78.ラングミュアの兵たち
78話目です。
よろしくお願いします。
「部隊を三つに分けて、二つは時計回りに一つは反時計回りに町を迂回。なるべく静かに」
燃え盛る町を桟橋から見ていたボニファーツは、炎が視界を遮ってくれているうちに行動を開始するように告げると、自らは護衛もつけずに桟橋の上に残った。
「行きたまえ。陛下に報告する成果を一つ増やすとしよう」
部下たちはうなずき、それぞれの行動を開始した。
対して、帝国兵たちは大将であるギースベルトの残虐性には影響を受けつつも、いささか慎重さに欠けていた。
「港だ。そこに連中はいる」
ラングミュアが船を使っていることを聞いていた指揮官は、燃える町を抜けて最短距離で港を目指した。
「あそこだ」
指揮官は約三十名の部下全員を引き連れて、桟橋を見つけるとさらに勢いをつけて視界に入った船を目指してかけた。
その手には剣や槍を掴み、ラングミュアの兵といえど敵対行為をしたとみなして皆殺しにするつもりで。
しかし、そこにいるのは派手な色の服を着て、鎧どころか帯剣すらしていない男が一人、桟橋にもやいである船を背に立っているだけだ。
「どういうことだ?」
「た、隊長!」
部下の叫び声に振り向いたとき、すでにラングミュアからの攻撃は始まっていた。
両脇から飛来する石つぶてが、金属鎧にあたって派手な音を打ち鳴らす。
さらには、背後からも別の一団が武器を手に迫ってきた。
「完全に囲まれました!」
部下の悲痛な叫びに、指揮官は迷いに迷う。
包囲の一部を無理やり突破するのか、このまま直進して目の前の敵を先に狙うのか。
「距離は保て。接近する必要はない」
桟橋の男が指示を飛ばし、包囲がわずかに緩んだ。
「あの男がトップか! あいつを狙え! 捕まえろ!」
武器を持たないたった一人の男を捕えて部下を止めさせるのが一番確実で楽だろう。そう考えた指揮官に、部下たちは従った。
しかし、それは愚策だった。
「おお、来た来た」
ラングミュア兵に押し込まれるようにして桟橋に帝国兵がなだれ込んできたところで、桟橋の男、ボニファーツは右手を上げて合図した。
「出航!」
「なんだと?」
帝国兵は船についての知識はほとんどない。兵士たちだけでなく、この指揮官もこのグリマルディに入って初めて船を見たほどだ。
出航という聞きなれない言葉に戸惑いつつも、歩を進めていた彼らの足元が、不意に揺れた。
「諸君、泳ぎは得意かね?」
ボニファーツはにやりと笑う。
「悪いことは言わないから、急いで武器を捨てて、鎧を脱ぐと良い」
直後、メキメキと音を立てていた木製の桟橋が一気に横滑りを始めたかと思うと、完全に崩壊した。
「わわっ!?」
「あっ!」
帝国兵たちは、成す術なく海へと放り出さていく。
港から延びる桟橋がある場所とはいえ、その水深は喫水の深い軍用船が停泊できるほどだ。とても足をつけていられるような深さではない。
思い金属鎧を着ている帝国兵たちは、その重さに引き込まれるようにして水の中へ沈んでいく。
必死の形相で手足をばたつかせてながら懸命に浮力を得ようとしているが、泳ぎが達者であっても重りをつけては浮上は難しいだろう。
「急いで引き上げてやれ。ロープを落としてやれば必死で掴むであろう」
船体側面にロープでぶら下がったまま、ボニファーツは部下に命じた。
「心配するな。誰もが武器なんて持っていられない」
すぐに救助に動いたラングミュア兵によって、陸に近い方にいた半数ほどの帝国兵は引き上げられ、びしょ濡れのまま船に乗せられ初めての捕虜となった。
●○●
帝国兵とぶつかっていたのはボニファーツだけではない。海軍の将であるオスカー・ルーデンもまた、半減上陸して補給を行っているところでギースベルトの部下たちが近づいていることを察知した。
「退却いたしますか?」
「いや、ここで港町の住人を見捨てれば彼らは皆殺しになるだろう」
オスカーは船をすぐに動かせるだけの人数を残して船を下り、部下たちと共に町の外で迎え撃つことにした。
「よろしいのですか? ヴェルナー陛下の命令から逸脱するのでは……」
「現地での判断は一任されている。この町の住民は我々に協力的だ。ここでラングミュア対帝国の戦闘に巻き込んでしまえば、彼らは帝国だけでなく我々に対しても嫌悪感を抱くだろう。今後を考えればそれは避けたい。
飲用水や食料を考えれば、寄港地が減ることは極力避けたい。せめてグリマルディにおける残りの港についての作戦行動が終わるまでは、友好的な寄港地は確保しておきたいと考えていた。
「他にも理由がおありでしょう?」
「……そうだ。反対か?」
町の住民へ隠れて非難の準備をするように伝えながら町の中を抜けていく。
オスカーの部下がいう“理由”は、この港町の近くにある一つの町のことだった。そこはボー・バンニンクの実家がある町であり、彼がこの町に自ら訪れたのも、その町の状況確認をするためでもあった。
「反対はしません。ただ、策はおありなのでしょうか?」
部下の心配について、オスカーは頷いた。
海軍所属の彼らは、陸戦では貧弱といえる装備しかない。皮鎧に短く詰めた剣、あとは弓がある程度だ。
「心配するな。敵は海を知らない帝国兵。こちらは海軍だ」
オスカーが見上げた空は、夜明けから二時間ほど青く澄み渡った鮮やかな色を見せており、気温は汗ばむほどになりつつあった。
オスカーは町の外、切り立った海岸沿いに布陣した。
「このような陣形で……一体、何をお考えですか」
全員に弓を持たせ海へ背を向けて並べた奇妙な陣形に、部下は不安な心情を吐露した。
「このままで良い。それよりも、誘導は問題ないだろうな?」
「そろそろこちらへくる頃かと……見えました!」
港町へ向かっている敵を陣地へと誘導する騎馬の兵が遠くに見えた。
全速力ではなく、徒歩の相手を誘導できるほどの速度で走っているあたり、うまく敵を釣り上げることに成功したようだ。
「敵が見えたな。誘導役に向けて横へ逃げるように合図を出せ」
「了解しました」
狼煙による連絡はしっかり伝わったようで、緩やかなカーブを描いて馬に乗った兵士は二軍の間から抜けていく。
この時点で、ラングミュア側の兵士は約二十。敵方は五十を超える人数がいる。
オスカーは敵との距離を目測で見極めながら、一度だけ海の方を振り返った。日焼けしたその顔に潮風が当たる。
「射て」
「しかし、まだ矢が届く距離では……」
「いいから射て。直射ではなく斜め上を狙うんだ。こういうふうに」
手本を示すように前方の空に向けて矢を構えて見せたオスカーに倣うようにして部下たちも矢を構える。
「射て」
一斉に放たれた矢は、強い潮風に乗って飛距離を増す。
いくつかの矢は風に煽られて逆に失速したが、ほとんどの矢が通常以上の距離を出して敵の集団に降り注いだ。
「日中の潮風は海から陸に向かって吹く。特に、こんな暑い日は強い風が来るもんだ」
あわててうち返してくる敵の矢は、逆風に煽られてまるで届くことなく落ちる。
「な?」
部下にウインクして見せたオスカーは、続けて矢を打ち込むように命じると、敵の動きが完全に止まったところで突撃を命じた。
普段の訓練の成果を発揮するかのように駆けた海軍兵たちは、軽快な足取りで敵を左右から挟み込むように激突する。
オスカーはあえて乱戦に持ち込んだ。
敵が持っている大剣や槍は接近戦に向かない。おまけに隊列が乱れていては整列しての突撃を得意とする帝国兵の持ち味はまるで活かすことはできない。
「私たちはラングミュア王国海軍の者だ! 弱兵などと驕っていては命を落とすぞ!」
興奮した誰かが叫ぶと、帝国兵たちにわずかに動揺が走る。彼らの目的はグリマルディ王国であり、ラングミュアと戦っているつもりはなかったようだ。
「ふざけるな! ここは帝国とグリマルディの戦場だ! 部外者は去れ!」
「残念だが」
自らも剣を抜いて戦っていたオスカーは、太い腕で振るったナイフを受け止めた敵の言葉ににやりと笑った。
「先にここを押さえたのは我々だ。船を、海を知らぬ君たちは歓迎されていない」
さんざんに矢を浴びて数を半減させていた帝国兵たちは大した抵抗もできず、矢によって重傷の者は死に、軽傷の者は捕虜となっていく。
十五分ほどの短い乱闘で、ラングミュア海軍は軽傷三名を出しながらも人的損失はないままに勝利を収めた。
「うまくいきましたね」
部下が晴れやかな笑みを見せると、オスカーも応じた。
「そうだな。だが気になることがある」
オスカーは怪我を負った腕に簡単な処置を施され、後ろ手に縛られて座っている帝国兵の前に立つ。
「一つ、聞きたいことがある。この近くにある町のことだが……」
気力を失った帝国兵がぽつぽつと質問に答えると、オスカーは顎に手を当てて考え込んでしまった。
「閣下……」
「ああ、わかっている。ラングミュア王国軍である我々がそこに兵を出すのは間違いだ。わかってはいるんだが……」
恋人であるボー・バンニンクの実家がある町が、帝国兵の攻撃対象に含まれていることが発覚したのだ。
しかし、だからと言ってオスカーが部下を率いて町を守りに行くのは職責を逸脱した行為であることは明確だ。ここは敵地であり、敵地の町なのだから。
部下たちが捕虜をつないでいる間、オスカーは理性と感情の狭間で思い悩み続けた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。