62.聖国の影
62話目です。
よろしくお願いします。
※あとがきに更新についてのお知らせがあります。
ヴェルナーは一日の休みを取ってから行動を起こすことにして、スドの王が王宮の外に宿泊場所を用意した。王宮内に泊まらなかったのはヴェルナーの依頼による。
彼は兵たちを早々に休ませることにして、自分はアシュリンを連れて町の周囲を確認して回ることにした。
ミルカはレオナと共に王宮に入り、一夜を明かす。
二人の関係についてヴェルナーは口出ししなかった。特に興味も無いし、ミルカがレオナを返せというなら返すつもりだ。連絡役に代わりの人間を寄越せと言うつもりだったが。
レオナには騎士としての訓練はさせていても、機密に関わることは何も教えていない。変に素直なところがある、とデニスから聞いていたのでさりげなくヴェルナーが選抜した騎士を周囲につけて、逆にスドで教えている技術を聞き出していたくらいだ。
ヴェルナーは天体を見て位置を知る“星見”の技術も含めて、スド砂漠国から厳しい環境で生き抜くための技術を得るつもりでいた。
その初期行動としてレオナから情報を吸い上げていたのだが、属国から堂々と技術提供させる形が完成すれば、その方法も不要になる。
「町、というより集落に近いな」
ヴェルナーは建物が途切れる場所まで出てきたが、ジャガイモや乾燥地でも育つらしい野菜などを作っている畑が広がっている場所と建物がある場所は明確に分けられているわけではないらしい。
建物も石造りと木製がまちまちで、中には単なる天幕やテントのような家もある。畑とは離れた場所に、家畜がいる囲いも見える。
一言で言えばのどかな田舎であり、牧歌的な空気が流れている。
台地は砂が降り積もったようにザクザクとしており、靴が埋まって非常に歩きにくいが、地元の住人達は簡素なサンダルのようなものを履いて楽々と歩いていた。
町の者たちは厳しい目つきをしている者が多いが、どうやら民族的なものらしい。砂漠から離れていても空気は乾燥しており、時折砂混じりの風が舞う。
ミルカの言で時折砂嵐のようなものが吹くらしいが、その時は布を顔に巻きつけてやり過ごすという。長くとも二十分ほどで過ぎ去るらしい。
「……ゴーグルが欲しいな」
口に入った砂を吐き出しながらヴェルナーが呟くと、アシュリンがゴーグルとは何かと首を傾げた。
「目を守る道具だよ。何かと使えるし、そのうち作るか」
とはいえ、そこまでの技術はまだ無い。
「……ヴェルナー様」
「どうした?」
アシュリンが声をかけると、彼女はそっとヴェルナーに身体を寄せた。
遠くからこちらを見ている者たちがいます。
アシュリンがそっと胸元にて示した方向へさりげなく視線を向けたヴェルナーは、二人分の人影が遠くの岩陰にさっと身を隠すのを見た。
「スド王の監視か……」
あるいは、チェニェクに味方する者たちか。正体は不明だが距離は遠く、追いかけても追いつくのは厳しいだろう。
「排除しますか?」
アシュリンなら石ころを投げれば倒せるだろう。だが、ヴェルナーは泳がせておくことにした。
「もしあれが敵方の監視で、それが近くにいるということなら……」
ヴェルナーはアシュリンと共にちょっとした仕掛けを町の周囲に施すと、宿へ戻ってさっさと眠ってしまった。
そして、翌朝陽が上り始めた直後だった。
「敵襲だ!」
誰かの叫び声が響いて、スドの兵士たちがヴェルナーを逃がそうと宿にも駆け込んできた。
「思ったより、遅かったな」
ヴェルナーと彼の部下たちはすでに戦闘準備を整えており、宿のロビーで泰然と座っていたヴェルナーは、ゆったりと立ち上がった。
「では、出張るとするか。この国を俺の物とする。機会をやるから、しっかり戦果をあげろよ!」
「応!」
アシュリンも鼻息荒く、延々と背負ってきた大槍を握りしめた。
「了解です!」
「では、出撃する!」
●○●
「チェニェク様。予定通りに攻撃を開始しました。町の外周にある家へと火を放ちましたので、王を含めて敵は狙い通りに動くかと」
一人の男が報告をすると、火の手が上がったらしく早朝のまぶしい光に照らされて、遠く煙が上がっているのがチェニェクにも見えた。
「本当に、うまくいくんだろうね?」
その視線は懐疑的なものであり、部下として動いている兵士たちを追う目には不安がにじんでいる。
「問題ありません。スドの兵たちだけでなく私が連れてきた兵もおりますゆえ、戦力的には万全です」
「お前の兵とは……」
「もちろん、我がラウク家の兵たちですとも。私どもは潜入などが専門ですが、こうしたぶつかり合いにも強いのです。まして我々の工作により、今の王宮は周囲の町から応援を呼べる状態ではありません」
「その件だが、しっかり約束は守ってもらえるのだろうな」
「もちろんですとも。チェニェク様も、契約内容はお守りくださいますようお願いいたしますよ」
ラウク家の者とだけ名乗り、チェニェクに近づいたこの男は瞬く間に複数の集落をチェニェクの支持派に変えた。
チェニェクはこの男を信用はしていなかったが、多少荒っぽい手でも使わなくては自らが王になることはできないと説得され、ラウク家の男からの提案を受け入れた。
「王の毒殺は失敗しましたが、本人は弱っております。ミルカが戻っているようですが、手勢はつれておりませんようで」
「だが、ラングミュア兵がいるのだろう?」
「装備からして、おそらくラングミュアの兵でしょう。しかし、若い貴族に率いられているだけの少数です。大した影響はありません」
火の手が上がる町からは、遠く喧騒が聞こえてくる。
このまま兵たちが待ち構える場所まで町の者が出てきたら、兵も民もまとめて殺害する予定だ。
「チェニェク様。あなたに従わぬ者たちなど不要でしょう。兵はこちらで用意いたします」
ラウク家の者は、そう言ってこの作戦を立てた。
「しかし、お前たち聖国は宗教国家と聞いておったが、なぜ商人のような真似をする?」
「これは異なことを。金がなければ国も人も動きませぬ」
聖国から来たと言うラウク家の男は、チェニェクが王位に就くための手伝いをする条件として、流通について一定の権限を寄越せと交渉した。
スド砂漠国が国外と行う商業的なやり取りはすべて聖国が押さえ、また国内での集落間での貿易についても聖国へと開放する。これが履行されれば、スド砂漠国はラングミュアとの交易をするにも間に聖国を挟む必要があり、国外からの物品は聖国商人が独占する結果をもたらすだろう。
流通網に大打撃を受け、自国民も苦しむ状況が予想されるが、チェニェクはこれを飲んだ。
そうしてでも、彼は王になりたかったのだ。
「兄は優秀だが放蕩者だ。あのような男に国を任せるなど、父上は耄碌してしまっているのだ。第一、星見ができぬなどという理由で地位をあきらめるなど、時代錯誤も甚だしい」
王自らが砂漠を超えることなどラングミュアと戦でもしない限りない、とチェニェクは吐き捨てた。
「左様ですとも。それに、ラングミュアは所詮は帝国から分かれた小国。スド砂漠国やわれらランジュバン聖国のように、一から作り上げられた国とは違うのです。そして強固に続く国にはチェニェク様のような、古いしきたりにとらわれぬ指導者が必要でしょう」
ラウク家の男は、そういってチェニェクを持ち上げた。古くからの宗教に縛られた国家の者が言うあたりは皮肉にも聞こえるが、チェニェクは気づかなかった。
「さあて、そろそろ町の者たちが逃げ出してきますよ」
「ここにいて安全なのか?」
チェニェクは危惧していたが、ラウク家の男は大丈夫と断じた。
町の周囲で、炎が上がっていない一角、その前でスド兵と聖国兵の混成部隊が待ち構えており、待ち伏せから逃れた者は砂の大地に慣れたスド兵が追うことになっている。
町と兵たちの延長線上、五百メートルほど離れて護衛に囲まれたチェニェクたちがいる。
「人数的にも充分おります。多少こちらに逃げてきたとしても、護衛たちで充分に……」
ラウク家の男が話し終わる前に、彼の計算を狂わせる出来事が起きた。
それは朝の光を切り裂くような光を発し、轟音と共に町の一部を吹き飛ばす爆発だった。
「なんだ!? なんなのだあれは! あれもお前がやったのか!」
用意された椅子に座って眺めていたチェニェクが立ち上がり、爆炎が収まり黒煙へと変わったのを指差した。その先では小さな爆発が続き、燃え上がろうとした火は小さくなっていく。
驚いたのはラウク家の男も同じようで、目を見開いたまま首を横に振っている。
「いえ、いえ。私はなにも……」
「では何が起きたのか説明しろ!」
当然ラウク家の者にも理由はわからない。
言い合いをしているうちに、二度目の爆発が起きた。それは待ち構えていたスド兵と聖国兵をまとめて吹き飛ばし、区別がつかなくなるほどに砕く一撃だった。
瞬時に半数が失われた手勢を目の当たりにして、チェニェクだけでなく護衛たちも驚愕している。
まだ反撃は終わらない。
爆発で足がすくんだチェニェクの兵たちに向かって、一人の小柄な人物が突撃した。
束ねたオレンジ色の長い髪を揺らしながら、身長よりも大きな槍を振り回すその人物は、兵士たちを数名まとめて槍でなぎ倒していく。
近づいた敵は蹴り飛ばして数メートルも先へ転がし、槍を受けた兵は二つに裂かれて飛んでいく。
その人物の後ろからスドの兵とは違う格好をした男たちが駆けつけ、大槍の人物と共に、さらにチェニェクの兵たちを減らしていく。
「雑魚は良い。とらえるべきはあいつらだ」
男たちの後ろから姿を見せた青年が、チェニェクたちを指差して叫ぶ。
さらに、その隣に女性に支えられた人物が姿を見せた。
「み、ミルカ……!?」
朝日に照らされたその人物を、チェニェクは遠く離れた場所からでも見分けることができた。
チェニェクが見ている前で、ミルカは右手を前に突き出して声を上げる。
「ここはスドである。ラングミュアの兵にばかり良いところを見せておく必要はない。そして町を守ったラングミュア王に報いる働きを見せよ!」
一歩遅れて出撃したスド王の兵たちは、自らの町を危機にさらした敵に対して鬼気迫る表情で走り始めた。
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