9.訓練生の初陣
9話目です。
よろしくお願いします。
ヴェルナーとミリカンは素早く馬をおりると、兵士達に拘束された斥候の青年に近づいた。
「ヴェルナー様。岩陰に潜んでいたのはこの者のみです。他には誰も見当たりません」
「わかった。尋問を行うから、そいつの手足を縛ったらお前たちは周囲の警戒を頼む。あ、手は後ろじゃなく前で縛れよ」
「はっ!」
キビキビと動いてくれるファラデーたちの動きに、ミリカンは感心するように頷いた。その彼に、ヴェルナーは後ろで呆然としている二人の騎士訓練生を指した。
「尋問を見せた方が良いと思うんだが、校長殿が“まだ早い”と思うなら、周囲の警戒にでも走らせるか?」
「いえ。これも勉強です。いずれ自分でも同じことをしなければならぬ時が来るでしょう」
ミリカンは二人に向かって手振りで近くに来るように指示を出した。
「それにしても、何故手を前にさせるのでしょう。通常捕えた捕虜は後ろ手に縛るものですが」
「余計な真似をさせないためだよ」
指示通りに縛り上げられた青年が目の前に座らされたところに近づいたヴェルナーは、相手の前腕あたりに触れて袖を破って小さなナイフを取り出した。
「見えないところで、こういうものを取り出して縄を切ったり反撃したりしてくる可能性があるからな」
「み、見事な見識です」
「騎士訓練校の校長であり、勇名とどろくミリカン殿に褒めてもらえるなら、光栄だね」
と笑いながらヴェルナーは青年の膝に奪ったナイフを突き刺した。
「ぐあああ……!」
「さて、まずはアシュリン・ウーレンベックに聞こう。今の時点でわかる事は?」
突然水を向けられたアシュリンは、慌てて兜を脱いだ。一つまとめにしていたポニーテールが揺れる。
「はい。村の者たちはそれだけ王国からの討伐軍を恐れている、と自分は考えます。それだけ村の軍備は貧弱であり、このまま急襲すれば勝利は間違いありません」
「うーん……落第点」
「えっ?」
あっさりと答えを否定され、丸く大きな目をさらに見開いているアシュリン。
ヴェルナーは彼女を放っておいて、イレーヌの方を指名した。
「はい。正確にはわかりませんけれど……」
イレーヌはしばらく考えて口を開いた。
「農村の民がそのような知恵や技術を持っているのは変。というのはあたしにもわかります」
「まあ、そうだよな。つまりこいつはミソマ村の人間じゃない可能性が高い。あるいは、ミソマ村で誰かがこういう技術を教えたのかも知れない」
語りながら、ヴェルナーはミリカンに顔を寄せた。
「ひょっとして、アシュリン・ウーレンベックは座学の成績はあまり良くないのか?」
「残念ながら……ただ、戦闘技術だけならば随一です」
なるほど、とヴェルナーは悔しそうな顔をしているアシュリンの肩を叩いた。
「気にするな。経験を積めばそのうち慣れる」
十二歳らしからぬ言葉を吐いたヴェルナーはアシュリンの言葉を待たずに斥候役の青年の所へ戻った。
そして、質問も何もせずにひたすら手足をナイフでなぞるようにいたぶり続ける。
「や、やめてくれ……何でも喋るから!」
懇願が聞こえても、ヴェルナーの手は止まらない。
あちこちから血を流し、痛みと恐怖に震える様子を冷静に観察しながら、気絶しない程度の痛みを与えていく。
「ひぃいいいい……」
とうとう失禁した青年はヴェルナーに髪を掴まれて、涙と鼻水でグシャグシャになった顔を無理やり上に向けさせられた。
そこで見たのは、無表情で自分を見下ろす子供の姿だ。
「全て話せ。俺が嘘だと思ったら、片目ずつ抉る。一度までならまだ片目が残るが、二度嘘をつけば……」
「話す! 全部話します!」
彼はミソマ村の農民ではあるが、村を出入りしている兵士達から訓練を受けたらしい。今回の武装蜂起も、その兵士達が主導で起こしたという。青年は命じられて斥候に出てきたらしい。
「兵士がどこから来ているのかは知りません! ただ、村の倉庫で何かを預かっているらしくて……」
ミソマ村は王の直轄地にあるが、実務としてはリグトという官吏が徴税などを行っている。だが、下級官吏程度が兵士を動かせるはずも無い。
青年が言うには、兵士は揃いの鎧を着た者たちで、統率もとれており賊の類では無いという。
「とすると、どこかの誰かが送った兵士達が、あえて王国に弓を引いた事になるのか」
禁制品を握っているとするなら、騒ぎを起こす意味は無い。逆に目を引いてしまう以上デメリットしかない筈だ。
理由が読めないな、とヴェルナーはスラムで捕えている官吏リグトから先に情報を聞き出すべきだった、と後悔していた。
「一度王城へ報告をすべきではありませんか?」
考え込むヴェルナーに、ミリカンはそう進言した。だが、ヴェルナーは断る。
「通常なら、そうするのが当然だろうな。だが、今回はこのまま村へ行く」
ヴェルナーは言葉にはしなかったが、この件が農民の武装蜂起に止まらない、もっと根の深い物があるとわかった以上はある程度事情がわかるまでは他の貴族たちや王に知られるべきではないと考えた。
これは“誰かの弱み”なのだ。あるいはひっそりその情報を握る事で自分の覇道を有利に運ぶ助けになるかも知れない。
皆が気おくれして誰も指摘しなかったが、ヴェルナーはひどく悪い顔で笑っていた。
●○●
斥候の青年を適当な木に括り付けて放置し、簡単な打ち合わせを済ませて再び馬を進める一行の前に、二十人程の兵士たちが道を占拠するように屯しているのが見えた。
ヴェルナー達の姿を見た彼らは、一様に慌てた様子で整列して待ち構える。
「ラングミュア王国第二王子ヴェルナーだ。反乱討伐の王命を受けての進軍である。道を開けよ」
先頭にいるヴェルナーが堂々とした態度で声をかけるが、兵士たちは顔を見合わせるだけで道を開こうとはしない。
「聞こえなかったか?」
と再度尋ねたヴェルナーに対し、兵士たちは剣を抜く。
「無礼者!」
ミリカンが大喝したが、意に介した様子も無く敵は剣を構えて走ってくる。
「やれやれ……」
敵だとはわかっていたものの、まるで言葉を交わす事もなく襲ってくるとは思わなかった、とヴェルナーはため息をつきながら右手にプラスティック爆薬を生み出す。
「ミリカン。俺が敵の足を止めるから、その間に二人を連れて敵の後背へ回り込め」
「ですが……」
「この程度の敵、俺一人でもすぐに片付けられる。お前の生徒に経験を積ませるチャンスだぞ?」
「……御意」
「じゃあ、やるぞ」
ヴェルナーが軽く手を振って投げた物は、彼の部下であるファラデーたち以外は正体を知らない。
敵兵最前列。その目の前に落ちた物を見て、敵兵たちは警戒して一度足を止めたが、それが単なる粘土に見えたのだろう。
改めて正面を向いた兵士達。その眼前ではプラスティック爆薬を放ったまま、右手を掲げているヴェルナーの姿があった。
「さっさと終わらせないとマーガレットがまた心配するからな」
ヴェルナーが指を弾いた瞬間、爆ぜたプラスティック爆弾によって四人がなぎ倒され、兵士全員の足が止まった。
●○●
「あれが、王子の魔法……!?」
「まさか。粘土を生み出すだけの、何の役にも立たない魔法って聞いたわよ?」
突然の爆発を見て、ミリカンについて馬を走らせていたアシュリンとイレーヌは顔を見合わせた。
馬は訓練に使っている訓練校から連れてきているので、大きな音や急な加速などにはなれていたのが幸いだった。不慣れな馬なら、音に驚いて振り落されていたかも知れない。
「何をしておる! 急がんかあ!」
ミリカンは活き活きとした顔をして、剣を抜いて馬を走らせていく。
「問題はあのハゲよ。あたしたちのおまけでついて来たのに、自分が一番張り切ってるじゃない」
「現役の頃を思い出しておられるのでしょう。自分たちも頑張らねば!」
アシュリンは槍使いだが、敵の背後に回り込めたところで馬から飛び降りた。分厚く長めの穂先を持つアシュリンの槍は、振り回すだけで馬に負担がかかる。
同時にイレーヌも馬から降り、すぐに魔法を放つ。
「痺れなさい!」
突き出したサーベルの切っ先から、眩しい光を放つ雷が迸る。
背後から魔法攻撃を受けた敵兵は、半分がこちらを向いた。
「ぬおおお!」
方向転換途中の敵に、馬に乗ったままのミリカンが吶喊する。
大剣が振るわれ、斬るというより殴りつけるような恰好で一度に二人の兵士を殺した。
「遠慮はいらぬ! 敵は殺せ!」
「ころ……」
馬上からミリカンが叫ぶ声に、アシュリンは足がすくむ。
訓練では誰にも負けない自信があったが、まだ人の命を奪った事は無いのだ。見ると、イレーヌも額から汗を零していた。
先ほどの魔法も、敵を殺してはいない。多少の火傷は追わせたが、気絶しているだけだ。
「何をしておるか! 殿下の御前で情けない面をしおって……ぬおっ!?」
躊躇するアシュリン達の前で、ミリカンが兵士数名に囲まれた。流石に馬と自分を守りながらでは思うように戦えず、おまけにすでに息が上がり始めている。
「校長! ……やるしかない!」
動いたのはアシュリンだった。
小さな身体が爆ぜるように飛び出すと、空気をも切り裂くような槍の一撃がミリカンに群がる敵兵を鎧ごと三人まとめて薙ぎ払った。
穂先が直撃した兵士は身体の半分まで刃が食い込んでおり、即死している。
広がる血の臭いに、アシュリンは喉の奥からこみあげてくる物を止められなかった。慌てて兜を引きはがし、口から朝食を吐き出した。
「おええ……」
「立ち止まるな!」
馬から飛び降り、ミリカンはアシュリンに近づく兵士を叩き殺した。
嘔吐しているアシュリンはミリカンに頬を打たれ、涙目になりながらも次の敵を突き殺し、背後の兵に石突を喰らわせて胸の骨を叩き折る。
ミリカンも堂々たる構えで敵兵の攻撃を最小限の動きでいなすと、轟音と共に大剣を叩きつけた。
ほどなく、ヴェルナー側とミリカン側とで損害なく二十名の敵を撃滅する事に成功した。ヴェルナー付きの兵士が一人軽傷を負っただけだ。
ミリカンも奮戦し五人を倒し、アシュリンも同数を倒した。初陣としては立派な戦果だが、彼女本人は不本意だろう。何しろ、嘔吐と涙で顔をぐしゃぐしゃにしての戦闘だったのだ。
戦いを終えてから慌てて水筒の水で濡らした布で顔を拭うアシュリンは、他の者から見れば微笑ましいものに見えた。これで、村での戦闘も問題無くこなせるだろう。
だが、ヴェルナーにもミリカンにもはっきりとわかる課題が出来てしまった。二人の視線は、倒れ伏す敵兵の死体を震えながら見ているイレーヌへと向いた。
結局、彼女はこの戦闘で誰一人殺す事が出来なかったのだ。
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