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75.戦争に敗けるということ

75話目です。

今日から隔日ではありますが更新を再開いたします。

よろしくお願いいたします。

 聖国軍対ヴェルナーの海上戦闘が始まった頃、陸上においてギースベルトが率いる部隊の一部がグリマルディ王国の警備部隊と接触し、偶発的な戦闘が始まっていた。

 ギースベルトの部下たちは精鋭と言って良い練度であったが、士気についてはグリマルディ側の方が高かったこともあって、帝国兵たちは一時間の戦闘で数名の死者を出した所で撤退を選んだ。


「申し訳ありません。初戦で敵に功を誇らせる結果となってしまいました……」

 兵を率いていた人物がギースベルトの前に跪いて結果を報告している。

だが、悔しさを滲ませた兵の表情を見てもギースベルトは大した反応は示していない。

「功を誇る程度の余裕があるとは思えないな。単に必死なだけだ」

 国土を削り取られるだけならまだしも、母国そのものを失いかけているのだ。理由のわからない戦いをしかけている帝国側兵とは必死さが違う。


 ギースベルトは兵の損耗が少ないことを知り、今後の行動に不利になる要素が無いのを聞いて「大きな問題は一つだけだ」と言った。

「ひ、一つと言いますと……ぶっ!?」

 ギースベルトは鞘に収まったままのサーベルで報告に来た兵士の頬を思い切り殴りつけた。

 折れた奥歯と血を吐き出してうずくまった部下に向かって、さらに蹴りをいれてギースベルトは唾を吐いた。


「逃げて来ただけでは何の情報も得られない。せめて逃げる振りして追跡をして敵の本拠地や全体の規模を調査するとかできるだろう」

 ただ敗けて逃げたことを責め、部下が気を失うまで暴行を加えたギースベルトは天幕を出た。

「中の奴を治療しろ。それと、斥候を接敵した地域に集中して敵戦力の位置と規模を確認させろ」


 そして、三日かけてとある町にいる部隊を捕捉したギースベルトは、その町にいると思しき人数の五倍の兵力を以て包囲した。

「さて……」

 布陣が完了し、攻め入るタイミングを測っていたギースベルトの下に、一人の兵士が前方から駆けてきた。


「ギースベルト閣下。町の中から投げ文がありまして……敵は降伏を宣言しております」

 小石に包まれた羊皮紙には、短い文章で降伏するので包囲を解いて欲しい、という内容が書かれていた。

 さらに、兵士たちは全て投降するので、それ以外の民衆には手を出さないで欲しいということも。


「だから?」

 手紙を受け取ったギースベルトは、無表情のままで羊皮紙を引き裂いて風に飛ばした。

「私の任務はこの国を打ち滅ぼすことだ。それに、敗れた側は命も物資も失うのが戦争の定めだよ。自分勝手な都合をこっちに押し付けるもんじゃない」

 呆然としている兵士に、前線へ戻るようにと伝えたギースベルトは、副官を呼んだ。


「どうやら、町の兵士を率いているのは相当な楽観主義者のようだ。折角だから利用させてもらおう」

「は。では……」

「武器を捨てて兵士が出てくるように呼びかけろ。出てきた連中は全員殺せ。門も開くから一石二鳥だ」


 息を飲んだ副官に、ギースベルトはニヤリと笑った。

「物資の“補給”をキチンと行うように徹底させろ」

 この命令に対して、兵士達は歓喜の声を上げた。すでに一ヶ月に近い遠征行軍で彼らのストレスはかなり溜まっている。

 それなりに大きな町である以上、食べ物も女も充分に確保できるだろうことが予想され、彼らの欲に大きな刺激を与えた。


「かしこまりました」

「ああ。すぐに始めろ」

 それからまる三日間、町は文字通り蹂躙された。

 町の役人や兵士を拷問にかけて充分な情報を得たギースベルトたちが最低限の監視要員だけを残して町を去った時、二千人近くいた住人は四分の一以下にまで減っていた。


 凄惨だが、この時代の戦争においては然程珍しいことでは無い。

 そしてこの戦闘とも言えない一方的な虐殺劇は、場所を変えて繰り返されることになる。

 帝国大将ルッツ・ギースベルトという男は、冷静かつ着実に戦闘の準備を行う有能な将だった。そして同時に、敵を人とは思わない冷酷な男だった。


●○●


 各国の動きは聖国の暗躍から始まったのは間違いないことなのだが、始まってみれば聖国だけが情報的に置いて行かれている。

 それは帝国の動きだけでなく、スドとラングミュアについても同じだった。

「デズンという男が聖国から来た」

 海戦で捕虜とした男たちは、奴隷としてスド砂漠国の王ミルカへと引き渡された。見返りとして、水や食料などの補給品を受け取ることになる。


「連中はどうやら例の山にある石が欲しいらしい。ヴェルナー殿も興味を持っていたようだが……あれは何かの役に立つのか?」

 ミルカの質問にヴェルナーはどう答えるべきか迷った。火薬の存在は可能な限り秘匿しておきたい。

 予想通り黄色い石が硫黄であるとして、その産地であるスドの王が火薬の存在と有用性を知る事は危険極まりない。


「……ある薬が作れる。それだけしか教えられないな」

「ふっ、聖国の奴と同じことを言うのだな」

 ミルカから聖国のデズンという男が話した内容を聞いたヴェルナーは、眉を顰めて話を聞いていた。

「聖国も“薬”だと言ったのか?」


「なんでも国王しか製造方法を知らぬとか言っていたな。“秘薬”などと勿体ぶっていたが、効能ですら知らされていないと言った。あくまで余の感覚でしかないが、嘘ではないようだ」

 ヴェルナーは、硫黄を治療などに使う事もあるのは知っていたが、秘匿するほどの特効性があるのかわからなかった。


 もし聖国の王が“黒色火薬”の存在を知っていて、それを作ろうとしていると仮定すると、それはヴェルナーと同じ前世の記憶持ちである可能性が高い。

「だからと言って、無条件で味方になるとは考えられない」

 すでに敵対状態ができてしまっている。手を握るにはいささか遅すぎた。

「……今更か」


 同郷であろうと、立場が違えば味方にも敵にもなる。

 傭兵出身のヴェルナーは、そういう割り切り方に慣れてはいた。主義主張や所属によって前回の戦闘で同じ飯を食った仲間と撃ちあうことも無くは無かった。

「ここでブレたら、部下たちが迷惑を蒙る……ミルカ、聖国の連中はいつ石を取りに来る?」

「さてな。しばらくは帰りの足を待っていたようだが、来なかったようだな。自国の商戦が来ていたのに同乗して帰った。同じく船でくるとしてもひと月は先だな」


「そうか」

 ヴェルナーは立ち上がった。

「帰るのか?」

「まさか」

 ミルカの問いかけに、ヴェルナーは微笑む。


「予定通り聖国に行くんだよ」

「そうか。では、武運を祈っておこう」

 慌ただしく出て行ったヴェルナーを見送ったミルカは、酒の入った盃を傾けて喉を鳴らすと、笑みを浮かべた。

「やはり単なる石ではない、か。余計に興味が出て来たな」


お読みいただきましてありがとうございます。

今回は少し短い更新でしたが、次回もよろしくお願いいたします。

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