71.ヒゲ騎士
71話目です。
よろしくお願いします。
「ボニファーツ・バーレと申します、陛下」
玉座の間にて、優雅に跪いたボニファーツを見た時点でヴェルナーが抱いた印象は「変なヒゲ」だった。
騎士隊の正式な制服ではあるのだが、どうやって染めたのかジャケットもスラックスも紫に染めており、一礼した後に再び見せた顔の口元には、左右にピンと伸びた細い黒々と光る口髭が目立つ。
「えっと……」
ヒゲに気を取られていたせいで、ヴェルナーは一呼吸おいてようやく目の間の人物について、ボニファーツの隣に立っているオットーとミリカンに視線を送って先を促した。
「この者は……」
「ミリカン様。よろしければ吾輩自ら陛下へ自己紹介をしたく存じます」
言葉を遮られたミリカンは、王の御前でのこともあって不愉快な顔を見せた。だが、オットーの視線を受けてヴェルナーはそれを了承する。
「ありがとうございます。では、改めて吾輩はラングミュア王国騎士ボニファーツ・バーレと申します。バーレ伯爵家の次男であり、現伯爵家当主の弟にあたります」
直言を許されたボニファーツは、嬉々として語り始めた。
バーレ伯爵家は、ラングミュア王国内でも北部の端の方に位置する領地を持つ、悪く言えば僻地の貴族だ。
農作と海岸での投網による漁で生活する人々がほとんどで、先の王権争奪に関する内戦に関しても蚊帳の外に置かれていたほどだった。
「騎士としても地方回りが多かったのですが、いやはや、見ていてくださる方はいるものです」
彼の兄も、病で早くに亡くなった前当主である父も地味で朴訥な人物であったらしいのだが、何の影響下ボニファーツだけは奇抜な格好を好み、誰かと同じである事を嫌がった。
後継者に慣れない貴族子弟の選択肢として、訓練校に入れられたのだが、訓練生時代も騎士になった後も、勝手に制服を改造したり妙な武器を考案したりと目立つ行動が多かったらしい。
「他の者たちと同じというのはつまらない、というのが持論でございます。陛下は唯一無二の魔法をお持ちだとか。さらには平民でも努力と功績で騎士へと上がれる仕組みを作られたり妃を二人同時にお迎えになるなど素晴らしい自由さをお持ちで、このボニファーツ感服しております」
「別に褒めるようなことではないと思うけどな。それよりオットー。彼を推薦した理由を聞こうか」
直接話していると疲れるタイプの相手だ、と直感したヴェルナーは、話を早々にオットーへと向けた。ボニファーツ・バーレはオットーが推薦する陸軍大将候補である。
ミリカンはその性質や性格もあってあまり乗り気では無いのだが、オットーは何故か彼を強く推している。
ヴェルナーに一礼し、オットーが説明を始めた。
「騎士のうち、百人以上の部隊を率いて作戦行動をとった経験がある者を選抜し、それらの作戦内容と実際の行動を調査いたしました」
ボニファーツは去年、地方で発生した農民反乱の鎮圧を任された際に二百の兵を率いて鎮圧に成功している。驚異的なのは、味方兵士だけでなく農民たちにも死者は出していないことだ。
「へえ……」
興味をひかれたヴェルナーは、続きを促す。
オットーが調べた状況によれば、蜂起した農民たちは約二百人にのぼり、複数の農村が呼応した結果大規模な一揆へと発展しつつあった。
そこに対して同数程度の兵のみを与えられたボニファーツは、最初から武力による制圧は考えていなかった。
「いくら一般の農民といえど、同数を殺さずに制圧するのは事実上不可能です。そこで吾輩は、数名の兵士に変装をさせることにしました」
離れた農村から来た、と騙って農民たちに接触した兵士たちはボニファーツに言われた通りの連絡を回した。近くにある国軍の砦は放棄されていて久しいが、いざと言う時の為に武器が保管されている、と。
ボニファーツは監視だけをさせて農民たちが大挙して砦に移動するのを待ち、完全に砦へ入ったところで包囲した。
「村には女子供が隠れていただけでしたので放置して、砦を包囲して物資の流入を完全に止めました。井戸も枯れておりましたし、彼らは二日で諦めてくれましたよ。もっとも、呼びかけついでに砦の前で二日続けて宴会をやりましたが」
この宴会のせいでかなりの経費がかかったことでボニファーツは大した評価はされなかったが、結果的に農民側の話をゆっくり聞く機会を得たボニファーツの告発で徴税官の不正も暴かれる事となり、農民たちも大した罰を受けずに済んだ。
密かに農民たちへ宴会で使う予定だった食料を渡していた事も有り、制圧側でありながらボニファーツに対する農民たちの反発はほとんど無い。
「どうして砦へ?」
「彼らは素人です。放棄されて久しい砦の設備を満足に修理できるとも使えるとも思えません。それに、食料も持ち込んだ分以上はありませんから、備蓄がある村にいられるよりは干し上げるのが楽でしたもので」
対外的な戦闘についての功績は少ないが、それでも失敗したことは無い。何よりも、兵士の損耗が群を抜いて少ないのが目立つ。
「そんな奴がどうして、地方回りをやっているんだ?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
両手を打ち鳴らしたボニファーツは、喜色満面だった。
「実の所、以前の評価は流した血の量に左右されることが多かったのが実情でして。先ほどご紹介いただいた無血決着をした件も、逆に叱責を受ける始末でした」
ヴェルナーの許しを得て立ち上がったボニファーツがやれやれとでも言いたげに首を振る。
「自らの国の民衆、それも自分たちの食べ物を作っている農民を減らした所で、損こそあれ得などあろうはずがありません。それが以前の偉いさんたちは理解できなかったのです。王族も含めて」
「貴様! 調子に乗って何を言うか!」
王族に対する批判が付け足されたことで、ミリカンが強く叱責した。だがボニファーツはミリカンを見る事無く、ヴェルナーの方へと視線を向けたままだ。
「“できなかった”と吾輩は言ったのです。ヴェルナー・ラングミュア陛下。陛下は先の農村平定の際に見事な解決をなされたと聞きました。故に、吾輩は陛下をこれまでのラングミュア王族とは違うと考えておるのです」
「随分と評価してくれたものだな」
「いかがでしょうか? ヴェルナー様の好みの人物かと」
別に奇人変人が好きと言う訳ではないが、とヴェルナーは口を尖らせてオットーに不満を述べたが、実際にボニファーツは嫌いなタイプでは無かった。
だが、確認しておきたいことがある。
「その派手に染めた服やヒゲには理由があるのか?」
「白い制服や鈍色の鎧を着た者たちの中で目立っていれば、吾輩が部隊の長だと知れましょう。戦いは将が死ねば終わりですので、自陣が突破された場合に、吾輩が目立っていれば討たれるのは吾輩一人で済みますので」
決して効率的とは言えない現代の戦闘で言えば言語道断だが、この世界で言えば将として目立つ理由としては面白い、とヴェルナーは感じた。
もう一つ、答えが抜けていることに気付いた。
「で、ヒゲは?」
「格好良いからであります」
胸を張り、右手でヒゲを撫でつけながら自慢気に語るボニファーツに、ヴェルナーは試験としての作戦立案を命じた。
「よろこんで。して、どのような結果をお求めですか?」
ボニファーツは戦果とは言わなかった。最終的にヴェルナーが求めている状況がどのようなものかを教えてほしいと言っているのだ。
ヴェルナーは笑みを浮かべ、オットーに指示して一枚の紙をボニファーツへ見せた。
「これは……! 失礼ながら、陛下。陛下の御心にあるものをお聞かせ願いたいのですが」
「良いとも」
ボニファーツが目にしたのは、帝国や聖国に対する行動では無く、グリマルディ王国へ対する侵攻についてのメモだった。
「俺が何を狙っているのか、じっくり教えてやろう」
●○●
エリザベートたちを護衛してラングミュア国境まで行った部下たちからの報告が、アーデルまで届くにはそれなりの日数を要した。
アーデル自身が聖国側国境に出向いていて距離が離れていたことに加え、護衛を終えた騎士たちが帰投の間も襲撃を警戒して慎重になっていたという部分もあった。
遅い、と思ったアーデルではあったが、内容を聞いて叱責する理由は無いと判断する。
「それで、騎士イレーヌがわざわざ生かしておいた敵はどうした?」
「は、その件なのですが……」
報告に来た騎士は苦々しい顔をして語る。
「戦闘終了後、確認しました時点で死亡しておりました」
口の中に仕込んでいた毒を飲んだのでは無いか、というのがその場にいた全員の見解だった。舌を噛んだというわけでも無く、外傷もないままに目を見開いて絶命していたのだ。
「また、毒か……」
前皇帝が毒殺されたことが思い出され、アーデルはその襲撃者たちを動かしたのが現皇帝のフロリアンではないかとも想像したが、何ら確証は無い。
前皇帝が毒を盛られた経緯すらわかっていないのだ。
「でもそうなると、国内にいても油断はできないわね」
気が重くなるのを感じたアーデルは思わずため息を吐こうとしたが、部下の手前疲れた様子を見せるのは躊躇われた。
「他に報告すべきことは?」
「……その、エリザベート様の件なのですが……」
騎士たちはエリザベートの治癒魔法について、アーデルに話すか否かを随分と迷ったらしい。だが、立場上アーデルの部下であり、エリザベートが信頼するアーデルへ伝えるのであれば問題無いだろう、と結論を出した。
「治癒魔法……ね」
アーデルはその報告に一抹の寂しさを覚えていた。以前であればどんなことでも「みんなには内緒よ」と言って教えてくれたエリザベートが、おそらく初めてアーデルに隠し事をしようとしたのだ。
「エリザベート様からは口止めをされたのですが……」
良心の呵責に顔を歪ませている部下たちに、アーデルは気にしないようにと伝えた。
「ただ、私以外の誰にも洩らさぬようにしなさい。帝国内で他に知る者が出ることが無いように」
「はっ。承知いたしました」
部下たちを下がらせたアーデルは、エリザベートがもう少女ではなく一人の大人として色々と考えているのだと考えた。
「喜ばしいこと、と思わなければね」
この時、アーデルの中に一つの解決できない迷いがあった。
万一、帝国とラングミュアが対立した時に、自分は帝国大将としての役目を淡々と果たせるだろうか、と。
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