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80.聖国の遺産

80話目です。

よろしくお願いします。

「同じ方法を前にもやった気がするが……」

 シンプルで効率的だから多用もするもので、しかもアシュリンがいないと成り立たない。その方法は実に簡単で、敵陣に向かってアシュリンがプラスティック爆薬を次々と投擲するというものだ。

 投げ入れる爆薬から目をそらすため、イレーヌが敵集団に対して散発的に雷撃を打ち込んでいく。


「陛下。準備完了いたしました」

「わかった。全員、突撃準備を」

 ヴェルナーの声に、全員が頷く。

 アシュリンが放り投げた爆薬は、狙い通りの場所に落下した。王都の東側半分を大きく回りながらの投擲で周囲に配置が完了している。


 ぐるりと一周するまで投げて、敵を一時に殲滅することも考えたが、中の住民の問題があった。

 周囲が爆発すれば住民は都中央にある王城周辺に殺到するだろう。そうなればヴェルナーたちにとっては民衆が邪魔になる。現代戦の感覚が残るヴェルナーは非戦闘員を攻撃するつもりは毛頭無い。


 東側一部のみ攻撃されていることを派手にアピールすることで、民衆を西側へ逃げるように誘導する。西側に布陣している敵に対する足止めにもなるだろう。

「では、始めるぞ」

 ヴェルナーの合図でイレーヌの雷撃が立て続けに東側の大門前に落ちた。そして、聖国の兵士たちが混乱する間もなく、爆薬がすべて同時に起爆する。


 激しい爆発は土や石に混ぜて人間をも吹き飛ばしていく。

 石造りの塀は砕かれ、破片とともに人馬がまとめて四散した。

 鼓膜を殴りつけるような爆音が響いた後には、悲鳴と怒号とともに地面に激突する音が連なる。

「行くぞ!」


 ヴェルナーたちは正門へ向かって走り出した。

 大門前には兵士たちの死体が散らばり、血と土の臭いが立ち込めている。爆心地近くにいた兵士たちはことごとく死に絶えたようで、目の当たりにした者たちは武器を捨てて逃げ出した。

 ヴェルナーの足を止める者はいない。


「あれが王城だな」

 大門をくぐると、必死で逃げていく民衆たちの向こうに五階建てと思しき石造りの城が見えた。

 見た目は地味であり、城というよりは砦にみえるほどだ。宗教国家の中心地としては異例なほど無骨に見える。


「良し。民衆の後に続いて……なんだと!?」

「ヴェルナー陛下、どうかされましたか?」

「全員、建物の陰に隠れろ! 早く!」

 声をかけたイレーヌの手を引いて、ヴェルナーは近くにあった野菜売りの商店に飛び込むようにして隠れた。


 その直後、通りを挟んで向かい側の店がはじけ飛んだ。そこには数名の部下が隠れていたはずだが、悲鳴の後は声も聞こえない。

「畜生! やりやがったな!」

「ヴェルナー陛下、一体何が……」

「聖国め、大砲を作ってやがった!」


 それは王城の上部から先端を突き出していた。

 四門の砲身はすべてヴェルナーたちがいる大通りへと向けられており、どうやらうち二門が火を噴いたようだ。

「すぐに移動する。ここに入ったのがばれた可能性は高い」

 ヴェルナーは少数のグループに分かれて建物の陰を渡って砲撃を避けながら城へ向かって近づくように大声で命じると、自らもイレーヌとアシュリンを伴って店の裏口から建物を出た。


 その間にも、二度の砲撃があった。先ほど撃たれなかった二門だろう。

 ややいびつな形をした鉄球は、その重量と運動エネルギーを持って立て続けに建物を粉砕していく。

 民衆は自分たちの家が壊されていくのを目の当たりにしながらも、悲鳴を上げて逃げていくことしかできない。


 いつの間にか、民衆の流れは城から避けるように西にある城から南北へ散るような動きになっていた。

「攻撃が止みましたね」

「冷却時間が必要なんだろうな。しかし、自国民を巻き込むのも厭わず撃ってきたな。何を考えているのか……」


 昔の戦場を思い出しながら、ヴェルナーはまだ無事な建物の壁に張り付くようにして城の方を覗き込んだ。

 四門の方は沈黙したままだが、うち二門は先ほどと違ってやや奥に引き込まれているように見える。冷却と弾込めのためだろう。

 さらに城の下部にある城門が開かれ、二門の方が兵士たちに囲まれて引き出されてきた。


 黒々とした凶悪な重量感を思わせるそれを目の当たりにした民衆は、さらに混乱して我先にと通りから姿を消していく。

「考えてみたら、硫黄を探しているからと言って、まだ火薬を持っていないとは限らないわけだ」

 自分の思い込みに歯噛みしながらも、対処に思考を向ける。


 プラスティック爆薬を投げつける方法が一番簡単だが、タイミングを間違えれば投げるアシュリンが標的にされる。いくら身体強化魔法が使えるといっても、砲弾に耐えられるわけがないのだ。

「とにかく接近する。門の大砲は操作する奴を叩けば……どうした?」

 アシュリンとイレーヌがきょとんとした顔でヴェルナーを見ていた。


「申し訳ありません。浅学の身ゆえ、陛下がおっしゃられる“大砲”というのが何か教えていただければ……」

 恐る恐る言い出したイレーヌに、ヴェルナーは自分の額を叩いた。砲の構想はラングミュアで作ってはいなものの、ほとんど誰にも見せていないのだ。彼女たちが知る由もない。

「悪かった。城の上と門の前に出てきているあの黒っぽい筒のことだ。あそこから火薬という爆発する薬を使って鉄の球を打ち出して攻撃する武器だな」


 ヴェルナーの説明が終わるや否や、大門前の砲が轟音を鳴らした。

 べきべきと音を立てて木製の建物を削り取っていく砲弾が、ヴェルナーの横を通り過ぎて行った。

「はあ……やれやれ」

 転生した後、自分が砲撃される側に回るとは思わなかった、とヴェルナーが息を吐いてから移動を始めると、アシュリンもイレーヌも青い顔をして付いてきている。


「心配するな。あれの命中精度はあまり良くないらしい。狙って当てられるような物じゃないし、さっきも言った通り連続で撃てるわけでもない」

「この状況で冷静に観察されておられるとは、さすがはヴェルナー陛下です」

 冷静に話しながら、焦る素振りも見せずに落ち着いた足取りで歩くヴェルナーに、イレーヌは褒め言葉を言ってアシュリンは頷く。


「観察というより知っているだけだが……。距離はあと三百メートルというところか」

 どうやらヴェルナーたちを完全に見失ってしまったらしく、門の兵士たちは索敵のために兵を町へ放つ可能性が高い。だが、果たして兵士たちは従うだろうかとヴェルナーは苦笑する。

 つい先ほど、民衆にかまわず町へ向けて砲撃したのを目の当たりにしたのだ。自分が「見つけた」と言ったらもろとも砲撃されるかも知れないのだ。


「今のうちだな」

 ヴェルナーはさらに王城へと近づくことにした。一定以上の距離になれば屋上の四門は砲撃不可能な俯角になるはずだからだ。

 この時点で、聖国の王ないし軍事指導者は大きなミスをしていた。砲撃が可能な時点で立て続けに町を壊して足止めをして、そのエリアに兵力を送り込むのが最上だったはずなのだ。


 ところが、城を守るためと考えたのか、兵を出し惜しみしてその機会を逃した。このままヴェルナーたちが城に侵入すれば、人数差はまず問題にならなくなる。

「侵入された後の排除方法もなくはないだろうが……まずそうはならないだろう」

 独り言を言いながら進むヴェルナーは、庇の陰から見える王城を見上げた。

「アシュリン、イレーヌ。一気に城門前を襲う。あの大砲二門を無力化するぞ」


●○●


「どうなっている?」

「は。思いのほかしぶといようですが、邪魔になる民衆もいなくなりましたので、捕縛は時間の問題かと」

 砲撃の音が鳴り響く城の中で、聖国の王は玉座の前に平伏している男からの報告を聞いた。


「捕縛でなくて良い。殺せ」

「は。かしこまりました」

 平伏していた男は立ち上がる。

 十字を二つ、斜めにずらしたような救国教の紋章が刺しゅうされたマント付けた男は、三十代半ばといった風貌であり、顔に大きな傷があった。


「我が聖国が誇る砲の威力をたっぷりと味わわせてやるが良い」

「陛下。ことここに至っては兵たちを向かわせての包囲殲滅が有効かと愚考するのですが……」

 男の進言に対し、王は肘掛を殴りつけた。

「貴様は、始祖の残された砲を愚弄するか!」


 さらには、王の手にいつの間にか握られていた黒い金属の何かが、男へと向けられる。

「砲の強さあってこそ、この国は成り立ち、民も安全を享受できるのだ。ブラッケ。お前ほどの男がそれがわからぬはずもない。私はそう信じている」

 一瞬の激昂はどこへ消えたのか、マスクでもかぶっていたかのように途端に柔和な笑みを浮かべた王に対し、ブラッケは歩みを進めて王が持つ“銃”に左手を添え、額を軽くあてた。


「……聖国のために、愚かな者たちに砲の威力を知らしめてまいります」

「それで良い。さあ、行くがよい。兵どもが暴走せぬうちにな」

 後ろ向きに下がり、マントを翻して背を向けたブラッケは、何かを言おうとして口を開いたが、言葉は出さずに歩き始めた。

「案ずるな。万一侵入されたとて、私にはこの魔法がある。気楽にやるが良い。尤も、砲の威力でごみのように散り果てるのが関の山であろうがな」


 笑い声に送られて謁見の間を後にしたブラッケは、廊下に出るなり唾を吐いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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