82.譲られた功績
82話目です。
よろしくお願いします。
ヴェルナーの指示通りにプラスティック爆薬をセットした兵士は、説明された通りに謁見の間へと入る扉から急いで離れていく。
「なんだか懐かしいな」
両開きの扉、その蝶番部分にセットされた爆薬を見てヴェルナーはほくそ笑んだ。訓練でも実戦でも繰り返した突入の手順が再現されている。
「……思い出した。爆死した前日もこんな感じで閉じこもってる武装集団を襲撃したな」
自分の死の瞬間を思い出し、ヴェルナーは首を振る。
「ああ、嫌だ。今生こそは慎重に行こう」
つぶやいたヴェルナーが右手の指を弾くと、小さな爆発音が重なり、豪奢な扉はそのまま向こう側へと倒れていく。
「ひぃっ!? 何事だ! 誰だ、誰がやった!」
混乱しているらしい声が聞こえて中から再び銃弾が飛び跳ねる。
「跳弾の心配はないな」
室内から乱射される銃弾は、垂直に近い角度で石膏の壁に埋まっていく。
ヴェルナーが軽く覗き込むと、二人の騎士を従えた超えた男が、玉座の後ろに隠れるようにして銃を撃っていた。
「あいつか。それにしても……」
騎士の二人と目があった。彼らが王を諌めて剣を抜いたところで、ヴェルナーは予め弾込めを済ませたライフルを構えながら考えた。
王が持っている拳銃は、ヴェルナーが見る限り某社のダブルアクションタイプのリボルバーだ。
「確か45口径だが……ずるいな」
自分のなんちゃってライフルを見て、ヴェルナーは口をとがらせた。自分は苦労してこれなのに、相手はずいぶんと良いものを持っている。自動拳銃信奉者ではあるが、使えるならリボルバーでも文句は言わないつもりだ。
ひょい、とライフルだけをのぞかせて騎士を撃つ。
「ぐあっ!」
一人分の悲鳴が聞こえ、もう一人が「陛下、お逃げください!」と叫ぶ声が響く。
「逃がすか!」
弾を込める時間はない、とヴェルナーは素早く作り出したプラスティック爆薬を室内に放り込む。狙いは玉座の間後方だ。
「うひぃ!?」
悲鳴が聞こえた。足止めができたうえ、ちゃんと王が生きている証拠だ。
「死にたくなければ、そのまま動くんじゃない!」
「うう……」
「返事は?」
ヴェルナーが問うと、数秒の間をおいて「わかった」と返答があった。
返事を待つ間、ヴェルナーは疑問を感じていた。この世界の技術で45口径のリボルバーなど作れるだろうか。そして、自動で撃鉄が上がるダブルアクションとはいえ装弾数たった6発の拳銃にしてはインターバルが異常に短かかった。
「聞かねばならんことがたくさんあるな……」
ヴェルナーは部下たちに廊下での監視を命じ、自らはいくばくかの小さなプラスティック爆薬を玉座周辺に放り投げてから中へと入る。
「貴様は……」
「お初にお目にかかる。ラングミュア王国国王ヴェルナー・ラングミュアだ。お前が聖国王だな?」
王自らが踏み込んできたことに驚いている聖国王とその護衛は、言われるままに両手を上にあげて頭の後ろに組む。
ちらりとヴェルナーが床を見ると、見立て通りのリボルバーが一丁転がっていた。
「やれやれ。思ったよりも収穫はあったと……なにっ?」
手を伸ばしたヴェルナーの目の前で、リボルバーが掻き消えたかと思うと、聖国王の上ずった声が響いた。
「馬鹿めが! 死ねい!」
いつの間にかリボルバーは聖国王の手の中にあり、銃口がヴェルナーへと向けられようとしていた。
「魔法か! 道理で」
色々納得した、と言いながらヴェルナーは臆せずに聖国王へ飛びかかった。
「危ない、陛下!」
ヴェルナーと聖国王の間に飛び込んできたのは、王の隣にいた護衛だった。
「邪魔だ、どけ!」
乾いた銃声が二発。
一発は護衛の背中に当たり、皮肉にも彼の鎧がその銃弾からヴェルナーを守る。そして、もう一発は護衛の首筋を貫通して、身を低くしていたヴェルナーの頭上を通り過ぎた。
「お前……銃を撃つ資格は無いな」
「二発で終わりじゃないぞ!」
倒れる護衛から回り込むようにしてヴェルナーが聖国王の前に立ちはだかる。
そこへ向けらたリボルバーを、ヴェルナーは冷静に掴んだ。
「死ね! 死ね……あ?」
引き金を絞っても動かない。うろたえる聖国王は銃を見て、それからヴェルナーの顔へと恐る恐る視線を向けた。
「構造も知らずにただ撃ってたんだな」
ヴェルナーの手は、銃弾が込められたシリンダー部分をしっかりとつかんでいた。熱く焼けた金属がヴェルナーの指を焼くが、それでも力は緩めない。
シリンダーが回らなければ、リボルバー式の拳銃は発射できない。それを聖国王は知らないようだ。ただただ理由もわからずにキョロキョロとしている。
「この拳銃や大砲、火薬のこと……色々聞きたいから、すぐには殺さない。だが、無事で済ませるつもりは毛頭無い」
「ひぃぃ……」
腰を抜かしたらしく、座り込んだ聖国王が床に手をついた。丁度、その下には小さなプラスティック爆薬がある。
拳銃を放り捨て、火傷を負った右手の代わりにヴェルナーが左手の指を弾くと、聖国王の両手は手首から先が黒く焼けただれる程度の爆発に巻き込まれた。
「いぎゃああああ!」
気が狂わんばかりの痛みに転げまわる聖国王を見下ろし、皮がずるりと剥がれて赤く爛れた右手を振ってヴェルナーは呟く。
「これは戦争だからな。部下を殺されたこと自体は俺の責任だと考えよう。だが、愚作で民衆にまで被害を及ぼした責任はお前にある。それを今から尋問がてら、じっくり教え込んでやろう」
聖国王の悲鳴を聞きながら、ヴェルナーの部下は監視を続けながら室内は絶対に見ないように顔をそむけていた。
●○●
「小娘の分際で、なかなかやる!」
「自分たちは立派な騎士だ! 小娘ではない!」
アシュリンが近距離で槍を振るいながらブラッケの注意を引き、その隙を埋めるようにイレーヌの雷撃が飛ぶ。
しかし、ブラッケのマントによる防御は固く、イレーヌは人数的に不利な兵士たちをサポートする必要もあったので、攻めあぐねていた。
対して、ブラッケの方もアシュリンに対して決定的なダメージを与えることができずにいる。
部下たちは完全にラングミュア兵とイレーヌの雷撃に足止めされており、人数差で押し切ることもできない。アシュリンの強力な身体強化による攻撃は防げても、ブラッケの攻撃を受けても踏みとどまって隙がない。
最初の攻撃を受けてから、アシュリンは特にバランスを意識していた。ここで自分が一時的にでも倒れれば、味方へと矛先が向く可能性がある。
「あなたは強い。でも自分だって負けない!」
「なるほど、認めよう。だが、このまま時間が経てばこちらが有利だ」
地の利はこちらにある、とブラッケは言う。外にいる部隊にはすでに城の防衛に向かうように伝えているのだ。
「残念だけれど、期待するだけ無駄よ」
真紅の鎧を身にまとった女性が、ブラッケの背後から飛び込んできた。
「オトマイアー将軍!?」
イレーヌが驚いて声を上げている間に、西側から城を回り込んできたアーデルに続き、後ろから突撃してきた帝国兵が側面から聖国兵を蹂躙していく。
「帝国兵だと?!」
「ヘルムホルツ帝国軍大将アーデルトラウト・オトマイアーよ。外の防衛部隊は壊滅しているから、おとなしく投降なさい」
「ちっ」
アーデルの口上が終わるのを待たず、ブラッケは剣を振るう。アーデルも掴んでいた剣を突出し、剣戟を鮮やかに逸らしていく。
「さすがは帝国大将か。女でもお飾りではないらしい」
「抵抗するなら怪我をすることになる」
と、言っているアーデルの横からアシュリンが飛び出した。
「らあっ!」
突き出した大槍はマントに阻まれ、わずかに遅れた雷撃も防がれた。
「オトマイアー将軍。この男は厄介です」
「そのようね」
アシュリンとイレーヌの攻撃を苦も無く弾いて見せたことを受けて、アーデルも同意した。
しかし、彼女にはある確信があった。
「でも、私と相性は悪くない」
「無駄なことを」
踏み込んだアーデルの剣は、嘲るブラッケのマントに弾かれた。
「ふん!」
反撃としてブラッケが放つ掬い斬りを、アーデルは身体を傾けて避けつつ、落ちてきた自分の剣を左手で受け止めそのままブラッケの頭上へ叩きつける。
「ずいぶんと器用なことだが……何度試しても無駄だ」
マントに阻まれた剣を見て、ブラッケは鼻で笑う。
だが、アーデルも笑っていた。
その右手がブラッケが剣を握る腕を掴んでいる。
「やっぱり、単なる“接触”は攻撃とみなされないみたいね」
「何を……うぐぁああ!?」
文字通りの焼けるような痛みに思わず悲鳴を上げたブラッケが見たのは、焼き切れて千切れる自分の右腕だった。
「ぬおっ!」
脂汗を浮かべながらブラッケが前蹴りでアーデルの身体を突き飛ばしたとき、すでに肘から先は剣を掴んだまま地面へ落ちていた。
「ふぅ、ふぅ……」
息も絶え絶えの様子でアーデルを睨みつけたブラッケは、さらに追撃するアシュリンとイレーヌの攻撃をマントで防ぎながらジリジリと背後の王城へ向かって下がっていく。
そのすぐ横に、大きな音を立てて肉塊が落下してきた。
「へ、陛下……?」
それはあちこちを黒く焦がし、両腕だけでなく両足をも失って絶命している聖国の王だった。
周囲にいた聖国兵たちも見ていたらしく、王の死を目の当たりにした兵たちは次々と斬られ、中には投降を叫ぶ者もいた。
それらの兵たちを叱咤するでもなく黙っていたブラッケは、再びアーデルを睨むと、背を向けて走り出した。
「待ちなさい! ……もう!」
アーデルたちはブラッケを追おうとしたが、反撃と降伏の言葉を口々に叫びながらごった返す聖国兵たちに紛れ込んだのを追うのは難しかった。
「ヴェルナー陛下! ご無事ですか!」
アーデルの後ろで、アシュリンが嬉しそうな声を上げている。
その声に押されるようにしてアーデルが城を見上げると、見覚えのある人物がずいぶんと大人っぽくなった姿で手を振っていた。
ほどなく聖国兵たちは全員が投降を選び、帝国兵たちによって捕縛されていった。
こうして、ランジュバン聖国とヘルムホルツ帝国、そしてラングミュア王国が絡む戦いは一応の終息をみることとなる。
●○●
「……申し訳ありませんが、もう一度お聞かせ願えますか?」
目元を痙攣させながらアーデルが問い直すと、ヴェルナーは「何度でも」と請け負う。
「聖国の領土領民は全て帝国に譲る。こちらはそれなりの金を王城から持ち出すだけで良い」
「へ、陛下は無欲でいらっしゃる……」
アーデルはそう答え、帝国兵たちによる制圧が進む聖国王城内。そのとある室内にて行われている会談は、表向きは和やかに進行していた。
アシュリンやイレーヌは自分たちの王が多くを求めない理由を知らなかったが、アーデルの成果になると説明されると、ヴェルナーの優しさを褒め称えた。
が、実際のところこれはヴェルナーによる帝国への経済的な攻撃に他ならない。
アーデルは西から、ヴェルナーは東から聖国内をある程度見てきているが、基本的に富も物資も王都へ集中しており、一部の町を除けばほとんどが貧困層という状況だっった。
王に直接使えたり、王都で兵士や出世して騎士になれたものは幸運で、そうでなければ誰もが苦しい生活を余儀なくされる。
商人たちも多くが公務員のような扱いであり、商売をしながら情報を集めているというのが実情だった。
そんな国を併呑したところで、得るものは少なく持ち出しばかりの属国ができるだけだろう。宗教を使って精神的に支配していた王が死に、王族として囲われていた妻たちは政治に一切参加しておらず、国民をまとめるような求心力は無い。
「こ、国主がいない状態の国を抱えることになるとは……」
「じゃあ、俺たちはこれで」
これからの苦労と手間を考えて頭を抱えているアーデルを置いてヴェルナーが立ちあがった。
「もう発たれるのですか? グリマルディの件について、もう少しお話したいのですが……」
アーデルとしては、帝国と王国がグリマルディで衝突している状況を多少なり改善できる機会だけでも得たいと考えていた。だが、ヴェルナーとしてはそうする理由がない。
「悪いが、アーデル殿。俺はまだやることがあるんでちょっと忙しいんだ。それに……」
ヴェルナーはテーブルを指で叩いた。
「こことあっちはまた別の話。何か用があるなら、大将ではなく皇帝から俺に言うべきじゃないか? それとも、帝国は王国国王の格を大将程度と考えているのかな?」
「そ、そんなことは……!」
失言に慌てた様子のアーデルを見て、少しいじめすぎた、とヴェルナーは軽く詫びた。
「必要なことは、俺たちと帝国の落としどころさ。今のところ、俺の方から詫びを入れる理由は無いね。気を使ってくれるのはありがたいし、君が正式に使者としてラングミュアに来るなら歓迎しよう。だが、それが帝国に都合の良い結果を導くとは限らないことは理解して欲しい」
背を向け、アシュリンたちを連れて部屋を出ていくヴェルナーを、アーデルは呆然と見送る他無かった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※くだくだ書いても意味がないのでカットしましたが、
リボルバーは「コルト・ニューサービス」をイメージしています。