99.統治の才能
99話目です。
よろしくお願いします。
※多忙のため、少し短いです。申し訳ありません。
アーデルトラウト・オトマイアーの周囲は、相当に騒がしくなっていた。
護衛が増えているのもそうだが、旧王都内の調査結果や国境の状況などが次々に舞い込んでくるうえ、その情報の正確さにも疑問があるものが多数混じっているという状況だった。
「ブラッケ? でも、彼やその周囲だけでこれだけのことができるかしら?」
苛立ちに眉を寄せながらアーデルは呟いた。
この時点で彼女は救国教とブラッケの繋がりを掴めていない。アーデルの前に出てくる救国教信者や、一般の民衆は彼女に対して協力的であり、反乱勢力である地方の救国教信者と旧王都のそれとは別に考えていたのだ。
彼女の不満はどちらかと言えば自分の部下の方へ向いていた。主に帝都へ送った使者が戻らないことについてだ。
「一番必要な情報が来ないのが問題なのよ」
そう呟いたとき、副官が執務室へと駆け込んできた。
「か、閣下!」
「落ち着きなさい。何があった?」
「市民が城へ押しかけてきております!」
「目的は何?」
アーデルにはその理由が想像つかなかった。救国教の過激派以外の旧聖国国民に対しては基本的に懐柔政策をとってきた。
一部の粗暴な兵士がトラブルを起こすことはあったが、公平公正に処分をしてきたし、租税など金銭についてもむしろ以前より良くなっているはずだ。
しかし、副官が語ったのはアーデルに対する不満ではなく、逆に期待する声ばかりだという報告だった。
普段開放している城門は番兵らの判断で緊急で閉ざしているのだが、その外側には万に迫る人数が押しかけているようだ。
「民衆は妙なことを口走っております。閣下が旧聖国を治めるのについていく、と」
副官の言葉に、アーデルは首を傾げた。
「すでに皇帝陛下の代理人として統治している状況ではないか。何を考えているのだ」
「そうではありません。閣下が帝国から独立して聖国を復活させることを市民は熱望しているのです」
「ばっ……」
馬鹿じゃないのか、と言いかけてアーデルは口をつぐんだ。それを言ってしまうには民衆の持つ情報が制限されていることに理解が無いわけではない。
だが、アーデルの帝国に対する忠誠心が腐されたような気がして、良い気分はしなかった。
「……代表者はいるのか?」
「はっきりとはわかりません」
コツ、コツ、とアーデルの指先が机を叩いた。
視線を落とすと、目の前には真偽不明とされる報告。特に噂の類などもある。アーデルは彼女自身が捜査や斥候などをやりなれておらず、部下たちの中にも斥候はいても調査に長じた者はほとんどいない。
前線で敵と接触してこれを打破するという任務ばかりこなしてきた弊害がここにあった。
「話ができそうなのを何人か見繕って城内へ。持ち物の検査はするように」
立ち上がり、執務室の内外にいた護衛騎士を率いて歩き出したアーデルを、副官は慌てて追いかけた。
「謁見の間に案内しますか?」
アーデルは考えた。
民衆が願っているのが本当にアーデルの擁立であれば、このまま王のように謁見という形をとるのは逆効果になりかねない。
「談話室へ。警備する騎士の数を多少増やして、それなりにプレッシャーを与える。あまりに甘い顔をしすぎたのかも知れない……」
最後の言葉は反省だった。
それがわかる副官は、警備と民衆の案内に関してのみ返事をして離れていく。
「どこで間違えたのか」
ただ皇帝からの命に従い、帝国のためにこの土地を管理しているつもりだった。だが、日を追うごとに状況はむしろ悪くなっている気がする。
「船。火薬。それに救国教の問題。何一つ進んでいない。自分がここまで愚図だと感じたのは初めてね」
政治に比べて戦闘の如何に楽なことか。命のやり取りが間近にある環境に身を置いて数年。彼女の感覚は貴族というより戦士のそれに近い。
ふと、とある部屋の前を通り過ぎる。その扉へと目を向けた。アルゲンホフ大将の遺骸を安置している部屋だ。乾燥させ防腐をさせてはいるが、そこまで長くは持たないだろう。
「ご家族へ遺骸を届ける必要もある。私自身が早く帝国へ行くのが良いわね……」
性格上、不安定な情勢にある旧聖国を放って帝国本土へ向かうのをためらっていたアーデルだったが、今はそうも言っていられない。
「総督の交代をお願いするしかないわね」
言葉にすると、その意味が持つ敗北感がアーデルを襲い、忸怩たる思いに拳が熱くなる。
与えられた任務を碌にこなすこともできず、降参するようなものだ。騎士として帝国軍人になって以降、初めての経験かもしれない。
「ギースベルト大将あたりなら、うまくやれるかもしれない」
あるいは、ラングミュア王国を短期間で帝国と拮抗するまでに成長させたヴェルナー・ラングミュアであれば、この土地をどうするだろうか。
「早々に放り出して押し付けたのだから、知恵くらいは借してくれても良いと思うのだけれど」
身勝手なことであり、今や明確に敵対している状況の国の王を相手に詮無きことを考えている、と自分が状況に流されて混乱していると自覚する。
談話室に入り、副官が連れてくる民衆代表を待っていると、一人の騎士が入ってきた。
「閣下。実は……」
「はあ?」
小声で伝えてくる騎士に、周囲は護衛たちばかりだというのに何を慎重になっているのかと思っていたアーデルは、思わず声を上げた。
ひじ掛けに肘を突き、眉間をもみほぐしながら伝えられた内容を咀嚼する。
「……民衆の代表は待たせておくように。先にゲストと会談を行う。護衛は不要だ。全員外で待機して、副官のみ同席するように」
突然の命令に、護衛たちは顔を見合わせた。
「危険です。民衆は何を考えているかわかりません。もし閣下を害するようなことがあれば……」
「不要だ」
アーデルは護衛たちの進言を聞き入れなかった。
「まずゲストは民衆ではない。それ以上は知る必要はない。それに……」
護衛がいくらいたところでその相手が本気でアーデルを害そうとすればたやすく成功してしまう、と言いかけて、彼らのプライドのために言葉を飲み込んだ。
納得していない様子を見せながらも、命令には従わねばならぬ様子で護衛たちは部屋を後にした。
連絡に来た騎士がゲストを呼びに行くと、アーデルは一人、部屋の中に残される。
「この状況で、一体何を考えているのですか、ラングミュア王……」
民衆に混じり城に近づき、副官に声をかけたというゲストは他でもない、ヴェルナー・ラングミュアだった。
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