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88.パーティー・ライフ

88話目です。

よろしくお願いします。

「おれ自らが行って、オトマイアーの真意を確かめる!」

「お待ちください! 皇帝陛下へはギースベルト閣下が注意喚起をされ、また状況の調査についても人を出されております。ここは結果を待ってからでもよろしいかと」

 アーデルトラウト・オトマイアー将軍が大公位を狙っているという噂は、ギースベルトからの所感を抱えた伝令とほぼ同時にアルゲンホフ大将の下へ届いた。


 自らが直接解決に動くと言い出したアルゲンホフを、副官たちは懸命に止めた。彼らは自分たちの大将が穏便に事を進められるタイプであるとは毛ほども思っていない。

 オトマイアー大将に対して怒号に等しい言葉を浴びせる可能性が高く、その言葉をして侮辱したと反撃されかねない。そうなれば不利になるのはアルゲンホフの方である。

 前皇帝の毒殺に関する調査でも、オトマイアー大将に比してアルゲンホフはこれといった成果を上げられなかったのだ。


「オトマイアーが、皇帝陛下の治める地をかすめ取るような真似をするとは思えん」

「であれば……」

「だが、このような噂話が流れること自体が、オトマイアーの不徳とも言える。原因を確認しなければ、帝国に余計な不和が生まれかねん!」

 不和を起こそうとしているのはお前自身じゃないのか、と副官たちは喉まで出かかった言葉を飲みこんだ。


 皇帝毒殺の調査時に見せたオトマイアーの立ち回りを見たアルゲンホフは、彼女に対する評価を改めてはいる。

 女性に将軍が勤まるものか、と考えていたのを、少なくとも愛国心と皇帝陛下に対する忠誠心は認めようと考えていた。

 だからこそ、アルゲンホフは自分が動くことでオトマイアーに対する疑いを晴らしてやろうという考えだったのだが、周囲は理解できなかった。


 結局、周囲の説得も功を奏する事無く、アルゲンホフは出発した。

 その報を聞いたギースベルトが頭を抱え、帝都だけでなく旧聖国領にも調査のための部下を派遣することを決めた。

「あまり高位の肩書を持った者が動くべきでは無いんだけどなぁ」

 大きなため息を吐いたギースベルトは、噂の影響がオトマイアー大将よりもアルゲンホフ大将の方に強く出なければ良いが、と危惧しながらも自分自身は動けなくなった。


 アルゲンホフが担当地を離れたために、万一の際に軍を動かせる人間が減るのを嫌ったためだ。

 だが、ふとギースベルトは考える。

「この状況が、噂を流した者の計算だとしたら……」

 果たして、そこまで計算づくでできるものだろうか、と非現実的な予想だと思考から消し去った。そのつもりだったが、ギースベルトはいつまでもその可能性が気になっていた。


●○●


 帝国内に不穏な空気が流れているころ、ラングミュア王国は平穏そのものの日々だった。

 軍事的には新体制の構築が進められ、訓練もそれぞれの部隊に特化したメニューをヴェルナー自らが作って教官役がほぼ訓練を終え、各々の担当する部隊へと散っていった。

「うぷ……」

 人事が武官については落ち着いたことで気持ち程度少なくなった書類に囲まれ、ヴェルナーは胸やけと戦っている。


「まだ、昨夜の食事の影響が残っておいでですか?」

 オットーが声をかけると、ヴェルナーは小さく頷く。

「狩猟が盛んだからと言って、肉料理ばかり出すのはちょっと問題じゃないか? うっ……」

「どうぞ、多少は胸がすっきりされるかと」

 オットーが用意したハーブティーを一口飲み、ヴェルナーは背もたれに身体を預けた。


「……しばらくパーティーは嫌だ。特にコース料理を延々食わされる系のやつは」

「では、今夜のパーティーは立食形式にいたしましょう。食べる量はセーブできます。ワインもアルコールの入っていない物を密かに用意することにします」

 しれっと今日もパーティーがあると伝えるオットーに、ヴェルナーは非難の目を向けた。

「行きたくない」


「子供のようなことを言わないでください。あと五日はパーティーが続くのですから」

 そして一日開けて六日続く。その数に昼間の茶会は含まれない。

「断ろう」

「無理です。本を糺せばヴェルナー様ご自身が決められたことなのですよ? 短時間で貴族たちそれぞれの状況を知るには確かに良い案なので、ご用意しているのです」


 オットーが言う通り、連日のパーティーや茶会への出席はヴェルナーが言い出したことだった。

 別に贅沢がしたいという理由では無く、文官として登用すべき人材を探すのに貴族たちの家族との交流も必要であり、また貴族たちの方からもヴェルナーとの交流を求めていたことも大きい。


 マーガレットの実家であるフラウンホーファー侯爵家を始め、イレーヌの実家であるデュワー男爵家、紆余曲折あって結果として近しくなったマルコーニ子爵家など、ヴェルナーが把握している貴族家は然程多くない。

 幼少期から兄の予備であった彼と交流を深めようとした貴族家は少なかったこともあって、王となったヴェルナーに家名だけでも憶えて貰いたいと切望する貴族たちは多いのだ。


 パーティーの誘いは即位後からかなりの数が来ていたが、グリマルディ王国や帝国との対立、海軍を始めとした国内の軍事体制の整理と強化など、ヴェルナー体制への移行で忙しく、全て断っていたのだ。

 それらパーティーの招待状は全てオットーが代筆してヴェルナーがサインのみを書いて断りの連絡を入れて、帝国との対立以降は招待状を受け付けなかった。


 それを解禁したものだから、国内各所の領地持ち貴族だけでなく、王都にある騎士達の集まりからも招待状が届いた。ヴェルナーが普段から騎士たちとの距離を近しくしている証左だったが、これにはオットーも困ってしまった。

「多少は上下をはっきりさせておきませんと、勘違いをする者がでるやも」

 と危惧していたのだが、これはオットーの考え過ぎだとヴェルナーは考えている。


 実の所、騎士や兵士達に軍隊式の訓練を叩きこんでいったヴェルナーは、出身の爵位では無く明確な“階級”を用いて上下の規律を正していったのだ。

 彼ら騎士たちはフレンドリーではあってもヴェルナーに対して無礼なことは絶対にしなかったし、仲間が何か間違えたことをすれば、周囲がしっかりと注意した。

 些か、その空気の居心地の良さにヴェルナーが騎士たちの訓練につきっきりになる時期も有ったのだが、そこはマーガレットたち王妃からの苦情を受けて反省している。


「それで、良い人物はいらっしゃいましたか?」

「何人か、だな。後は実際に面談でもしてみないとわからないし、募集をかけて希望した貴族家に出向くという逆パターンもやる必要があるな」

 男女問わずヴェルナーがリスト化した人物一覧を受け取り、オットーはさっと目を通した。概ね、当初から目を付けていた人物の名が並んでいる。


 ただ、その中に一人だけオットーの知らぬ名があった。

「……この、コルドゥラ・ホーホという女性は存じ上げません。ホーホといえば確か昨日のパーティーを主催していた男爵家ですね。あそこには男子がいただけかと思うのですが」

「子供じゃない。現男爵家当主の妹だよ。嫁がずに実家に残っていて、少しだがパーティーに顔を出していた」


 オットーは目を丸くしていた。

 当主の妹となるとそれなりの年齢だが、見合いなどで十代のうちに嫁ぎ先が決まるのがほとんどだ。高位貴族の娘だと見合った家格の男子が見つからないということも時折あるのだが。

「年齢は二十八歳。まあ、言っちゃ悪いが行かず後家扱いされているみたいだな。ホーホ男爵領はそれなりに広いが、然程肥沃とは言えず、収入は多くない」


 領地は北部にあり、周囲を別の貴族領に囲まれた内陸部だ。

「水利権の関係で南部にある伯爵領とのやり取りは多いが、先代の頃にちょっとしたことで仲違いしてしまって、水門を作られて水量を減らされるなどのトラブルがあったらしい。それを解決したのが、そのコルドゥラという女性だそうだ」

 決して武力などでは無く、まして色仕掛けなどをしたわけでも無いらしい。


「それ以上は詳しい内容がわからなかった。なあ、オットー。どうやったのか、ちょっと興味が湧いてこないか?」

「実際にお会いされたのでしょう? 印象は如何だったのですか」

「残念だが、警戒されていたようでな。あまり話が出来なかった」

警戒ですか、とオットーは目を細めた。自国の王に対して構えるような真似を貴族令嬢がするのは異様だと言える。


「何か失礼な真似を……」

「お前ね。初対面の相手にそんな真似することないだろうが。何より、コルドゥラとは以前に面識があったわけでも無い。恐らくは俺が男爵領に来た理由を探っていたんだろうよ」

 腹の探り合いをやったわけだ、とヴェルナーは語る。

「お互い様だろう?」


 ヴェルナーが先ほどから離しているホーホ男爵領の問題などを調査したのは、他でも無いグンナーたちスラム住人だ。彼らに諜報や調査の任務を慣れさせるためにも、連日のパーティーを利用していた。

 彼らはヴェルナー護衛部隊の一部として、あるいは行商のふりをしてパーティーが行われる領地に入り、さりげなくその町の者たちや使用人から話を聞き出していく。


 貴族の習慣や作法を実践する機会でもあったが、思ったよりもグンナーたちのセンスが良かったことに、ヴェルナーは喜んでいた。

「あいつらは優秀だよ。平民同士なら簡単に話してくれることもあるようだし、得難い連中だよ」

「彼らにとっても都合の良いことだったようですね」


 ヴェルナーの政策で政治と経済の健全性が上昇していくと、スラムでは不景気になっていった。いわゆる裏の仕事が減ったのだ。

 そういった汚い仕事のスポンサーであった商人が顧客としていた貴族は多くが排除されてしまい、彼らへ流れる金が大元から途絶えてしまった状態になっている。

 そこにヴェルナーが仕事を持って来たので、グンナー達は渡りに船と飛びついたのだ。


 マッチポンプのようでヴェルナーとしては思う所もあったのだが、

「これも王国の健全化の一つです」

 と、オットーがさっぱりと言い切ってしまったので、以降は気にしないようにしていた。

 そうして作られたラングミュア諜報部は、すでに即戦力となる気の利いた数人を帝国やグリマルディに送り込んでおり、ほどなく第一報が届く予定になっている。


 後は文官さえ整えば楽が出来る、とヴェルナーが再び書類に取り掛かったところで、デニスが執務室を訪ねてきた。

「陛下。ホーホ男爵家のコルドゥラを名乗られる女性が、陛下を訪ねておいでです。お約束は無いということで、一度はお断りしたのですが……」

 どうしても、と頼み込まれて念の為に来たという。


 通常ではありえない対応なのだが、どうも口でうまく丸め込まれたらしいデニスに、ヴェルナーはニヤリと笑ってオットーを見た。

「少し早いが、面談してみるか?」

「……私も同席させていただきます。デニスさん。コルドゥラ様を謁見の間へご案内してください」

 あまり常識はずれな人物だと困るのだが、とオットーは小さく息を吐いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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