表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/178

91.刺客と毒

91話目です。

よろしくお願いします。

「そういう任務の時は城から貸出される。それえ充分じゃないか?」

「馬鹿ね。あんな地味で当たり障りの無い服を着ても目立つはずないじゃない」

 ラングミュア王都の貴族街にある店にて、次々とサンプルのドレスをアシュリンに当ててチェックしながらイレーヌは力説する。

「別にこういうドレスを着るパーティー会場の護衛で目立つ必要は無いのでは?」


 言われるままに色とりどりのドレスを当てられながら、高価な姿見の前で自分の顔を見ながらアシュリンは首を傾げた。

「仕事中でも、男たちは女性のことを観察しているのよ。貴女も見られているのは気付いているでしょう?」

「わからないな。別にどうで良いことじゃ……」


「そんなんじゃ駄目よ……あ、これ戻してください。次はそこからそこまでを」

 抱えていたドレスを全て店員に返したイレーヌは、別のドレスを用意するように伝え、渡されたドレスを再びアシュリンに当てていく。

 後ろから手を伸ばし、鏡にうつる鮮やかな赤いドレスとアシュリンの顔を交互に見ながら、イレーヌは頷いた。


「赤が似合うわね」

「こんなにひらひらしていると、動きにくい」

「その時はやぶっちゃえば?」

 下級貴族も利用するドレス店で割合安価なところとはいえ、それでも一着当たりの金額は平民の数ヶ月分の収入に等しい。高給取りのアシュリンでも、それは躊躇してしまう。


「それに、陛下のことも考えなくちゃ駄目よ?」

「ヴェルナー様の?」

 意味が解らないという様子のアシュリンに、イレーヌは自分たちの態度だけでなく佇まいも含めた護衛の姿も、ヴェルナーを飾るものだと力説した。

「貴女が地味な格好をしていたら、ラングミュア王の威厳に綻びを作ることになるわよ? 護衛であっても貴族でありそのセンスが問われるということを、ちゃんと理解しなさい」


「なるほど……。じゃあ、自分じゃよくわからないからイレーヌ、お願い」

「任せなさい!」

 赤いドレスは買うことにして、他の色や少し足を見せるようなデザインのものを試したりと、たっぷり二時間は買い物に費やした。

 あとは選んだデザインの物をアシュリンの体形に合わせて仕立て直すのを待つことになる。


 遠征から戻り、揃って休暇を取れた二人は昼食からドレス選びに回り、適当な店でお茶でもしようと町を歩いていた。

 貴族向けの高い店が多い場所であり、道行く人はあまり多くない。貴族そのものが減ったこともあるが、平民たちの町が賑わっているために余計そう感じられるのもある。

「何か……喧嘩か? 騒々しい音が聞こえる」


「耳良いわね……。どっち?」

 呆れながらも、イレーヌは騎士として見逃すことはできなかった。

 小さなナイフ程度しか武器を持っていないが、現場に行けば指揮くらいはできるし、雷撃魔法もあり、アシュリンに至っては素手でも十分戦える。

「あっちだ」


 アシュリンが先行し、イレーヌが追う。

 数ブロック進み城にも近い貴族の住宅街へと入っていくと、すぐに現場は見つかった。

「敵!? こんな街中で!」

 巡回の兵士であろう王国の兵と、見慣れない装備の男たちが剣を掴んで睨み合っている。すでにお互いに一人ずつ倒れ伏しているが、十名弱の男たちと五名程の王国兵は助ける余裕は無いようだ。


「ちっ、一体なんなの? ……食らいなさい!」

 隠し持っていたナイフを取り出すと、イレーヌは身元がわからない相手に死なない程度の雷撃を加える。

 二人が雷撃に貫かれて倒れているあいだに、躍り込んだアシュリンが二人を殴りつけ、その勢いのまま流れるような回し蹴りを放つ。


「おぅっ……」

 アシュリンの踵で綺麗に顎を撃ちぬかれた相手は、小さなうめき声を残して気を失った。首が折れなかったあたり、彼女も手加減をしている。

「じょ、女性が……?」

「落ち着きなさい。あたしたちは城詰めの騎士よ」


 家名も合わせて所属を名乗り、状況を説明しろ、と求めたイレーヌに一人の兵士がはっきりとはわからない、と答えた。

「城に向かいながら人数が増えていく集団を見つけて尋問したのですが、突然攻撃されまして……」

 倒れている兵士は不意打ちを受けたらしい。最初に倒れている相手は、不意打ちを受けた兵士が咄嗟に反撃した成果らしい。


「では、敵の正体はわからないわけね。なら、さっさととっ捕まえるわよ!」

 新たな雷撃で一人を打ち倒すと、怯む相手に向かってイレーヌは吶喊する。

 相手は上着にでも隠していたのだろう。全員が然程長くはない剣をもっていた。一人がそれを突き出してくるのに対し、イレーヌは軽やかにステップを取って距離を取り、ナイフを相手の武器に当てて雷撃を通した。


「びっ……!」

 歯を食いしばって震えた相手が斃れると、イレーヌは妙に鼻につく臭いを感じた。

「何かしら?」

 戦闘中に誰かが失禁したりすることは珍しくないのだが、それとは明らかに違う刺激臭に身構える。気のせいか、少しだけ眩暈を感じる。


 ふと足元を見ると、先ほどの雷撃で倒れた敵の剣が、どす黒く変色していた。

「これって……」

 何かに気付いたイレーヌは、近くで戦うアシュリンに声をかけた。

「剣に毒を塗っている奴がいる! 気を付けて!」

 言いながら、アシュリンは一気に後方へとぐいぐい下がる。毒と確定したわけでは無いが、万一即効性のものであった場合、刃がかすっただけでも危険だ。


「あんたも距離をとりなさい!」

「わ、わかった」

 素手で戦っているアシュリンは、周囲に敵を三人抱えて奮闘している。毒と聞いて慎重になっているせいでうまく包囲を抜け出せないのもあるようだが、何か躊躇いが見える。

「ああ、もうっ!」


 アシュリンの背後に回り込もうとする一人を雷撃で倒すと、イレーヌはアシュリンと背中合わせに構えた。

「何をしているのよ!」

 一人の兵士が腕を斬りつけられ、痙攣しているのを見た。

 その様子を見て動きが止まった敵に、イレーヌの雷撃が奔る。


「ちっ、やっぱり毒みたいね。いったいこいつらなんなの?」

「どこか変だ。さっきから、敵が何か小さく言っている……でも……」

 一人の兵士が足を斬りつけて倒した兵士を捕縛しようとしたのだが、戦えないと悟ったらしい敵は、自らの剣を自分の腹へと突き立てた。

 大量の血を吐きながら、痙攣していた敵はすぐに息絶えた。


「やはり……それなら!」

 アシュリンは敵の斬撃をかいくぐり、思い切って敵の両腕を押えこんだ。

 丁度眼前に迫った相手の胸板に頭突きを入れ、相手が痛みに悲鳴を上げて剣を落とすのを確認すると、間近に見上げる。

「何を狙っている!」


「兵士を殺さないと、げ、解毒剤が……」

「どういうことだ? 毒を使っているのはそっちの方だろう!」

 両腕に力を入れて相手の背骨が軋む音を立てる程に押し込むアシュリンだが、それでも抵抗を続けることに驚いた。

「大人しくしろ! 死にたいのか!」


「死にたくない、死にたくないから戦っているんだ!」

「だからどういうことかと……あっ!?」

 急に相手の瞳が左右に痙攣し始めたかと思うと、その口からたらりと血が零れた。

「くっ!」

 正体がわからない状況に、アシュリンは掴んでいた手を放すと同時に、敵の腹を蹴り飛ばして距離を取った。


 大して強い蹴りを入れたわけでは無いが、建物に激突した相手は動かなくなった。

 それを皮きりにして、抵抗していた者たちは次々と倒れていく。

「うぐぁ……」

 誰もが血を吐き、すぐに倒れる者もいれば、痛みに七転八倒している者もいた。

 その異様な光景に、アシュリンやイレーヌ、そして他のラングミュア王国兵たちも唖然として立っていた。


「どうなってるの?」

「わからない。でも、何か異常が起きているとしか……ん?」

 アシュリンはイレーヌと顔を見合わせると、丁度見上げる格好になるイレーヌの顔の向こう側、四階建ての建物の屋上に人影を見つけた。

 逆光でシルエットしか見えず、何か動いているということしかわからない。


 わからなかったが、アシュリンは何かをこちらに向ける動きを見た。

「イレーヌ!」

「えっ? 痛っ!」

 慌てて身体強化を使い、イレーヌの身体を両手で掴んだアシュリンは、とにかく力任せにその場から押し退けた。


「きゃっ!? な、何するの……よ?」

 尻餅をついたイレーヌが非難の目を向けると、アシュリンが左肩に長い針を突き刺された状態で、ゆっくりと倒れていくのが見えた。

「上……」

 アシュリンには似合わぬほどに弱々しく上げられた右手が、屋上の人影を指差した。


 呆気にとられて口を開いたまま倒れる親友の姿を見ていたイレーヌは、アシュリンの声で我に返ると跳ねるように動いて飛びついた。

 どうにか地面で頭を打つ前にアシュリンの身体を抱えることに成功したイレーヌは、屋上を見上げた。そこには、慌てた様子で背を向ける人影が見える。

「あの建物! 屋上に敵! 捕まえて!」


 息を切らせて命令を下したイレーヌは、兵士達が反応したかどうかも見る事無くアシュリンの顔を覗き込む。

 荒い息を吐いていて、まだ生きていることが分かったイレーヌは速攻性では無かったらしいことに安堵しながらも、急いで針を抜き、服を破る。

 露わになった傷口は丸く小さな穴が開いており、ぷっくりと溢れる地が零れていた。


「アシュリン! しっかりしなさい!」

 ためらいなく傷口に口を付けると、据えるだけ血液を吸い取り、地面へ吐く。服や口が血で汚れることも構わず、幾度か続けてから手持ちのハンカチを押し当てた。

「城に行くわよ! 治療を受けるまで、ちゃんと起きてなさいね!」

 小柄なアシュリンの身体を背負ったイレーヌは、猛然と城へと走る。


城門の番兵が顔見知りであることを幸いに、ほとんど駆け抜けるように城へと入ると、治療室へ向かうかエリザベートの執務室へ向かうか、一瞬だけ迷った。

「イレーヌ……」

 アシュリンの声とは思えない程小さな呟きが聞こえると、イレーヌは泣きそうな顔をして階段を駆け上がった。


「ま、待て!」

 廊下を走るイレーヌを騎士の一人が止めようとしたが、それがアシュリンを抱えた彼女であると知ると、並走し始めた。

「エリザベート様は!?」

「恐らくは執務室におられると思う。が、どうしたんだ? ウーレンベックは大丈夫なのか?」


 イレーヌは答えず、息を切らして膝の力が抜けそうになる身体に気合を入れて走った。

 そして、エリザベートの執務室へと到着すると、ノックもそこそこに駆け込んだ。

「イレーヌさんですか、もう少し落ち着いて……どうしたの?」

 様子がおかしいことにすぐに気付いたエリザベートが、部屋に入るなり膝を突いてアシュリンを横たえたイレーヌへと駆け寄った。


 エリザベートの顔を見たイレーヌは、立つこともせずにそのまま床にひれ伏した。

「騎士ごときが直接このようなお願いをすることが非礼であることは百も承知でお願いいたします! アシュリンを、あたしの親友を助けてください!」

「落ち着きなさい」

 ぴしゃりと言われ、イレーヌが顔を上げるとすぐ目の前に膝を突いたエリザベートの顔があった。


 両頬をエリザベートの手が叩き、イレーヌは驚いて目を見開いた。

「ここですぐに治療しますから、怪我の状況を教えなさい。……貴女が落ち着かなくてどうするのです」

 ボロボロと零れてくる涙を拭ってイレーヌがアシュリンの怪我と毒について語ると、エリザベートは宣言通りに治癒魔法を発動した。


 傷は治った。しかしエリザベートの治癒魔法でも完全な解毒はできない。この日から、アシュリンは城内の一室でまる三日間眠りつづけた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ