8.村への出陣
8話目です。
よろしくお願いします。
「殿下より折角のご依頼ではありますが……わしは反対です」
アシュリンとイレーヌが腰を下ろしてから、最初に口を開いたのは校長だった。
今でこそ老境に差しかかろうとしている身体にはぜい肉が目立っているが、若い頃は勇猛な騎士として名を馳せた人物だ。背中に怪我を負って以来、後進の教育に力を注いでいた。
「彼女たちはまだ新兵ですらないヒヨッコに過ぎません。成績は優秀ですが、だからと言ってもう戦場へ引き出すのは……」
「戦場か。校長。あんたは今回の村が本当に戦場になると思うか?」
ヴェルナーの言葉の意味が判らず、校長もアシュリン達も戸惑っていた。
「戦場というのは、殺すか、殺されるかの似ているようでまるで結果が違う運命が誰の頭にもぴったり向けられている場所の事だ」
「では、殿下は村の武力蜂起への鎮圧は戦いでは無い、一方的な攻撃になると言いたいのですか」
「その通り。と言っても、詳細な内容は教えられないがね。村の人数は百人弱。対して、俺も含めて八人」
「無茶な!」
叫び声をあげ、校長は立ち上がった。
「農民が農具で武装しているだけとはいえ、数倍の敵を相手に戦えば不利は必至だ!」
「そうだなぁ……じゃあ、あんたも見に来るか?」
「わしに、その戦いを見せるとおっしゃるのですか……?」
ヴェルナーが言いだした提案に、座りなおした校長は言葉が無かった。
「その通り。生徒達が心配なら、保護者としてそうすれば良い。俺が何をやろうとしているかは、言葉で説明するより実際に見た方が早いからな」
「ヴェルナー様」
オットーがそっと声をかけた。
「よろしいのですか?」
「いいさ。貴族の派閥争いに巻き込まれている現役の騎士よりも、一線を離れた騎士訓練校の講師連中や、まだ騎士になっていない連中の方が余計な刷り込みがされていないからな」
オットーに伝えたヴェルナーが再び校長へと視線を戻した。
「父から随行を許された騎士の枠はあと一つ残っている。校長。いや、フリードリヒ・ミリカン伯爵。あんたも勇敢な王国騎士には違いない。……それとも、もう馬にも乗れない程衰えたか?」
「わかりました。わしも同行させていただきましょう。ただし、作戦内容をここでお話し下さい。そして、本人たちにも選択の自由を」
「もちろんだ」
ヴェルナーは全員の顔を見回した。
「ただし、ここで聞いた話は秘密だぞ?」
そこで語られた作戦は、確かに危険性は低い物だった。戦闘にはなるものの大人数を一度に相手する必要は無い。
アシュリンもイレーヌも最終的には作戦参加を承諾した。
準備が終わり次第、すぐに出発する事となった。
●○●
「ヴェルナー様!」
準備の為に城へ戻ったヴェルナーは、マーガレットの抱擁による出迎えを受けた。
「反乱鎮圧の命を受けれらたとお父様から窺ったのですが、本当ですか?」
どうやら、戦場に出るヴェルナーが心配で城までおしかけて来たらしい。愛されている、と実感して嬉しくもあったヴェルナーだが、同時に大げさだとも思ってしまう。
マーガレットを伴って自室へと向かいながら、ヴェルナーはこれといった危険は無いことをゆっくりと説明して彼女を落ち着かせる。
言葉を尽くしたことでマーガレットは落ち着いたらしい。
「これもヴェルナー様の目標の為に必要な事なのですね」
「理解してくれて助かるよ。何、今日の内には帰れるから、明日には戦勝祝に食事にでも行こうか」
旦那が出張に行く夫婦のような会話をしているな、と自覚しながらヴェルナーはマーガレットを自室に座らせ、自らは奥の寝室で着替える。
「本当にこれでよろしいのですか?」
オットーが指示されて用意したのは、乗馬の時に着るための動きやすい服装だ。武装も幾ばくかの装飾が施されたサーベルのみ。
「いいんだよ。鎧なんて重たくて着ていられない」
「しかし、周囲に対する威厳というものもございますし」
「あのな」
と、未だに鎧を勧めてくるオットーに対して、ヴェルナーは苦笑いを向ける。
「たかだか十二歳のガキが鎧を着て粋がったところで、何の役にも立たねえよ。それよりも万一の際に素早く動けるように軽装でいた方がずっと楽だ」
お気に入りのナイフを腰の後ろに固定し、ジャケットの裾で隠れるように調整し終わると、いつの間にか立ち上がって待っていたマーガレットへと近付いた。
「ヴェルナー様。頑張ってください。そして、ちゃんと帰ってきてくださいね」
「当然。まだ何一つ始まっていないからな」
言い終えると、ヴェルナーはマーガレットの肩を掴んで軽い口づけを交わした。
と、同時にノックの音が響き、騎士たちが城の前で待っている事を告げる声が扉の向こうから聞こえた。声の主はファラデーだ。
「時間が来たようだ」
「それでは、城の前までお送りします」
頬を染めるマーガレットの肩を抱くようにして入口まで戻ると、そこには使い込まれた鎧に身体を押しこんだ騎士訓練校の校長ミリカンが立っていた。
「全て準備は整いました。殿下」
「二人は?」
「こちらにおります」
ミリカンの背後から姿を見せたアシュリンとイレーヌ。揃って緊張した面持ちなのは、初の実戦に対しての事か、慣れない王城内の空気に対してか。
イレーヌの方は訓練校でのローブ姿にマントを羽織っただけだったが、アシュリンの方はガチガチに固めた鎧姿で、身長よりも長い槍を右手に抱え、兜を左の脇に抱えていた。
「……重くないのか?」
「大丈夫です、殿下。自分は身体強化魔法が使えますので」
背の低い彼女が鎧に包まれていると、見た目がデフォルメされたロボットプラモデルの様だ。
「ヴェルナー様……ひょっとして随行員を顔で選ばれたという事はございませんか?」
「マーガレット、君もか……」
二人の訓練生の顔を見たマーガレットの視線が、ヴェルナーを疑いの目で見ている。
「ちゃんと実力と才能で選んだよ。それと校長は彼女たちのお守りだよ」
なら良いのですが、と引き下がったマーガレットの向こうから、小太りの男が近づいて来るのが見える。
「ヴェルナー。俺より先に初陣を飾るとは不敬だ……と言いたいところだが、つまらぬ農民たちの相手では、王太子の出番では無いからな」
やってきたのはヴェルナーの兄マックスだった。
「それに、随行は元騎士の年寄りと騎士にすら慣れていないガキか。お前には似合いの陣容だな」
マックスの稚拙な挑発に対し、マーガレットはヴェルナーの腕を掴む手に力が入ったようだが、当のヴェルナー自身は片眉を上げただけだった。
「自分の婚約者であるエリザベートと同じ年齢の女性を指して“ガキ”は無いだろう」
この二年の間に、ヴェルナーはマックスに対して敬語を使うのを止めていた。兄弟仲が良くない事は、すでに城内の者たちには常識となっている。
「エリザベートか……お前と随分仲が良いようだが、妙な事を吹き込んだりしていないだろうな」
どうやらマックスとエリザベートは上手く行っていないらしい。特に最近はエリザベートが露骨にマックスよりヴェルナーと近しくしているせいもあるだろう。
「事実しか話をしない。嫌なら少しは周囲に対する態度を改めたらどうだ?」
「態度を改めるのはお前の方だ、ヴェルナー。父の後を継ぐ俺がこの国で二番目に偉いのだ。予備に過ぎないお前の話など聞く価値も無い」
「そう思うなら、俺に近づくな。剣の練習もまともにやらずに遊び回っているそっちと違って、俺は忙しいんだ」
飄々として挑発に乗らず、薄笑いすら浮かべているヴェルナーに対し、マックスは舌打ちを残して離れて行った。
「城の者たちが見ておりましたが……」
「構わないさ。今の会話で評判を落としたのはマックスの方だ」
ヴェルナーはマーガレットに気にしないように話すと、待っている騎士と兵士へと向いた。
「それぞれ馬に乗って現地ミソマ村に向かう。片道二時間程だ。行くぞ!」
傭兵だった昔なら時間合わせやもっとしっかりしたブリーフィングを行う所だが、と考えたヴェルナーだが、シンプルなのは良い事だと思い直して馬へと飛び乗る。
オットーは城で留守役だ。マックスが余計な事をしないかの監視役でもある。
「じゃあ、マーガレット。また明日!」
「はい、ヴェルナー様!」
オットーとマーガレットの他に見送る者が見当たらぬ寂しい出征だったが、ヴェルナーとしてはこれで良かった。目立ち過ぎるのも良くない。
●○●
ミソマ村へ向かう一行は整備された街道を途中で外れると、切り拓いて踏み固めただけの、石ころが目立つ道を進んでいく。
ヴェルナーやミリカン、他の王国兵士達は慣れた様子で馬を進めているが、どうやらアシュリンとイレーヌは長時間の乗馬は初めてのようだ。
「疲れたなら休憩するか?」
ヴェルナーに声をかけられた二人は「大丈夫です」と答えた。
尻が痛くなっても知らないぞ、と思いつつもそれを経験しておくのも必要かと思い、それ以上は言わなかった。
「殿下、お気遣いありがとうございます」
「いやいや。大事な部下だからな」
隣に馬を寄せてきたミリカンは、体格に合わせたかのような見事な馬を乗りこなしている。生徒への対応についてヴェルナーへ礼を言ったが、それはついでのようだ。
「例の策をどこで習われたのですか? 失礼ながら、殿下は城内で家庭教師から勉強を習っておいでだとは思いますが、軍事に関しては数度我が校をご見学なさったのみかと」
「良く知っているな」
ヴェルナーが自らの頭で作戦を立案したと聞き、ミリカンは驚愕した。
「……殿下は軍を率いる天賦の才をお持ちの様で」
「それは成功してから言ってくれ。それに、別に褒められるような仕事でも無いさ」
冷めた様子で語るヴェルナーに、ミリカンは疑問を持ったらしい。
「王国の平和を維持するための仕事です。武功あれば殿下の名も上がるのではありませんか」
「武功ね……ミリカンは訓練生たちに“騎士の仕事”は何だと教えている?」
「は……国を守り、民衆を守る事で王国の安定と発展を維持する事。それが騎士の名誉でもあります」
何度も口にした言葉なのだろう。すらすらと出てくる言葉を聞いて、ヴェルナーは頷いた。
「では、今からやる作戦の相手は?」
「……農民ですな」
その矛盾がわかっているのだろう。先ほどとは打って変わって、ミリカンの口は重かった。
「騎士も兵士も、人の命を奪うための訓練をしている。そいつらの集団である軍は、つまるところ具現化した暴力その物と言って良い、恐ろしいものだ。それを訓練生に自覚させるべきだろうな」
そうで無くては困る、とヴェルナーは考えている。
いずれ彼が国の実権を掌握した時に、妙な固定観念で動く軍では困るのだ。
「軍は為政者の命令で、その暴力をあちこちに向ける。国境を侵されれば敵兵と戦うし、今のように国内で反乱があれば国民でも殺す」
「殿下は、軍がお嫌いなのですか? それでこのような少人数で……」
勘違いしないでくれ、と苦笑交じりに否定したヴェルナーは、後ろからついてくる騎士のたまごである二人と、五人の忠実な兵士たちを見遣った。
「暴力を向けるべき相手を見て、貴族だから国民だから、と妙な思い込みで躊躇するようじゃ駄目だというだけさ」
むしろ軍がいないと困る、と言うヴェルナーの言葉にミリカンは考え込んでしまった。
そうして進むこと二時間少々。不意に違和感を感じたヴェルナーは馬を止めた。
「ん? ……全員止まれ」
春の日差しを浴びながら、のんびりと進んでいた一行に、緊張が走る。
周囲は開けた場所だが、前方に大きな岩が見える。そこにヴェルナーは視線を向けていた。
「……斥候だな」
地面に落ちる岩の影に不自然さを感じたヴェルナーは、兵士達に馬から下りて確認に行くように伝えた。
「斥候ですと!?」
驚いたのはミリカンだ。村人の反乱で使われる方法と言えば精々が籠城で、見張りにしても櫓から。斥候を出すような真似をするのは異例中の異例だ。
ヴェルナーの気付きは正確だったようで、兵士たちは一人の農民風の青年を取り押さえ、縛り上げた。
「さて、ミリカン。歴戦の猛者としてはどう思う?」
「これは……単なる農村の蜂起とは違うようですな。恐らくは、何者かが裏で手を引いているか。あるいは一部戦力を援助している可能性もあります」
ヴェルナーの問いに答えたミリカンは、現役の騎士であった頃の顔付きに戻っていた。
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