固かった。

 その一方で、彼は火付け盗賊改め方や奉行所に、押し込みのことを知らせなかった。

 事件が公になれば、嫌でも林太郎の耳へ、吉中が盗人になり下がったことが伝わってしまう。

 かつての同門がそこまで落ちてしまったことを、金之助は林太郎へ知らせたくなかった。

 だから、吉中を見かけたことも金之助は林太郎へ知らせていない。

 道場へ帰って来た金之助は、


「いやぁ、久しぶりに橋場の菜飯屋で豆腐田楽を食べましたが、やはり美味いですなぁ」


 のんびりと言い、財布を林太郎へ返すと、


「では先生。これより稽古を・・・」


 と懇願した。

 林太郎は黙って頷き、木太刀をもって金之助と打ち合う。

 久しぶりの稽古であったが、金之助はすぐに没入していった。

 吉中を見かけ、彼が盗人に力を貸していることを、その一時だけは忘れることができたのである。

 そうして・・・。

 夜になり、林太郎は寺島村の巌眼寺へ戻っていった。

 それと入れ違いに、近くに住む百姓家の娘・・・名前を「おゆみ」というのが、夕餉の支度にやって来た。

 麦飯に根深汁(具が葱のみの味噌汁)、そして沢庵。

 これらを文句の一つもなく食べ終えた金之助は、膳を下げると道場に寝ころび、天井を見つめた。


「一緒に寝るかね?」


 おゆみが、一組の蒲団を居間へ敷き始めた。

 金之助は苦笑しながら、


「いや、もう女子(おなご)と寝るのはこりごり」


 冗談交じりに言った。

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