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55.砂漠の王子

55話目です。

よろしくお願いします。

 マルコーニ子爵領でのミルカ誘拐発覚から半月ほどが経ち、これといった情報も得られないままに増員された警備部隊は日々の任務を続けていた。

 その間、王都ではいよいよヴェルナーの結婚式が開催される前日となり、封鎖された王城前広場を除き、周辺は祭りのようなにぎわいを見せている。

 城内には騎士に混じって訓練生の姿も多く見られるようになり、誰もが緊張の面持ちで明日の本番に向けて準備を進めていた。


「帝国より祝いの親書と贈り物を持って、アーデルトラウト・オトマイアー将軍がお越しです」

 オットーの報告を聞いたヴェルナーは、読み直していた式次第から顔を上げた。

「アーデル殿が? 将軍自らお越しとは光栄だね」

 エリザベートと親密であるからこその使者であり、ヴェルナーとも面識があるからこその人選だろう。


「今はエリザベート様のお部屋を訪問中です」

「積もる話もあるだろう。後で挨拶に来るのを待つとしよう。他には何かあるか?」

「いえ。明日は早くから式が始まる予定ですので、本日は早めにお休みください」

 気遣いは嬉しいが、とヴェルナーは苦笑して窓の式次第が書かれた紙を指で叩いた。

「結婚式なんて前の人生でも未経験なんだ。緊張してとても眠れたものじゃない。アーデル殿と話をしたら、マーガレットやエリザベートの顔を見に行くよ」


 スド砂漠国への書状は、スドから来ていた商人を通じて送りつけているが、まだ王まで渡ってはいないだろう。

 まして、第二王子が本格的に動き出したとなれば、親書だとしても無事に王に届くかどうかは不明だ。ヴェルナーとしてはミルカの身柄を確保したうえで、スドの情勢を確認しておきたかった。


 大きな問題として、スドの者たちは砂漠を越える事に慣れているのに対し、ラングミュアの者はその技術を持たない。こちらは国境となっている砂漠の周辺で警備をするだけしか方法が無いうえ、視界の通らぬ夜にひっそりと抜けられると止めようが無い。

「フェンスを張り巡らすわけにもいかず、監視カメラやセンサーも存在しない。なんとも不便なことだな」


 独り言を呟いたヴェルナーは、なんでも人力に頼るしかない時代の不便さを他にも思いつきながら、明日の事を考えながら席を立った。

「少し身体を動かしてくる」

「かしこまりました。ではオトマイアー将軍が見えられたらここでお待ちいただくようにします」


 廊下に出たヴェルナーは、私室へもどって運動の為の簡素な服に着替えた。最近では着替えに侍女やオットーが手伝う事は少ない。時間もかかるし、他にやる事もあるだろうと思って無駄な仕事は削ったのだ。

 城の中で働く侍女の人数は減っていないが、仕事はかなり削減して定期的な休みを取らせるようにしている。


 情報保護の観点から迷ったが、侍女たちが町へ買い物に行くのも自由にさせた。元々王都内の自宅から通いで来ている者もいるのだから、寮住まいの侍女たちが町に出るのを制限しても大きな意味は無いと思ったのだ。

 それよりも、若い女性としては充分な給金を得ているうえ、基本的な生活費がかからない彼女たちが町へ出て買い物をしてくれた方が経済にプラスになる。


「今日はここで良いかな」

 バルコニーで一人、腕立てと腹筋を始めとしたトレーニングメニューを始めた。

 二日に一度、希望する騎士達と共にヴェルナーが考えたメニューで訓練を行っているが、最近は人数が増えすぎて彼自身の訓練にならなくなってきた。

 特に訓練生までも参加するようになってからは、ほとんどコーチ状態になっている。


 そこで、合同訓練が無い日はこうして時間を見つけては城のあちこちで一人黙々と身体を鍛えるようになった。

 近接戦を数回経験して、やはりまだ身体が出来上がっていない事を痛感したヴェルナーは、前世での身体を取り戻すべく汗を流す。

「前は鍛えた肉体で女の目を引いてたんだ。今だってできるはずだ」


 些か不純な動機で、サーキットトレーニングを続けているヴェルナーの耳に、大きな歓声が聞こえてきた。

「はじまったな」

 結婚式の準備が慌ただしく進む広場の出入り口で行われている発表の事だ。ヴェルナーは民衆が集まるこの時期に、いくつかの政治的な変革について公表した。


 税制を変更して、全体的に民衆の負担を減らす。

 商工業に関して長さや量について一定の規格を設ける。

 無料での学校を設立し、六歳から十二歳までは通う事を義務とする。


 いくつか細かい点もあるが、概ね柱としてはこの三つだ。歓声が上がったのは、税負担が軽くなる事についてだろう。累進課税の採用も考えたが、まずそういった計算ができる人間の絶対数が民間にも文官にも足りないので諦めた。

 商工業に関する規格統一は物流を把握しやすくための対策であり、同時に王政府の収入源確保のためでもある。メートル尺や液体量を図るための道具を王政府が専売とするのだ。強制ではないが、定着すれば安定した売り上げが期待できる。


 学校制度に関しては、専制政治を行ううえで邪魔になる者がまた出てこないようにするため、歴史や社会科については省き、文字の読み書きと計算や運動を教える事になっている。

 国民の能力向上のためだが、今のところは王都に数箇所のみ作る予定だ。その中で希望があれば騎士候補として訓練校に入れるか、別に兵学校を作る事も検討している。


「ただ、名前がなぁ……」

 最初に建築中の学校には“ヴェルナー記念学校”という名前が正門に刻まれる予定になっている。さらに建築予定の学校は“エリザベート記念学校”だったり“マーガレット記念学校”だったりする。

 ヴェルナーとしては気恥ずかしい事この上ないのだが、他の者たちの強い要望で許可してしまった。


 問題は、これでまた人材が不足するという事だ。民間からの登用を増やすにしても、どの程度集まるかは未知数である。

 しばらくは王城から応援を出すなどして対応するしかないが、これもオットーが上手く捌いてくれるだろう。

「とりあえずは一応の形はできた。あとは上手く進めば万々歳だ」


 ヴェルナーが前世の知識から提案する技術については、規格品提供の部門から小出しにする事にした。

 技術者でも無いヴェルナーが出せる知識など限られた物ではあるが、ヘルマンやオットーの意見も入れて、しっかり王政府の収入になる様に使っていく。

 物思いに耽ってしまい、何周目なのか忘れてしまったトレーニングを適当な所で中断して汗を拭っていると、先ほどまでとは違う悲鳴のような声が広場の方から聞こえてくる。


「なんだ?」

 バルコニーからヴェルナーが確認してみると、十数名の兵士達が急いだ様子で民衆をかき分けて城を目指してくるのが見えた。

 彼らは当たり前だが広場を封鎖している騎士たちにとめられ、何やら話をしている。そして、騎士の一人が全速力で城に向かって走り出した。


「嫌な予感しかしないぞ」

 間違いなく自分に上がってくる案件だろうと思ったヴェルナーは、トレーニングを中断して私室へ向かう。

 門からホールへ入った騎士は、まず直属の上長に連絡するだろう。そこから重要案件ならミリカンなりデニスなりの耳に入る事になる。着替える程度の時間はあるだろう。


 連絡体制や監視についても強化が必要だ、とヴェルナーは改めて考えていた。

「専用の窓口や組織作りもいそがないとな。まったく、もう少ししっかりした組織づくりをしておいてくれれば、俺も苦労しないのに」

 亡き父親や先祖に向かって愚痴を言いながら、上半身裸のままで私室に入り、丁度着替え終わった所でデニスが訪ねてきた。


「スド砂漠国のミルカ王子を捕縛いたしました」

「意外とあっさり捕まったな」

 ヴェルナーは疑問に感じた。彼のイメージするミルカは神出鬼没で多少の監視などは簡単にすり抜けてしまう男だ。

「それが、ミルカ王子は酷い怪我を負っているようです」


 ヴェルナーの指示により城内で密かに治療を受ける事になったミルカは、その日から三日間目を覚ますことなく眠りつづけた。

 四日目の朝に覚醒したミルカは、ヴェルナーと顔を合わせるなり口を開いた。

「ヴェルナー。少しばかり砂が多い国があるのだが、お前の手に収めたくは無いか?」

「その前に、状況を聞かせろ」


 ミルカは自虐的な笑みを浮かべ、「さて、どこから話すべきか」と呟いた。


●○●


 帝国に介入したラングミュアの動きも一段落した事を見届けたミルカがひっそりと帰国した時、スド砂漠国では国王が急病で臥せっていた。

「父上」

「おお、ミルカか……」

 分厚い寝具に横たわる五十過ぎの王は、痩せてかさかさとした手を伸ばし、ミルカの頬を撫でた。


「御病気との事でしたが?」

「病気か。ふん、毒を盛られて死に損なったのを、病気だと言うのであればそうじゃな」

 身体の力はあまり入らないようだが、意識はしっかりしているという。

「チェニェクめ、ミルカがいない間にわしを消そうを企みおった!」

 第二王子の名をだして激高している父王に対して、ミルカは疑問を感じていた。


 腹違いの弟であるチェニェクは、確かに王の座を狙っていたのは間違いない。しかし、毒を盛るような真似をして力づくで王座を奪う事を考えるような性格では無かったはずだ。

 スド砂漠国は広大な砂漠を国土の中心からラングミュアの国境にかけて抱えており、海に面した外延部で緑と水のある場所に点々と集落を作っている。それらの集落を纏める酋長の王がスド国王なのだ。


「真っ当な方法で王位を継がねば、酋長たちが反発するのは必至。それはチェニェクも良くわかっていたと思うのですが」

「誰かの入れ知恵かも知れぬ。少なくとも、あ奴の周りにはわしの世話係に近づけるような者はいなかったはずだ」

 王は、ゆっくりと腕を上げて西を指した。


「今しばらく、国を出ておれ。わしがどうにかしてあ奴を追放する……本当なら、殺すべきなのじゃろうが……」

 血を分けた息子に対して、殺されかけたとしてもそこまで冷徹に成れないのが、この王の欠点であり、逆に酋長たちの信頼を集める所以でもあった。

 水や食料の不足に対し、同じ国の民を一人でも救わんとした姿は、国民の語り草ともなっている。


「ですが、今の状況では父上が危険では?」

「かまわぬ。わしはそう簡単に敗れはせぬ。チェニェク本人がどこかに行方をくらましているが、兵を使って捜索させておるのだ。あ奴は砂漠を知らぬ。国を出る事は出来まい」

 いずれ捕えて、どこぞの遠くにいる部族にでも預ける、と王は宣言した。

「ミルカ。やはりお前が最も危険なのだ。チェニェクはわしを殺してもお前がいる限り王は継げぬのだからな」


「わかりました。では、また友人の所にでも隠れておくといたします」

「気を付けよ。この国はお前が背負うのだからな……」

「ええ。わかっておりますよ」

 王宮を後にしたミルカは、小さくため息を吐いた。

「ミルカ様。これからどうされますか?」


 護衛の女性がそっと近づいて来る。彼女から仄かに届く花の香りがミルカの鼻孔をくすぐった。

「何度も苦労を掛けて悪いが、再びラングミュアへ行く。さて、余の友人ヴェルナーの顔でも見に行こうではないか。それと、レオナが元気にしているかも気になるからな」

「ええ。ミルカ様にお会いできればレオナもきっと喜びます」


 辛い逃亡の境遇とはいえ、ミルカはその笑顔に癒される思いだった。下らぬ世界に貧しく過酷な環境を抱えた国を背負うのは嫌で嫌で仕方が無かったが、せめて彼自身が考えている“目標”が達成されるまでは彼女と共にいたいと願う。

 ミルカは押し付けられて結婚した妻に会う事も無くスドを出た。そしてラングミュアに入って十日後の事だった。


 ミルカは護衛の女性を失い、自らも虜囚の身と落ちた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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