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95.解毒薬

95話目です。

よろしくお願いします。

 先に突入したミリカンは、室内戦闘ということで大剣ではなくガントレットのような両こぶしをがっしりとカバーする金属製の武器をつけていた。

 多少年齢を重ねたと言っても、若い頃から鍛えに鍛えた身体は衰えなど少しも見せず、室内にいて驚いた顔を見せている者たちを次々と殴りつけている。

「殺すなよ!」


「死なない程度にしております! ここはお任せを!」

 一階に集中していたらしく、ほとんどの騎士がミリカンに協力して制圧に乗り出すのを横目に、ヴェルナーは階段を駆け上がる。

 数名の騎士が後ろから追いすがるが、鎧の重さと身体能力の差でヴェルナーだけがひょいひょいと身軽に上っていた。


 薄暗い階段を登り切ると、三階から屋上へ上がるには梯子になっている。

 ぽっかりと開いている上部の穴に向けて、小さなプラスティック爆薬を放り込み、小さな爆発を起こして敵が近づかない状況を作ると、ヴェルナーは素早く梯子を上がった。

「うおっ、と」

 屋上へ出る穴から顔を出した瞬間、こちらへ向いた男の構える姿が見え、ヴェルナーが首をかしげるように避けると小さな吹き矢が顔の横を通り過ぎていった。


「ちっ」

 外れたことを知った男が次の矢を仕込む間に、ヴェルナーが地を這うように姿勢を低くして駆け寄る。

 敵は他には見えない。

「させるか!」

「あうっ!?」


 ヴェルナーが振るったサーベルが敵の手の甲をざっくりと切り裂いた。

 たまらず吹き矢を取り落としたが、ヴェルナーの攻撃は続く。矢を取り出そうとしたポーチのベルトを切り裂いて奪い取ったかと思うと、連撃で膝を切り裂いた。

「あぐぅ……!」

「逃げるなよ。死ぬことも許さん」


「陛下!」

 ようやく追いついた騎士たちに命じて敵をうつぶせに押さえさせると、ヴェルナーは奪い取ったポーチの中身を改めた。

「矢しかないな……。おい」

 騎士に取り押さえられ、傷の痛みにうめている男の前に立つヴェルナーは低い声で尋ねた。


「この矢に塗られた毒。これの解毒薬はどうした?」

「そ、そんなもの持っているわけが……ぶあっ!?」

 ボールのように頭部を蹴り飛ばされ、顎に擦り傷を作った男は一瞬、自分が何をされたのか分からなかった。

 ちかちかと明滅する男の視界に、しゃがみこんだヴェルナーの顔が近づく。


「お前ね。毒を使う奴がその解毒薬を持ってないわけがないだろう。矢を仕込むときにうっかり自分に刺さる可能性だってあるし、吹いた矢を打ち返される可能性もある」

 ヴェルナーの言葉に、男は歯を食いしばって見上げているだけで、何も言わなかった。

「それと、お前の所属だ。お前、聖国の生き残りだろ?」

 男は無反応を貫いたように見せていたが、ヴェルナーは相手の目がわずかに泳いだのを見逃さなかった。


「解毒薬とお前の所属。二つをしゃべれば悪いようにはしない。十数える間に話せ」

「くっ……」

 カウントダウンが始まったが、それでも男は口を開こうとしなかった。しかし、その目の前でヴェルナーがさかさまにしたポーチから毒をたっぷりと塗り込んだ矢を取り出すと、目を見開く。


「な、なにをするつもりだ!?」

 男が慌てた様子を見せるが、ヴェルナー落ち着いた手つきで毒に触れないようにハンカチを使って矢に触れる。

 皮膚についても問題無いのは、組み伏せられた男が素手であることで確認していた。

「ほれ」


 男を抑えている騎士たちに命じて男の腕を出させると、その手の甲にヴェルナーはためらいなく矢を突き刺した。

「うぐぁっ!?」

 毒が入った、と男は必至で拘束から逃れようとするが、騎士たちの鍛えられた腕に押さえつけられてはろくに抵抗もできない。


「さあ、話す気になったか?」

「分かった! 分かったから離してくれ! 毒が……」

 男の目が軽い痙攣をおこし始めたところで、ヴェルナーは騎士たちに手を放すように命じた。足を切られている以上は逃げるのは不可能だろう。

「ひぃ、ひぃ……」


 震え始めた手で男が懐を探ると、胸元から小さな袋が落ちた。

「これか」

 男が手を伸ばす前に、ヴェルナーが拾い上げる。

「か、返して……」

 懇願の言葉を無視して袋を開くと、中には丸薬が二つずつ、小さな紙片に包まれて入っていた。


「これは全部同じものか?」

 もう声も出ないのか、血走った眼で男がずく。それを見て、ヴェルナーは包みの一つを開いて男の口に丸薬を放り込んでやった。

「う、ううっ……」

「さて」


 ようやく痙攣が収まり始めた男は、逃げるどころか立つこともせず、虫のようにはいつくばってうなっている。

 その髪の毛を掴み、無理やり目線を合わせると、ヴェルナーは怯えきった顔の男に再び口を開いた。

「素直に話す気になったか?」


 解毒薬も毒が塗られた矢も、ヴェルナーの手元にある。

 観念した男は、力なく頷いた。


●○●


「これは……状況はどうなっている!」

 惨劇の舞台となった宿へ到着したアーデルは、先に来ていた自分の副官に声を上げた。隣にブラッケがいるが、彼からの説明は後で聞くとしている。先入観がない状態で現地を見たいと言って、話そうとするブラッケを止めたのだ。

「一言で言って、酷い状況です。建物のあちこちに兵士の死体があり、厨房に従業員らしき平民の死体が折り重なっています」


「兵士の所属は?」

「私が見る限りでは、先日オトマイアー閣下を訪ねてきたアルゲンホフ大将に随行していた者たちがほとんどです。一名だけ、見覚えがありませんが我が部隊の者ではありません」

 一名だけ、という言葉にブラッケはアーデルの背後で顔をゆがめた。アルゲンホフがアーデルとの対談を行っている際に別行動を取っていたのは二人のはずだ。


 監視させた者からの報告とはずれた内容ではあったが、今は確認できない。

「……アルゲンホフ大将。最後まで戦場にいるタイプの御仁だと思っていたが……」

 アーデルはアルゲンホフの瞼をそっと下すと、テーブルの上に残った料理や、陶器のボトルにたっぷりと残っているワインを確認した。

「ワインは私が持ち込んだものです」


 ブラッケがそう声をかけると、アーデルはその時の状況を説明するように求めた。

「アルゲンホフ大将がここへ来られていると聞いて、あいさつに伺ったときでした」

「何のために?」

「はっ?」

「何のために、アルゲンホフ大将に会いに行った? 私は何も聞いていない。ブラッケ。まずお前は私の旗下にあるはずだ。だというのに、なぜ私を通さずにアルゲンホフを訪ねた?」


「それは、私が皇帝陛下から直接、とある命令を受けているためです」

「命令? どういった?」

 アーデルはこの時点でブラッケの話を疑っている。ただ、皇帝の名前を出されると迂闊なことも言えない。

「残念ながらオトマイアー閣下にお話しするような内容では……ですが、状況が状況ですので、正直にお話ししましょう」


 もったいぶったようにして話し始めたブラッケの言葉を、アーデルは苛立った様子で待っている。

「皇帝陛下は、城の地下にあるものの秘密とその威力を知り、ご懸念なさっておられました。その力が帝国へ向くのではないか、と。それで、オトマイアー閣下以外にあの秘密へと近づこうとする者がいないか、悪用しようとする者がいないか監視せよ、というものです」


 アーデルがアルゲンホフに話していないかどうか、あるいはアルゲンホフ自身が何か情報を掴んだりしていないかを確認しようとした、とブラッケは話した。

「私がもとより情報を知っているうえ、土地勘もあるということで勅命を賜ったわけです。オトマイアー閣下を謀るようで心苦しかったのですが、これも勅命ですので……」

「……わかった。とりあえず今はそれを信用する」


 というより、それ以外に言いようがなかった。皇帝が何を考えているかを慮ることも必要だが、火薬の威力を知っているアーデルはそうして情報を守ろうとする動きをするのは当然だと感じられた。

「そして、ワインを飲ませて口を軽くしようとしたのですが、ワインを飲まれて、料理を食べ始めてからアルゲンホフ大将は倒れられ、そのまま……」


「料理に毒が入っていた、とでも言いたいのか?」

「おそらくそうかと。適当な鳥なり家畜なり用意させましょう。料理を食べさせて反応を見れば、どれに毒が入っていたかすぐにでもわかるかと」

「お前が持ってきたワインはどうだ?」

「それでしたら」


 ブラッケはワインが入っている杯を掴むと、アーデルの目の前で中身を飲み干した。

「この通り。私が用意したものですから当然何も入っていません」

「……念のため、ワインも動物に飲ませる。すぐに用意を」

「はっ!」

 副官が準備のために走っていく。


 アーデルはブラッケを疑っていたが、明確な証拠が見当たらないことに困惑していた。そして、アルゲンホフがここで殺害される理由がわからない。

「おそらくは、救国教の過激派の仕業でしょう」

 ブラッケは、悩んでいるアーデルに声をかけた。

「連中にしてみれば、オトマイアー閣下のように状況を鑑みて慎重にことを進める人物よりも、軍を使って力任せに制圧するアルゲンホフ大将が代わりに総督職に就くのを恐れたはずです」


「……しかし、アルゲンホフ大将を殺害したのは彼の部下たちだ、と現場の兵士たちは言っているようだが?」

「帝国兵の中にも不穏な救国教信者が混じっているのは、先日の報告でもご存知のはずです。そしてアルゲンホフ大将はその苛烈さで有名な人物です。焦って早まった行為にでる者もいるでしょう」


 運悪くアルゲンホフの部下たちにその救国教過激派が潜んでいた。ブラッケはそう結論づけた。

「たまたま私が居合わせたことで悪事が露見した彼らは、それはそれは激しく抵抗しましたよ。捕縛する余裕はありませんでした」

「お前なら、マントを使って敵の攻撃など気にもならないのではないか?」


 アーデルの言葉に、ブラッケは誤解がある、と言う。

「防御は得意ですがね。攻撃の手段はさほど多くないのです。捕まえるのは殺すよりも難しい。閣下も良くご存じかと」

 いずれにせよ、とブラッケは近くにあったアルゲンホフの部下の胸元を探り、そこから救国教のシンボルを象った首飾りを取り出した。


「帝国兵の中にいる反対者をあぶりださねば、他にも犠牲者が出てくる可能性があります。皇帝陛下からの密命を果たすためにも、早急に動かねばなりません」

 そこで、と首飾りを兵士の死体に放ると、ブラッケはアーデルに向かって敬礼する。

「私ならば救国教信者の見分けもつけやすいかと。さあ、すぐに命じてください。”直ちに帝国兵の中から救国教信者をあぶりだせ”、と」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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