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6.力の掟

6話目です。

よろしくお願いします。

 スラムは奥へ行けばいくほど苔むして薄汚れた建物が増え、朽ち果てて崩れているものすらある。

 歩きながらグンナーから説明を聞いたヴェルナーは、スラムの実態を王政府がまるで把握していない理由を知る。

「町に近い場所にいるのは犯罪も借金も無い、単に貧しくて住む場所を無くした連中だ。兵士連中もそこまでしか来ない」


 騎士や兵士の集団は避けて、少人数の商人や金持ちを狙って襲う。それが彼らのやり方らしい。

「どうせ城の連中は平民がどれだけ被害に遭おうが気にもしないからな。逆に貴族が被害を受ければ大軍が来るだろうよ」

 単なる貧しい人々を見せてスラムの危険性を隠しておきながら、のこのことやってきた獲物を襲う。そうして彼らは外からの情報と物資、金を得ているのだ。


 そこまで説明しながらグンナーはヴェルナーの顔色を窺っていたのだが、反応は薄い。王国が送ってきた特殊な調査官か何かと警戒していたのだが、どうやら違うらしいと結論付ける。

 ヴェルナーは途上国や紛争地域に出入りしていたので、そういった生活をしている者も見慣れている。そうしなければ生きられない事を理解もしていた。


「ここだ」

 グンナーは他の者たちに解散を命じて、たどり着いた古い二階建ての建物に一人で入って行く。

 オットーたちを引き連れてヴェルナーも建物へ踏み込むと、意外と整理されて綺麗な応接室に通された。


 ソファは無く、バラバラの椅子が向かい合う中の一つに座り、グンナーは口を開いた。

「スラムのボスに会いたいと言ったな?」

 向かい合うようにヴェルナーが座ると、オットーとファラデーが後ろに控えた。

「俺がそうだ。正確に言えば、三つあるスラムの勢力の一つを纏めている」

「ふむ……とりあえずそれを信用する」


「驚かないんだな」

「状況判断が早くて的確だった。剣の腕も立つんだろう。なら不思議じゃないさ」

 ただ、実戦にまで参加するというのは意外だった、とヴェルナーは答えた。

「お前が言った通り、スラムは力がある者が上に立つ。家柄や肩書じゃない。たまには実戦で腕を見せる必要もあるのさ」


「わかりやすくて良いね。好きだなぁ、そういうの」

「ふっ、理解が早くて助かる。お前がどんな育ち方をしてきたか知らないけどな」

 グンナーの勢力の他に、二つの勢力がスラム内で睨み合いをしているのが現状だ、と彼は説明した。それぞれの勢力は人数的にも戦力的にも拮抗しており、それぞれに複数あるスラムへの入口を管理している。

 獲物が通りかかるか否かは、運次第というわけだ。


「しかし、それだと獲物が多い場所と少ない場所が出てくるだろう。揉めないのか?」

「揉めるさ」

 ため息が混じる返答をしたグンナーは、床に置かれた陶器のボトルを手に取り、中身を飲む。強い酒の臭いがヴェルナーにも嗅ぎ取れた。

「度々起きる衝突で何人かが死ぬ。多く死んだ方の負け。縄張りが移動する」


 そんな事を延々と繰り返しているのが、スラムの正体だとグンナーは語った。

「それで、そんな事を聞いてどうするんだ」

「色々と教えてくれたお礼に、俺も正直に話すとしようか」

 足を組み、笑みを浮かべたヴェルナーにグンナーは片眉を上げた。それはまるで、暴力に慣れた荒くれ者のような顔だったからだ。


「俺の名はヴェルナー。肩書はまあ、そのうち説明してやろう」

 そんな物はここでは何の意味も無いそうだからな、とヴェルナーは話を続ける。

「少しばかり大きな仕事を控えている。数年掛りの長期間かかる仕事だ。ところが、正直なところ人手が足りない。ここにいる二人の他に数名の兵士がいるに過ぎない」

「それで? 俺たちに仕事をさせたいとでも?」


「ちょっと違うな。外部発注では無く、お前たちスラムの戦力を俺の支配下に置きたい」

 ヴェルナーの宣言に、グンナーの視線が厳しいものに変わる。

「言葉には気を付けた方がいい。俺も他の連中も、子供の遊びに付き合うほど酔狂じゃあない」

 金を貰って汚い仕事を引き受ける事はあるが、戦力全てを貸し与える事は無い。他の勢力に弱みを見せる事になるからだ。


「勿論、遊びなんかじゃない。きちんとスラムのやり方に則って、お前たちをスカウトするさ。当然、グンナーが統率している勢力の安全も確保する」

「おい、まさか……」

「他の二勢力を纏めている奴の居場所ヤサを教えろ。代わりに叩き潰してきてやるよ」

 スラム全てをお前の手中に収めろ、とヴェルナーは言った。


●○●


 およそ三時間の後、ヴェルナーは再びグンナーの根城を訪れた。

「驚いた。生きて帰って来るとはな……それで、首尾よく行ったのか? それともビビッて途中で引き返して来たか?」

 煽るようなグンナーの言葉に、ヴェルナーは肩をすくめた。

「ああ。たっぷりビビッて来たよ。こっそり近づいて、こっそり仕掛けを施してきた」


「仕掛け?」

「見せてやるよ。外に出てきな」

 グンナーを連れて外へ出たヴェルナーは、勢力の一つが押えている場所を指差した。

 そして、その指を擦り合わせる。

「まさか……」


 グンナーが呟いた直後、ヴェルナーの指は音を鳴らす。

 直後、遠くからくぐもった音が響き、煙が上がる。

「もう一か所」

 さらに指を弾いた音と爆発音が立て続けに聞こえてきた。それは、もう一つの勢力が根城としているあたりからだ。


「やりやがった……」

 驚愕しているグンナーに、ヴェルナーは笑みを向けた。

「さあ、これでお前がスラムで唯一の顔役だ」

「ま、まだ連中が死んだとは限らねぇだろ」

「なら確認しに行け。手勢を連れて」


 腕を組み、ヴェルナーはまだ身長が低い十歳の身体を精一杯伸ばしてふんぞり返った。

「どうせ制圧して戦力の取り込みをする必要があるんだ。ぐずぐずしていると別の誰かが人数を纏めて別の勢力を作るぞ?」

 軍を作るのとは違う。実力がはっきりしていれば声をかけるだけですぐに集団が出来上がるのだ。


「ちっ! おい、人数を集めろ、二手に分かれて確認と制圧に行くぞ」

「待て。全員で順番に行くんだ、グンナー。どちらの部下たちにもお前が顔を見せて力を見せる必要があるだろう」

 それに、戦力を二つに分けると相手よりも人数が少なくなる可能性が高い。敵の混乱が小さければ、逆に潰される可能性もある。


「……わかったよ。お前の……いや、ヴェルナーの力はわかった」

 肩の力が抜けたグンナーは、全員に武器を持って集まる様に伝えた。

「次は俺が力を見せる番だな。ついて来てくれ。俺たちの腕を精々高く評価してもらわないとな」

「わかった。見学させてもらおう」


 それから立て続けに戦闘を行ったが、正体不明の爆発を受けた二つの勢力は、中心メンバーを悉く失っており、抵抗も弱かった。

 ほとんどの者がグンナーへの恭順を示し、夕刻までにはグンナーが事実上スラムを掌握するに至った。

 彼の手下たちは快哉を叫び、奪い取った物資で宴の準備を始めていた。


「これでスラムの勢力はまとまったな。人数はどの程度だ?」

「まともに戦える人数で言えば二百程だな。半分以上は、新しく加わった連中だからすぐには使えないが」

「充分だな」

 ヴェルナーは満足げに頷く。


「ヴェルナーは力を示した。他の連中は訳が分からないうちに勝ったと思っているようだが、俺や一部の連中はあの爆発を誰がやったかわかっている」

 再び向かい合って語りあうヴェルナーとグンナーは、外から聞こえる歓喜の声を聴きながら、互いに視線を合わせていた。

「そろそろ、あんたの正体を教えてくれ。そして、俺たちに何をやらせたいんだ?」


「ふっ、依頼は色々とあるが、とりあえず頼みたいのは情報の収集だな」

「情報?」

 意味が判らない、と首を傾げるグンナー。

「町の連中……特にスラム外周にいる連中がどうして身を持ち崩したか。あるいはここに来ていなくとも苦しい生活をしている者たちも多い。そうだろう?」


「間違いない。スラムでは死ぬ奴も多いが、人数は減る事が無い。それだけまともな生活から転げ落ちる奴が多いという事だ」

「では、そういう者たちから不満や希望をそれとなく聞いて集めてくれ。あとは、貴族からやられた理不尽な仕打ちとか、だな。その場合は貴族の名前を確認してくれると尚良い」

「そりゃ、難しい話じゃないな。だが、それを知ってどうするんだ?」


 未だに疑問が晴れない様子のグンナーに、ヴェルナーは「作戦を立てる参考にする」と答えた。

「今の王のやりようでは、いずれこの国は行き詰まる。為政者は民衆の上に乗っかっているんだ。民衆が倒れれば転げ落ちる」

 それが分かっているから、現王はギリギリで絞り上げているつもりなのだろう。だが、スラムの状況を見ればすでに“行き過ぎている”状況だと分かる。


「王をどうにかするつもりか? 無茶だ。殺されるぞ!」

「落ち着け。ひどく汗をかいているぞ」

 ヴェルナーの言葉を受けて、グンナーは袖で額の汗を拭った。

「どこの坊ちゃんか知らないが、反乱軍でも作るつもりか」

「違うな。少しばかり邪魔な連中にいなくなってもらうだけだ」


 微笑みを浮かべるヴェルナー。その後ろではオットーとファラデーが背筋を伸ばして控えていた。

「俺の名前はヴェルナー・ラングミュア。この国の第二王子だ」

 目を見開いたグンナーは、言葉が出ないようだ。

「この国を俺の手中に収める。その手伝いをしてもらおう」


「ふ……お前みたいな王子がいるとは信じられないな。信じられないが……スラムじゃあ強い奴に従うのが決まりだ。信じるさ」

 だが、とグンナーはヴェルナーを指差した。

「一体何を狙っているんだ? そのまま安寧に過ごしていれば、何不自由ない生活ができる立場だろう」


 ヴェルナーは語った。

「不自由だとも。とても不自由だ。色々欲しいものはある、見たい場所もあればやりたい事もある」

 だが、第二王子という立場では何もままならぬ、と吐き捨てた。

「誰にも邪魔されず、国を動かして全てを手に入れる自由。それが欲しいのさ」


 こうして、ヴェルナーは非合法な形で私兵を手に入れた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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