61.一人前に扱って
61話目です。
よろしくお願いします。
オスカー以下、彼の部下たち二十数名は船に残しており、上陸したのはヴェルナー率いる十五名程の少数部隊だった。
運べる食料が限られている事と、船の安全を守る要員も充分な数残しておきたかったためだ。
そんな少数精鋭の中で、やはりアシュリンが飛びぬけて優秀だった。
彼女は馬車を牽く役を二度に一度は引き受け、ミルカの想定よりも早く町へと到着する事になる。
「……えらく楽をしてしまっている気がする」
「優秀な部下を見出した分、上位者が楽になるのは当然の事だ。尽くした見返りさえ間違えねば良いことだ。見返りを与える前に失わぬように気を付けろ」
ミルカの言葉には、自分の護衛を死なせてしまったことに対する悔恨が滲んでいた。
「わかっている。唯でさえ訓練生の頃から色々と働かせているんだからな。それより、町へ着いたらちゃんと話をしてもらうからな」
「任せて貰おう。ヴェルナー殿からの命令だからな。唯々諾々と従うのが属国の王となる余の運命であろう」
「本当にそう思っているのなら、こっちも苦労しないんだがな」
「使う側には使う側の苦労があるのは当然だ。覇道を往く者が楽をできるなど思わぬ事だぞ」
「覇道? 俺はそこまで真剣に世界征服を目指している訳じゃないぞ。他の国の連中が余計な事をするから反撃しているだけだ」
ミルカは眉を顰めてヴェルナーを見た。
「なんだ?」
「ヴェルナー殿。お前のように自らだけでなく他人の運命までをも強引に変える事ができる程の力を持っている者が、平穏な人生など歩めるわけがなかろう」
「占いは信用しない」
「占いではない。自然の摂理というものだ」
そんな話をしているうちに、町が見えてきた。
「陛下。あそこで良いのですか?」
「ミルカ」
「間違いない。そのまま向かって行けば見張りの誰ぞが出てくるだろう」
アシュリンの言葉にミルカが代わりに答え、馬車と周囲を歩く兵士達は、やや疲れが見える足取りで進んでいく。
すると、塀がないために町の全貌が遠くからでも見えてくる。
平屋ばかりの建物がまばらに並ぶ中、二階建てで左右に大きな建物が見える。それが王宮だろうか。
十人程度の兵士が町から出てきて小走りに近づいて来る。
ラングミュアの兵士達も前に出ようとするが、ヴェルナーは止めた。
「待て。まずはミルカにやらせる」
「うむ。お任せいただこうか」
馬車の上で座りなおしたミルカはまだ傷が癒えていないはずだが、涼しそうな顔をして右手を上げた。
「止まれ。余の顔を知っているだろう」
「み、ミルカ王子……!」
スド兵を率いてきた人物が目を見開き、すぐに膝をついて首を垂れると、後ろにいた兵たちもそれに倣う。
「良い。今は余よりも身分の高い賓客がいる。まずは父の下へ案内せよ」
「ミルカ王子よりも……で、では、先導させていただきます」
男は詳しい話は聞こうとせず、ヴェルナー達の前を町へ向かって進み始めた。
「では、参ろうか。ようこそ、ヴェルナー殿。砂漠の民が住まう町へ」
「やれやれ。ようやく身体を休められるな」
しかし、ヴェルナーのそんなささやかな希望は叶わなかった。
●○●
「それで、お話とは?」
合議が終わりそれぞれ弔問の準備を始めた夕刻、マーガレットの執務室を訪ねたのはオットーだった。
「帝国皇帝が崩御された件についてです」
「……それは、エリザベートさんにお話する内容ではありませんか?」
マーガレット自身は帝国へ行った事が無いので、打ち合わせをするのであればエリザベートが適任のはずだった。
「いえ。これは先にマーガレット様にお話をしておくべきかと考えまして」
「わかりました。伺いましょう」
話の内容に不穏な物を感じたマーガレットは、少しだけ迷ったが執務室で手伝ってくれている文官たちも仕事をしながら聞いてもらう事にした。
マーガレットのデスクに向かい合うように椅子が用意され、オットーは椅子を運んできた侍女に丁寧な礼を言うと腰を下ろした。
彼にしては珍しく、書類一つも持っていない。つまり記録として残すつもりは無いという意思表示だった。
「皇帝が亡くなられた、その死因についてオトマイアー将軍の手紙には何ら記載されておりませんでした」
「どういう意味ですか?」
「ヴェルナー様は皇帝が病気であるという話はされず、健康状態に不安があるとは言われておりませんでした」
もし皇帝が病に侵されているとわかっていれば、帝国との付き合いも皇帝相手では無く王太子である第一皇子フロリアンとの交誼を優先しただろう。
「流行り病などで命を落とされた可能性もありますが、その場合は国に来ないようにと弔文だけを希望する手紙になるはずです。また、事故などで亡くなられたのであれば、その旨を記載するか、帝国として秘したい死因であれば適当な病気を書かれるでしょう」
だが、死の原因については一切触れられていない。隠すにしても、表向きに公表されているであろう理由すら書かないのは不自然だ。
「今回の皇帝の死について、オトマイアー将軍は何かを伝えようとしたのかも知れません」
「用心の為に封をしていたのでしょう?」
文面にすら載せない理由がわからない、とマーガレットは言う。
「封蝋なども完全に信用できるものではありません。内容をそれとわからぬように抜き取る技術を持つ者はおりますし、輸送の間に漏れる可能性はあります」
オットーが何を言いたいのか、マーガレットは単刀直入に尋ねた。
「おそらく……皇帝は暗殺されたのではないか、と」
「そんな……それでは、オトマイアー将軍もエリザベート様を呼ぶ事は考えなかったのではありませんか?」
「特にエリザベート様を指名されているわけではありません。弔問のための使者を別に立てる可能性もあります」
ラングミュア王国の使者についてはオトマイアー将軍が世話役となると書面には書かれていた。あるいは、そこで詳しい状況が聞けるかも知れない。
「マーガレット様にお願いしたいのは、情報を集めて頂く事です。また、エリザベート様と共にイレーヌたち護衛から離れず、城で出される飲み物に手を付けないようにお願いします」
食料関係は全て毎回違う店で購入し、オトマイアー将軍の屋敷で出されるものにも手を付けない方が良い、とオットーは語った。
「エリザベート様に依頼しないのは、あの方のお心を考えての事です。死因について、もし暗殺であると断定できた場合には、お伝えするか否かはオトマイアー将軍とご相談いただく方が良いかと」
「……わかりました。オットーさんの気配りについては、ヴェルナー様が常々おっしゃられていた通りですね。素晴らしいと思います」
「いえ、私は職務に忠実なだけです」
そう言いながらも、オットーは顔を赤らめた。ヴェルナーからはしばしば礼を言われる事も有り、その言い方もぶっきらぼうな事が多いので慣れているのだが、マーガレットから真正面にはっきりと褒められると、気恥ずかしいようだ。
「ですが、やはりこの件はエリザベートさんに最初にお話しいたしましょう」
「よろしいのですか?」
「オットーさん。私もエリザベートさんも、もう夫を持つ身。一人の大人です。受け止めなければならない悲しみや苦しみがある事も知っていますし、それが自分とは決して無関係でない事を知っています」
マーガレットは自分と同じくヴェルナーの妻であるエリザベートを信じている、と語った。彼女は子供扱いされるような女性では無く、立派なレディであると。
いつの間にかエリザベートを子供扱いしていた自分を恥じたオットーは、深々と一礼して非礼を詫びた。
「早速、エリザベート様にこの件をお伝えして参ります」
「待ってください」
マーガレットはオットーを引き留めると、手元の書類を部下たちに渡した。
「私も行きます。同行するのは私ですから、しっかり把握しておく必要があるでしょう」
なるほど、とオットーは思った。
マーガレット・フラウンホーファー・ラングミュアという女性は、自らも戦うと言い出す程に“おてんば”であり、見た目と違い深窓の令嬢で収まる人物では無いのだ。
●○●
「……それがミルカの選択だというのであれば検討しよう。だが、本当にお前の考えなのか?」
ミルカとヴェルナーを前にして、スドの王は表情にも態度にも渋々という様子でミルカへの譲位を認めた。ラングミュアへの属国化についても、不承不承ながら受け入れている。
「しかし、事はそう上手く運ぶとは思えん。ニェチェクは未だ行方をくらましたままで……一部の集落は奴を支持すると連絡を寄越しおった」
「星見も出来ぬ半端者に王を任せる事を選ぶものたちがいる、と?」
気色ばんだ様子のミルカに、王は首を横に振った。
「理由までは分からぬ。だが、国を留守にして顧みぬミルカよりも良い、と。此度の件でもミルカを低く評価するであろう」
「むぅ……」
唸るミルカを横目で見て、ヴェルナーはスドの王に反対している集落までの距離を聞いた。
持ち込んだ紙に大体の位置関係を略図としてザクザクと書き込んでいくと、全体的に近い町を中心に裏切りが発生している事がわかる。
「明らかにこの町の孤立を狙っているな」
ヴェルナーの結論に、ミルカと王は顔を見合わせた。
「その通り。この町を孤立させた理由はいくつかあるだろうが、これがチェニェクの狙いであれば、余やミルカの支持者に邪魔される事無く始末する事を狙っての事であろう」
王としては自分が斃れてもミルカが生き延びれば、この町や他の集落からの支持で王として立つ事が出来ると考えて国外へ行かせたつもりだったが、ミルカ出国後から急速に旗色が悪くなってきた。
「ミルカ。お前が戻ってきて良かったか否かはわからん。だが、ラングミュアの王よ。お主にとっては不幸だったな」
「何を言っているんだ。俺は幸運だと思っているぞ」
ヴェルナーが即答すると、王の背後にいる兵士も含めて周囲はざわめいた。
唯一、ヴェルナーの後に控えていたアシュリンだけが、何やら物知り顔で頷いている。恐らくは「ヴェルナーなら大丈夫」という根拠からの自信なのだろうが。
「どういう意味だ?」
「敵がはっきりしている。そして近い」
そうして、印をつけた五つの集落をヴェルナーは指差した。
「片っ端から攻撃して制圧する。お前の弟が見つかるならそれで良し。寝返りの理由もそこで確認できるだろう……おまけに、ラングミュアと俺の怖さをスドの者たちが知る良い機会になるだろう」
「ラングミュアの王は、このような顔で嗤うか……」
ヴェルナーの笑みに、スドの王は低く唸った。
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