92.騎士の処分
92話目です。
よろしくお願いします。
ラングミュア王国の王都内での襲撃事件が発覚し、昏睡状態を続けるアシュリンを騎士達だけでなく城勤めの者たちが皆心配しているなか、国王ヴェルナーは珍しく怒りをあらわにしていた。
「逃げた奴はまだ捕まえていないのか」
「はい。兵士達が追ったようですが、見失ってしまったようです。現在は王都全体に緊急の捜査網を広げ、また王都の出入り口についても手荷物等の検査を厳しくしております」
オットーが冷静に答えると、ヴェルナーは玉座の肘掛けを殴りつけた。
「なかなかに舐めた真似をしてくれるな。アシュリン達が倒した連中はどうした?」
怒りに震えているヴェルナーの様子を見たオットーは、敵の位置がわかればすぐにでも飛び出しそうに見えた。過去に兵士を喪った時にも悲しみの表情は見せたが、これほどの怒りはかつて見たことが無い。
「戦闘により死亡した者以外は、全て毒に因る死亡であろうと医師は判断しております。犯人らが吐いた血液や胃の内容物を食べさせた動物が、同様の症状を見せて死にました」
問題は彼らの身元である。
誰もが王都に住む者たちであり、近くの飲食店にて個室を取って騒いでいたことが確認されている。
その中の一人が食事代を持つことになっていたらしく、支払いを行った人物だけが、死体の中に含まれていなかった。
ただ、昼間から宴会のように騒いでいた連中が、帰りには随分と静かだったと店の者は証言しているという。
「そうすると……その金を払ったという人物が毒を飲ませて町民を操ったということか?」
ヴェルナーの質問に、オットーは「おそらく」と頷いた。
「最初に声をかけた兵士たちによると、平民が城の方へ向かうのを見て不審に思って見ていた所、あちこちの路地から城へ向かいながら集まっていったようです」
恐らくは集団では怪しまれると考えて、途上で集合しながら城を目指したのだろう。
「……ふざけた奴だな」
「陛下。ここから先に関しては騎士達が捜査を続けております。グンナーら諜報部にも密かに探らせておりますので、今しばらくお待ちを。それよりも、今回の件でイレーヌ・デュワーが行ったことへの罰を決めていただきたいのですが」
オットーの言葉を受けて、ヴェルナーは小さく首を横に振った。
「個人的には不問にしたいところだが、仕方が無いんだろうな」
イレーヌは今回の事件にあたり、二つの失策を犯していた。一つは吹き矢と思しき道具で攻撃してきた人物を取り逃したこと。そして、アシュリンの治療を直接エリザベートへ願い出たことだ。
「これを許せば、騎士たちによるエリザベート様への直接の治療依頼を容認することになってしまします。姻戚とはいえ王族の一部。面識があるとはいえ軽々しく、それも城内の者たちが見ている前でやることではありません」
密かにエリザベートへ協力を願いでるのであればまだしも、イレーヌがアシュリンを背負ってエリザベートの執務室へと飛び込んだのは多くの人物が見ていた。
「明文化された罰則はありませんが、なればこそ、騎士として彼女の行為は職権を逸脱したものです。だれの目にも“イレーヌは間違いを犯した”とわかる様に処分を下さねば、騎士たちが誤解しかねません」
イレーヌもアシュリンも、ヴェルナーのお気に入りとして異例の肩書を得ていることは広く知られていることだが、特に失策が無かったので陰口はあっても大っぴらに非難はされなかった。
もしここで、イレーヌがお咎めなしとなってしまえば、不満の声は大きくなるだろう。
「陛下とイレーヌの関係を勘ぐる声も大きくなります。彼女のためでもあるのです」
「……わかった」
「では、イレーヌ・デュワーをここに呼びます。直接の叱責をお願いします」
段取りがすでにできているのか、とヴェルナーはオットーの用意の良さに苦笑しながら、玉座に座りなおして足を組む。
肘を突いてぼんやりと真正面の出入り口を見ながら、憔悴した様子のイレーヌがゆっくりと入ってくるのを見ていた。
騎士隊の制服を着てはいるが、赤い髪は心なしか艶を失い、いつもの自信に満ちた瞳は暗く下の方へ向いている。
同僚の女性騎士に付き添われてヴェルナーの前に来た彼女は、敬礼では無く跪いた。自分が何のためにここへ呼ばれたかを知っているのだろう。
「イレーヌ・デュワー。戦闘時の状況を改めて聞こう」
一度報告書を作っていることもあって、イレーヌの説明は簡潔に整理されていた。概ねオットーから聞いた内容と違いは無く、要所にイレーヌの所見が入る。
「恐らく使われたのは吹き矢であったかと。また、男性であると思われます」
「見たのか?」
「逆光でしたが……あたしなら見ればわかると思います」
その言葉が意味するところはヴェルナーにもすぐにわかった。
「……寮に、いや、親の領地に戻って謹慎しろ。一ヶ月だ。以降この件に首を突っ込むことを許さん」
「陛下!」
顔を上げたイレーヌの視線を、ヴェルナーはまっすぐ受け止めた。
「後は任せろ。今のお前は冷静じゃない。少し頭を冷やせ」
「くっ……」
顔を伏せたイレーヌに、ヴェルナーは近くに来るように命じた。彼はオットーから受け取った書類に処分の内容とサインを書き入れて押印すると、数段の階段をゆっくりと踏みしめて近くへきたイレーヌへと手渡した。
「辞令だ。今日のうちに地元へ出立するように。また、家族に対してもこの件について話すことを禁じる」
「はっ。かしこまりました」
恭しく受け取ったイレーヌに、ヴェルナーは彼女とオットーにだけ聞こえる程度の声で話した。
「そうだ。お前の両親に預かってもらいたいのがある。お前には念の為護衛をつけるから、ついでにデュワー男爵領まで運んでくれ。くれぐれも、慎重にな」
「お父様たちに……? わかりました」
何かあるのだろうかと疑問に思ったイレーヌだが、今はヴェルナーと長く話すのは無礼だろうと感じ、素直に頷いて下がった。
騎士に付き添われて退室したイレーヌを見送ると、ヴェルナーは早々に奥へと下がった。オットーは先ほどの記録を書記係から受け取り、その後に従った。向かっているのはヴェルナーの執務室だ。
「いささか、甘いような気も致しますが、実にヴェルナー様らしい措置かと」
「それよりもだ。今からの説得の方が、骨が折れると思わないか?」
執務室に戻ったヴェルナーは、秘書官たちにしばらく外へ出ているように伝えると、オットーの言葉に苦笑した。
「ですが、陛下以外にそれが出来る方がおられますでしょうか? それに、きっと王妃様たちもご理解くださいますとも」
「だと良いけどな」
●○●
寮で荷物をまとめたイレーヌが建物から出ると、すでに馬車と護衛の人員が用意されていた。
馬車は通常使われる箱馬車では無く、高級貴族が使うような立派な箱馬車であり、それも三台も連なって王城前で大きなスペースを取っている。
「……随分と仰々しい気がするのだけれど。って、ファラデーさん!?」
馬車のまわりで馬の轡を取って待機していたのは、兵士から騎士爵へと昇格したファラデーだった。
「ああ、お待ちしておりました」
ファラデーはイレーヌを見つけると敬礼した。
ヴェルナーが第二王子であった頃から専属兵士であった彼とその部下たちは、揃って騎士爵を得てからもデニスと並びヴェルナー直属の騎士として特別な地位を得ている。
元平民と言っても、とてもではないが一介の騎士や男爵令嬢を護衛するような立場では無い。
「こちらの馬車へどうぞ。荷物は後続の馬車に乗せますので、預かりますよ」
「あ、はい。……じゃなくて、どうしてファラデーさんが?」
彼だけでなく、同じ騎士爵になった部下たちと共に、それぞれの下に五名ずつ計三十名の護衛が付くとファラデーは言う。
「理由は、馬車に入られたらわかっていただけるかと。それよりもなるべく早めに出立するように陛下から言われておりますので」
目をむき出しにしたような形相のファラデーは、淡々と話しているだけで妙な迫力がある。急かされるように馬車のステップへと足をかけたイレーヌは、内心寂しいものを感じていた。
「早く出て行け、ということね……」
イレーヌはヴェルナーから嫌われたと感じ、目の奥が熱くなる。
アシュリンを救うために、エリザベートを訪ねたこと自体に後悔は無い。だが、ヴェルナーという存在にそれが解ってもらえなかったような気がして寂しかった。
もう、ヴェルナーの護衛として従う機会は来ないかもしれないと思いながら馬車へと踏み込む。
「どうしたの、そんな顔をして」
「え、エリザベート様? それに、マーガレット様も!?」
「あまり大きな声を出さないでね、イレーヌさん」
「そうよ。これはお忍びなのだから」
人差し指を立てて静かに、と示したマーガレットは、エリザベートと並んで馬車の側面にベンチ上に並んだ椅子の上に座っていた。
その目の前には、無理やり押し込まれたようなベッドが載せられている。そこに眠っているのは、アシュリンだった。
「陛下がね、王城を狙う輩がいるようだから、しばらく避難しなさいって」
少し不満気にマーガレットが言うと、エリザベートも頷いた。
「わたくしたちだってお役にたてるのにね。でも、アシュリンのことも気になるし、貴女の御実家に一緒に行くのも楽しそうだから」
震えているイレーヌの肩を抱いて、マーガレットは自分の隣へと座らせた。
「イレーヌさん。ヴェルナー様はアシュリンさんを危険な王城から離して治療に専念させたいと仰せだったの。そして、彼女が目を覚ました時に、貴女の家で貴方がいれば安心するだろうから、と」
「表向きは叱責しておかないといけないから、こんな回りくどいやり方になったようね。でも、陛下は貴女のことを嫌ってはいないわよ。むしろ、感謝しているくらいね」
そして、マーガレットがヴェルナーからの伝言としてアシュリンを救うために迷いなくエリザベートを訪ねたことへの礼を言うと、イレーヌは顔を押えて泣き始めた。
「ほら、そんなに泣いていたらアシュリンさんが心配しますよ」
「そうね。片道三日はかかるんでしょう? それまでにアシュリンが起きるかも知れないんだから」
「では、出発します」
ファラデーが小窓から声をかけ、車列はゆっくりと進み始めた。
表向きには失敗した騎士数名が領地にて謹慎するためのものとして、馬車の窓は外から見えないようにしっかりと閉ざされている。
こうして、二人の王妃と二人の女性騎士は、王都から一時的に離脱した。
ヴェルナーはこの機会に、王都内でなんとしてでも敵の正体を掴むつもりだった。
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