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87.噂は走る

87話目です。

よろしくお願いします。

 アーデルが旧聖国短刀の代官として皇帝の名代を勤めているのと同様に、グリマルディ王国から削り取った領地については、二分されてアルゲンホフ及びギースベルトの二人の大将が代官として統治にあたっていた。

 いずれも軍閥貴族であり占領者であるのだが、ギースベルトの進言によって占領を担当した土地を互いに入れ替わって統治している。


 さらにギースベルトは自分たちの部下に装備の色を変えたり形を多少変更させたりして、アルゲンホフの部下たちとは違う印象を民衆に与えることを徹底した。

 殺人や放火といった重罪を犯した者に対して公開処刑を行う反面、旧グリマルディ王国領の民衆に対しては公平に対応し、弾圧については自らの部下にこれを固く禁じた。

 これらの政策が功を奏し、占領地でありながら民衆の反発は少ない。


「単なる真似だけどね」

 ギースベルトは、これらの策はラングミュア王国国王ヴェルナーに倣ってやったことだと副官に説明した。

「あの王も簒奪に等しい形で王座に就いたわけだが、うまい具合に旧体制派の貴族を悪人として処断し、民衆を慰撫した。それを真似たんだよ」


 そして、ギースベルトのやり方を見たアルゲンホフの部下たちも同様の方法を使ってそれなりに成功しているという。

 尤も、責任者であるアルゲンホフは武断的な性質が強すぎるために民衆に対するプレッシャーは比較的大きいままではあるが。

「オトマイアーに比べればはるかに楽なもんさ。担当する面積は四分の一以下。前の戦争の影響で多少物資は減っているとはいえ、農地も多い」


 両国ともヴェルナーの策動によって船舶に関する点は遅々として進まないが、それでも全く技術が無かった頃に比べればマシだ、とギースベルトは考えていた。

「我々は今や大陸で最大の国家となった。慌てて海を目指す必要も無い。オトマイアーがどう考えているか知らないが、こっちが先に統治のための文官を要請したことであっちに回る人数も少ない。そこまで手を出す余裕も無いだろうな」


「そう言えば閣下。オトマイアー大将と言えば、最近王都では妙な噂が流れているそうですが、お聞きになられましたか?」

「噂?」

「はい。伝令に出した兵士が戻って来たときに離していたのですが、兵士達の間で『オトマイアー大将が技術武官と結託して旧聖国領を独立させて大公の地位を狙っている』という話がありまして……」


 説明を続ける副官に、ギースベルトは胡乱な目を向けた。

「アーデルトラウト・オトマイアーは侯爵家出身で自身の財産も申し分ないほどだ。その彼女がどちらかといえば貧しいと言って差し支えないような国を自分の領地に欲しがるとは思えん」

 そして、もう一つギースベルトはひっかかることがあった。


「技術武官というのは? 初めて聞いたんだが」

「それが、皇帝陛下が軍部に新設された部署ということで、聖国が持っていた技術を帝国で活用する研究を行う部署としかわかりません」

「なんだそれは」

 呆れたようにため息を吐き、ギースベルトは妙な山師でも皇帝に近づいたか、と呆れていた。


「どこかの馬鹿が帝国の金で趣味に勤しむつもりか? それだけならまだ良いが、いたずらに軍部ないし帝国中枢を動揺させるような噂が出回るのは問題だな」

「しかし単なる噂でしかありません。それにオトマイアー大将は閣下が申されます通り、良識的な方であると有名です。そう心配することはないかと思われますが」

「馬鹿め。時として一つの流言飛語は一軍を壊滅させるものだ」


 副官はちょっとした世間話程度の話題として出した単なる噂に対して、ギースベルトが想像以上に真剣な顔を見せたことに驚いていた。

「いや、考え方を変えるべきだろうな。噂が悪影響を及ぼすというより、影響を作るために噂を流した奴がいる、ということだろう」

「っ!? であれば、これは帝国に対する工作の可能性があると閣下はお考えなのですか?」


「今の時点では何とも言えない。単に愚かなお調子者がオトマイアー憎さで流しただけかも知れない」

 しばし考えこんだギースベルトが危惧したのは、アーデルに対する影響では無く皇帝に対する情報操作の問題だった。

 現皇帝は柔軟に意見を取り入れるタイプと評価されているが、言い換えれば影響を受けやすいとも言える。オトマイアーに対する皇帝の印象が噂によって捻じ曲げられてしまうとなれば、帝国は大きな戦力を失うか、最悪は内戦へと流れ込む可能性すらあるのだ。


「……秘密裏に一小隊を帝都へ送り、噂の出所を探れ。アルゲンホフの方へは私から連絡を入れておこう。噂に踊らされて余計な真似をしないように釘を刺しておかねば」

 アーデルよりは楽とはいえ、決して暇でも無ければ気楽でも無い占領統治責任者という立場にありながら、帝都にまで気を遣わねばならぬのか、とギースベルトは疲れた目をほぐすように眉間を押えた。


●○●


 王都へ戻ったヴェルナーは疲れていた。

二週間ほどの旅程の実に三分の一程度の時間を妻たちの為に使い、三分の一を公務にあて、残りはひたすら眠った。

 結果として決裁書類の一部を持ち帰ることになったのだが、マーガレットたちの証言もあり、オットーからは叱られずに済んでいる。


「それも妙な話だけどな」

 と、最高権力者のはずが秘書官の目に怯えている現状に首をかしげた。

 尤も、口で文句は言ってもオットーを解任することなど少しも考えたりはしない。信頼できる人物であると同時に、ある程度厳しく管理してもらった方が物事はスムースに行くと自覚しているからだった。


 そして今は、謁見の間にて一人の震える兵士を見下ろしている。

「名は?」

「は、はい! ロータルと申します、陛下!」

 上ずった声で、土下座さながらに平伏したまま答えたロータル。ヴェルナーからは彼の鳶色の髪しか見えず、その表情は分からない。


「顔を上げろ、ロータル。それじゃあ俺がお前の顔を覚えられない」

「そんな、畏れ多いこと……」

「陛下が良いと言われているのです。従いなさい」

 オットーが優しく諭すのを聞きながら、以前もこんな感じの人物を見た、とヴェルナーはイレーヌの両親であるデュワー男爵夫妻を思い出していた。


 貴族に対する苛烈な断罪を行った分、貴族たちからは恐れられていることは承知していたヴェルナーだったが、平民である一兵士にまでこれほど怖がられるのか、と少し悲しくなってくる。

「あー、別に俺の顔を見たからと言って、取って食ったりしないから安心しろ」

「は、はいぃ……」


 ようやく顔を上げたが、短く刈りそろえた髪と同じ鳶色をしたローテルの瞳は、ヴェルナーを見ることはなく、逸らされている。

「……まあ、いいか。それで、オットーはロータルの能力は確認したんだったな」

「はい。資料通りの内容で間違いないようです」

「そうか……。では、ロータル」


 ヴェルナーが声をかけると、ロータルは肩を震わせて喉から絞り出したような返事をする。

「本当に大丈夫か……?」

「作戦行動に関しては問題ないかと。単に上位者との面談に慣れていないだけの様です」

 オットーは前回、ミリカンも同席してロータルの能力を確認した後、彼の普段の行動に付いて確認を取った。


 結果は、至って平凡であるとしか言えない。

 訓練の成績は中の中。教わった小隊指揮はできるが、応用力はそこまで高くない。無能とは言えないが、取り立て有能でも無い。

 王都内での警備でも可もなく不可も無くの成績で、同僚や部下たちとの関係も悪くは無かった。


「単に緊張しやすいだけか」

「そのようです」

「……ロータル。オットーから聞いていると思うが、お前を百人隊長に昇格する。そして新たに作る特務部隊の隊長に任命するから、任務に励め」

「は、はい! あり難き幸せ!」


 何か言葉選びを間違っていないかと思いつつも、ヴェルナーはオットーが差し出した任命書にサインを入れると、ロータルを呼び寄せた。

 よろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで目の前にきたロータルに、ヴェルナーは押し付けるように任命書を渡す。

「危険な……そう、危険な物を扱う任務になる。技術部のヘルマン子爵と協力し、ラングミュア王国の防衛力の中枢を担う責務があると知れ」


 ヴェルナーの言葉に、ロータルは大きな音を立ててつばを飲み込む。

「お前の部隊はミリカンの直属とする。しかし事が起きれば俺から直接の命令が下るものと心構えをしておけ」

「うぅ……」

 ロータルはヴェルナーの言葉にひたすらプレッシャーを感じているのだろう。たっぷりと汗をかいて唸った。


「ロータル。お前、家族はいるか?」

「え……」

「答えろ」

「り、両親と妹がおります。あと、妹には夫も……」

 訥々と語るロータルの言葉に、ヴェルナーは大きく頷いた。


「親父さんは何をやっているんだ?」

「王都で鍛冶屋をやっております……わ、私の剣も親父が、いえ、父が打ってくれたもので……」

「おお、そうなのか」

 ヴェルナーはにこやかに笑うと、オットーに命じて謁見の前の外で騎士が預かっているロータルの剣を持ってこさせた。


 そして、鞘から抜いてその鈍色に輝く刀身へと視線を走らせる。

「いい剣だな。お前の親父さんは腕がいいんだな」

「あ、ありがとうございます!」

 鞘に戻した剣を、ヴェルナーはその場でロータルへと握らせた。謁見の間で家臣が剣を持つという状況は本来ありえないことだが、オットーや護衛たちは何も言わずに見ていた。


「この後、一度家に帰って親父さんと話してこい。やる仕事は同じだ」

 ヴェルナーは、ロータルの目を見て話す。

「お前がやるのは、その剣と同じで人を守るために戦う武器を考えて作ること。そしてそれを運用することだ。親父さんが何を考えてその剣を打ったのか、しっかり話を聞いこい」

「……は、はい! わかりました、陛下!」


「なんだ。普通に話せるじゃねぇか」

 昇進の報告も兼ねてさっさと行け、とヴェルナーが手を振ると、ロータルは敬礼して剣を抱いたままで謁見の間を出ていく。

「……ヘルマンには連絡をしておいてくれよ」

「はい。畏まりました、ヴェルナー様」


 軍事防衛力の面において、ラングミュア王国はヴェルナーが考える体制はほぼ完成へと近づいていた。

 火薬の生産体制や海上戦闘力の強化など課題は多いが、急速に軍部の編成は進んでいる。

「あとは、諜報部隊の編制と訓練だな」

「はい。間もなくここにグンナーが来る予定です」


 スラムのリーダーであるグンナーに対して、ヴェルナーは自分直属の諜報員としての活動を依頼するつもりでいた。

 彼さえ納得するのであれば、スラムの十人を丸ごと雇い入れることも検討している。

 数分後、騎士に案内されて緊張した面持ちで入ってきたグンナーの顔を見て、ヴェルナーはニヤリと笑った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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