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54.子爵屋敷の生き残り

54話目です。

よろしくお願いします。

「な、なんだこれは……。おい、どういうことだ!」

 マルコーニ子爵領の中心地となる町マルコーニは騒然としていた。町中にはこれといって被害はなかったのだが、子爵の屋敷は一部が焼かれ、子爵の私兵たちが懸命に消火していた。

「り、領主様……!」


 子爵の留守を預かっていた執事が、ひどい怪我を負った状態で屋敷から助け出されて前庭へ横たえられていた。

 ざっくりと背中を切り裂かれた執事は虫の息で、もはや目もあまり見えていないようだ。

「な、何が起きた!?」

 駆け寄ったマルコーニは、執事に触れて良いかどうかもわからずに両手を揺らしながら尋ねる。


「領主様……スドからの刺客が、ミルカ様を、連れ去って……」

 執事の言葉はそれで終わった。

 マルコーニは膝をついて歯を食いしばって泣いている。王都にいることが多い彼は執事に全てを任せていることが多かった。幼いころから知っている相手であり、それだけ信用できたのだ。


「おおお……っ!」

 それこそ、ミルカの誘いに乗って密輸に手を染めることになった時も、最初は消極的ながら反対し、その後はマルコーニの我儘に渋々協力していた。

 トラブルの件からヴェルナーに付く事になり、資金的に厳しくなった時も家の使用人たちに苦労を掛けることなく、マルコーニも不自由せずに済むようにと苦労したのもこの執事だった。


 声を殺して泣いているマルコーニの正面で、屋敷の火は小火程度のものでどうにか消し止められた。町を巡回していたマルコーニの私兵が連絡を受けてすぐに動いた結果だ。

火が消えたとわかり、すぐに中に飛び込んだレオナや騎士たちの目の前に広がった光景は凄惨極まりないものだった。

 屋敷に入ってすぐのホールには、多くの死体が倒れていた。


 使用人たちや警備の兵士、そして、褐色の肌をした者たちが数名倒れている中央に、同じ肌の色をした女性が壁に背を預けるようにして死んでいた。

「そんなっ!」

 悲痛な叫びをあげて駆け寄ったレオナは、死亡している女性がミルカの護衛であり自分の同僚だった人物だと一目で気づいたようだ。


「と、とにかく現状を確認しよう。屋敷内に生き残りがいないか確認しろ。それと何人かは町の者に聞き込みを」

 火の状況や執事がまだ生きていたことから見て、さほど時間が経っていないのは間違いない。そう判断した騎士は指示を飛ばしながらも日中に堂々と行われた兇状に怒りを禁じえなかった。


 騎士や兵士、それに屋敷の外にいて難を逃れたマルコーニ領の私兵たちは指示に従って即座に探索を開始した。

 だが、結局有力な手掛かりは得られることなく、執事が最期に言い残した通りにスド砂漠国の兵士による襲撃であろうと結論付けられようとしていた。

「ふむ……、一時捜索は中止する。遺体は屋敷に一時的に安置する。数名が交代で見張りを行い。残りの者は近くの宿を借り切って休息をとる」


 まとめ役の騎士が命じると、兵士たちが戸板に乗せた遺体をホールに並べ始めた。全員が二か所以上を切り裂かれており、苦悶の表情は目を閉じていても言いようのない悔しさを感じさせる。

「うむ? すまんが、誰かついて来てくれ」

 何かに気付いたらしいマルコーニ子爵が歩き始めると、二名騎士が追いかけた。


「何かお気づきになられましたか?」

「使用人が一人足りない。まだ若い娘が住み込みで働いていたのだが……」

 幼少時に孤児となった娘を引き取って侍女として働かせていたらしく、その娘が見当たらないらしい。騎士はその話を聞いてマルコーニに対して嫌な想像が浮かんで来たが、あまり聞きたい話でもないので黙っていた。


「連れ去られていないとすれば、あるいは隠れているかも知れない」

 マルコーニは自分の執務室に入ると、床から天井まで続く巨大な自画像の前に立った。本人よりも大分美化された、趣味は悪いが技量としては唸るほどの巧みさを素人にもダイレクトに伝えてくるそれは、モチーフが良ければ名画と呼べたかもしれない。

「ここに隠し部屋がある。一部の使用人だけが知っているのだが……おおっ!」


 二か所あるスイッチを同時に押さえたまま手前に引くと、扉のように開いた絵画。その向こう側に見える狭いスペースに、一人の侍女が膝を抱えるように座っていた。

「ミア! しっかりしろ!」

「子爵。どうやら彼女は気を失っているようです。まずはここから運び出しましょう」

「あ、ああ。頼む」


 こうして唯一の生き残りとして救助されたミアの証言から、事件の大まかな状況を知ることができた一同は、数名を報告のために王都へ帰し、残りは混乱したマルコーニ領の立て直しに協力することとなった。

 報告書を携えた兵士が王都に帰還したのは国王ヴェルナーの結婚式の準備が佳境に入っている時期で、城内では誰もがバタバタと忙しく働いている。


「この忙しいときに、ミルカめ。面倒事を持ち込みやがって」

 憎々しげに言いながら、そわそわと執務室を歩き回るヴェルナーを見て、マーガレットとエリザベートの二人は顔を見合わせると揃って口を開いた。

「ご自身で動かれたいのでしょう? どうぞ陛下の良いようになさってください」

 最近は常に共にいるらしい二人から言われ、ヴェルナーは動きを止めて笑った。


「なら、マルコーニには応援だけ出して、しばらく放っておく。これはスドの問題だ。民衆に被害が行かないように警備だけは強化するが、他にやりようがない」

 報告書を机に放って、ヴェルナーはソファに座る二人の婚約者を後ろから抱きしめると、それぞれの頬にキスをする。

 少人数の集団を探し回ったところで、国内のどこに潜伏しているのか、はたまたスドに戻ったかもわからない状態では見つかるはずもないのだ。


●○●


 マルコーニ子爵家の侍女ミアの証言によると、褐色の肌をして布をくるくると身体に巻きつけたような恰好をした集団が突然屋敷を襲ったという。

 警備についていた兵士や使用人が瞬く間に殺害され、ホールに居合わせたミルカも襲われた。彼の隣にいた護衛の女性が奮戦し、数人は返り討ちにしたものの数に圧倒されてミルカが大きな袋をかぶせられたところまでは見たという。


「そこまでを見たところで、執事の指示で隠れたミアは、そのまま緊張のあまり気を失ったようですね」

 オットーが報告書を再度確認しながら語ると、ヴェルナーとミリカン、そしてデニスは神妙な顔をして考え込んでいた。

「気絶していたのがその子の命を救ったな。変に物音を立てることも無かったから見つからなかったんだろう」


 ヴェルナーは改めてミアの生存について発言すると、今後の動きについて話し始めた。

 マーガレットとエリザベートが居合わせた時には不安を和らげるためにあまり深い話はしなかったが、しっかりと対応を準備しておかねば問題は外交面に影響する。

「ミルカがさっさとスドに連れ帰られて、処刑なり幽閉なりされた状態であいつの弟が王に就くなら、それはそれで良いんだ」


 冷たいようだが、ラングミュア王国としては国内の者を殺したことに対する抗議と賠償を求めて終わりになる。ミルカは勝手に入国しただけなので、ラングミュアが責任を負う必要はない。

 だが、最悪なのはミルカが行方不明扱いとなり、その責任をスド砂漠国が抗議してきた場合だ。どちらにも確たる証拠がないままだが、国同士の話には仲裁役など基本存在しない。互いが認めなければ延々と続く泥仕合になるだろう。


 最悪は戦争になる。

 戦争そのものを否定するわけではないが、ヴェルナーとしてはスド砂漠国そのものに領土欲を感じていない。いずれ世界に覇を唱えるにしても後回しで良いくらいだ。

「とにかくスドの国境を中心に警備を増強しろ。主にスドからの入国を警戒するためだ。あとは襲撃した連中がまだ国内にいる可能性もある」


 そこにも警戒する必要がある、とヴェルナーは言う。

 しかし、武官としてデニスやミリカンは渋い顔をせざるを得ない。

「ご結婚と合わせて民衆に対する減税や新たな騎士登用制度などの告知を行う予定ですので、王都だけでも相当数の警備担当が必要になります。あまり人員が割ける状況ではありません」

「兵士の数もまだ充分とは言えませんな」


 人手不足というのは早々にカバーできるものではない、と痛感しながらヴェルナーは王城の警備は削減して良いと決めた。

「俺は自分の身は守れる。それと訓練生に場内警備の手伝いをさせよう。職場体験みたいなものだ。良い経験になるだろう」

「はあ、職場体験、ですか」


 耳慣れない言葉に戸惑いつつも、ミリカンは了承した。いきなり大仕事ではあるが、騎士数名に同数程度の訓練生が付くようにすれば問題はないだろう。

「ミルカ王子を見つけた場合、どういたしますか?」

 デニスが国境警備に命じる行動指針を尋ねると、ヴェルナーは腕を組んで迷った。国内の事件である以上、誘拐とわかっていれば捕縛する必要がある。


「捕まえても面倒だが……捕まえて状況を聞き出さなければスドへの対応も決まらないからな。捕縛できたら揃って王城へ引っ立てろと命じておいてくれ」

「畏まりました」

 デニスが答えると、それまでじっと報告書を見ていたオットーが口を開いた。

「その件ですが、襲撃者は本当にスドの者たちでしょうか?」


「どういう意味だ?」

 褐色の肌と布を巻きつけたトガのような服装は、スド独特のものだ。報告した騎士もまず間違いないだろうとしている。

「これです。ミリカン様も見覚えはありませんか?」

 オットーが指し示したのは報告書の隅にスケッチされた、襲撃者の死体から確認された所持品だった。ミリカンは何かを思い出せそうで出てこず、悶絶している。


「ネックレスだな。これが何かを意味するのか?」

「陛下はランジュバン聖国という国家をご存知ですか?」

「そうか! 救国教のシンボルだな?」

 ミリカンが声を上げて膝を打つ。

 バシン、と大きな音を立てたミリカンは、そのネックレスに刻まれた十字を斜めにずらして二つ重ねたような形を思い出したという。


 ランジュバン聖国は大陸の東側にある宗教立国で、“救国教”を名乗る宗教を国教としている国家であり、国主と教主が同一となっている。

 救国教はランジュバン聖国を興したランジュバンと呼ばれる人物から始まった一神教であり、国は神がランジュバンに与えたものであり、人は国家に尽くすことで神の救いを受けられるとしている。


「ずいぶん前にオットーから教わったな。宗教に興味はないが、国を束ねるために上手い言い訳を考えたものだと感心した記憶がある。国に尽くすことがそのまま宗教活動であり救いにつながるわけだ。熱心な信者ほど国に従順になる」

 税金を集めるのもずいぶん楽だろう、とヴェルナーは笑った。

「さて、そうするとスド兵のふりをした聖国兵が、俺の国で好き勝手やっている可能性があるってわけだな」


 単に兵士が救国教の信者であった可能性もあるが、ランジュバンの国民以外では救国教の信者はかなり少ない。オットーはそう説明した。

「腹が立つなぁ、おい」

 成長したヴェルナーは、鍛えた身体ややや目つきが鋭くなってきた相貌も相まって、迫力のある笑みを浮かべるようになっていた。


「ミリカン」

「はっ!」

「ラングミュア王として命じる。可能な限りの人員を使って調査しろ。なるべく早くミルカを俺の前に連れてこい。しっかりと絞り上げて弁明を聞いてやろう」

 ヴェルナーはソファから立ち上がり、自らのデスクへ移った。


「オットー。今からスドに対する抗議文を作るから手伝え。デニスはミリカンを手伝って訓練生を城に受け入れる準備をするんだ」

 全員が立ち上がり、それぞれにヴェルナーへ返事をした。

「騒動が続くが、よろしく頼む」

 戦いの予感に、ヴェルナーは不本意ながらも興奮を感じていた。


「ヴェルナー様の御為です。誰もが喜んで動きますとも」

「一国や二国程度、相手に回したところで陛下の臣は崩れません」

「しっかりと若手も育っております。わしもまだまだ現役でやれますからな、お任せください!」

 どうやら、血が騒いでいるのはヴェルナーだけではないようである。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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