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59.皇帝崩御

59話目です。

よろしくお願いします。

 ヴェルナーはスド砂漠国へ入るまでに自国ラングミュアの海岸で三か所ほどの港設置候補を見つけた。

 入り組んだ岩場や砂浜など地形は様々だが、天然の湾になっており波も穏やかで、水深も充分にありそうだ。

「船に初めて乗る癖に、港に適した場所がわかるのだな」


 レオナに支えられて甲板へ出てきたミルカの言葉に、ヴェルナーは鼻を鳴らした。

「少し考えれば条件はわかることだろう。いずれ乾ドックも作って船の建造も始めるんだ。勉強していて当然だろう」

 というのは口から出まかせで、前世からの知識でしかない。中途半端ではあるが、大まかな港に必要な物くらいはわかる。何しろ、自分も船で戦場まで何度も運ばれた事があるからだ。


「もうスドの土地が見えている。一日も進めば目的の場所に到着するぞ。動き回って具合が悪くなっても無理やり連れていくからな」

「わかっているとも、余がいなくては成り立たぬからな」

「そうでもない」

 ヴェルナーがあっさりと否定する。


「お前が駄目なら王の方に直談判するだけだ。それをする力もこちらにあるからな」

「……あまり、砂漠の戦士を舐めない方が良いぞ。お前の力は強力だが、無敵と言うわけではあるまい」

 少し気分を害したらしく、常に飄々としているはずのミルカが眉間にわずかな皺を見せた。


「わかっている。だが、こうして広い海に出ていると少しくらい気が大きくなってもおかしくないだろう」

 両手を広げたヴェルナーが胸いっぱいに潮風を吸い込む。鼻の奥が少しだけつんとするが、それされえも心地よい。

「そうか……。余は逆に陰鬱になるのだがな。海は広すぎる。砂漠でも多くの者が命を落とすと言うのに、海は立つ事すらできないではないか」


 そんな広大な場所があり、足元の海の底は一体どうなっているか想像もつかない。そう言ってミルカはうんざりした表情を見せた。

「結局、余はヴェルナー殿に比べて気宇が小さいのだろうな」

「どうしたミルカ。お前らしくも無いな。怪我で気が弱くなったか?」

 ミルカは一瞬だけ目を見開いて、それからいつもの冷笑を帯びた表情へ変わる。


「ヴェルナー殿の言う通りだ。余は常に世の中を斜に構えて見ているのが似合っているからな」

「自分で言う事じゃないだろう」

「ヴェルナー殿。スドを、そして余と余の国民をどうするつもりなのか、正直な所を教えてもらいたい。恩もあるし、抵抗も出来ぬ身の上ゆえにここまで同行したが、お前の考えを聞いておきたい」


 ヴェルナーは、この時点で全て話してしまう事にした。ここで断るならばそれまで。ミルカの利用価値は無くなる。それくらいは彼も分かるだろう。

「スド砂漠国はラングミュアの属国として扱う」

「そこまでは分かる。お膳立てをするのだ。その程度の事は覚悟している。だが、そうしてまで砂漠の土地を欲しがる理由を知りたい」


 その程度、と言い切ったミルカに、ヴェルナーは違和感を覚えた。

「随分と軽く言うのだな。隣にいる自国民は酷く驚いているぞ」

 ミルカに付き添っているレオナは、ミルカの反応に驚き、ヴェルナーには厳しい目を向けていた。故郷を属国にするというのだから無理もないが、彼女の立場としては不適格だ。

「レオナ。お前は今やラングミュアの国民だ。余の世話をしているのも、お前をヴェルナー殿から借りているだけなのだ」


 そのような顔をするな、とミルカは諌めた。

「それよりもヴェルナー殿。聞かせてもらえないか。お前の望んでいる未来を」

 ミルカは答えを急かした。そうすることでレオナに対する言及を止めたのだが、レオナ本人は気付いていないようだ。

 ヴェルナーは内心でレオナに対する評価を下げ、彼女の方は見ないようにする。


「大まかにいえば、ラングミュアを豊かにするためだ」

「ふむ。収奪や奴隷を必要とするなら、別に産物に乏しいスドである必要もあるまい?」

 奴隷制度は一応は存在しているが、逃亡や反逆のリスクが高いためにあまり一般的では無い。犯罪奴隷が直轄地や貴族領地の為に監視されながら排泄物の回収や町の清掃をさせられているのが関の山だ。


 奴隷を持つと言うことは、それだけ食い扶持が増えると言う事にもつながる。痩せ衰えた奴隷では使い物にならないのでそれなりの食料は与えねばならず、過酷な労働で使い潰すには犯罪奴隷でも金額が高い。

 自然と、国や領主が犯罪者を罰する為に一定期間労役を受けさせるために奴隷身分へ落とすというのが一般的なものであり、戦場で捕虜となった者たちも同様の扱いを受ける。


 そして、一定期間の労役を味わって解放された戦場捕虜の大半は国へ帰る事無く土着していく。帰国した所で、何年も留守にした故郷に居場所など残っていないのだ。

「奴隷として連れて帰っても、今のラングミュアでは管理すらできない。監視要員を割くくらいなら、人を育てた方が後々にも良い」

 ヴェルナー監修の教育を受けた者たちが育ち、彼に評価される事を目指す集団を作る。それが狙いだった。


「海路が設定できれば、ラングミュア商人はスドへ出入りできる。今まで一方的にスドからしか入ってこなかったのが、互いに交易をおこなう事が出来るようになる」

 その動きが活発になれば、海路を独占している国に金が入り、物の流通も監視できるようになるだろう。グリマルディ王国とランジュバン聖国がわけあっていた海運に割り込む事で、二国の経済を圧迫する事にもつながる可能性がある。


 商業に然程明るくないヴェルナーが、今の時点で考えている事は概ねこの程度だった。

「なるほど。そしてスドを政治的に下位に置く事で、流通拠点を得やすく税も安くできるわけだな。スドの民には負担が増えるが……」

「スドの商人はやり手と聞く。どうせ商売相手は変わらず、輸送のコストとリスクがスド側からラングミュア側に移るだけだ。手間が減った分実入りが減ったと思え」


 ヴェルナーの些か乱暴な話に、ミルカは肩をすくめた。

「スドの港近くにはラングミュアの軍の基地も作る」

 大陸の東側を守るための拠点であり、今後軋轢が起きるであろうランジュバン聖国をけん制するための軍事力を置く場所になる。

「……そうしてランジュバンを倒したとする。それでヴェルナー殿は満足か?」


「そうだなあ……」

 大海原の向こうを見て、ヴェルナーはぽつりとつぶやいた。

「国内が安定するまでは、今言った体制作りを始めとした国内問題を片付けていく。……だが」

 ヴェルナーはミルカへと視線を戻した。

「俺の友人や臣下に手を出そうって言うなら、その国を潰すのに迷いは無い」


 グリマルディが王国としての体制を維持できているのは、それが帝国への配慮に因るものだとヴェルナーは明言した。もし、帝国とグリマルディ王国が戦闘状態では無く、純粋にラングミュア対グリマルディという図式であったならヴェルナーは遠慮なく国ごと叩き潰していただろう。

「ふふっ……う、痛ぅ……くっくっく……」


 傷の痛みに耐えながら、肩を震わせて笑うミルカはヴェルナーに向けて右手を上げた。

「わかった。それほど民を大事に思ってくれるなら、スドも悪いようにはならんだろう」

 ミルカは属国の件も拠点の件も、ヴェルナーの言葉に従うと明言した。

「ミルカ様!?」

「良いのだ、レオナ。これは余がこの下らぬ世界でたった一つ残す成果となるだろう」


 ただし、とミルカは言う。

「余が死んだあと、民がどうするかは知らぬぞ?」

「そんな者、その時の統治者が考える事だ。俺は俺の人生を楽しくする事にしか興味が無い」

 折角の二度目の人生をたっぷり我が儘に楽しんでやる、とヴェルナーは昔から考えている。その為の政治体制であり、その為の戦いなのだ。


●○●


 騒然としていた厨房に乗り込んだアーデルは、配膳に携わった者が二人、行方不明になっている事を知った。

 厨房を封鎖していた騎士たちが聞き取りを行っており、それを報告に行こうとしていた矢先にアーデルが姿を見せたのだ。侯爵家の長女であり将軍という肩書を持つ雲の上の人物が現れた事で、厨房の者たちは皆が小さく集まって平伏していた。


「城はすぐに封鎖したから、城内からはでられないはずよ。すぐに応援を呼んで特徴を伝えて探しなさい。殺してはだめよ」

「わかりました!」

 騎士たちが出ていくと、一人の調理補助の女性がおずおずと手を上げた。

「あの……将軍様。いなくなった人の事で……」


「何か知っているの?」

「二人のうち、ワインを担当している人なんですが……」

 アーデルは女性を急かすことなく、落ち着いて思い出すように諭しながら聞き出したのは、補助の女性がその担当者に言われた言葉だった。

「“皇帝陛下のお命を守る秘密の組織に協力している”? どういうこと?」


「何でも、騎士様の一人がその組織に協力していて、自分も手伝うことになった、と」

 自慢げに話したその男が具体的に何を手伝ったかは聞いていないが、自分がどれだけ優秀なのかをアピールしながらしつこく口説いて来たのでうんざりして距離を取ったらしい。

「私がちゃんと聞き出していれば……」

「今さら言っても仕方ないことよ。それよりも、他に何か聞いていないかしら?」


 両肩にそっと手を置こうとしたアーデルは、ふと自分の魔法が怖がられるかと思ったが調理場で働く者たちにまで知られている筈も無い。そう思い直した。

「あっ……」

 肩にそっと手が触れると、女性は小さく息を洩らして肩を震わせた。

「どうかしら?」


「えっと……」

 頬を染めて肩に置かれた手をチラチラと見ながら、女性は首をかしげる。

「そう言えば、その組織に協力している貴族様は、皇帝陛下をお守りする為にご自身が僻地へ左遷される事も厭わないような立派な方だ、と……」

 聞き終わる前に、アーデルは厨房を飛び出していた。


 その表情は焦りと怒りを綯交ぜにしたもので、見かけた騎士たちに急ぎの用が無ければ付いてくるように言いながら廊下を駆け抜けていく。

 目指しているのは、城の片隅にある騎士達の詰所だ。

「ベルンハルトめ……!」

 ギリリ、と音がする程に奥歯を噛みしめながら走るアーデルは、詰所の扉を蹴破らんばかりの勢いで開いた。


「……先を越されたわね」

 いくつかのデスクと棚が並ぶ詰所。木製の床に横たわっていたベルンハルト・ツェラーは、ナイフを突き立てられた胸元から夥しい血を流して死んでいた。

「こ、これは……」

 アーデルに付いて来た騎士が、目を見開いて死んでいるベルンハルトを見て唸った。


「すぐに城内の全ての騎士と兵士に伝えなさい。城の中に騎士を殺害した者がいる。怪しい者は片っ端から捕縛して尋問しなさい! 急いで!」

 その後、逃げたと思われていた二人の配膳担当者の死体が見つかったものの、見慣れない人物などは見つからなかった。

 アーデルは状況をアルゲンホフやギースベルトにも伝え、三人で頭を抱える事になる。


 その翌日、日没と共に皇帝は息を引き取った。

 皇帝カスパール・ヘルムホルツは凡庸で特徴の無い皇帝であったが、臣下たちにとっては穏やかで公正な主君であったのは間違いない。将軍たちを始めとした武官や文官たちは揃って深い悲しみを背負い、毒殺の可能性があると知っている者たちは強い怒りを覚えた。

 アーデルはエリザベートへの訃報を用意しながら、敵が見えない戦いに対する苛立ちと共に、復讐の炎を熱くたぎらせている。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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