63.首魁は死せども
ちょっと短いですが更新です。
間があいて申し訳ありません。
「どうやら、これまでのようですね。いやはや、あのラングミュア兵を率いているのがまさか王ヴェルナーとは。そして、ラングミュアの兵にはいささか危険な魔法を使える者がいるらしい」
「何をのんきなことを!」
ラウク家の男がおどけたように言うと、チェニェクは激昂して叫び声をあげた。
「見ろ! 瞬く間に兵士たちが破れていく! どうするつもりだ!」
「決まっています。逃げますよ。こういう時には不要なものは早々に切り捨ててしまうことです」
「逃げると言うが……うっ!?」
首を振ったラウク家の男に対し、言葉を続けようとしたチェニェクは腹部に激しい衝撃を感じ、恐る恐る視線を落とす。
「多少は稼いでから処分するつもりでしたが、こうなっては足手まといにしかなりませんからね」
ラウク家の男が突き出したナイフが自分の腹に刺さっているのを見たチェニェクは、そこで初めて痛みを感じた。
「な、な……」
ナイフが引き抜かれると同時に、自らが作った血だまりに膝をついたチェニェクは、自分の腹とラウクの顔を交互に見る。
「そう驚くこともないでしょう。役に立たないから捨てる。当然のことです。あまり余計なことを話されても困りますのでね」
膝をついているチェニェクの服を摘み上げて、ナイフを丁寧に拭っているラウクの背後では、彼の部下が驚いているスド兵を次々に刺殺していく。
「では、さようなら」
ナイフを納め、部下を集めたラウク家の男は、一礼すると部下たちと共にゆっくりと消えていく。
足元から次第に見えなくなっていく聖国の者たちに、部下の死体に囲まれたチェニェクは絶望の表情で手を伸ばした。
だが、その手が何かを掴む事はなく、周囲を誰かに囲まれたかと思うと、引き倒されて仰向けになった。
晴れ渡る空を背景に、いくつも顔と剣の切っ先がチェニェクをぐるりと囲んでいる。
「あんな魔法があるのか」
その中でひときわ若い男が悔しげに呟いたあと、チェニェクを見下ろした。
「お前がチェニェクか。舌を噛みそうな名……ちっ、刺されたか」
悔しげにチェニェクが来ている一枚布の衣服をはだけさせ、若い男は傷の具合を見て舌打ちした。
「おい。消えた連中はどこのどいつだ? お前と何をしようとしていた」
「もう死ぬな、これは。どうせ良いように操られていたのだろう」
もう一人分、チェニェクに聞き覚えのある声が聞こえ、暗くなりつつある視界に、自分と同じ褐色の肌を持つ美男子が見えた。彼にとって異母兄であり、スドの王になる予定の男だ。
「み、ミルカ……」
「まだ話せるのか。なら話せ。ヴェルナー殿の問いに答えろ」
「ヴェルナー……だと……」
名を聞いて、チェニェクは初めてその若い男が隣国ラングミュアの王だと知った。どうやって砂漠を越えたのか、なぜここにいるのか、疑問は脳裏をめぐるが痛みは思考をかき乱す。
「ふ、ふふ……」
「どうした?」
不思議そうにのぞきこんでくる兄の顔を睨み付けながら、チェニェクは笑った。
「何も、私は何も教えぬ……私は失敗した、このまま死ぬが、お前の役になど、立ってやるものか……」
「このまま放っておけば、スドは本格的な戦場になる。それでも良いのか?」
「……もう私も終わりだ。どうでも良い。むしろ、ミルカが困るなら、それで……」
言いながら、チェニェクは小さいころを思い出していた。頭脳も体力も、いつまで経っても追いつけなかった異母兄。そして大人になるにつれ、その差は人望にまで広がった。
国を出入りしていても部下がついていく兄と、金を用意してようやく部下が集まる自分。
「お前さえいなければ……」
他人から見れば陳腐な嫉妬だったかも知れない。しかし、チェニェクにとっては生涯ついてまわる感情だった。
「お前が、苦労するなら、私は……」
それが、チェニェクが放った最期の言葉だった。
ミルカに視線が固定されたまま瞳孔が開いた瞳は、憎しみよりも嘲りを思わせる。
「死んだ、か。最後の最後まで、こ奴は余の事しか見ていなかった。自分の事すら見えぬ程に」
ミルカは顔を伏せていたので、ヴェルナーからはその表情は見えない。しかし、わずかに声が震えているような気がした。
「余が国におらぬ間に、世の中と自分を見る事をしていれば……いや、今更言っても仕方が無い」
ミルカはチェニェクの目を優しく閉ざすと、ヴェルナーへと向き直った。いつもの冷笑的な微笑みを浮かべている。
「さて、ヴェルナー殿。敵は他にもいるようだが、敵の首魁は死んだ。これからどうするね?」
「チェニェクに付いた集落を回る。俺の力を使ってミルカの立場を強化する。二度と裏切らないようにな。だが、かじ取りはお前がやれよ」
「わかっているとも。では、敵の死体を検分して逃げた連中の正体を調べるとしよう」
結局、逃げた者たちの正体については何の手がかりも得られず、その日は一日町の修復に費やす事となった。
そして、翌日にはミルカが王を継ぐ事が発表された。
属国化については、スド国民には未だ伏せられている。
●○●
「ようこそお出でくださいました。まさかマーガレット様にもお越しいただけるとは……!」
先触れの話を聞いて急いで準備をしたのだろう。鎧姿のアーデルトラウト・オトマイアーが町の出入り口で出迎えた時、少し息が上がっていた。
「アーデル。元気そうで良かったわ」
「エリザベート様もお元気そうで……」
アーデルが言葉を選んでいるのを、エリザベートは気にしなくて良いと小さく首を振った。
「アーデルの気遣いはありがたいけれど、お父様が亡くなられた事についてはわたくしの中でしっかりと理解しているから大丈夫よ。……問題は、その原因ね」
「はっ。それについてはお話したい事があるのですが……」
アーデルの視線がマーガレットとイレーヌを始めとした護衛たちを見ている事に気づき、エリザベートはマーガレットの手を取った。
「二人はわたくしの友人です。そしてラングミュアの代表でもあります。知る権利があるとわたくしは思うのだけれど?」
「お願いいたします。友好国として、我が国は現状に危機感を覚えておりますので」
単なる弔問の為に来たのではない、とマーガレットが言外に伝えると、アーデルは表情を引き締めて帝都の城を指した。
「城の近くに私の屋敷があります。侯爵家の本邸ではありませんし、信用できる者だけで固めております。護衛の方々と共に、私の屋敷でご滞在ください。……お話も、そこで」
「貴女が将軍になってから購入した屋敷ね。久しぶりだわ」
アーデルの案内で屋敷に入ったエリザベートたちは、護衛たちを休ませる事にして、早速アーデルから状況を聞き出す事にした。
あまり使っていないらしいが綺麗に整えられている談話室に通され、それぞれに飲み物が出された。マーガレットとエリザベートの他に、イレーヌも室内に通された。護衛として、彼女だけは常に二人の王妃に付いている。
「あまり来客も無いどころか私自身が屋敷にいない事も多いので、この部屋もあまり使っていないのです」
「忙しいようですね。今も葬儀の準備で忙しいのではないの?」
「葬儀そのものは、すでに終わっております。民衆へは死亡した事とフロリアン様が皇帝を継承される事を公表したのみで、地方の貴族たちや海外からの弔問者を随時城内にある祭壇に案内しています」
グリマルディ王国との折衝はほぼ終わっており、戦後処理については問題が無い。だが、交流のある国からの弔問客を断るわけにもいかず、大した歓迎もせずに早々に帰している状況だと言う。
「来客によってはフロリアン様が対応されておりますが、特に話せる事もありませんので」
死因については病死で通しているが、実のところは毒殺である可能性が高い、とアーデルは正直に話した。
「毒殺……」
エリザベートは額に手を当てて俯いた。薄々予想はされていたが、本格的に暗殺の可能性が高いと、信頼できる相手からハッキリ言われると改めて衝撃が大きい。
「オトマイアー将軍。その毒を盛った犯人はわかっているのですか?」
マーガレットの質問に、アーデルは「陛下にも申し訳ないことながら」と呟きながら首を横に振った。
アーデルら三人の将軍を中心に、葬儀の前後も調査を続けていたのだが、芳しい結果は得られなかったという。
当時の具体的な状況もアーデルから聞き取った三人は、やはりこれと言った推論は出せなかった。
「まずは、お兄様にお会いしましょう。それと、お父様にお別れを……」
「わかりました。では、すぐに城へご案内します」
エリザベートの言葉に反応し、すぐに立ち上がったアーデルは一礼した。
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