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70.弔い酒

70話目です。

よろしくお願いします。

 マーガレットたちはヴェルナーよりも一日早く王城へ到着してはいたものの、移動の疲労により城外へ出ての出迎えは控える事となった。

 出迎えよりも妻たちが疲れている事に気を揉んだヴェルナーは、港で皇帝の死を聞いており、改めて妻たちやデニスから話を聞いた。

「新皇帝が、グリマルディと戦端を開くことを選んだか」


「はい。オトマイアー将軍が護衛を付けてくださいましたので、どうにか王妃様たちを無事に城までお連れする事はできました。ですが……」

 今回、ラングミュア騎士に四名の犠牲者が出た。ヴェルナーが王位を継いでから初めて、戦闘で対外的な戦闘で犠牲者が出たことになる。

「オットーに言って、騎士爵家の当主なら残った家族には充分な補償を。そうでないなら実家へ贈る物を何か用意させてくれ」


 新皇帝の動きについて、ヴェルナーはこの時点で言及しなかった。

 デニスの弁によれば襲撃は皇帝の差し金の可能性が高いという事だったが、ヴェルナーは結論を避けた。

「スドでも裏には聖国がいたからな。国境を平然と越える能力がある連中なんてごまんといる。決定的な情報が無いうちに、軽々しく決めつけるわけにはいかない」


 軽率だった、と詫びるデニスにヴェルナーは気にしないように告げる。

「考えることは大事だ。それと、お前も疲れているだろう。イレーヌ達もそうだが、皆に充分休むように伝えてくれ。妻たちを守ってくれて助かった。礼を言う」

「いえ。騎士として当然のことです」

「そう言ってくれると助かる。また、頼むよ」


 力無く言ったヴェルナーは、執務室の椅子に深く腰掛けると小さく呟いた。

「そうか。皇帝は死んだか……」

 椅子を回転させてデニスに背を向けたヴェルナーは、それから一言も発することはなかった。

 デニスが退室し、執務室に控える文官たちもそっと出ていく。そしてしばらくの間、ヴェルナーは誰も呼ぶ事無く一人で執務室に籠っていた。


●○●


「イレーヌ。ここにいたのか」

 騎士隊向けの食堂で、一人ぼんやりと食事を摂っていたイレーヌに話しかけたのは、ヴェルナーと共に帰着したばかりのアシュリンだった。

「あら、帰ってたのね。ご飯食べる?」

「うん。そうする」


 イレーヌの向かいに座ったアシュリンは、手を挙げて侍女を呼ぶと食事を頼んだ。

 城内の騎士団詰所近くにあるこの食堂は騎士だけでなく文官など城内勤務の者であれば自由に利用できるのだが、文官たちは別の離れた場所にある食堂を利用することが多い。

 近くにある騎士団向けの訓練所を利用したついでにヴェルナーも立ち寄ることがあるのだが、他の騎士たちや料理人が緊張するのと安全確保も考えて、オットーとしてはやめさせたいらしい。


「帝国では活躍したと聞いた。お疲れ様。ヴェルナー陛下から何かお祝いがあるかも知れない、とも。おめでとう」

 カップに注がれた水を飲み、口を開いたアシュリンの言葉はイレーヌへの労いと祝いの言葉だった。

 しかし、イレーヌとしては難しい顔で聞くしかない。自分の功績よりも味方に犠牲が出たことの方が強く心に響いている。


「あたしのことより、アシュリンはどうだったの?」

「船旅は楽しかった。でも、それ以上は陛下から聞いて。話して良いか確認してない」

 生真面目なこと、とイレーヌは呆れたように笑ったが、いつもの調子と変わらないアシュリンの様子を見てホッとするところもあった。

「一つだけ言える。レオナさんは戻ってこない」


「えっ……」

「ミルカ王子……王様になったけど、要するに元の場所に帰っただけ」

「驚かせないでしょ」

 レオナが殉職したのかと思ったイレーヌがため息をつくと、アシュリンは笑みを浮かべた。

「イレーヌは優しいね」


 不意にアシュリンが呟いた言葉に、長いまつ毛がある目を見開いたイレーヌの頬は、みるみる紅潮していく。

「何を言っているのよ」

「思ったままのことを言っただけ。スドで言いたいことがあれば直接伝えるべきだと思ったから、試しに言ってみた」


 チェニェクについて、もっと素直にミルカと話しておけば違った結末もあったのではないか、とアシュリンは考えていた。もちろん、一介の騎士に過ぎないアシュリンがそれを口にすることは無かったが。

「あたしで試さないでよ。……何があったか知らないけれど、話せる分は話してしまいなさいな。あたしも好きに喋るから」


「うん。そうしよう」

 まずはお互い無事に帰れて良かった、と改めて水で満たしたカップを掲げていると、アシュリンの下へ大きなトレイを抱えた侍女がやってきた。

「お待たせしました。いつものメニューをお持ちしました」

「ありがとう」


 王城内の騎士専門食堂だけあってそれぞれの騎士が好むメニューは把握されていた。まだ城詰めになって日が浅いが、アシュリンのことも侍女や料理人はよく理解していた。

「いつも思うけど、見ただけで胸焼けしそうな量よね」

 トレイの上にはオートミールのような主食の他に肉や野菜をこれでもかと盛り付けた大皿と、魚の揚げ物やパスタなどの麺類も乗っている。


「陛下のおかげでここも訓練校の食堂もご飯がすごく美味しくなった」

「それにしても限度があるわよ」

 訓練校時代から時折食事をともにしていたイレーヌは、以前にも増して沢山食べるようになったアシュリンを心配していた。

 アシュリンが言う通り、城内において特に騎士や兵士たちが食べるメニューにはヴェルナーが大きく意見して変更がなされていた。


 概ね好評だったのだが、特にアシュリンは大歓迎だったらしい。

「だからって、そんなに食べたら太るんじゃない?」

「身体強化を使うとお腹が減るし、どれだけ食べても太る心配はない。」

 しゃべりながらとは思えないほどの速度でぱくぱくと食べ続けるアシュリンを、イレーヌはかつてない程の強い視線で射抜いた。


「……身体強化魔法、教えて」

「何を言ってるんだか」

 生まれ持った素養以外で魔法を習得できる可能性は存在しないと言われている。かつてはそういった研究をしていた者もいたが、失敗に終わっていた。

「王妃様たちと一緒だと、ご飯の味が濃くて多彩で美味しいのよ!」


「ああそうなんだ。羨ましいね。ヴェルナー様は割とさっぱりした物を好まれるし、何故か戦闘作戦中は少ない量だけ食べられる傾向があるし」

 王の前で自分だけガツガツ食べるわけにもいかないから、スドに入ってからは空腹の時間が長かった、とアシュリンはごちた。

 ヴェルナーがそうするのは前世での習慣だったのだが、当然彼女が知る由もない。


「あたしもヴェルナー様の方に付いていけば良かったかも?」

「船に酔うのに?」

「そうなのよねぇ……」

 頭を抱えているイレーヌを見ながら、アシュリンが怒涛の勢いで食事を口に運んでいると、樽を抱えた二人の兵士を連れたヴェルナーが食堂へやってきた。


 食堂にいた騎士たちだけでなく、侍女や料理人も出てきて跪く。

「楽にして良い。ワインを持ってきたから、皆で飲んでくれ」

 それは殉職した騎士を悼むための酒だ、とヴェルナーが説明すると、その場の誰もが沈痛な表情を浮かべた。

「弔い酒だと思って飲んでくれ。ここにいない者たちにも伝えるように、頼む」


 そう言ったヴェルナーは、食堂にアシュリンとイレーヌがいることに気付くと、彼女たちのテーブルへと近づく。

「……とんでもない量の食い物が乗っているが……」

「あの、自分、です……」

 先ほどまで平気な顔で食べていたアシュリンは、ヴェルナーに言われると頬を染めながら答えた。


「ふぅん。体力勝負の仕事だから、そういうものかもな」

 言っているヴェルナー自身は傭兵時代の部下に健啖家が少なくなかったことを思い出していただけだが、言われたアシュリンの方は気恥ずかしいばかりのようだ。

「あまり食事の邪魔をしてもな。お前たちも……イレーヌ、お前もだ」

「はい……」


 気落ちした様子のイレーヌに苦笑したヴェルナーは、侍女からカップを受け取ってワインを注ぐと、イレーヌとアシュリンに手渡した。そして、その場にいた全員にも同じようにワインを持たせる。

 自分にも一杯のワインを用意して掲げると、ヴェルナーは高らかに声を上げた。

「死んだ二人の騎士、アルトーとバランの二人を思い出せ。そして忘れるなよ。あいつらは今でも大切な仲間だ」


 ヴェルナーに合わせて、誰もが杯を傾けた。

 何人かは涙を浮かべ、イレーヌもその一人だった。

「……イレーヌ。今回勉強したことを忘れるな。そしてこれからも生き残るんだ。それが何より弔いになる」

「はい。……ありがとうございます」


「……死んだ皇帝にも献杯しておくか。彼も良い奴だった」

 そう言いながら、二度目の献杯をしたヴェルナーは、空になったカップを侍女に渡して食堂を後にした。

 残された騎士たちは、それぞれちびちびとワインを飲み続けたり、同僚を呼びに行ったりとそれぞれに動き出す。


「ところで、アシュリン」

 顔色が戻り始めたイレーヌは、まだ半分以上残っている食事を前にして、先ほどよりも明らかに食べる速度が落ちているアシュリンに悪戯っぽい視線を向けた。

「ヴェルナー様に声をかけられて、どうしてあんなに焦ってたのよ」

「……何故だかわからないけれど、沢山食べているのを見られたのがちょっと恥ずかしかった」


「ふぅん……?」

 いつもならもう少し突っ込んで反応を楽しむイレーヌだったが、今回は何も言わなかった。

 もう十五歳になって成人しているうえ、そこらの騎士よりよほど強いくせに、初心な少女っぽさが抜けきらない親友をゆっくり見たくなったのだ。


 そして、イレーヌは彼女の中に生まれた恋心がどうなるのか見届けるまで、彼女を守って自分も死なずに済むように頑張ろう、と心に決めた。

 辛いことがあっても、そんなふうに楽しみがあれば生きていける気がした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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