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58.将軍たち

58話目です。

よろしくお願いします。

 ヘルムホルツ皇帝は昏睡状態に陥り、謝絶された皇帝の私室にて医師がつきっきりで懸命の治療を行っていた。

 アーデルが言った通りに毒を受けたということは医師にもわかったが、その正体まではわからず、胃洗浄と瀉血が施された以降は鎮痛剤を吸い込ませてとにかく苦しみを和らげるしか手の施しようがなかった。


 会場にいた者たちには城から出ることを禁じられ、他に当直の者たちを含めた城内勤務の者たちも下城が許されなかった。

 正門は閉ざされ、ホールではアルゲンホフやギースベルトの指示によって騎士たちが皇帝が触れた食器類や食事について調査が進められていた。

「やはり、怪しいのはワインか」


 アルゲンホフが唸ると、向かい合うギースベルトは頷いた。

「陛下は専用に用意された食事にしか手を付けておられない。グラスも陛下のために用意されたもののようですね」

 数名が体調の不良を訴えて治療を受けていたが、誰もが心理的な原因であり、皇帝に盛られた毒とは無関係らしいこともわかっている。


「皇帝を狙った所業なのは間違いないということだな。配膳を担当したものと酒と料理を検食した者はどうしている」

「すでに捕えており、オトマイアー将軍が取り調べをしておりますよ。ですが……」

 ギースベルトは、検食に立ち会った騎士も特に怪しい動きを見ておらず、実際に料理を食べた者も酒を確認した者も変調はきたしていない。


「では、グラスが問題ではないか?」

「あの透明なグラスに毒を? 当然ながら粉などの不審なものがあれば誰かが気づいていたでしょうし、濡れていればワインの味を損なう。水の一滴でもついていれば取り替えになるでしょう」

 毒の混入ルートは特定できない、とギースベルトが首を横に振ると、アルゲンホフは背を向けてホールを出ようとした。


「どこへ向かわれるのです?」

「決まっておる。オトマイアーだけに任せるのは心配だ!」

「功績を横取りしたとあっては、閣下の悪評につながりかねませんぞ?」

「功績だと!?」

 怒号がホールに響き渡り、残っていた騎士や聞き取り調査を受けている貴族たちが驚いて視線を集めた。


「ことは皇帝陛下に対する大逆! 大罪という言葉でも足りぬような暴挙だ! 功績が欲しくて動くような馬鹿共と同じにするな!」

 怒り心頭の表情を見せ、アルゲンホフはことさらに大きな足音を響かせて出て行った。

 残されたギースベルトは肩をすくめ、騎士たちに調査を続けるよう命じた。

「残されてしまった。大将格がいないのはまずいだろうから、ついていくわけにもいかないな」


 猪突の気質があるアルゲンホフが冤罪事件など起こさなければ良いのだが、と心配しながらも、ギースベルトは首をかしげた。

「それにしても、一体どうやって毒を盛ったのだろうね。あるいは最初の見立てが間違えていて、ワインや料理では無いのか……」

 何度首をかしげても、答えは出てこなかった。


●○●


「彼らに怪しい動きはありませんでした。間違いないと断言できます」

 検食と試飲を担当した二人の男は、アーデルから散々に鞭を振るわれても身に覚えが無いと言い、監視していた騎士もそう証言した。

「少なくとも、彼が手を付けていない料理は陛下は口にされていません。何か別の要因があるのではないかと思うのですが……うっ」


 検食役を庇う騎士は、アーデルから鋭い視線を受けて口ごもった。だが、それは逆効果であると感じた彼女は、すぐに目をそらして検食役の男たちへと目を向けた。

 彼らは貴族家の出身で家を継ぐことのない三男以下の者たちから選ばれる毒見役だ。命がけの仕事であるのでその地位は低くはなく、給金も高い。

 しかも、不祥事に加担したとなれば実家など係累にも影響は及ぶ。文武ともにこれといった才のない貴族子弟のための役職の一つとはいえ、身辺調査などは騎士などよりもよほど入念に行われるのだ。


「……しばらくここにいなさい。貴方の武器を渡して」

「しかし……」

「万一奪い取られて、自殺でもされたら大問題よ」

 渋る騎士から剣とナイフを受け取り、アーデルは騎士と検食役をまとめて部屋に監禁することにした。


「絶対に出さないように」

「わかりましした」

 見張りとして二名の騎士を残して別方面から調査しようと歩き始めたアーデルの前に、アルゲンホフが現れた。

 上背のある身体でアーデルを見下ろすような視線を向けるアルゲンホフは、低い声で尋ねる。


「吐いたか」

「いいえ。全員が連帯してやって、全員が最上級の演技力を持っているということでも無い限り、彼らは無実だわ」

「そんな馬鹿なことがあるか!」

 声を荒げて顔を近づけるアルゲンホフに対し、アーデルは一歩も引かずに睨み返した。


「気になるならご自身で確認すればよろしいのでは?」

「当然だ。女の温い取り調べが男に通用するはずがないからな」

「温い?」

 アーデルの細い指が、アルゲンホフの太い手首をがっしりと掴んだ。

 その触れている箇所が次第に熱を帯びていくのに気付いたアルゲンホフは、アーデルの魔法に思い当たって慌てて手を振りほどく。


「何をする!」

「温いと思われているようなので、実践して差し上げたまでよ。その程度で逃げ出すなら、あの三人はアルゲンホフ将軍よりも肝が据わっているみたいね」

 厨房の調査に行く、と言って去っていくアーデルを見送ったアルゲンホフは、取り調べに使われている部屋に入って絶句した。


 検食役も騎士も、服のあちこちが黒く焼け焦げている。室内には火を起こすような道具もないので、アーデルがしゃべらせるためにやったのは間違いないだろう。

 アルゲンホフは今回の件で自分と負けず劣らず、皇帝陛下に対する所業にアーデルも怒りを覚えているのだと知った。


●○●


「三分の一ってところか」

「我が国に、船に慣れた者などほとんどおりませんので……」

「いや、責めているわけじゃない。悪くない割合だと思う」

 頭を下げるオスカーに、ヴェルナーは気にするなと伝えた。

 町としての形が作られ始めた港を出て三時間ほど。さっそく部隊の中から船酔いに悩まされる者たちが出始めた。


 甲板の縁にしがみついて、海に落ちるんじゃないかと心配になるほど身を乗り出している兵士たちが盛大にえずくのを、オスカーは「通過儀礼ですね」と笑った。

「陛下は問題ありませんか?」

「大丈夫だ。アシュリンのようにはしゃぎ回る程の元気はないけどな」

 視線を上へ向けると、帆のついた支柱に上り、船員から説明を聞いている小柄な女性の姿が見えた。


「あー、彼女は……」

「わかっている。適当に興味を持ったものを説明してやってくれ。俺の護衛だから、操舵はやらなくて良いと伝えておいた」

「陛下にお気を遣わせてしまうとは、このオスカー・ルーデン、汗顔の至り」

 仕草は仰々しい貴族的なものだったが、顔に浮かぶ大粒の汗は暑さからではないのがよくわかる。


「予定を教えてくれ」

「はっ。スド側に入るまで十日ほどの予定です。途中に調査すべき場所があればその分延びることになります」

 船は海岸が見える程度の沖を航行している。念のため地形図を書かせてはいるが、測量も何もあったものではないので、大体こういう地形の場所があった、という程度のものでしかないのだが。


 スドの海岸線は砂浜になっている部分が多く、聖国からの船が入るいくつかの簡素な港があるとヴェルナーはミルカから聞いていた。

しかし、そこは使わずにスドの首都に近い場所で小舟に分乗して密かに上陸する予定となっている。そのままミルカを連れて王を訪ね、譲位を迫る。

「いささか乱暴な作戦ですが」


「不服か?」

 オスカーの言葉に、ヴェルナーは笑顔で返した。

「そ、そのようなことは決して……!」

「いや、わかっている。貴族たちが好むようなやり方では無い。真正面から堂々と宣戦布告をして華々しく戦って見せるのが理想だろうな。俺もそういうのを格好良いと思っている」


 何本もの長いオールがお行儀よく揃って、ゆっくりと水をかき分けていく音が聞こえる。ヴェルナーはその様子も音も好きだと言った。漕いでいる兵士たちは大変だと思うが、それだけ彼らが訓練に励んだ成果だとわかるからだ。

「だが、国同士の喧嘩は腕試しとは違う。結局は力を見せつけて屈服させた方が勝者で、全てを得る」


 帝国に敗北したグリマルディ王国は青息吐息で、財政の立て直しにしばらくは国民も巻き込んで苦しい時代を過ごすだろう。

「兵士たちは死に、残された家族を始め国民も苦しむ。王でも皇帝でも、絶対に負けるわけにはいかない。そのために手段を選ぶほど、俺には余裕がないのさ」

「陛下……」


「それに、勝っても死ぬ兵士は死ぬ。いや、殺される。まともに正面からぶつかって、“片方は沢山死にました。片方は誰も傷つきませんでした”なんてありえない」

 だから後ろ指を指されようともヴェルナーは勝てる方法を選ぶ、と言った。

「王としては不適当かもな。王になるための教育を受けたわけでもない。政策もまだまだ場当たり的なものばかりだ」


 ヴェルナーは陸の方ではなく、沖の方を見つめていた。自分がもう少し機械に詳しければ、もっと早く安全に外洋へ出られたかも知れない。強い武器を作って兵士の安全を図れたかも知れない。

 他にも欲しい知識はあった、衛生や治水、植物学や測量術。だが、後悔したところで戻れるわけではない。半端な知識から進めるしかないのだ。


「陛下は、不敗の将であり公明正大な方であります。船という新たな可能性を与えてくださった事、私も兵士たちも喜んでおります。どうか、ご自身を卑下なさるような物言いはおやめください」

「おいおい、泣くなよ。俺が悪かったよ」

 苦笑しながら宥めるヴェルナーに対して、謝るのも駄目です、とオスカーは震える声で進言した。


「やれやれ……」

 恋愛だけでなく、忠義にも直情的らしいオスカーに肩をすくめたヴェルナーは言い放った。

「ところで、お前が言ったが公明正大は間違いだぞ?」

 ヴェルナーは指を振った。


「俺は自分の欲と女性には甘いからな」

「なるほど! では私と同じですね!」

 共通点があって嬉しい、と笑るオスカーを見て、ヴェルナーは少し後悔した。出先で天幕に女を連れ込んだ男と一緒扱いは流石に勘弁してほしかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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