74.海戦
74話目です。
よろしくお願いします。
この世界で初めての海戦は、スドにある聖国の船が利用している簡易港にヴェルナーたちが寄港しようとした際に始まった。
「タイミングが悪いな」
聖国の船は初めて見るヴェルナーだったが、落ち着き払った様子で手庇を作って前方から同じ桟橋を目指しているらしく、ゆっくりと浜へ向かって進む船を観察していた。
「いかがいたしましょうか」
船長のダミアンが、そっとヴェルナーの背後から声をかけた。
「……足を音消して近づくんじゃない。相手が聖国なのは間違いないか?」
「恐らくは、としか。少なくとも研修でタイバー技師から教わったグリマルディの船とは形が違います」
「なるほどな」
「攻撃いたしますか?」
ダミアンの問いかけに、付近にいた兵士達は耳をそばだてている。
「スドと聖国には貿易を続けさせる予定だからなぁ」
この時点で、ヴェルナーは聖国の船を攻撃する意思は無かった。やり過ごしてしまえば問題無いと考えていた。
「グリマルディタイプの船がここにあることには疑問に感じるだろうが」
と、ヴェルナーはここで相手を無視することのデメリットを考えていた。
「小舟で上陸すると物資の積み込みがなぁ……」
桟橋からロープを使って行う積み荷の引き上げについても訓練しておきたかったのだが、そうこうしているうちに聖国の船から動き出した。
「……突っ込んでくるつもりか!」
船首が浜ではなく明らかにヴェルナーが乗る船へと向けられたのが見えた。そして、船の左右から突き出したオールが一斉に動き始める。
「陛下。衝撃に備えてどこかにお捕まりください」
ダミアンは冷静な声でヴェルナーに言う。
「やろうと思えば、俺の魔法で簡単に沈められるぞ?」
「その通りですが、出来れば今回は兵たちを訓練する機会にしたいと考えております。お許しいただければ、あの船も我らのものにしたいと存じます」
方法は考えており、陸での訓練もしてきたというダミアンは、色白でやぶにらみな目に強い意思を見せている。
「……良いだろう。お前の手腕を見せてもらう」
「はっ。……全員、敵船対応の準備だ。訓練通りにやりなさい」
船員たちが慌ただしく動き始め、ヴェルナー達が乗る船も相手へと舳先を向け、速度を上げていく。
「このままじゃ、ぶつかるんじゃ……!」
イレーヌが不安気な声を上げたが、ヴェルナーとアシュリンは冷静に状況を見ていた。
「アシュリン。イレーヌを支えて船室に入ってろ」
「陛下はどうされるのですか?」
「俺はここで、ダミアンがどうするかを見届ける必要がある」
「では、自分もここにいます。自分は陛下の護衛ですから。ほら、イレーヌ。こっちにきて自分と手をつないでいよう」
強情な奴だ、とヴェルナーは笑ったが、それがアシュリンの職業倫理であり使命感の表れなのだろう。
「わかってるわよ……。陛下、何かあればあたしが攻撃をします」
「そうだな。だが、おそらくは問題無いだろう」
ヴェルナーの視線の先で、ダミアンは甲板上で仁王立ちのまま、細い身体を左右に揺らしつつも正面を見据えていた。
「二十秒後に右舷のみオールを全て停止。直後に両舷ともオールを引き込むように」
指示を受けた部下たちが、下階にずらりと並んでいる兵士達に指示を出すためにかけていく。それぞれに二十秒をカウントダウンしながらだ。
ほどなく、ヴェルナーの足元から右舷のオールを止めるよう張り上げる声が聞こえた。
良く訓練されているのがわかる。オールは水面に差し込まれたまま一斉に動きを止めたのだ。
「引き揚げろ!」
「へえ……」
ヴェルナーは感心した。一糸乱れぬ動きもそうだが、ダミアンの命令が完全に実現されている。
そして、その結果も見事なものだった。
「衝撃が来ます」
言いながらべったりと地面に伏せたダミアンの声に、ヴェルナーも膝を突いた。
白波を切り裂いて進む互いの船は、スピードに乗ったまま真正面から激突したかに見えた。だが、ダミアンの指示によってわずかに航路を右に変えていたために、それぞれがすれ違うようにして互いの船側を擦り合わせた。
オールを収納していたこちら側と違い、左右一列だけのオールを懸命に動かしていた敵船は衝撃で全てのオールを叩き折られた。
悲鳴が聞こえる。
それは相手の船でオールを握っていた者たちの声だろう。激しい衝撃に腕を弾かれた程度ならまだマシで、折れたオールによって怪我を負ったり、場合によっては死んでもおかしくは無い。
「ひゃっ!?」
「危ない!」
衝撃で身体が浮いたイレーヌを、アシュリンが力づくで引き寄せた。彼女の片手は船の縁を、指が食い込むほど掴んでいる。
ヴェルナーもわずかに体勢を崩した。想定以上の速度でぶつかり、衝撃は大きい。
「これは凄いな……」
ダミアンが行った方法は、船の構造を知り尽くしたうえで双方の動きを正確に読んだ結果である事をヴェルナーは気付いていた。
不安定な海の上だという事を加味すれば、その計算力には舌を巻く思いだ。
その計算をした当人は、轢かれたカエルのように甲板に貼りついているのだが。
「体格を考えると、それが一番安定するのはわかるんだがなぁ……」
まだ大きく左右に揺れていることもあって、ダミアンはその体制を維持したままで指示を出している。
「敵は混乱している筈です。板をかける必要もありません。どんどん飛び移って制圧を」
「あれっ? あっ、えっ……? は、はい!」
声はすれども姿は見えず。甲板上に上がってきた兵士達はダミアンを探して首を巡らせ、床にべったりと潰れている彼を見つけて混乱してから、言われた事を飲みこんで急ぎ味方と息を合わせて飛び移って行った。
彼らは海軍の制式装備となった革鎧を着こみ、短めの剣を振るって戦うのだ。
その動きは訓練を繰り返した慣れたもので、渋滞せず次々と船から船へ渡っていく。
「……ふむ。俺も行こうかな」
「えっ」
うずうずして本音を溢したヴェルナーに、目を見開いたアシュリンの隣から、イレーヌの手が伸びてヴェルナーの裾を掴む。
「お願いですから、ここでじっとしてください」
先ほどのトラブルで息が上がり、船酔いも手伝って赤とも青ともつかない顔色をしてイレーヌはヴェルナーを止めた。
「わ、わかった」
あまりの必死さに、素直に受け入れたヴェルナーは甲板上に座り込んだ。戦闘の声と音が聞こえるが、どうやら一方的な状況になっているらしい。
「まあ、手伝う必要も無さそうだしな。俺が出ていって手柄の横取りをするのも無粋というものか」
「お聞き入れくださって……うぷ……!?」
「まて! あっち向けあっち!」
イレーヌの身体を抱えて海へと向けたヴェルナーは、再び嘔吐し始めたイレーヌの背中をさすりながらため息を吐いた。
●○●
ほどなく船上での戦いは終わり、ラングミュア海軍側は死者は出さずに終わった。敵が無茶苦茶に振り回した剣で軽傷を受けた者と、船が揺れた事でバランスを崩して頭を打った者がそれぞれ一人ずついただけだ。
対して、聖国側の船員は半数が死に、残りは捕えられた。
死体は海へと捨てられ、残った者たちを連れてヴェルナーの船は桟橋へと向かう。
「聖国の船にはもう一隻が接舷して監視と調査を行います。その間に補給を終わらせましょう」
甲板からようやく立ち上がったダミアンの報告にヴェルナーは頷く。
「捕虜にした連中から話を聞き出そう」
「その後はどうしますか?」
「……ミルカに引き渡す。連れていくわけにもいかないし、わざわざ殺してしまうことも無いだろう」
ただし、少なくとも今の時点では彼らを聖国に帰すことも、他の聖国人と会わせることもできない。可能な限りラングミュアが船を使っていることと船での戦闘が出来ることを伏せておきたいのだ。
「では、そのように」
「頼んだ。……それと、さっきの指示と作戦は見事だった。兵士達もしっかり褒めておけよ。良い連携だったと思う」
ヴェルナーの評価に微笑むダミアンは、胸を叩く騎士の礼では無く頭を下げた。
「ありがとうございます。私のこともそうですが、彼らが懸命に訓練してきたことを評価していただけたこと、感謝いたします。彼らも喜ぶでしょう」
兵士達には敢えてダミアンを通して褒めたのはヴェルナーの気遣いでもあった。あくまで兵士達を纏めるのは船長であるダミアンなのだ。それを示す意味もあるし、彼を筆頭に動いた結果として褒められたという形を作るためでもある。
「それにしても……」
ヴェルナーは、片舷のオールを無惨に叩き折られた聖国の船を見遣った。
聖国の船は上下二段にオールがあるこちら側と違い、左右に一列ずつだけだった。その代わり船体は長く、1.5倍程の大きさがある。操船人数は然程変わらず、速度もそこまで早くないだろうが積載量は多そうだ。
ヴェルナーは前世から通して初めての海戦を経験したのだが、激突の衝撃はまだかすかに痺れとして手に残っている。
「……急いで遠距離攻撃の方法を作っておかないと、これは双方の犠牲が大きくなるばかりだな」
スドに立ち寄ったついでに、硫黄と思しき物があるとされる山について、ミルカに確認と依頼をしようと決めた。
多少粗悪でも火薬が手に入れば、鉄砲がむりでも大砲なら作れなくもない。
「前途多難、だな」
火薬を作るのも危険な作業だ。
考えれば考える程、技術が進んだ世界がどんなに便利だったかを思い知るばかりのヴェルナーだった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※前話にて告知させていただきました通り、次話まで少し間が空きます。
再開後あたりから修正にも入れると思います。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願い申し上げます。




