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79.聖国の王都

79話目です。

よろしくお願いします。

 アーデルトラウト・オトマイアーは旗下の軍千名の兵ほぼ全員を率いて、聖国との国境を越えた。

 そのまま国境の警備兵をあっさりと駆逐し、最短の距離を辿る様にして聖国王都を目指して進軍する。

「およそ三日で最初の町に到着予定です」

「今のうちに全員に通達。包囲はしても攻撃をするつもりは無いから、余計な事をしないように」


 一礼して、馬を離して前方へ向かった副官を見送り、アーデルは肩の力を抜いて息を吐いた。

「はあ……まさか征服せよと言われるとはね。ラングミュアを相手にしろと言われるよりはましだけれど」

 皇帝からの返答は、聖国の併呑を最終目的とする命令であった。帝国大将としてアーデルはそれを拒否するわけにもいかず、少数でも勝てる戦いを目指して一挙に王都まで侵攻する作戦に打って出た。


 この時、アーデルは命令に際して皇帝から一切の援助や追加支援などへ言及されていなかったことを受けて「現有兵力でやれ」と命じられていると取った。

 これはアーデルに問題がある訳では無く、援軍の類というのは危機にあって初めて求めるものであり、どちらかといえばギースベルトのように周到に用意する為とはいえ皇帝に対して求める方が異例だった。


 また、皇帝が戦略に対して基本的に無知であることも問題だった。ギースベルトの求めに素直に応じ、アルゲンホフが好きにやらせてくれると評価するその姿勢は、同時に要求が無ければ考えが及ばぬということでもある。

 もしアーデルが皇帝に対して「千では足りぬ」と正直に要請したならば、皇帝は「そういうものか」と数倍の援軍を送っただろう。


「包囲、完了しました」

「降伏を促しなさい。三度聞いて応じなければ攻撃するわ」

 聖国のとある町は、突然の攻撃に泡を食っていたらしい。アーデルからの伝令から伝えられた降伏勧告に対し、一度目はまともに返答を出すことができなかった。

 そして今、三時間を空けて二度目の勧告が伝令の大音声で伝えられている。


「町の周囲に聖国の兵は?」

「見当たりません。周囲に放った斥候からの報告にもこれと言った軍事施設も敵部隊の姿もありません」

 副官の返答が終わったところで、アーデルの視界の先で町の大門がゆっくりと開いていく。


「こ、降伏する」

 中から出てきた人物は、護衛も連れずに一人だけで門の外へ出てきた。

「どうやら、諦めたようですね」

 副官がホッとした様子で呟いたが、アーデルは厳しい表情で出てきた人物を見つめて無言だった。


 恐怖で膝を振るわせて歩いているらしい人物は、それなりの服を着てはいるもののどうにも痩せすぎているように見える。まだ四十前の年齢に見えるが、それにしては足取りが弱々しい。

 他にも不穏な点がある。わずかに開かれた大門は彼が出て来たと同時に閉ざされ、中の様子は一切見えなかったのだ。


「……五人ついてきなさい。他の兵たちは敵が攻撃してきたらすぐに対応できるように。梯子を用意させて」

「えっ? か、畏まりました」

 すでに終わったと考えていた副官は、アーデルの慎重さに疑問を感じながらも、言われた通りの準備を進めていく。


 命令が遂行され始めたのを見届けたアーデルは、護衛の兵士を連れて包囲の部隊をかき分けて降伏宣言と共に出てきた男の前に進み出た。

「あっ……」

 小さく声を上げて馬上の自分を見上げた男の顔を見て、アーデルは確信した。

「あなた、町の代表ではないわね?」


「オトマイアー様!」

 アーデルが質問を投げた直後、護衛の兵たちが慌ててアーデルの前に出た。

 正面の正門やその左右にある塀の上から身を乗り出した聖国兵が、一斉に矢を射かけてきたのだ。

「ぐぅえっ!?」


 最初に矢で射ぬかれたのは、町から出てきた男だった。

 至近から背中に複数の矢を受けた男は、弾き飛ばされるようにしてアーデルの馬にぶつかる。

「くっ! 全軍突撃!」

 アーデルが指示を出すまでも無く、帝国兵たちは突撃を始めている。


 さらに多くの矢が町の中から放たれるが、帝国兵たちはすかさず盾を構えて足を止めることは無い。

 アーデルの所にも更なる矢が飛来するが、赤熱した腕を振るうと矢は単なる炭へと変わって風に流されていった。

「……ふざけた真似をするわね」


 護衛についていた兵士達は悉く矢を受けて倒れていた。彼らはアーデルを守るために身を挺したのだ。

 怒りに燃えたアーデルは矢を受けずに済んだ馬を下り、閉ざされたままの大門へ向かって炎よりも熱くなった右腕を振るう。

 木製の扉は、まるでバターを引き裂くかのように赤熱して煙を上げながら引き裂かられた。


 焼け落ちた煤がハラハラと風に舞った直後、大門は音を立てて崩壊した。

「行きなさい」

 細い指先が指しているのは、門が破壊された事に驚き慄いている、町の中の聖国兵たちだった。

 直後、帝国兵たちは大挙して町へと駆けこんでいく。


「数はこっちが多いでしょうに。馬鹿なことをするわね」

 護衛を連れずに一人で来れば良かったか、とアーデルは後悔していたが、ただ打ちひしがれている訳にもいかない。

 副官を呼び、護衛たちの死体を国に帰すように手配させ、襲った町から物資を補給するように命じる。


「町民は逃がさないように。都合よく高い塀に囲まれた町だから、守備兵力は少なくて良いわ。私たちが王都に到着するまでに連絡がいかなければ良いから」

 その後、まる一日かけて略奪を含めた補給を行った。町の者たちが生活に困窮するような真似はさせず、兵の詰所や町の行政施設からの略奪に止めたのはアーデルがあくまで町は町のままで国内に取り込むためだった。


 壊し過ぎれば、新たな支配者の負担になるのだ。

 そうして、いくつかの町や村で戦闘か恭順かを問いながら王都へ軍を進めていたアーデルは違和感を覚えていた。

 敵兵の反抗が少なすぎるのだ。それも、王都へ近づけば近づくほど、兵数は減り、練度は落ちていく。


 その理由は、捕えた聖国兵からわかった。

「王都に集結命令が出ているというの?」

「そのようです。特に至急の命令とされたようで、町の警備を減らしてでも急ぎ王都へ兵を集めるように、と早馬の伝令が王都周辺の町へと放たれたとの話です」

 王都で何が起きているというのか。


「帝国と事を構えるのに人員を集めたのかしら……それにしては、動きが早すぎる気もするわね」

「ですが、船を使って他の国へと攻め入るにしても内陸部にある王都に集めるのは不自然です」

 壮行会でもやってから兵を送り出すつもりでしょうか、と副官は予想を立てるが、今一つ納得できない。


 アーデルはしばし考えた。

 万を越えるような兵力が聖国王都に集まっているとすれば、こちらに勝ち目は無い。しかし、このまま何もせずに帰るのは問題だろう。

「……戦況を確認するわ。予定通り進軍しながら斥候を先行させて王都の状況を探らせなさい。もし兵を集めてどこかへ向かっているなら、逆に好機よ」


 しかし、数日かけて王都まであと一日という場所でアーデルの耳に届いた報告は予想とはまるで違っていた。

「交戦中ですって? いったいどこの誰と?」

 聖国と国境を接しているのは二か国。北に森林国と西に帝国だけだ。南側にも一応の行政境界線はあるが、そちらは未踏の地であり、森林国よりもさらに深い森になっている。


「まさか、森林国から敵が?」

「いえ、そうではありません」

 斥候の兵から情報を聞き取った副官は、額に汗を浮かべて首を横に振った。

「どうやら、ラングミュア王国の戦力が来ているようです」

 それも少数の兵で王都を攻撃しているらしい。


「そんな真似が出来る人間なんて限られてるわね……」

「閣下、いかがいたしましょう」

 アーデルの脳裏に浮かんだのは、ラングミュア王国国王ヴェルナーラングミュアの姿と、彼の魔法による爆発だ。

「……進軍を続けましょう。ラングミュアの狙いはわからないけれど、とにかく現場に行くべきだわ」


●○●


 ラングミュアの王がいるとすれば、聖国の抵抗も多少の時間稼ぎにしかなるまいとアーデルは予想していた。

 だからこそ兵を進めてヴェルナーもしくはラングミュア王国軍との合流を目指して軍を進める決定を下した。

 しかし、実際はヴェルナー率いるラングミュア兵は完全に足止めされていた。


「まさかあんなのがあるとは思わなかったな」

 王都近くまで進んできたヴェルナー達は、王都の様子が見えるあたりまで進んできた所で、一千名を越える大軍に固められた王都を前にして完全に足止めを受けた。

 それどころか、斥候に見つかって矢による攻撃を受けたのだ。

 幸いにも距離が遠く、直撃しそうなものはイレーヌの雷撃で撃ち落としたこともあって被害は無い。


 ヴェルナー達は素早く身を隠し、どうにか敵の視界から消えることには成功した。しかし、強固な防備は解かれる様子が見えない。

 それから三時間程経つ。状況確認の為に監視を続けているのだが、王都を守る軍隊は町の外壁をぐるりと取り囲むように布陣して動く様子は無い。

「どう思う?」


 ヴェルナーは木の幹に背中を当てて座り、保存食の干し肉を齧りながら兵たちに尋ねた。

「聖国の王都はいつもあんな風に警備してるのか?」

「それは無いかと。寄港した村の者たちの話にはそんな情報がありませんでしたし、何よりあの人数を常駐させるにはそのための設備が見当たりません」

 イレーヌが冷静な所感を述べると、ヴェルナーは納得した。


 見える範囲でも、二か所で煙が上がり仮設の炊事場が作られて料理が作られている。常駐であれば、最低でも小屋くらいは作っているだろう。

「じゃあ、何故あんなに大量の兵が集められているか、だ。考えられるのは二つ。今からどこかに攻め込もうとしていた。あるいは、俺たちがここへ来るのを早い段階で察知していたか」


「陛下はどうお考えですか?」

 アシュリンが問うと、ヴェルナーは苦笑いを浮かべた。

「残念ながら、後者の可能性が高いな。前者なら俺たちが何者かを知らないはずで、いきなり攻撃してきた理由がわからない」

「それでは……」


 ヴェルナーは結論を出した。

 最初の寄港地あたりで聖国の監視に見られたか、あるいは……と考えていたヴェルナーの視界に、王都から出てくる一台の馬車が見えた。

「やれやれ、人を見る目は大事だな」

 そこに乗っていたのは、寄港地の村で“異端者の村”でであった老翁だった。


 裏切りを知ったヴェルナーは、あっさりと方針を決定する。

「敵を殲滅する。しかる後、粛々と聖国王を訪問するとしよう」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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