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83.後始末と下準備

83話目です。

よろしくお願いします。

 ラングミュアの少数部隊に攻め込まれた聖国王都は、終わってみれば帝国兵たちによって占拠されていた。

 住民たちは戻され、自宅や店舗を失った者たちには仮の住み処があたえられ、戦闘時の様子についてアーデルら帝国軍から詳しい話を聞かれることとなった。

 さしあたって聖国は帝国の保護国ということになるが、完全併呑も時間の問題だろう。


 しかし、帝国が全ての町を押えるまでに局地的な反抗が起きるのは間違いないと考えられる。なにしろ、王は死亡したが聖国内で複数の箇所を押えている大物貴族や官僚は存在するのだ。

 それら全てを無視した形でいきなり王都を押えたことで、聖国は国体を失ったものの勢力としては無視できない程のものがある。


「それをわかっていて、ラングミュアの王は全て私に押し付けて帰ったのよ……いえ、まだ帰って無いでしょうね」

 アーデルがため息交じりに言うと、副官は首をかしげた。

「ですが、これ以上ラングミュア王国がこの聖国から得られるものがあるでしょうか?」

「ラングミュアが、ではなく帝国が得る可能性があるものを予め潰していくでしょうね」


 アーデルのこの予想は正しい。

 聖国王のもっていたという“銃”は王の死と共に消えてしまったらしく、単に魔法によって作り出したものであったと思われた。その事にたいしてヴェルナーは“一種の遺伝や記憶に魔法は左右されるのかも知れない”という言葉をアーデルの前で呟いたが、彼女には言葉の意味が理解できなかった。


 わからないまでも、アーデルが部下たちを指揮して王都の制圧と警備の体制を作っている間にヴェルナーが城内から何かを運び出したことに気づいており、聖国兵からの聞き取りでその何かが無ければ“大砲”と呼ばれる武器が使えないことも知っていた。

 それでも、アーデルはヴェルナーを咎めることはしなかった。相手は王であり、実情はどうあれ戦功を譲られたという立場は変わらない。


「聖国兵たちが“火薬”と呼んでいたものは全てラングミュアの手に渡り、再現できるものは残っていない。あとは船ね」

 帝国は聖国から造船技術を得ることができるだろう。だが、実際に船を作り上げるまでには長い時間が必要になる、とアーデルは考えていた。

 彼女は船がある利点までは具体的に挙げられなかったが、グリマルディ王国内でのラングミュア王国兵の動きを見ても、ヴェルナーが造船操船の技術をあまり広めたくないと考えているのは容易に想像できる。


 実際、ヴェルナーは聖国東側の海岸沿いに兵を派遣して、船舶の収奪もしくは破壊を命じ、技術を持つ者とその家族についてはラングミュアで受け入れることも命じた。

 強制はしないが、帝国の占領を待つか抵抗して戦うかの選択肢に比べれば技術者として国が雇用するという条件を出すラングミュアの方が些かマシには思えるだろう。

 尤も、ラングミュアの勧誘を信用するかどうかだが。


 命令はまだ、ヴェルナーが帰国するまで発令されることはない。

 彼が戻り、命令を受けた兵たちを乗せてグリマルディから奪った船が大挙して聖国沖に現れた時、聖国王都の状況は充分に伝わっているだろう。それはラングミュア側にとって説得しやすくなる材料であり、何ら不利になることはない。

 帝国の兵は船で追うなどできないし、なまじ海戦にでもなればラングミュア側が一方的にいたぶって終わりになるのは目に見えていた。


 全てラングミュアに都合の良い流れになっている。

 ヴェルナーの王としての功績は比類なきものとなっており、対外戦闘を経験し続けて兵たちの練度も上がり、新設の海軍も着実に実戦経験を積んでいる。

 金をかけずに船を増やした。技師も雇い入れが進んでいく。

 そして、たっぷりため込んでいた聖国の王城からたらふく金を奪ったことで、資金的にも黒字だった。


 しかし、聖国から出るために上陸した港町へと向かうヴェルナーの表情は厳しい。

「陛下、そろそろ町に到着します」

「俺が先に行く。二人ついてこい」

 王都で譲り受けた馬に乗ったヴェルナーが馬の足を速めると、それに付いて来たのはアシュリンとイレーヌだった。


 ヴェルナー同様馬に乗る彼女たちは、真剣な表情で彼の後ろに続く。

 今から行うことを考えると、彼女たちを同行させるのは酷かと考えて交代を命じようとしたヴェルナーだったが、その前にイレーヌが口を開いた。

「陛下。あたしたちは一人前の騎士です。陛下が何をなさろうとしているかくらいわかりますし、それを見せぬようお取り計らい下さることは感謝いたします。ですが、騎士としては時にそれが屈辱と感じることにも、どうかお考えを向けていただきたく存じます」


「そ……」

 反論しようとして、ヴェルナーは首を振って苦笑した。

「わかった。では頼む。それにしても、初陣で真っ青になって吐いていた訓練生が、たった数年で随分と成長したものだな」

「あ、あの時のことはお忘れください」

 赤面したイレーヌが俯いたのを見て、ヴェルナーは馬を並べて肩を叩いた。


「頼りにしている。アシュリンもな」

「はっ。陛下が何をなさろうとも、自分は常に陛下をお守りいたします!」

 アシュリンにも頷いて返したヴェルナーは、ふと気づいた。

「アシュリン。今から俺が何をするかわかっているか?」

「いいえ」


 気持ち良いくらいにきっぱりと答えたアシュリンだったが、その表情は真剣そのものだ。

「何をなさるにしても、陛下に付き従い、お守りするのが自分の役目だと確信しています」

 まっすぐに顔を見て言われるとヴェルナーも流石に面映ゆい。

「そうか。“確信”か」

 そうまで信頼されてしまっては、無様な真似は見せられない。改めて身の引き締まる思いで、ヴェルナーは優秀な騎士を二人連れて馬を走らせた。


●○●


 聖国内での戦闘後、帝国の女大将アーデルトラウト・オトマイアーは度々、皇帝に対して要請を兼ねた報告書を送った。

 その中には、ラングミュア王国国王ヴェルナー・ラングミュアとその一行についての調査報告もあり、ヴェルナーが帰国した後はラングミュア王国の動きについての内容へと変化している。


 ヴェルナーは自国船の停泊地としていた町で一人の老人を殺害し、幾人かを伴って帰国したらしい、とアーデルは諜報担当兵を使って知る事となった。

 その理由については明確な事はわからなかったが、寂れた漁村にしてはその老人の家から少なくない貨幣が見つかったことと、王都からその漁村へ向かう途中の町で目撃されていたうえ分不相応な高い宿を利用したことから、老翁がヴェルナーに対して何らかの不利益を与えたのではないかと考えられた。


 漁村へ残っていた者たちは帝国兵を見て攻撃したり抵抗するような真似はせず、無気力な顔で帝国兵の指示に従った。

 彼らは一様に餓えていたが、ヴェルナーからいくばくかの食料を貰っていたために今までより多少は元気だと答えたらしい。この食料については、ヴェルナー一行が道中で馬車ごと買い込んでいるのを他の調査兵が掴んでいる。原資は聖国王城にあった金だ。


 彼ら村人たちの話によると、馬に乗って村へと駆けこんできたヴェルナーと二人の女性騎士は騎乗のまま老翁の家に乗りつけると、無言で扉を切り裂いて入り込んだという。

 幾度かの問答をしているらしい声が聞こえたあと、老翁の悲鳴が轟いた。

 その後、怒りの表情で出てきたヴェルナーは村人たちに食料を振る舞いながら、老翁の家には手を付けずにいずれ来る帝国兵へ引き渡し、見たまま伝えるように依頼した。


 老翁の死体は小柄な女性騎士が片手で軽々と運び、港から沖へ向かって投げ飛ばしたらしい。この女性は身体強化魔法が使えるアシュリン・ウーレンベックであろう、とアーデルは注釈を書き入れている。

 その後、ヴェルナーはしばらく桟橋周辺を確認してから旅立った。村人の中で、船造りが得意な幾人かのうち、同行を願った半数ほどを連れて。


 以降、アーデルを暫定領主として帝国の軍勢が旧聖国内を平定している間に、主だった船は消え去り、大型の船が寄港できる桟橋を持つ港は壊されてしまった。

 全てにおいて陸からではなく海から来た謎の一団だったと証言が取れているが、現時点でそのような真似が出来る勢力はラングミュア王国意外に考えにくい。

 アーデルの報告は、『帝国は広くなったものの、それは足かせにも等しい。グリマルディの戦況はわからないものの、見た目以上に帝国とラングミュアの軍事力は拮抗している』と結論付けられている。


 そして、アーデルは皇帝に対して異例な進言をしている。

『およそ現状において、ラングミュア王国とは事を構えることは控えるべきだろう。現在の戦力にて敗けないまでも戦後に想定される被害は帝国そのものの存亡を脅かす結果ともなりえる。また、ごく個人的な感触ながらヴェルナー・ラングミュアを敵に回すことは余程強力な武器や魔法が無ければ危険以外の何物でも無い』


 報告書という形でありながら、ラングミュア王国に対する攻勢を嗜める内容が延々と書かれた書類に対して、皇帝フロリアンはつまらなそうな顔をして頷いた。

「オトマイアーがそういうのであれば、そうなのだろう」

 同時期に帝国によるグリマルディ王国への攻撃も一時中断され、グリマルディ王国はその国土の実に三分の一を失い、国王は失脚して長男へと譲位した。


 最終的に帝国はその国土をおよそ倍に増やした。

 皇帝はそのことを持って名君と称され、帝国の民衆は久しく味わう事の無かった大勝利の興奮に包まれた。

 しかし、大将たちの面持ちはあまり良くない。広い国土を警備し防衛する仕事は膨大になり、見慣れぬ“海”についても考えねばならなくなったのだ。


 こうして、帝国はしばらくの間国内の調整に没頭せざるを得ない状況へと陥る。

 仮初めではあるが、強大な国が沈黙したことで平和な時期が始まった。

 表向きには帝国の強大化。事実上はヴェルナーという存在が帝国に知れ渡り、ラングミュアが技術を独占するという形で。


●○●


 しかし、平和な期間だからと言って戦争の種が消えるわけでは無い。

 土地や水、食料や信念、宗教、復讐など、様々な理由から戦いは始まる。


「ふぅん。それを俺に作らせたとして、何か良いことでもあるのか?」

「はっ。陛下の軍勢はさらなる強化が約束されましょう。それにその威力をご覧になられれば、陛下も私の価値をご理解いただけるかと」

 皇帝の前に平伏している人物は、右腕の肘から先が無い。仕立ての良い高級品であっただろう服もボロボロに痛み、顔には髭が伸び放題になっている。


 しかし、見た目とは裏腹にその声は力強い。

「その方にとって帝国は母国のかたきではないか。なぜ帝国の臣下になろうとする」

「誤解でございます。私は確かに帝国大将オトマイアー殿に破れましたが、それもこれもラングミュア王国が原因にあり、聖国王を殺害したのもラングミュア王ヴェルナーでございます」


「回りくどいのは好かん。正直に言え。なぜ“火薬”の製法を渡してまで、帝国に与するのだ」

 皇帝の言葉に、跪いていた男が顔を上げる。彼は聖国の将であったブラッケだった。

 乱暴に布が巻かれた右手を見遣り、皇帝へと目を向けた。

「かのヴェルナーは強い。ラングミュアも今や強大な国です。唯一、帝国のみがラングミュア王国を打倒できます。その為に、私は皇帝陛下の手足となるべく馳せ参じました」


 呪いの言葉を並べんばかりの追い詰められた表情に、皇帝の護衛騎士たちは息を飲んだ。

 皇帝のみが平然とした顔で頬杖を突き、ブラッケを見下ろしている。

「よかろう。名将の進言とはいえ半端な所で戦いを止められたうえ、碌に得られるものも無くて俺もどうかと思い始めていたのだ。丁度良い、お前を買おう」

「はっ! この身全てを奉げ、帝国の為に尽くして参ります!」


「とりあえず金をやる。住む場所も用意してやるから、まずは身ぎれいにして来い。酷い臭いだ。それから話を纏めてもってこい」

「申し訳もございません……」

 放り投げられた袋を拾い上げ、しっかりと懐へ入れたブラッケは、付添を付けられて謁見の間を出ていく。


 帝国は外見上沈黙を続けている。

 しかし、その裏では着実に次の戦いへの準備が進められていた。

お読みいただきましてありがとうございます。


ちょっと急いだ感じになってしまいましたが、第三章はこれにて終了です。

数日を開けて続きを開始いたします。

どうぞ次回からもよろしくお願い申し上げます。

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