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89.男爵家の女傑

89話目です。

よろしくお願いします。

「改めてご挨拶を。ホーホ男爵家のコルドゥラと申します、陛下。昨日のパーティーでは、あまりご挨拶もできずに申し訳ありません。それに今も、お約束の無い訪問にも関わらず、お時間を頂きましてありがとうございます」

 派手な金髪を揺らしながら挨拶をする姿は、二十代後半には見えない程若々しく見える。女性としては多少背が高めで、小さめの瞳に丁寧なアイシャドーを施し、柔らかな色のドレスを着ているにも関わらず鋭い印象を覚える。


 ヴェルナーは謁見の間に訪れたコルドゥラの様子を見ていたが、昨夜のパーティーで見た時と変わらない印象を確認していた。

「それにしても随分と速いご訪問だが、どうやって王都まで?」

 ヴェルナーは昨夜のパーティー後、宿泊する事無く夜の道を馬車にて一晩かけて王都まで戻る強行軍を行っている。


「陛下がお帰りになられた後、すぐに用意をして家を出ました。流石に王家の馬には追いつけませんでしたが、先ほどようやく王都へ到着いたしましたの」

「そうか。宿は決まっているのかね?」

「いえ。それはまだですが……」

「王都の宿でもすぐに良い部屋は取れないだろう。城内に部屋を用意させよう」


 コルドゥラが返答をする前に、ヴェルナーはオットーに命じてさっさと決めてしまった。侍従たちの部屋も城内に用意することになり、コルドゥラは再び礼を言った。

これも彼がコルドゥラが目的の話をする前に、ある程度立場を確認させる為にやったことだ。無用かも知れないが、一方的に話をさせると危険なタイプかも知れない。

「最初から話がそれてしまった。それで、今日は何の用だろうか?」


 ヴェルナーがさっさと話を進めていくのに呆然としていたコルドゥラだったが、促されて我に返ると開口一番に「お願いがございます」と頭を下げた。

「我がホーホ男爵家に、王国の技術開発への出資をさせていただきたいのです」

「出資とは……。それはありがたい話だが、我が国がどのようなことを行っているのかご存じなのかな?」


「海軍を中心とした船舶の開発のほか、蒸気という新たな動力の開発もなさっておいでとか。他にも何やら新しい武器を扱う部隊も作られたとか」

 大した情報力だ、とヴェルナーは舌を巻いた。

 この世界に一応は新聞のような報道機関はあるものの、それも王都内で一部の者たちが買う高価な物だ。


 ホーホ男爵領にそれほど早く情報が回るとも思えず、コルドゥラか男爵家の誰かが熱心に情報収集をしていると思われる。

 どうやら口が上手いだけでは無いらしい、とヴェルナーはホーホ男爵家の評価を改めた。

「良くご存じだ。だが、それらは国家としての事業であって、決して儲けがでるという類のものでは無い。出資はありがたい話だが、利益にはならないと思うが」


「陛下は、本当にそのようにお考えですか?」

「というと?」

「あくまで軍事目的とされていますが、他国でそうであった通り、船があれば物資を各地へ大量に輸送できます。また、開発中の蒸気機関というものが完成すれば、それは船だけでなく陸でも利用可能です」


 コルドゥラは語り続ける。

「陸上で馬車に変わる画期的な輸送手段が出来たとすれば、国内の流通はその新たな輸送手段頼りになるのは間違いありません。その技術を王国が押さえているとすれば、輸送にかかる全ての利益は王国のものとなるでしょう」

「面白い未来図だが、果たしてそんな簡単に事が進むとお思いかね?」


 冶金技術も加工技術もまだまだ発展途上に過ぎない。ようやく帆船が形になりつつあるという程度であり、まともな蒸気機関ができるまでには多くの資材と実験、そして資金が必要になるだろう。

「簡単では無いでしょう。ですが、流通を押える立場にあるというのは非常に大きな意味があります。貴族は権力によって人を治めておりますが、大商人は資金力によって人を動かします」


 そして、ヴェルナーはその両方に合わせて実力を以て国を治めている、とコルドゥラは評した。

「陛下が発案されることは軍事に止まることなく、もっと広い範囲に大きな影響を与えるでしょう。それとまた、陛下にはこれまでの王とは違う特徴がおありですわ」

「特徴、とは?」


「陛下が貴族の支持を必要とされず、王族と忠臣たちのみで立っているということです。いずれ陛下の治政が続けば、ホーホ男爵家だけでなく多くの貴族家が有名無実と化すでしょう……いえ、すでにその兆候はあります」

「それは些か、穿ち過ぎた見方とは言えないか? 現に昨夜行われた男爵家でのパーティーの他、戦争が落ち着いてからは貴族たちとの交流も進めているのだが」


「確かに、昨日は我が家の招きに応じて下さったことは感謝しております。ですが、その目的は決して貴族との交流にあるとは思えません」

 コルドゥラは、男爵家がある町で聞き込みをしていた商人風の者たちがいたことも把握しており、何よりヴェルナーが当主よりもその家族との会話を優先し、さらには使用人たちにも分け隔てなく声をかけていたことも指摘した。


 当初は就任直後に二人の妻を娶り、お気に入りの侍従と噂される者たちも女性騎士が多いことなどから、単に好色なのかと考えたが、それでも腑に落ちない点がある。

「何より、あたくしや隠居同然の母ともお話され、その知識や考え方を探るような内容でした。騎士爵への登用制度を作られたことを考えると、陛下は身分や性別などとは無関係に、優秀な者を選別しようとなさっておいでだと思ったのです」


「ふむ……。大した慧眼だと褒めたいところだが、“選別”という言葉は少し違う気がするな。正直に言うと、ただ単に文官として有用な人材を探していただけだ。貴族を切り捨てるようなことは考えていない」

「陛下ご自身はそうお考えでも、結果として貴族が不要となる時代が来るのではありませんか?」


 ヴェルナーは沈黙し、目の前で直立したままのコルドゥラと目を合わせた。

 どれほどの先見性があれば、貴族という存在の不安定さに思い至るのだろうか。実際にヴェルナーは多くの貴族を処断してきたし、それらの家は断絶させ後釜を据えずに領地を王家に接収している。

 だが、パーティーや茶会を通じて確認したが、ほぼ全ての貴族は“あれは付くべき人物を間違えた結果だ”と認識していた。


 コルドゥラの兄であるホーホ男爵家当主も同様の認識であり、ヴェルナーに対して「マックス王子の招集に応じなくて良かった」と胸を撫で下ろしている旨を伝えている。

 ヴェルナーとしては自分の権力を強化する為にある程度貴族の“整理”をすることに躊躇いは無い。そこには、貴族が重要視する血統や伝統は何のプラス評価にもならない。

「残念だが、その未来予想図が実現するか否かまでわかる程、俺は万能では無い。が、例えばそのような世界があるとして、なぜコルドゥラ嬢は技術開発への出資を進言するんだ?」


「一つは、王家とのつながりを強化し、出資者としてそれなりに立場を保っておきたいと考えてのことです。また、陛下が“未来図”と言われる将来に、他の者たちよりも新たな技術について先んじることを目指しています」

 そして、とコルドゥラは一呼吸置いた。

「貴族がその特権を失った時、頼るべきは何か。それを考えた結果ですわ、陛下」


「ふむ……」

 ヴェルナーは、後ろに控えているオットーをちらりと見た。

 オットーは目を閉じて小さく頷いている。

「一つ聞いておきたい」

「なんでしょう、陛下」


「コルドゥラ嬢は貴族家当主では無い。だというのに、何故ホーホ男爵領にそこまで貢献しようとしているんだ?」

「全ては、兄の子。甥のためです」

 急速に変わっていくラングミュア王国の中で、血統による権力だけで生き残れるか否かが不安になった時、彼女は次期男爵である甥の為にできることを考えた結果だという。


「陛下が男爵家にお越しになられとこと、僥倖でした。陛下のお考えを確認する良い機会となりましたし、お礼のために王都へ向かう口実にもなりましたので」

「甥のためにそこまでする理由は?」

「……子のいないあたくしにできる、男爵家への数少ない貢献です」

 コルドゥラが嫁に行っていない理由はわからないが、彼女なりに甥を可愛がっているのだろう。教育などは兄や兄嫁が考えることであり、コルドゥラは領地運営に多少協力しているだけだという。


「わかった。男爵家からの出資の件、ありがたく受け入れよう」

「ありがとうございます、陛下」

「それで、一つ提案だが」

 一礼するコルドゥラに、ヴェルナーは人差し指を立てて見せた。

「城で文官として働く気は無いか? 折角だ。金を出すだけでなく、新たな技術を間近で見ておくのも良いと思うが?」


●○●


 即日、コルドゥラは城仕えの文官として採用されることとなった。

 内務省の技術部門所属となり、ヘルマンの部下となる。翌朝早速、城内にある技術部の部署へと訪問したコルドゥラは、城に戻っていたヘルマンへの挨拶もそこそこに、室内を見回して言った。

「汚い」


 技術部門はヘルマンを筆頭に物作りに興味がある者が多く集まり、自然と男所帯になっていた。次々と作られる試作品のチェックや新たな技術の設計などで城内でも一二を争う忙しい部署であることもあり、書類や道具などの整理は後回しになっていた。

「ああ、忙しいんで、つい……」

「これは酷過ぎますわ。すぐに整理しておきませんと、こんな荒れた部屋が王城にあるとなれば、陛下の評価にも関わりますわ」


 コルドゥラはその場にいた職員たちにてきぱきと指示を出すと、約半日で部署内の整理整頓を済ませると、全ての未決裁書類をヘルマンの前に積み上げた。

 さらには午後いっぱいで予算と資材の購入やその使用目的などを全て整理してしまうと、大量に発見された無駄遣いについてヘルマン及び技術部の職員たちへと詰め寄った。

 しどろもどろに説明するヘルマン以下技術部の面々は、驚くほどきれいになった部署の中で順番に担当部門で使用した材料と購入経路について話しをすることになり、順番待ちの者たちはまるで死刑執行を待つ罪人のような顔をしていたと言う。


「良いことですね。ただでさえ開発関係は金食い虫ですから、彼女を技術部において正解でした」

 オットーはホクホク顔でそう言っているが、ヴェルナーは想定外の辣腕ぶりに驚いていた。

「どうも、ホーホ男爵家に置いて徴税から支出まで、金銭関連は全て彼女が握っていたようですね。然程収入の良くない領地の割に、内容の良いパーティーが出来た理由がこれでわかりましたね」


 当主の妹という、権力を持った締まり屋の存在がホーホ男爵領の財政の健全性を保っていたのだろう。それは、コルドゥラの採用が決まった後に、男爵領から戻ったグンナー達からの報告で分かった内容だった。

「陛下。今回の採用は実に良い結果となるでしょう」

「うぅむ……」


 無駄な支出が減るのは良いが、ヘルマンたちにとっては口うるさい妻や母親が職場にいるようなものではないだろうか。

 そう考えると、ヴェルナーはやはりヘルマンたちに対する同情を禁じ得なかった。

 後日、国王のポケットマネーで初めての王家主催パーティーが開催されたのだが、参加者は城内勤務の男性陣だけであり、お互いの苦労を語り合う、とても静かな飲み会だったという。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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