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73.聖国の扱い

73話目です。

よろしくお願いします。


※あとがきにて今後の掲載についてご報告があります。

 ギースベルトからの要請を受け取り、皇帝フロリアン・ヘルムホルツはすぐに増援を向かわせることに決めた。

 内務を担当する大臣たちに人選も規模も任せてしまった彼は「遺漏なく処理せよ」とだけ言って終わらせてしまう。

 知識も無く余計な口出しをされるよりはずっと楽だという思いもあるが、大臣たちは多少の不安を覚えていた。


 そんな大臣たちだが、前皇帝が任じた者たちが引き続き任じられている。その理由も皇帝は特に言わなかったが、人事以外も前皇帝が決めたことがほぼそのまま引き継がれているので、ただ単に何一つ変える気が無いのだと周囲は理解していた。

 唯一、対外的な対応のみが前皇帝と全く違った。

 グリマルディ王国への攻勢についてもそうだが、聖国との距離感についても同じだった。


「皇帝陛下のご威光に気付けば、グリマルディの国民も大人しくなりましょう。然程気にすることもありますまい」

 と、ラウク家のボリスは語る。

 聖国から来たボリスは、転移魔法を使って同じ聖国のデズンをスドへと送ったあと、再び帝国へと姿を現していた。


 前皇帝は宗教立国である聖国とは一定の距離を置いていたが、フロリアンは彼の登城を無条件で許していた。周囲の者はボリスの存在を気味悪く感じていたが、皇帝の客人とあればむげにはできない。

「……皇帝の威光か」

「左様ですとも。この世界で最も強大な国家に組み入れられるのです。グリマルディの国民は幸せですな」


 皇帝はサロンの専用席に腰かけ、薄めた酒を少しずつ飲みこみながらボリスのお為ごかしを聞き流していた。

「では、お前はどうなのだ?」

「はい?」

「お前や、他の聖国国民は帝国の庇護下に収まった方が幸せなのか?」


「えあ、いや、それは……」

「自分の立場と矛盾するような褒め言葉を使うな。それは矛盾を生むだけでなく、俺に対して無礼であると同時にグリマルディの国民をあまりに馬鹿にしている」

グリマルディ国民を庇うような言葉に疑問を感じながらも、皇帝の前に立っていたボリスはすぐに平伏して非礼を詫びた。


 皇帝の近くにいた二人の近衛騎士たちも顔を見合わせていた。現にグリマルディ王国を攻め滅ぼさんとしている皇帝の言葉としては不思議だった。

「俺はグリマルディが憎くて戦いをしかけたわけでは無い。単に国が多くては面倒だと思っただけだ」

 皇帝としては帝国の兵とグリマルディ王国民を比べれば帝国兵の安全と勝利を優先するし、その為にグリマルディ王国民が犠牲になる事は仕方が無いことだと言った。


「だが、基本的に平民たちは食べ物を作り、道具を作り、建物を作る。要するに国を形作る要なのだ。威光などというなんの根拠も無い権力しか持たぬ俺に比べて彼らが如何に役立っているかわかるだろう?」

 騎士たちは問いかけに対して答えに迷った。それは皇帝より平民が上だと言っているようなもので、騎士が同意して良い性質の話では無かったからだ。


「政治を知らぬ俺が、こうして昼間から酒を飲んで全てを部下に任せていられるのも平民たちが国を回しているお蔭だ。俺はそれを良く知っている。であれば、お前がいう者たちもグリマルディ王国から帝国へと籍を変えた暁には俺を支える者たちとなる」

 言葉は再びボリスへと向けられた。

 フロリアンは少し酔っているのか、言葉の矛先があちらこちらに揺れている。


「そう……そうなのだ。ボリスよ。お前が言う通り住む場所が帝国になれば俺の威光にひれ伏すようになるだろう。では、聖国の国民はどうだろうな?」

 ボリスは答えられない。

 元より答えを期待していなかったらしく、フロリアンは返答を得られないことについて何ら意に介した様子も見せずに、肘を突いて考え込んだ。


「ラングミュアも動いている。ラングミュアの国民になった者はラングミュア王の威光に従うのだろうな。平民と言うのはそういうものだろう」

 皇帝はギースベルトからの報告のうち、ラングミュアがグリマルディを攻撃しているという部分については何もしなかった。取り合いになるならそれはそれで良いという認識だった。あとは現場の者たちが良いようにするだろう。


「て、帝国臣民となりますれば、当然皇帝陛下に従うのが当然のことでしょう。私は聖国の人間であり、救国教徒として聖国に従っておりますが……」

「では、試してみよう。宗教によってまとめられた国民の信心と、お前が言う俺の威光とやらがぶつかった時、民心はどう動くのか」

「ご、御冗談を……」


「アーデルトラウト・オトマイアーに命じて聖国を攻撃させよ。人員が足りなければいくらでも送ってやれ」

 とんでもないことを言い始めた、と慌て始めたボリスを横目に、皇帝は近衛に向かって言い放った。

「わ、我々聖国は帝国と友好関係に……」


「五月蠅い」

 皇帝を鎮めようと言葉を並べ始めたボリスを一言で黙らせた皇帝は、酒で紅潮した顔で鋭い視線を向けた。

「俺に貼りついて帝国を良いように操ろうというお前の考えはとっくにわかっていた。それでも多少なり役に立つなら捨て置こうと思ったが……もう、要らぬ」


「い、要らぬとは……」

「お前は俺にも帝国にも必要無いと言ったのだ」

 言葉が出ず、ボリスは口をパクパクと開閉して目を見開いていた。皇帝の目は真剣であり、戯れに冗談を言っているわけでは無いのがすぐにわかる。

「きょ、今日の所は出直して参ります。どうやら私は皇帝陛下の気分を害してしまったようで……っ!」


 瞬時に状況を見て取り、毛の長い絨毯の上を転がったボリスは流石に長い期間工作員として活動してきただけのことはあった。

「ほう、これを避けたか」

 いつの間にか立ち上がっていた皇帝の右手には、近衛の腰から抜き取った長剣が握られていた。


「へ、陛下……」

「少し借りる。簡単に剣を奪われたことについては後からだ」

 剣を奪われた騎士は、皇帝の言葉に青い顔をして膝を突いた。騎士の中でもエリートである近衛としてのプライドは完全に砕かれていた。

「ボリス。お前のように特殊な能力を持っている者を自由にさせておく理由など無い」


 皇帝の言葉に、ボリスは苦い顔をして立ち上がった。

「私の魔法をご存じだったとは……」

「俺自身は無能でも、部下たちは優秀だからな」

 二度、剣を振って風を切る音を鳴らした皇帝に対して、ボリスは懐からナイフを取り出した。近衛たちは武器を持ちこませてしまったことを始めて知り、その点でも失点があることに絶望している。


「ふふん。諜報に比して騎士たちは多少抜けているようだ。これは改めて訓練させる必要がありそうだな」

 言いながら、皇帝の剣はボリスを狙って突き出された。

「くっ!」

 速い突きをどうにかナイフで逸らしながら、ボリスは魔法を発動して逃げる隙を窺う。移動先をイメージするために、意識を集中する時間が必要だった。


「無能などと……剣の腕は相当なもののようですが……」

「こんなものは、技術でも何でもない。ただひたすら訓練しただけのことだ」

 時間稼ぎの言葉を投げるが、皇帝は返事をしながらも剣を振るう腕を止めない。上下左右から、コンパクトな突きが奔る。急所だけを狙っている訳でなく、手足をも不規則に狙う動きは非常に読み難い。


「うっ……」

 右腕を切りつけられ、ナイフを取り落し一瞬だけ硬直したボリスの太ももに切っ先が突き刺さる。

 皇帝の手は止まらず、左手、胸、腹部と浅いが確実に剣が刺さる。

「ふぅ、ふぅ……」


 血と汗をたっぷりと流しながらも、ボリスはどうにか立っていた。兎にも角にもこの場を逃げ出すことだけを考えている。そして、聖国の王に帝国の動きを知らせなければならない。

「これだから、俺には才能が無いと言うのだ。まだ敵が生きている」

 殺すつもりで攻撃したのだが、踏み込みが浅く致命傷にまで至らない。それを皇帝は嘆いた。


「まあ良い」

 呟く皇帝から視線を外し、横に向けて走ろうとしたボリスはすぐに足をかけられて倒れた。

 背中を踏みつけた皇帝は、じっくりと剣を突き刺す場所を探して心臓を貫く。

「聖国を攻略する。これは俺の欲からのことでは無い。スパイを送り込んできた聖国に対する報復である」


●○●


「……大丈夫か?」

「ええ、まあ……」

 二隻の船が、オスカーたち海軍やボニファーツら陸軍に見送られて港を出た。

 その甲板上で、ヴェルナーは自分が乗っている船の船長であるダミアン・クラウスという青年に尋ねた。


 力ない言葉が返って来た事に不安を掻き立てられながらも、ヴェルナーはとにかく任せるとだけ言って甲板に腰を下ろした。

 船長というのは新たに作られた海軍の中で隊長格にあたり、大将であるオスカーの直下に位置する。そのほとんどが騎士であり、初期から操船訓練に参加した者がほとんどだ。

 ダミアン・クラウスも子爵家出身の騎士で、本来は武官向きの性格であるのを父親から無理やり騎士課程へ送られた人物だ。


「気弱なのは治らなかったんですが、優秀ではありますから」

 と、騎士訓練校で一年先輩であったオスカーからの推薦で今回のヴェルナー遠征での母艦船長となった。

「海の男とはまるで正反対の印象だが……」

 観察していると、確かにキビキビと兵士達に指示を出しているし、航路を自らしっかりと確認しながらも船内の状況確認も怠らない。


 しかし、ヴェルナーが言う通り体育会系とはまるで違うタイプで、船内を音も無く移動してサボっている兵士の真後ろに気配を消して立っていたり、怒鳴りつける事無く理詰めで滾々と説教をしている。

「まあいいか。問題はちゃんと船が目的地に着くことだし」

 他にもヴェルナーは懸念があった。


「おろろろろ……」

 甲板から首を出して、イレーヌが胃を空っぽにしていた。心配そうに背中をさすっているアシュリンも、首を横に振っている。

 デニスを城の守りとして置いて来たヴェルナーには、今回護衛としてイレーヌとアシュリンの二人が随行している。が、イレーヌはやはり船に弱かった。


「別に怒らないから、辞退すれば良いのに」

 船酔いの件を知っていたアシュリンから止められたが、イレーヌはアシュリンと共に行きたいと言ってヴェルナーの命令を受けた。その真意は誰にもわからない。

 彼女たち二人に、操船する兵士二十名と交代要員や戦闘の為に十名の兵士が乗船している。


 彼らはスド砂漠国にて補給をして、ランジュバン聖国を目指していた。

 ヴェルナーは、聖国を先に叩いてしまおうと考えたのだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※お知らせ

 明日23日0時の更新後、数日更新を空けます。

 短期間に何度もお休みさせていただいて申し訳ありません。

 再開後は、『よみがえる殺戮者』と交代での隔日更新とする予定です。

 ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解の程、宜しくお願い申し上げます。

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