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69.王妃の秘密

69話目です。

よろしくお願いします。

 襲撃を受けて、気構えをしていたラングミュア騎士たちに比較してアーデルの部下たちはある程度狼狽していた。暗殺者が来る可能性は考えていても、帝国内でこれほど派手な襲撃を受けるとは思っていなかったのだ。

「とにかく馬車の後背を守る!」

「全員馬を下りて密集だ!」


 アーデルからの指令は馬車にいる二人のラングミュア王妃の護衛である。敵を攻撃するよりも守りを優先する動きを見せた帝国騎士たちに対して、イレーヌはむしろ雷撃の邪魔にならずに助かる、と呟いた。

「くらいなさい!」

 二度目の雷撃で一人を貫き、さらにその周囲の馬が棒立ちになって背中の男を振り落す。


「正面だけなら、これでいけるんだけど」

 そういっている間に、矢の雨が再び飛来する。

「ぐっ!?」

 十数本のまばらな攻撃ではあるものの、一人のラングミュア騎士が足に矢を受けて転倒する。


 馬車へ迫るいくつかの矢はイレーヌの雷撃によって撃ち落されたものの、その隙に敵集団が肉薄してきた。

 再び雷撃を使って敵を削ったものの、覆面をした五人の敵が馬を走らせたそのままの勢いで突貫してくる。

 さらには、弓を撃っていたであろう二十人弱の人数が走ってくるのも見える。


 互いに同数程度の人数ではあるが、連携の取れない二種類の集団で馬車を守らねばならないイレーヌたちに比べ、敵は連携がとれている。

先に接敵した集団が飛び降りたかと思うと、自由になった馬だけがイレーヌの目の前で下馬したラングミュア騎士たちと接触、そこへ合流した敵集団が殺到した。

互いの馬が接触したりすれ違ったりしながら暴れる中で、敵は手慣れた様子で剣を振るう。


「仕方ないわね……!」

 乱戦になると雷撃は使えない。サーベルを構えたイレーヌが馬車から飛び降りて一番近くにいた敵を大上段から斬り捨てると、さらに近くの敵にサーベルを叩き付けて電流を流し込んだ。

「あびっ!」


 妙な悲鳴を上げて脱力した敵は、加減した雷撃で気絶に留めた。念のため、足を斬りつけて逃げられないようにしておく。後で敵の正体を吐かせるためだ。

「我ながら、妙に冷静なのが気持ち悪いわね」

 そう言いながらも、イレーヌは油断なく周囲を見回して敵に押されている騎士の助力に向かう。馬車の周囲はアーデルの部下が固めていたが、あまり離れないように気を付けながら。


 イレーヌが本格的に近接戦闘へ入った時だった。馬車から一人の小柄な人物がゆっくりと降りてくる。

 凶悪な印象を与える刺々しいデザインが施された漆黒のフルプレート・アーマーに身を包んだその人物は、身長よりも大きいメイスを片手で軽々と振りかぶった。

「……えっ?」


 アーデルの部下たちを潜り抜けるように馬車へと近づいていた一人の敵が、目の前に現れた漆黒の騎士に気を取られた瞬間、横っ面をメイスでしたたかに殴り飛ばされて吹き飛んでいく。

 眼球や歯をまき散らして飛んでいった男は、確認せずとも即死しているのがわかるほどに頭をつぶされていた。


「早く、怪我人をここへ運んで来なさい!」

 馬車のドアからエリザベートが叫ぶと、帝国騎士たちは先ほど矢を受けたラングミュア騎士を抱え、慌てて指示に従う。

 その間にも、漆黒の騎士はメイスを振り回して馬車へと近付こうとする敵を牽制している。然程勢いがあるように見えない体当たりで大の大人が遠くへ飛ばされ、軽そうに振り回されるメイスは当れば骨を砕く。


 エリザベートはその騎士に全幅の信頼を寄せているようで、敵の姿など見ていないかのように運ばれてきた騎士の太ももに刺さる矢に触れた。

「少し我慢なさいね」

 左手で矢を掴むと、返しのついた矢じりに逆らわないようにするため引き抜くのではなく矢を押し込んだ。


「ぐうっ……」

「こ、皇女殿下!?」

 突然の乱暴な振る舞いに、エリザベートを知る帝国騎士は思わず声をかけた。

「今のわたくしは帝国皇女ではなくラングミュア王妃です。それよりも、矢を抜くのを手伝いなさい」


 血まみれで太ももを貫通した矢じりを指さしたエリザベートの勢いに押され、矢を引き抜いた帝国騎士はとんでもない光景を目にした。

 右手を当てられていた傷口が、みるみるうちにふさがっていくのだ。さらに、矢が抜けるとエリザベートは血に塗れるのも構わず抜けた方の傷口にも右手を触れさせ、その傷を癒していく。


「ち、治癒魔法……!」

「この事は、帝国の誰にも話してはいけません。誓いなさい」

 傷を塞ぎ終わったエリザベートは、顔を上げて帝国騎士を睨み付けた。

 騎士は口止めをする理由を重々承知している。治癒魔法などという貴重な才能を帝国皇女が有していると知られれば、帝国は彼女を取り戻そうと画策するだろう。


「公式発表では、皇女殿下……いえ、エリザベート王妃は魔法の才能は得られなかった、と……」

「夫が自分の能力を隠して身の安全を図った事にわたくしも倣ったに過ぎません」

 傷が塞がったラングミュア騎士は気を失っているらしい。一瞥してそれを確認したエリザベートは、再び帝国騎士を見る。


「……わかりました。この事は誰にも話しません。帝国騎士の威信にかけてお約束します」

「信じましょう」

 とはいえ、エリザベートとしては完全に信用するわけにもいかない。アーデルには報告が上がるだろうし、それを誰かが聞く可能性もある。

 もう帝国に入るのは不可能かもしれない、と寂しさがエリザベートの胸にあふれた。


 しかし今は、そんな感傷に浸っている暇はない。

「では、怪我を負った者はどんどんここへ運びなさい」

「はっ!」

 それからは、謎の黒い騎士の活躍とイレーヌの雷撃魔法が活躍し、さらには怪我を負ってもすぐに戦線復帰できる者もいて、どうにか背後からの襲撃者たちは倒すことができた。


「お二人とも、ご無事ですか?」

「ええ。わたくしもマーガレットさんも大丈夫です。怪我人の治療も終わりましたわ。ですが……」

 エリザベートの視線の先には、横たわる四人の騎士がいた。致命的な怪我を負ってしまい、彼女の治療を受ける前に死亡してしまった者たちだ。


「……エリザベート様。前方ではまだ戦闘が続いています。デニスさんたちに負担がかかっておりますので……」

「そうだったわね。ここは良いから、急いで助力に向かって頂戴」

 あえて死者についての話題を避けたイレーヌに、エリザベートは気を取り直したように顔を上げて頷いた。


「イレーヌさん。折角ですからこれを使いましょう」

 漆黒の騎士が、馬車から一抱えの木箱を取り出して声を出した。

 それに驚いたのは周囲にいたアーデルの部下たちだった。漆黒の騎士が放った声は、間違いなくマーガレットのものだったからだ。

「ま、マーガレット、王妃殿下……?」


「狼狽するのをやめなさい。誇りある帝国騎士が情けないとは思わないの?」

 エリザベートが前に進み出て、帝国騎士たちは息を飲むと直立して整列した。

「申し訳ありません。あまりに想定外でしたもので。マーガレット王妃殿下、申し訳ありませんでした」

「許します。私も顔を隠していたのですから、仕方がありません」


 改めて、マーガレットの口からデニスたちを助けるための作戦が説明された。


●○●


「意外と手ごわいな……うっ!?」

 危険を確認するための先行を率いて敵の待ち伏せと遭遇したデニスは、乱戦の中で怪我をした味方を後送するため、五人の敵を一人で引き受けていた。

 奮戦するデニスは、ちらりと背後の戦闘が収まったことを見遣った一瞬の隙を衝かれて左手に剣戟を受けてしまう。


「ふぬっ!」

 血が流れる左腕を振るい、相手の顔に向かって血を飛ばす。続いて別の敵を斬り倒した。

 怪我をものともせずに戦い続けるデニスを見て、敵の一人が「不死身か」と呟く。

「ふ……頑丈なのが自慢なんでね」

 事実、かなり激しく剣に当たったデニスの左腕は浅く斬られた程度の傷しか負っていない。ヴェルナー曰く“後天的な魔法の才能ではないか”ということだったが、デニスにとって理屈はどうでも良かった。


 護衛の任務を果たすのに、これほど都合が良い特性も無いからだ。

 ガツンと叩き付けられた敵の剣戟を鎧で受け、強引に振り払ったところを大胆に剣を振るって腹部を切り裂く。

「私を殺すのに、その程度の攻撃では意味がないぞ。さあ、どんどんかかってこい!」

 味方から視線をそらすために、殊更大声で叫ぶ。


 しかし、このままではジリ貧なのは明白だった。

 人数は敵の方が多く、不意を突かれた事もあって接敵当初から押され続けている。

「くっ!」

 槍が伸びてきたのを剣で叩き落とすや否や、踏み込んだデニスは兜を付けた頭で思い切り頭突きを落とした。


 むき出しだった頭部をたたき割られ、卒倒する敵を蹴りつけて距離を話しながら、前方へと走って敵に囲まれた状況からどうにか脱出する。

 そうして振り向いたデニスの目の前に、十人を超える敵がいた。

「ここが終わりの場所かも知れないが……イレーヌ殿、あとは頼ん……ん?」

 できればヴェルナーの前で奮戦して死にたかった、と思っていたデニスの目の前に、何かが落ちてきた。


 デニスの目の前だけではない。

 敵の周囲や、周りで戦っている敵味方の周りにもこぶし程の大きさがある粘土のような塊が次々と降ってくる。

「なんだ、これは!?」

 敵は攻撃とも牽制とも判断がつかない状況に戸惑っているが、デニスはその粘土の正体が何かすぐにわかった。


「全員、退避だ! 馬車に向かって走れ!」

 馬車の中に、念のためとイレーヌが渡されていたプラスティック爆薬が積まれている事はデニスも知っていた。イレーヌの雷撃で起爆できることも彼は知っている。

「無茶なことをする!」

 まさかマーガレットの発案とは知らず、デニスは味方が命令通りに走り出しているのを確認しながら必死で駆けた。


 どれほど走っただろうか。突然の逃亡に対して一時的に集合することを選んだ敵との間に充分な距離ができた、とデニスが振り向いた。

 その目の前で、一筋の落雷が迸る。

 いくつものプラスティック爆薬が誘爆し、まるで空から爆撃でも受けているかのように立て続けに土ぼこりが跳ね上がる。


 敵の悲鳴が爆音に交じって遠くから響き、味方の悲鳴が近くから聞こえる。

 その威力はすさまじく、大丈夫だと判断した距離にいたものの、爆風によってデニスの身体は飛ばされ、馬車の方へとコロコロ転がる。

「うっ……」

 味方の数人が気絶していたが、生憎と頑丈なデニスはそういうわけにもいかず、爆風の圧力と地面に擦られる痛みに耐えながら土塗れになった。


 爆発が収まり、耳鳴りに顔をしかめながらどうにか身体を起したデニスの視界には、まず穴だらけになった地面が映り、振り向くと凶悪なまでの威力に驚いている帝国の騎士たちが見える。

「……帰国したら、ヴェルナー陛下に報告せねば」

 デニスまで巻き込んでしまった失敗に気づいたのだろう。イレーヌが青い顔をして苦笑いしているのを見つけて、デニスは力なく呟いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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そういや馬車に仕込んでたな
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