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7.二人の訓練生

7話目です。

よろしくお願いします。

 スラムでの騒動に関して、王政府は全く動かなかった。騒乱は日常茶飯事であり、スラムの住人がどれだけ死のうと被害に遭おうと、王も貴族も自分とは無関係だと思っているのだろう。

 世間の狭さというのは認識している範囲の狭さに基づく。王はもちろんの事、貴族たちの誰もが、スラムの変化に気付く事は無かった。


 スラムの勢力を整理した一件以来、時折ファラデーが情報を回収するためにスラムへ行っている。

「スラムのあちこちに爆発の仕掛けを置いたから、裏切ったら……」

 と脅した事もあるが、グンナー自身がヴェルナーの力を認めて、精力的に動いてくれていた。


 ヴェルナーが睨んだ通り、基本的に民衆は日々の生活に不安を覚えている。食料や住居、あるいはそれを手に入れるための金がなかなか手に入らないのだ。

「基本的な流通が上手く回っていない」

 と結論づけたヴェルナーは、実権を握ったところでまず経済から根本的に手を入れないといけない状況を改めて実感していた。


「いずれにせよ、まずは俺が王の座を奪うことが前提だけどな」

 スラムの掌握から、もう二年が経過している。

 十二歳となったヴェルナーはコツコツと準備を続けながら身体を鍛えており、それなりに力もついて来た、と自覚できている。

 プラスティック爆薬を生み出す魔法についても、威力の調整や起爆可能な距離などを確認済みだ。


「ヴェルナー様」

 早朝。日課であるナイフ術の訓練を部屋でひっそり行っていると、オットーが珍しく慌てた様子で部屋に入ってきた。

「反乱……というには些か規模が小さいのですが、王の直轄地である農村の一つが、重税に耐えかねて武装蜂起をしたようです」


「武装蜂起とは、随分と大きく出たな……」

 汗をぬぐい、水差しから直接温い水を飲んで喉を潤したヴェルナーは、詳しい報告を求めた。

「だが、農村なら大した人数もいないだろう。装備をそろえる金もあるまいよ。なんだってそんな無茶な真似をするんだ?」


 直訴ならわかるが、とヴェルナーは疑問を持った。王国兵が差し向けられて鎮圧。村長と中心人物数人が処刑されて終わりだろう。

 おそらくは、彼らの希望は叶うどころか王の耳にすら入るまい。

「村の名前はミソマ。村の徴税担当官はリグトという下級官吏です」

「接触できるか?」


「リグトは責任を取らされることを恐れて、昨日から姿を隠しておりますが……スラムのグンナーがすでに居場所を特定しています」

「スラムに逃げ込んだか。ありがたいね、自分から網に飛び込んだようなものだ」

「馬車を用意しますか?」

 オットーの言葉に、着替えを終えたヴェルナーは「後で良い」と答えた。


「それよりも、ファラデーたちをスラムに向かわせてそのリグトという官吏を捕えろ。ここに連れてくる必要は無い。後で俺も行くから報告も不要だ」

「は。では、ヴェルナー様は……」

「父上のところへ行ってくるさ。折角の機会だ。有効利用させてもらおう」

 俺は運が良い、とヴェルナーは笑った。兄マックスの成人まであと一年。そろそろ派手にゆさぶりを始めたいところだった。


●○●


「拍子抜けだな」

 オットーを従えて城内を歩きながら、ヴェルナーはぼやいた。

「反乱制圧の任務を王から直々に命じられたのですから、ヴェルナー様の年齢を考えれば異例です。誇るべきことかと」

「それだけ“小さな出来事”だと考えているんだよ、親父殿は」


 さらに言えば、露骨に「失敗しろ」と言われているに等しい条件を付けられた。

 騎士は三名まで。兵士も十名までしか随行を許されなかった。

「自分の能力に自信があるなら、それくらいできるだろう」

 というわけだ。

「ミソマ村の人数は百名弱。農民とその家族だけだから、十人ちょっとでも充分というわけだ」


「軍事的に考えると、設定としては甘すぎる見積もりですね」

「お前も言うね。これでも国王陛下が決めたないようだぞ?」

 ヴェルナーの進言はすんなりと受け入れられたので、責任者のリグトの身柄を確保していることを伝える必要もなかった。

 即座に兵員を選抜して現地へ向かえ、と命じられたヴェルナーは、オットーを連れて騎士たちがいる場所を目指していた。


「ヴェルナー様。兵員は良いとして、騎士はどうされるのですか?」

 オットーは思案顔だ。

 それも無理のないことで、成人の際には第一王子のマックスが王の宣言を受けて立太子する予定になっている。

 いよいよヴェルナーは“予備”として貴族たちからの人気を失っているのだ。


 それでも王族である以上、将来的にそれなりの地位は約束されているはずなのだ。お零れにあずかろうとする一部の貴族や騎士は面通し程度のことはしているし、その中の一部はヴェルナーと友好関係を築こうとしている。

 だが、ヴェルナーは極力そういう連中を遠ざけていた。選別のために。

「問題が起きた時に役に立つ人物じゃないと、味方になられても邪魔なだけだ」


 城を出たヴェルナーは、まっすぐ城の敷地を出る方向へ歩き始めた。

「ヴェルナー様。どちらへ?」

 騎士たちの訓練所は城の敷地内にある。

「あらかじめ目を付けておいたのが二人いる。あと三年で正規の騎士団に入るから、それを待っているつもりだったんだが……仕方ない」


「三年後……ということは、ヴェルナー様と同じ年の人物ですね。では、騎士訓練校へ向かわれるのですね?」

 しかし、とオットーは首をかしげた。

「いつの間に騎士候補生の調査をなさっておられたのですか?」

「調査というより、たまたま見かけただけだよ」


 ヴェルナーはこの世界の戦い方を知るために、何度か訓練校にも足を向けていた。そこで視察と称して訓練や座学の様子を見ていた。

「槍の使い手と魔法騎士。二人とも大した腕だよ」

「なるほど。では、その二名は今回の反乱鎮圧後もファラデー同様ヴェルナー様の部下としてお迎えになるおつもりですか」


「そうだなぁ」

 頭を掻いて、ヴェルナーは笑う。

「実戦で改めて腕と性格を確認して、尚且つ向こうが了承すれば、だな」


●○●


 ラングミュア王国の貴族の中で、領地を継ぐ者や文官を目指すものは貴族向けの寄宿舎学校に入るか家庭教師による教育を受ける。

 だが、家を継ぐことのない次男以下の者たちや一部の女性は騎士となるべく訓練校へと入るのだ。卒業すれば自動的に王国軍に所属する事になり、経験を積んだ者の中には係累や実家が治める領地へ戻り、領軍の指揮官になる者も多い。


 ウーレンベック子爵家の次女であるアシュリンもまた、騎士を目指して騎士訓練校に入った一人だった。

 十歳の儀式で筋力強化魔法を使えるようになった彼女は、どこの誰とも知れない相手に嫁がされるよりは、自分の腕で独立できる道を選んだ。

 魔法の適正と恵まれた槍の才能もあり、アシュリンは訓練校でも上位の成績を収めている。


 ただ、体格には恵まれなかった。身体強化魔法を得た十歳から身長が伸びず、同年代の生徒よりも二十センチは低い。大人と比べれば猶更だ。

「自分に、呼び出しですか?」

「ああ。すぐに校長室へ向かえ」

「承知しました」


 自主訓練中、担当教官から連絡を受けたアシュリンは、理由もわからないままに校長室を目指した。

 自分の身長よりも大きな槍を担いで歩く姿は目立つ。小さな彼女が廊下を歩くと、外からは大きく一つまとめにしたオレンジ色の髪が揺れているのが見えた。

「一体、何でしょう?」


 アシュリンは思い当たる節が無い。実家で何かあったのだろうか?

「勝手に許嫁が決まってたりしたら、一度帰ってお父様を殴ってこなくては」

「物騒な話ね」

「イレーヌ。どうして貴女がここに?」

 校長室の前にいたのは、イレーヌ・デュワーという訓練生だ。


 “ちびっこ”なアシュリンとは正反対に十二歳とは思えないプロポーションを持ち、それを強調するかのようなぴったりとしたローブを身にまとっている。腰にはサーベルを提げていた。

 イレーヌは魔法による攻撃を得意とする魔法騎士であり、アシュリンとは同学年だが別クラスだ。

 野外訓練等で顔を合わせることもあり、お互いに訓練校の有名人でもある。


「あたしの用事も貴女と一緒よ。校長の呼び出しでしょ?」

「ならば、何故廊下に立っているのです」

 さっさと部屋に入っておけば良いでしょう、というアシュリンに、イレーヌはため息混じりに微笑む。

「嫌よ。あのハゲ頭を視界に入れる時間は短いに越したことはないわ」


 不敬とは思いつつも、イレーヌのこの態度は以前からのことなのでアシュリンは注意したりはしなかった。

 くりくりと丸い目を半分閉じて呆れた顔をしながら、校長室の扉を叩く。

「アシュリン・ウーレンベックとイレーヌ・デュワー。参りました」

「入りたまえ」


 扉を開き中へ入ると、真正面にはてらてらと光る頭をした見覚えのある校長がいた。いつになく落ち着かない様子で立ったままでアシュリンたちを迎え入れる。

「君たちに用があるのはわしでは無い。……殿下。こちらがご指名の者たちです」

「殿下?」

「やっ」

 ソファに座った同年代の少年が片手を上げた。その後ろには、鋭い視線を向けてくる男が立っている。


「はじめまして。ヴェルナー・ラングミュアだ」

 立ち上がったヴェルナーは、改めて見た二人の姿を見て頷いた。以前に見たよりも可愛らしく美しくなっている。

「ヴェルナー様。まさか見た目で選んだわけでは……」

「見た目も重要だけどな。ちゃんと実力で選んだ」


 心配するな、とオットーに伝えたヴェルナーは立ちすくむ二人の少女に微笑みを向けた。

「ウーレンベック子爵家のアシュリン。それとデュワー男爵家のイレーヌだな。まずは座りなよ。ゆっくりと話をしよう」

 なにしろ戦場に出る話だからね、とヴェルナーが言うと、アシュリンたちは顔を見合わせた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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