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77.船泥棒の軍隊

77話目です。

よろしくお願いします。

 ヴェルナーが聖国に対してやろうとしているのは強硬策も良い所の方法である。

 そして、それが可能であることが、彼の強みであり周囲が彼を恐れる所以でもあった。

「では、後は頼む」

「お気をつけて、陛下」

 ダミアンの見送りを受けて、いくつかの小舟に分乗した兵士達とともにヴェルナーは聖国へと入った。


 森林国ではこれといった港は見つけられなかったので、ヴェルナーが出発して数日待った後、目星を付けてた小さな港町を襲って占拠した。

「どうなってるんだ……?」

 港町に降り立ち、怯えている人々の姿を見たヴェルナーの第一声は押し殺したようなものだった。


「酷く痩せた人たちばかりですね」

 アシュリンが見たままのことを口にして、陸に足を付けたことにホッとした様子を見せていたイレーヌも頷いていた。

 桟橋には船の姿は無く、イレーヌ号とアシュリン号から下りたラングミュア兵達が港町へ下りてヴェルナーを守りながら、町の中へと入っていく彼に続く。


 港町というには、寂れた雰囲気が漂う。

 桟橋は二つあるものの、小舟が一つあるだけで他の船は見えない。それにヴェルナー達が上陸しているのに聖国の兵士が出てくる様子すらない。

 痩せた人々が距離を取って見ているのに、兵士が「誰か尋問しましょう」と言ったのを止めた。


「ここは俺たちが帰還するのに重要な拠点となるんだ。余計な揉め事は起こさないようにしよう。町……というより村だな。ここから誰かが出ていかないように包囲だけするんだ。乱暴な真似はするなよ」

「その必要はございませぬ」

 ヴェルナーの命令を聞いたらしく、一人の老人が進み出て頭を下げた。


「ご老体。悪いが聖国兵を呼ばれたりしても困るし、偶々立ち寄った部隊があっても対処しなくてはいかん。止められても撤回はできん」

「いえ、わしは止めるつもりはありませんで……兵士を呼びに行く者などおりませぬし、まして兵士がわしらを助けにくるなどもっとありえませぬ」

「どういうことだ?」


 聞けば老人はこの村の長だという。

 念のため監視の兵は出すことにして、ヴェルナーは老人の話を聞く事にする。

「では、わしの家へ……」

「いや、ここで良い」

 どこかに誘い込まれても面倒なので、その場で立ち話で良いとヴェルナーは伝えた。老人は驚いた様子は見せたものの、怪しい動きは無い。


 ヴェルナーはまず、聖国の兵が来ない理由を聞いたのだが、答えは簡単でこの村が“異端者”が隠れ住む村であるということだった。

「ランジュバン聖国では“救国教”に入信しない者たちは国民として扱われませぬ」

 何らかの理由で王に反発したり新興を捨てた者たちは、町ではまともに商取引すらできなくなり、追い出されてしまうという。


「ここにいるのは、皆が救国教と距離を取った……あるいはそう疑われた者たちでして、行商も来なければ兵士達が来ることもありませぬ」

 こういった棄民の村は珍しくないらしく、町に住む人々は豊かに暮らしているが、一度外に出ると国内のいたるところに村があり、貧困や疫病に苦しみながら生きている者たちが沢山いるらしい。


「この国は救国教信者のためだけに存在するのです……いえ、正確には教主たる国王の為に存在し、彼を支える者たちだけが生かされているのです」

 老人は悲しげに瞳を閉じて呟くと、改めてヴェルナーへ目を向けた。

「貴方方がこの国の外から来られたのは、見てわかります。この村で差し出せるものなどほとんどがありませんが……」


「見ればわかる」

 小さな畑が見えるのみで、主に魚を取って食料としているのだろうが若い男の数は見るからに少ない。あまり栄養状態は良くないのだろう。

「水を貰いたい。井戸を借りられれば勝手に水を汲んで持って行くだけだ。あとは敵対さえしなければ危害は加えない」


「おお、ありがとうございます」

 深々と頭を垂れる老翁に対し、ヴェルナーは視線を向けずに周囲の様子を観察していた。怪しい動きをしている者は見えないが、彼は妙な胸騒ぎを覚えていた。

 しかし、あまりこの村に長居することもできない。

「では、後のことは部下たちに任せる。……王都の位置を教えてくれ」


●○●


「おのれ! 無駄な抵抗をする!」

 帝国大将アウレール・アルゲンホフは戦場全体に響く程の大音声を発した。

 国境北部を担当しているギースベルトの部隊が動き出したと聞いて、アルゲンホフも部下を伴ってグリマルディ王国への侵攻を本格化していた。

 戦闘は苛烈で猪突を至上とするアルゲンホフは、その豪放な性格に影響を受けた下士官たちに良く通る声で指示を出しながら、まるで餓えた狼の大軍のように敵を蹂躙していく。


 すでに大きな町を五つほど攻め落としていた彼は、ギースベルトとの連絡を取るための伝令を出してから、休息を兼ねた軍議を開いていた。

 そこには、皇帝の命によって派遣された占領地の行政官も立ち会っている。

「占領地の政治は全部任せる。兵士は割いてやるから大人しくさせておいてくれ」

「しょ、承知いたしました」


 アルゲンホフは粗暴ながらも豪放磊落であり、部下や一般の民衆に対して公明正大であった。ギースベルトのように沢山殺したといって評価をするわけではなく、その戦果は領地と破った敵の強大さをこそ誇る事を至上としている。

 ただ、人心掌握については苦手な部分があり、官僚タイプの者とは完全に反りが合わず統治のような政治関連はすぐに人任せにするきらいがあった。


 苦手な部分は人に任せるという点では新皇帝フロリアンと近い所があり、「攻撃し侵略せよ。詳細は任せる」という命令に対して、主だった大将たちの中では唯一好感を抱いている。

「王都へはギースベルトの部隊の方が近いんだったな」

「はい。国境を越えた位置から見ても、同じペースで進行した場合ギースベルト大将の軍が五日ほど先に王都へ到着する予定です」


 流石に王都に近づけば抵抗も激しくなり、王都そのものを陥落させることも厳しくなるだろう。

 それに、ギースベルトが指揮する部隊だけが王都を攻撃するとなると、グリマルディ王国の被害は膨れ上がるのは間違いない。それも見越して王都包囲は協力して行うことにしている。


「あまり待たせては、ギースベルトの奴が何をするかわからん」

 以前に行った地方反乱平定の際、ギースベルトは兵を少しずつ釣り出しては皆殺しにする戦法をとったことがある。それをして「突撃は控えていた」と涼しい顔で言ってのけるのがギースベルトという男だった。

「いくつかの町はこの際放っておくことにする」


「よろしいのですか? 背後から挟撃される恐れもありますが」

「構わん。というより、現時点でも町の一つや二つから兵を集めても我らの人数に匹敵するだけの数を揃えられるとは思えん」

 まして、王都包囲が完成した時点でグリマルディの残有兵力を合しても数でも質でも優勢なのは間違い無かった。


「決まりだ。補給も考えると町を通らぬ選択はできないが、それでも日数はかなり短縮できはずだ。違うか?」

「いえ、恐らくはギースベルト大将よりも早く着けることになるかと」

 ギースベルトたちはラングミュアから来る者たちが港を襲っているとの話を聞いており、その対応もせねばならないのだ。


「では、予定は決まりだ。交代で歩哨を立てて兵を休ませておけ」

「はっ!」

 ここでアルゲンホフは一つの大きな勘違いをしていた。

 ラングミュアが動いているのが、かの国に近い北部の港だけだと思い込んでいたのだ。船を知らないアルゲンホフのミスだが、副官以下の者たちもそれに気づくことがなかった。


 従来より船そのものを見た事すらない者ばかりである帝国軍の弱点であるとも言える。


●○●


「良し、では吾輩は次の港へ移る」

「了解しました。帰りの便をお待ちしております」

 ラングミュア陸軍大将ボニファーツ・バーレは、先日グリマルディの港町から奪ったばかりの船に乗り込むと、今し方制圧が終わったグリマルディの小さな港に一部の守備兵力のみを残して出港した。


「好調ですね」

「いやはや、これもけいらが操る船の活躍あってのことですとも」

 ひげを撫でつけながらカラカラと笑うボニファーツは、今は鮮やかなブルーの服を着ていた。

 海の上で保護色になるかと思われたが、船の上では異様に目立つ。


 グリマルディ各地の港にて鹵獲した船へは、当地でボニファーツが声をかけた人員とラングミュア海軍の操船兵を乗せて次々とラングミュアの港へと出発している。

 そして、戻った船へは操船兵を乗せたまま陸軍の兵が乗り込み、また新たな港町を押えに行くのだ。

「だが、調子よく作戦が進んでいるからと言って油断してはいかん」


 船の責任者となった海軍下士官に、ボニファーツは笑みを浮かべたままではあるものの戒めるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「どうやらグリマルディの兵たちは帝国の侵攻に泡を食って王都への参集を進めているようだが、その帝国兵との接敵がある可能性が高いのだ。その時は港を取り合うか、さっさと桟橋を焼いて放棄せねばならん」


 難しい判断となるが、その点ボニファーツは命令の内容に満足していた。“港を死守せよ”と言われるよりもずっと気楽で兵も安全な策だったからだ。

「これからグリマルディはたとえ国を保ったとしても造船国家としては停滞することになる。帝国はグリマルディを得ても船を得ることが敵わぬ。……いささか方法は即物的な面もあるが、陛下のお考えは恐ろしいものよな」


 そして、ボニファーツはラングミュアへの帰投中に立ち寄った港にて、陸軍大将として初めての戦闘指揮を行う事になった。

 相手はギースベルト率いる部隊の一つである。

 有史以来、帝国とラングミュア王国は初めて矛を交えることになったのだが、それが両国の地では無かったのは、グリマルディ王国民にとっては不幸であった。


 何しろ、ボニファーツにとっては放棄しても問題無い港町であり、ギースベルトにとってはグリマルディの町など蹂躙の対象でしかなかったのだ。

 陸地側から町へ入ったギースベルトの部下たち約三十名の部隊と、港から上陸したボニファーツ率いる二十名の部隊は、それぞれに町へ火を放った。

 帝国兵は問答無用で民家に火を放ち、ボニファーツは桟橋近くの倉庫に火を放つ事で民衆が逃げる時間を作った。


 だが、一般の人々に取ってはどちらがどちらでも関係の無いことだった。

 戦火が自分たちに降りかかった、と小舟に乗って逃げる者や走って町の外へ出る者など、町の中は大騒ぎになっていく。

 潮風に煽られながら煌々と燃える火の海に紛れるようにして、両軍は激突する。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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