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56.結婚式典と次の獲物

56話目です。

よろしくお願いします。

 ミルカが眠っている間に、ヴェルナーの結婚式は盛大に開催された。

 民衆の中には前日に担ぎ込まれたらしい人物について噂する者もいたが、それ以外に情報もない状態では、吹けば飛ぶような無根拠な噂だけがむなしく囁かれるばかりだ。

 ヴェルナーの周囲やミルカの世話を担当した侍女たちの口が堅かったのもあるが、式の準備と進行で大わらわだったこともある。


 ホールを使わず、広場を使って民衆からも見える位置で行われた結婚式で、城勤めではない貴族や民衆たちは初めてマーガレットとエリザベートの二人を見た。

 ヴェルナーの希望で二人とも純白のドレスを身にまとった二人の花嫁は、少女の可愛らしさではなく女性としての美しさが花開いている。

「二人とも綺麗だ。俺は幸せな男だよ」


 照れているマーガレットを抱き寄せたヴェルナーは、耳元に口を近づけて「これからも傍にいて欲しい」とストレートに頼んだ。

「もちろんです。ヴェルナー様」

「夫に様付けは必要ない。人前では困るだろうけれど、家族だけのときは呼び捨てにして欲しい」


 ヴェルナーはマーガレットが頷いたのを確認して、頬にキスをする。

 そして、エリザベートへと向き直ると、両手をいっぱいに使って抱きしめた。エリザベートの腕も、ヴェルナーの背中へ回り、互いの頬に唇を当てる。

「エリザベート。君にも俺の名前をそのまま呼んでほしい」

「よろこんで、ヴェルナー。どうか、わたくしを帝国の姫ではなく貴方の妻として扱ってくださいませね」


 互いの仲睦まじい様子を見た貴族たちは、王が好色では無いかと危惧した者もいたようだが、ヴェルナーを知る者たちによってそれらは否定される。

 むしろ、相談役としてのマーガレットが持つ安定感と、エリザベートのヴェルナーに対する素直な奉仕についての話が広まった。

「では、始めましょう」


 進行役のオットーが声をかけると、式は王国の未来についてヴェルナーの演説から始まり、内容が二人の花嫁に対する賛美の言葉にいつの間にかすり替わったものとなると、集まった者たちは苦笑した。

 王の精一杯の惚気を聞かされた貴族たちは、それでもヴェルナーの評価を下げたわけではない。苛烈な反対派の弾圧を行った印象を少し和らげたにすぎなかった。


 式は結婚の誓いへと移り、マーガレットの父であるエックハルトは妻と並んで目を潤ませながら見届け、帝国から出席したアーデルトラウトもまた、エリザベートの晴れ姿に涙をこぼしていた。

 滞りなく進んだ結婚式が終わると、舞台は城内ホールでの立食パーティーへと移り、城外では解放された広場で王からの振る舞いとして酒や料理が民衆にも配られる。


「ヴェルナー様」

 あいさつの行列が一通り片付いたところで、マーガレットが声をかけた。

「ああ、マーガレット。疲れてはいないか?」

「大丈夫です。それよりも、彼女たちに声をかけてください」

 マーガレットが指し示す方には、エリザベートを挟むようにしてアシュリンとイレーヌがシンプルなドレスを纏ってヴェルナーの方を向いているのが見えた。


 ヴェルナーが近づくと、イレーヌは優雅に、アシュリンは少しもたつきながらも貴族令嬢がする礼をして迎える。

「二人とも似合っているな」

 お世辞ではなく、イレーヌは十五歳という年齢に似合わぬ色気を感じさせる、大胆に背中のあいたドレスで妖艶に微笑んでいる。


 逆にまだ可愛い雰囲気が強いアシュリンは、大きく広がったスカートが目立つドレスを着て、動きにくそうにしていた。

「王妃様のお計らいで、あたしたちもお呼びいただきました。本来であれば警備の任務があるのですが……」

「いや、構わない。二人とも先日のグリマルディでの活躍もあるし、感謝している」


 事実、この二人であれば素手でも充分に戦えるので、こうしてマーガレットたちの側にいてくれるとヴェルナーとしても助かるのだ。

 イレーヌたちはヴェルナーからの謝辞に再び一礼して微笑む。

「あなた。仕方のない事ではありますが、結婚したその日に他の女性に釘付けになるのはどうかと思いますが?」


 いつの間にかイレーヌを見つめていたらしいヴェルナーは、マーガレットから注意されて苦笑いをしながらアシュリンへと目を向けた。

 中学に入ったばかりのような容貌のアシュリンを見ていると、中身が中年のヴェルナーとしてはどちらかと言うと父親か兄のような気持ちになってくる。

「あの、陛下……?」


「うん。アシュリンはそのまま頑張ってくれ。応援しているぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 見つめられたままもじもじとしていたアシュリンは、ヴェルナーからの言葉に胸を叩いて敬礼した。

「うんうん……うん?」


 気づけば、ヴェルナーはマーガレットとエリザベートから両脇を抱えられている。

「では、そろそろわたくしたち夫婦は失礼いたしますわ」

「皆様はゆっくりとご歓談をお楽しみください」

 そのまま、まるで連行されるようにして新しく用意された夫婦の寝室に到着したヴェルナーは、二人の花嫁から襲われた。


 残されたまま訳が分からないという顔をしたアシュリンに、イレーヌはどこまで教えるべきか困り果てていた。


●○●


 華燭の典が終わってから翌々日の朝、ミルカが目覚めたという報告をドア越しに聞いたヴェルナーは、眠っている二人の妻を起こさないように、そっとベッドを抜け出してミルカを見舞った。

 そこで彼から事の次第を聞いたのだ。


 ミルカが保護されたのは、まったくの偶然であったらしい。

 まっすぐスドへ向かうことなく、ミルカを捕まえた者たちは縛り上げたミルカを馬車へと放り込み、日に数回水を与えただけで数日間連れまわした。

 町へ全員は入らず、一部の者だけが買い出しに行く形で補給を続け、ラングミュア北部の海岸にたどり着いたらしい。


「海岸? それにどうして北部だとわかった?」

「ふふ……砂漠の民は星空を見上げれば大凡の位置と方角がわかる。星見と呼ぶ技術だが、弟のチェニェクのように星見ができない奴は半人前だ」

 それがチェニェクが王太子になれない理由の一つでもあるらしい。

「海岸近くに来たところで、どこかの貴族たちの私兵から臨検を受けた。馬車の床下に隠されたが、盛大に暴れてやったら見つけてくれたよ」


 馬車を検めようとした兵士が攻撃された事から戦闘になり、ミルカも怪我を負った。

 ラングミュアの貴族私兵も奮戦し、敵の半数は殺害、半数は海へ向かって逃げたという。

「誓って言うが、あの連中は砂漠の民ではない。どこかの拠点に荷物を置いていた可能性もあるが、砂漠を踏破できるだけの装備も無く、ラクダもいなかった」

 そして、ミルカははっきりと聞いたという。


「連中は“父なる国家”という言葉を使っていた。そんな言い回しはランジュバン聖国でしか使わない」

「ふむ……」

 聖国はグリマルディに比肩する造船国家であり、スドとの交易も行っている。ミルカを誘拐した者たちは、沖に船を待たせて海岸から小舟で向かうつもりだったのではないだろうか。


 ミルカの話を一通り聞いたヴェルナーは、あごに手を当てて唸った。

「それで、なぜスドが欲しいかと俺に聞く?」


 話のつながりが見えないぞ、とヴェルナーがいうと、ミルカは天井を見上げたままつぶやいた。

「もう、要らぬ。余は国を継ぎたいと思ってはいないし、放蕩している間に弟が王になってもどうでも良いと思っていたのだが、命まで狙われてはな。それに、元より余は父上を好いておらん」


 だから、友と認めるヴェルナーが治めるなら本望だ、とミルカは言う。

要らない、とバッサリ切り捨ててしまうのも手だが、ヴェルナーとしてはこの状況でランジュバン聖国に対して敵対心を抱いている。

貴族の私兵とはいえ、マルコーニの家人けにんに続いて国内の兵士に犠牲が出ているのだ。王としての態度を示す必要もある。


「しかし、宗教か。厄介だな」

「ああ。厄介だ。ヴェルナー殿の言うとおりだ。連中は信仰心という目に見えないもので人の心を操る。利で動く商人や金をチラつかせれば目の色を変える貴族の方が、ずっと御しやすい」

「皮肉を言う元気があるなら大丈夫だな」


 そう言って病室を出るヴェルナーと入れ替わりに、レオナが姿を見せた。

「ミルカ様、ご無事でしたか……!」

「無事とは言い難い状況だ。それに、お前の友人を死なせてしまった」

 護衛の弔いは自分が丁寧にやったと報告したレオナの頭を、力が萎えた腕でミルカが撫でる。

「本当に、ろくでもない世界だ」


●○●


「正直に言えば、ほとんどの事が俺にとってはどうでも良い」

 マルコーニの部下が殺されたのは彼の油断であり、マルコーニの監視が甘かったヴェルナーの責任もあるが、マルコーニの家人を守るのはマルコーニの責任だ。

「だが、どうにもラングミュア王国そのものが他の国から軽んじられているようなのが気に食わない」


 グリマルディ王国の対応しかり、ランジュバン聖国しかり。さらに言えば、ミルカの態度も行動も、ヴェルナーには親しく見せていても、ラングミュア王国を対等に見ているとは言い難い。

 執務室に戻ったヴェルナーは、オットーがいるのを確認してデスクの前に招いた。

「スドを手に入れる。だが、当面は属国として扱う。人数も足りないから、ミルカを王にして、な」


 オットーは一言も意見することなく、ヴェルナーの決断に一礼した。

「ランジュバン聖国はいかがいたしますか?」

「聖国は帝国と行き来があるようだからな、帰国したアーデル殿に皇帝との調整について依頼をしている。先にスドを押さえて、それから聖国に手を付けるとしよう」

 帝国を通じて賠償の要求を行うつもりだが、帝国の顔を立てる必要もある。迂遠なことだが、とヴェルナーは同時に片付くものではないと帝国の反応待ちとした。


「聖国の犯行だとする明確な証拠をスドで手に入れてくる。それに、どうやらスドの持っている技術は非常に役立つようだからな」

「技術ですか?」

「ああ。交易拠点もできるし、船を活用するのに大きな技術がある」

 それはミルカが言った“星見”の事だった。


「外洋に出られる。他国に奇襲するに実に都合の良い技術だ。これを見逃す手はない」

 そのために、ミルカの身柄と立場を最大限に利用する、とヴェルナーは語った。

「ヴェルナー様。とても悪いお顔をされております。お気を付けくださいませ」

「おっと」

「それと、外征なさるのをお止めするつもりはありませんが……」


 オットーはにっこりと笑ってヴェルナーに釘を刺した。

「奥様たちにはご自身でご説明をお願いいたします」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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