85.隠されていた秘密
85話目です。
よろしくお願いします。
派手な音を立てて、海岸の岩は粉々に砕かれた。
立て続けに爆破が続き、海側から一メートル程内側から陸地側へ向かって、幅も奥行きも十メートル程度、爆破によって砕かれていく。
「随分と景気の良い思い切った方法だな。これならばすぐにでも工事は終わるんじゃないか?」
持ち込んできたらしい椅子にゆったりと背中を預け、発破をかける様子をミルカは楽しげな声を上げた。
「馬鹿を言うな。地面を砕くのは俺の魔法でも難しい」
ヴェルナーは作業員たちが砕かれた岩を取り除いていく作業を見ながら、ミルカの言葉を否定した。
魔法の才能を得てからの数年間、ヴェルナーは自分が生み出すプラスティック爆薬の特性について時間を見ては調査を続けていた。
その結果、雷管が無くともヴェルナーの意志で起爆できることと、多少威力が強い以外は、前世で使っていたプラスティック爆薬と比較して大差が無いことが分かった。
「爆発の威力は平面の固い岩板や金属板に貼りつけただけだと表面を剥離させる効果しかない。地面に置いても同じだ。爆発力は上や周囲へ向かうが、下へは向かわない」
「なるほど。それでわざわざ穴を掘っていたわけか」
ミルカはすんなりと納得できたらしい。
彼が言う通り、掘削箇所には特製のドリルを使って岩に穴を開け、そこへプラスティック爆薬を差し入れて葉っぱしているのだ。
資源採掘現場などで良く見られる方式であり、鉄筋コンクリート製の建物を解体する際にも使用する方式である。
「ドリルと言ったか。あれも妙な道具だと思ったが、中々有用そうだな」
「……あれを作るのには相当な手練れの鍛冶職人が必要だぞ」
固い岩板にも穿孔できるだけの強度とその独特の形状を作り出すのに、ヴェルナーはライフルを制作した職人たちに再び苦労をかけることになった。
だが、その結果として多少だがライフリング加工を施すこともできたのは、思いがけない副産物でもある。
作業はとにかく人海戦術で行われる。
複数人で横棒を付けた錐を使って岩に穴を開け、プラスティック爆薬をセットする。それをヴェルナーかイレーヌが爆破し、砕けた石を取り除く。
同じ作業を繰り返し、充分な溝が掘れたら作業員たちが鶴嘴を振るって溝の形を整える。
最後に、海との仕切りになっている部分の岩を爆破して撤去すると、船が入るドックができるというわけだ。
乾ドックを作るには技術が追いつかないので、溝のさらに奥をスロープ状にしておき、修理の際には丸太を噛ませて引き上げられるようにしておく。
「桟橋ではだめなのか?」
「船の手入れが出来る拠点は複数あった方が良い。いずれスドにも作るから、許可を寄越せ」
ヴェルナーの言い草に、ミルカはニヤリと笑った。
「もちろん良いとも。というより、余は事実上ヴェルナー殿に従う身だ。遠慮することは無い」
「誰が遠慮なんかするか。不法入国で捕まえないだけありがたく思え。それよりもさっさと戻って帝国の動きを観察してくれ」
「監視はしっかりやっている。諜報というのは待つ側の忍耐力も重要だぞ?」
茶化すように言うミルカは、さらに続けた。
「それに、余は何も物見遊山で残っているわけではないぞ。ヴェルナー殿が希望した“星見”について技術供与……と言っていたな? その為に来たのだ」
「……別にお前自身が来る必要も無いだろう」
部下を数人寄越してくれればそれで良かったのに、とヴェルナーは呟いたが、何を言っても言い返してくるだけだろう。
「わかった、わかった。それには感謝するが、港湾工事中のここに来ても仕方ないだろう。作業員が交代する時に船に同乗して第一港に行って海軍大将のオスカーと話してくれ」
「おっ。船に乗れるのか。それは楽しみだな」
二人の国家元首の会話はそれで終わった。
ミルカは引き続き工事の様子を観察し、現地の作業状況が確認できたヴェルナーは、充分な量のプラスティック爆薬を作って現場へ置いていくことになる。もちろん、専門の警備人員を置いて。
そして、発破作業が終わるまではイレーヌが現場責任者となる。
「日焼けが……」
と小麦色に焼けていく肌と潮風で荒れる髪を嘆かねばならぬほど年頃の女性には酷な環境に置かれていた彼女も、ヴェルナーが滞在する間は役割をデニスと交代していた。
短い日数ではあるが、親友アシュリンとの会話を楽しみ、身体を休めている。
「日除けの傘でも持っているといいんじゃないかと思って、持って来た」
「あ、ありがとう。……どうしたの?」
アシュリンの手土産を貰って、イレーヌはお礼を言いつつもアシュリンらしくない気遣いに驚いていた。
女性としての美を保つ事に懸命なイレーヌと違い、アシュリンは日焼けや怪我に対して無頓着なのだ。そんな彼女が美容に関する手土産を持って来たことと、日傘の存在を知っていたことに驚いた。
「エリザベート様から教えてもらった。これを手配してくれたのもエリザベート様だから」
日傘は最近になって王都の貴族令嬢が使い始めたもので、その始まりはマーガレットとエリザベートが外出の際に使っていた簡易な手持ちの日除けからだった。
蓮の葉のような形をしているそれは木と布で作られており、折り畳みも可能になっている。
「そうなんだ……高かったんじゃない?」
「……正直、お金はある」
アシュリンもイレーヌも、騎士としての給金に加えて遠征や国王護衛、王妃護衛の手当が付くために騎士内でも高給取りの部類に入る。
イレーヌのように服や化粧品に興味が無いうえ、王城敷地内の女性用職員寮で生活しているアシュリンはお金が貯まっていく一方だった。
さらに、アシュリンは今や騎士爵家の当主でもある。その分の年金も加算されるため、彼女が寮の私室や職員が利用できる城内貸金庫に溜めている金額は相当なものだ。
「家でも買えば? 使用人を雇っても問題無いくらいの貴族年金があるでしょ?」
「寮の方が気楽だし、訓練場に近いし、ご飯も美味しいから」
本人にその気が無い以上、あまり押し付けても仕方が無いか、とイレーヌは苦笑して手を叩いた。
「じゃあ、今度お休みが重なったら王都で買い物に行きましょ。あなたも化粧くらいはしないと、陛下に女として見て貰えないわよ?」
イレーヌの言葉に首をかしげるアシュリンだったが、共に買い物に行くのは問題無い、と返した。
「そろそろ大槍も砥ぎに出したいから、代わりの武器も探さないといけない」
なんとも色気の無い理由でのショッピングだったが、親友との時間を楽しみにしていれば仕事も頑張れる、とイレーヌはアシュリンと固い握手を交わした。
「順調にいけば一週間程度で帰れるから、その時にね」
「わかった。自分は両王妃と一緒に行動するから、恐らく同じ位には帰れると思う」
二人は、向かい合って笑った。
●○●
仕事に追われているのはヴェルナーだけではない。
そのヴェルナーに嵌められた形で、旧ランジュバン聖国領の運営をする羽目になったアーデルは、睡眠時間すら削られる日々を過ごしていた。
「とにかく問題が多すぎるのよ……」
独り言を言いながら書類にサインを入れ、地方の制圧に関する命令書を作成し、帝国本土からの応援部隊の内容と照らし合わせて部隊編成を行う。
さらには経済的な情報も把握して報告を送る様に、と帝国財務部からの要請も来ており、副官や派遣されてきた文官たちの目から見ても、アーデルはそろそろ限界を迎えつつあった。
しかし、アーデルと同列以上の人物を送ることを再三にわたって要請しているにも関わらず、誰もが拒否しているらしく、将軍級の軍人も部署長級の文官も来ない。
「応援は出さないが要請は出す。敵はどうやら、帝国内にいるようね……」
独り言の内容が不穏なものとなり、手にしている書類がわずかに焦げ始めたところで、副官の一人が旧聖国王城内の執務室へと入ってきた。
「閣下。帝国からの応援として技術武官が来ております」
「技術武官? そんな役職初めて聞くのだけれど」
アーデルは似たような役職をラングミュア王国で聞いたことがあるが、武官ではなく文官の扱いであったのを覚えている。
「皇帝陛下が新設された役職とのことで、正式な任官証明も携行しているのを確認しております。……ブラッケなる人物なのですが」
「ブラッケ? ブラッケですって?」
本人から名乗っているのを聞いたわけでは無いが、聖国の将ブラッケの名は調査段階でアーデルも知る所となっていた。同名の別人かと問うたアーデルに、副官は首を横に振る。
「私も驚きましたが、確かに元聖国のブラッケでした。右腕が欠損していることも確認いたしましたので……」
皇帝は何を考えているのか。そしてブラッケ本人の面の皮の厚さはどれほどなのか。アーデルは眩暈を覚えながらも、まずは会うことを決めた。
「ご無沙汰しております。先日は不幸な出会いでありましたが……」
「今も、私にとっては不幸な出会いだと考えている。正直に言って、あなたの行動にも皇帝陛下の判断にも私の理解はまだ追いつけていない。まずは、目的を聞かせてもらいたい」
アーデルは先ほどまでの疲れ果てた様子は隠し、厳しい口調でブラッケに対応した。
場所は然程広くない会議室を選び、ブラッケが連れてきた部下たちは遠ざけた上でアーデルの部下たちが周囲を固めている。
それだけ完全に敵視していることを隠すことなく示していたアーデルに対し、ブラッケは出された紅茶のカップを左手で持ち上げて、香りを楽しむ。
「皇帝陛下は、聖国が利用していた“火薬”について興味を示されており、その製法を私が再現することを求められました」
「報告書にも記載した通り、ラングミュアの軍勢がそれと思しきものは全て持ち去ってしまった。城を逆さにしても出てくるとは思えないが?」
「問題ありません」
カップをおいたブラッケは、火薬そのものは先の戦闘でかなり消費し、元々城内にそれほど大量に残っていなかったはずだと言った。
「火薬というのは必要な材料を調合して作る物です。必要なのは三つ。炭、硫黄、そして硝石です」
炭は帝国でも手に入り、硫黄に関しては非合法なルートながら帝国ですでにかなりの量を回収している。ブラッケはそう言うと、床下を指差す。
「残りの一つ。硝石はここにあります」
「しかし、私たちが調べた時にはそのようなものは見つからなかったが?」
アーデルの言葉に、ブラッケは「案内しましょう」と言って立ち上がった。
訝しむアーデルを連れて、ブラッケがたどり着いたのは城内地下にある牢獄だった。
牢獄は空であったが、鼻をつく異様な臭いがし、さらに牢獄の奥へと足を進めると幾人かの兵士が吐き戻す程の悪臭が漂っている部屋に入った。
「ここは……拷問部屋か」
その存在はアーデルも報告を受けており、一度だけだが来たことがある。
聖国の国境であった救国教の暗部であり、異端者を攻め抜いては多くの犠牲者を出していたであろうと推測されたが、それを明確に示す資料はついに見つからなかった。
「恐らくはお察しかと思いますが、異教者とされたものは牢獄へ繋がれ、ここで拷問を受けます……そして、その全てがここで死ぬのです。では、その死体はどうなったでしょう?」
顔をしかめるアーデルを、ブラッケは暗い目をして見ていた。
「異教者狩りは定期的に行われ、一定以上の人数を集めたところで終わります」
「それは妙な話だ。犯罪の内容はさて置いても、人数が基準となるのは目的としてはおかしい」
「その通り。分かり易い話ですが、異教者狩りというのは名目に過ぎず、定期的に一定量の犠牲者を求めていた……もとい、一定量の死体を必要としていたわけです」
そう言うと、ブラッケは壁に鎖で繋がれた鉄の腕輪を二つ掴み、思い切り引いた。
すると、壁からさらに鎖が伸びて行き、部屋の奥の石壁がゆっくりと開いていく。
「隠し扉……?」
「その通り。これは見つけていなかったかと思いますが?」
鉄環を床のフックに固定し、ブラッケはアーデル達を奥へと促した。
「……これが、こんなものが、城の地下にあったのか……」
そこはいくつもの太い柱が目立つ、土がむき出しの地下室だった。複数の地上に繋がる穴があるのだろう。うっすらとした光が差し込み、室内を仄かに照らしている。
一言で言って、異常な光景だった。
柔らかに積み上げられた黒々とした土の中から、人の手足や頭部がいくつも覗いている。腐敗していたり白骨化していたりと様々だが、埋めているのではなく土と混ぜているのがわかった。
強烈なアンモニア臭が漂い、アーデルも胃が締め付けられる不快感に顔をしかめる。
「これが聖国の秘密であり、火薬を生成するのに必要な硝石を作る“畑”です」
ブラッケは、聖国の王都が内陸部であり特に肥沃では無いこの地に作られたのはこれが理由だと話した。
「聖国の始祖は、この地から硝石が取れることを知っていたのです。そして、その採掘地の上に城を建てて硝石の存在を隠し、ある程度採りつくしてしまうと、今度はここで硝石を“作る”ことにしたのです」
これで火薬の材料は揃います、とブラッケは笑った。
「しばらく滞在させていただきますよ。ここから灰を混ぜて煮たり、結晶化させたりと中々面倒な工程が多いのです」
「……この部屋の存在は、誰にも明かすことを許さん」
アーデルが震える喉からどうにかその命令だけを絞り出すと、ブラッケは恭しく一礼した。
お読みいただきましてありがとうございます。
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