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にじいろの煙  作者: 芝みつばち
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ニブンノイチ

寒い2月のある日、白石真春(しらいし まはる)は定食屋のバイトを辞めた。

理由は店長がうざすぎるからだ。

パートのおばさんばかり優先して、シフトに全然入れてくれない。

その上態度も悪く、サボってばかり。

一緒に働けばため息や舌打ちの嵐。

真春も負けじとため息をつきまくりながら仕事をしていた。

1ヶ月前「実習始まるんで来月で辞めます」と店長に伝えたら「はい、わかりました」と、ため息と素っ気ない返事が返ってきた。

「いてもいなくても変わんないし。むしろ、いない方がいいわー」とか思われているんだろうな、と心の片隅で真春は思った。

嫌な気持ちで働いているのはお互い様なんだろうけど。

こんなんで働くならお金もらえない方がマシだ、と思い最後の月は2回しかシフトを入れなかった。


この定食屋のバイトを始めてから、ストレスを理由にタバコを吸い始めた。

初めて吸ったタバコに脳まで支配されるようなめまいを感じた。

でもそれが気持ちよかった。

この先っぽから出てくるのは心のモヤモヤだろうか。

全部吐き出してしまいたい。

働く度にそう思っていた。

でも、もうこんなバイト先とはおさらばだ。

潰れちまえ!と心の中で罵る。



新しいバイト探さなきゃな‥‥


最後の勤務を終えた真春は、オレンジから紺色に染まりかけた空の色の中、自転車を漕ぎながら考えた。

次は人間関係の面倒臭くないところがいい。

近所のコンビニに寄り、タバコを買うついでに求人情報誌も手に入れた。

家に着き、玄関の鍵を開ける。

「ただいまー」

家の中は真っ暗だ。

まだ誰も家に帰ってきていないのか。

2階の自分の部屋に行き着替えを済ませ、そのままベッドに横たわりながら求人情報誌を見る。

最後のページを開いた時"オープニングスタッフ"の文字が目に止まった。

近くにファミレスが新しくオープンするらしい。

自転車で10分程度の距離だ。

接客業は嫌いじゃないし、オープニングスタッフでみんなスタートは一緒だし、なんか楽しそう。

何より早く次のバイト探さないとやっていけない。

真春は早速、情報誌に書いてある番号に電話した。



バイトの面接の返事はすぐに来た。

即採用だった。

オープニングスタッフということもあり、5日間の研修を受けなければならないのが大変そうだったが、真春は少しワクワクしていた。

2月最後の日に行われた研修第1日目は自己紹介から始まった。

真春を含め20人近くいるバイトの子たちはお客さんが座るテーブルに3、4人ずつグループになって座らされた。

同じテーブルに座ることになったのは、ギャル2人とさえない男子学生っぽい人。

真春はギャルが苦手だった。

偏見かもしれないけど、仲間意識が強すぎるわりにすぐ人を仲間外れにしたりする人が多いし、日々のネタはたいてい人の悪口で、イケてない人をよく小馬鹿にしている最低な奴らだ、と思っている。

でも同じ席についてしまったので何か話さざるを得ない。

グループに分かれて挨拶の練習や、お客さんの案内の仕方などを実践した後、テーブルごとでのフリータイムが与えられ、真春は心の中でため息をついた。

ギャル2人のうちの1人はリナといった。

「ハルちゃんだっけー?よろしくねぇ」

「真春だよ。こちらこそよろしくね」

タメ語ですか…と思いつつ愛想笑いを振りまく。

「ねーねー、キミ名前なんだっけ?ってか高校生?」

リナが向かいに座るさえない男子学生っぽい人に話しかける。

「はい、高校生です」

その男の子はハキハキと答えた。

そのさえない男子高校生は、この辺ではトップクラスの高校に通ってるらしい。

英語と物理が得意だと自慢気に早口で言うと、ギャル2人は両手を叩きながら大声で「ウケるー!」とはしゃいだ。

フリータイムが終わったあと、店の概要とサラダバーの説明をされ、研修1日目が終了した。

気疲れした真春は、タバコを吸いながらゆっくりと自転車を漕いで帰路についた。



研修5日目、真春は必死にメニューを覚えていた。

2日目から4日目は家族で旅行に行ってたから研修には参加できなかったのだ。

他のみんながどんどんスキルアップしているのが見ていてすごく分かる。

置いていかれている感がすごい…。

さすがに3日間のブランクはキツいので、真春は研修後に居残りでメニューの種類とハンディーの使い方を覚えることにした。


まじで覚えらんない。

あーどうしよ‥‥。

みんなが遠く感じるー。

てか、なんでグラタンでこんなに種類あんの!

もう無理!


6人席のテーブルに1人で陣取り、メニューとハンディーと格闘する。

「ここ、座ってもいいですか?」

イライラしながらメニューをガン見していると、茶髪の女の子が話し掛けてきた。

長さはセミロングでいかにも女子って感じの子。

身長はあまり高くない。

155cmの自分より小さそうだと真春は思った。

「あ、どーぞ」

その女の子は「ありがとうございます」と言って真春の向かいに腰をおろした。

「全然覚えらんないですね、あたし、こういうの苦手で…。あんま研修出てないから」

メニューを見ながらその女の子は話す。

「あたしも昨日まで旅行行ってたんで、出遅れちゃってます…。メニューもハンディーももうお手上げって感じ」

真春は、あははと苦笑いした。

その場しのぎの返事と愛想笑いのつもりだったが、その女の子は丁寧に色々と話してくれて、いつのまにか居残り練習のことなど忘れて話に夢中になっていた。

年はひとつ下らしい。

「名前、なんていうの?」

「あ、永山香枝です。自己紹介まだでしたね」

「香枝ちゃんかー。あたしは白石真春だよ」

「白石さんですねっ!あ、あたしのことは香枝でいいですよ。みんなからそう呼ばれてるんで」

「あたしのことも真春でいいよ」

「わかりました!じゃあ、真春さんで」

香枝はあまり大きくはないが、可愛らしい目を見開き真春の顔を見て微笑んだ。

「これからよろしくお願いします」



これが永山香枝(ながやま かえ)との出会い。

まさか彼女にありえない感情を抱くなんて、この時の自分は思いもしなかった。

地球には、男か女しかいないのに。

2分の1の確率なのに。


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