65.支配者として
65話目です。
よろしくお願いします。
「違う世界、か」
ヴェルナーの呟きは、遮るもののない大地を吹きぬけた風にかき消された。
今はアシュリンを伴って砂埃の舞う大地を駆け抜けながら、チェニェク側についた集落の一つへ向かっている。
その目的は“救出”だ。
しかも、助ける相手はその集落の住人達である。
チェニェクの死後、首都の焼け跡を片付けたち住民へ王の代替わりとチェニェクの死を伝えると、町はダメージを受けたままだと言うのに住人たちは祭りの雰囲気へと移って行った。
それから夜通しの宴が続き、旭日と共にようやく落ち着きを取り戻したところで、数名の兵がいなくなった事に気付いた。
「ミルカ。どういうことだ?」
「どうもこうも無い。裏切り者に対する復讐を果たすために幾人かが動いたに過ぎない」
父に代わり、王の座を占めているミルカは涼しい顔をして言い放った。
「これはスドの問題であり、掟だ。厳しい環境の中で生きている砂漠の民にとって、裏切りは集落だけでなく国そのものを傾けかねない」
主流派と別れ、敗れた者たちには死が待っている。
「俺は聞いていない」
「知らなかった、の間違いであろう。砂漠の掟全てを教えたわけでも無く、聞かれもしなかった」
ミルカは全てスドの事でありヴェルナーが口出しをする部分では無い、と語る。
「ヴェルナー殿。スド砂漠国は豊かなラングミュアとは違う。砂漠は我々にとって何の恵みも齎す事の無い、厳しい相手なのだ。違う世界であり違う理屈で動いている。聡明たるヴェルナー殿が、その事わからぬはずもないと思ったのだが」
「……どこまで殺す?」
「集落の長。そしてその家族全てだ」
新たな長はミルカが任命する。遺恨を残すような真似はせず、家族以外でも長に深く関わった者も殺される可能性がある。
「お前がラングミュアで行った大掃除と同じだ。前の王や第一王子、そして最後まで王に味方した貴族たちを一掃した。そうだろう?」
「……家族までは殺していない。放逐しただけだ」
「同じ事だ。いや、それ以上に惨い」
ミルカは、殺すよりも残酷とも言えると反論した。
「贅沢に慣れた者が、わずかな財産のみを抱えて世間に放り出されてみろ。恐らくは数日と待たずに自死を選ぶか、若い女であれば身を売る羽目になるだろう」
自らの手で金を稼ぐ方法など、貴族の者たちが知る由も無い。一部は店を持ってはいたが、それらは全てヴェルナーが取り上げてしまった。
「命を取らぬ事が優しさかというと、余はそうは思わぬ。死ぬよりも辛い日々を送る事を考えれば……」
「それを選ぶのは本人たちだ。自殺するのも、泥水を啜ってでも生き延びるのも、自分で選ぶ事だ。だから俺は家族までは殺さなかった」
「見解の違いのようだ……それで、ヴェルナー殿はどうするのだ?」
ミルカが問う。属国の王に対して、砂漠の掟を曲げさせるのか、それともスドはスドとして独自性を認めるのか。ヴェルナーがどう答えるかによって、彼がどの程度の影響力を行使しようとしているのか量るつもりなのだろう。
しかし、ヴェルナーはミルカの予想とは違う答えを出した。
「見てから決める」
「なんだと?」
「とにかく、俺は今からアシュリンをつれて現場に行く。相手が無駄に武力抵抗してきたら俺が手伝って抑えてやる。それよりも、無駄に人数を減らされても問題だ」
腕を組み、鼻息荒く言葉を並べるヴェルナーに、ミルカは片眉を上げた。
「では、ヴェルナー殿は明確な基準も決めずにおくというのか?」
ミルカの質問を受けて、ヴェルナーは隣に座らせたアシュリンの頭へとポン、と手を置いた。
「ミルカの話す法でいうのなら、アシュリンは反逆者の娘となる。だが、俺は彼女を失うのは惜しいと思った。だから助けた」
ヴェルナーは自分が身勝手な人間だということを自覚している。必要とあれば人気取りもするし自ら戦場に出る事も厭わない。だが、物事の判断基準は全て自分にとって得か否か。気分的に良いか否かにある。
「俺は自分が現役でいる限り、明文化された法で王という存在の行動を制限するつもりはない。全ては、俺の良いようにする」
「その為に覇道を往く、か」
声を洩らすようにしてミルカは笑った。
「良いだろう。ヴェルナー殿の行動を制限しようなどとは、余の立場で考えるべき事では無かったな。では、ヴェルナー殿の自由にしてくれ。余は属国の王として、それに従おう」
「ああ、そうしてくれ」
こうして、ヴェルナーはアシュリンを連れ、ミルカから聞き出した最初の標的となる集落へと向かった。その集落まで一時間程度の距離ではあったのだが、すでに事態は始まっている。
「はぁ、はぁ……こりゃあ……」
「乱戦ですね。介入しますか?」
息が上がるヴェルナーに、涼しい顔でアシュリンが問う。
首都と同様に塀などで防備されていない町では防御を固めることもできない。市街戦を避けたらしい町側の兵たちは打って出たようで、町を目前にした荒野で互いにぶつかり合って戦っていた。
死体の数を見る限り、まだ始まって間もないようだ。
「無駄な戦いしやがって。アシュリン、介入はするが、突撃はしないぞ」
そう言って、ヴェルナーは一塊のプラスティック爆薬をアシュリンに手渡した。
「戦場の真上に放り投げてくれ」
「わかりました」
何故、とは聞かない。アシュリンはヴェルナーがやることに疑問を感じる段階を通り過ぎていた。
「えいっ」
受け取ったプラスティック爆薬は、小さく可愛らしい掛け声とは裏腹に、手首から先が見えない程の速度で降り抜かれたアシュリンの右腕によって高々と飛んで行く。
「終わったら、さっさと帰ろう」
ヴェルナーが指を弾くと同時に、上空で大きな爆発が起きた。
巨大な音が爆風を伴って圧力として戦場を駆け抜けると、中心部に近いものたちは気絶し、吹き飛ばされて砂まみれになりながら地面を転がっていく。
離れた者たちもあまりの轟音に動きを止めている。
「さて、では話をつけに行くか」
「はいっ!」
悠然と現れたヴェルナーに、もはや誰もが武器を向けようとはしなかった。
●○●
ラウク家の男を名乗っている人物は、その本名をボリスと言った。
見た目はそれなりに整っているが、大した特徴も無い顔立ちであまり人の印象に残らないタイプでもある。
聖国に生まれ育った彼は十歳の時に町の“救国教”教会で本洗礼を受けた際、転移の魔法に目覚めた。
一度訪れた事がある場所であれば、二十名程度の他者も連れて転移できる珍しい魔法であり、非常に使い勝手の良い能力であった。
そのため教会からの連絡を受けたランジュバン聖国の政府から声をかけられ、農夫の次男であった彼の人生は変化を告げる。
荷物の運び込みから人員の輸送など、聖国が誇る船で世界のあちこちへとひっそり侵入し続けた彼は、その能力を活かして各国を飛び回った。
特に砂漠国と帝国は聖国が狙う重要対象であり、自然とボリスの移動も多かった。
約十五年。聖国の工作員として活動し、両親が働かずに生活できるほど多くの賃金を得たが、それに見合わぬ程の命の危機を経験した。殺した敵国人と同程度の味方を見殺しにしてきている。
そして今、初めての失敗を経験した。
「ラングミュア王国が邪魔だな……」
帝国から転移し、隠れ家の一つに入ったボリスは“ラウク家の男”としての仮面を脱ぎ捨てるかのように、笑みを消した。
「帝国はいずれラングミュアを狙うんだろうが、そうなる前にヴェルナーとかいう新たな王がどうしても障害になる」
王の判断を仰ごう、とボリスは考えた。
彼の直属の上司は別にいるが、彼同様にあちこちを飛び回っているせいで出会う事自体が難しい。全ての作戦は王から直接命じられるのだ。
だが、ボリスは気乗りしなかった。
「王、か……」
今代のランジュバン聖国王は、ボリスとは違い非常に攻撃的な魔法能力を有している。それは黒光りする小さな鉄の塊を生み出し、あっという間に人を死に至らしめる攻撃を放つ恐ろしいものだ。
何をされたか誰にもわからず目にもとまらぬ攻撃は、いくら転移が可能なボリスとて、避ける事は難しい。
「……だが、スド砂漠国での工作に失敗した事は伝えねばなるまいよ。黙っていても、いずればれることだ」
この時、ボリスはスド砂漠国の流通を掌握する工作を命じられてはいたが、その目的までは聞かされていなかった。それゆえかスドという砂の国から得られる利益は少ないと判断しており、帝国に対する工作の方に比重が傾いていた面は否めない。
特殊な魔法を使える自分の代わりはいない。軽々に“処分”されるような事は無いだろう。
そう踏んだボリスは、転移した聖国の王都にて王へと謁見を求め、密かに報告を行った。
しかしボリスの想定とは裏腹に、王から厳しい叱責を受ける事になる。
ランジュバン聖国の王は、帝国の工作よりもスドの流通を押える方を優先したかったのだ。
狙いは、スドにある“硫黄”だった。
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