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53.スド王家の事情

53話目です。

よろしくお願いします。

「ご用でしょうか、陛下」

 そう言ってヴェルナーの執務室に入ったミリカンは、室内の空気が妙に重たい事に気付いた。

 部屋の主であるヴェルナーはデスクにおらず、応接のためのスペースで彼の婚約者たちと向かい合っていた。


「ミリカン様。こちらへどうぞ」

 オットーに促されたミリカンは、ヴェルナーの隣に腰を下ろし、マーガレットやエリザベートを正面に見る形になる。何とも落ち着かない配置だと思いつつも、ミリカンは口を開いた。

「遅れて申し訳ありません」


「いや、こちらこそ急に呼びつけて申し訳なかった」

 ヴェルナーは隣にきたミリカンに答えると、すぐに本題に入った。

「話は三つある。まずはアシュリンの件だが、ミリカン」

「はい。以前と変わらず訓練に明け暮れておりますが、一皮むけたように動きが良くなりました。周りが見えてきたというべきでしょうか」


 ミリカンはアシュリンの能力は実戦で騎士として戦えるレベルに達しているが、指揮官としての能力は未知数であると語る。

「イレーヌと組ませると目覚ましい動きを見せますが、他の者では彼女のペースに追い付けないというのが現状ですな。わしが見る限り、他の誰と組ませても合わせる事は出来ますが動きは制限されます」


 将の器では無い、とミリカンは断じた。

 実際、アシュリンは誰かを指揮して動いた事はほとんどない。イレーヌの方が判断力も高く、人を使う事も出来る。

「一人の騎士としては問題無いわけだな……であれば、以前から相談していた件は問題無いか」


「実力で言えば申し分無いかと」

「アシュリンさんは、たしか今は御両親から独立された状態でしたわね。どうされるのです?」

 エリザベートの質問に答えようとしたミリカンを止めて、ヴェルナーが説明する。

「彼女は独立して騎士爵家の当主になってもらう」


「当主に、ですか?」

 マーガレットは驚いた。ラングミュアだけでなく彼女が知る限りどの国家でも女は貴族家当主になれない。男系社会がこの世界の常識なのだ。

「騎士爵だけは女性でも相続できるように変更する。アシュリンの他にも女性兵士の中から数人を騎士格に引き上げる予定だ」


 イレーヌは男爵家の実家があるのでそのまま役職としての騎士になり、ヴェルナーの指名で城勤めになる予定になっている。

「騎士の数が減ってしまったからな。その対策として俺が認めた場合のみは女性が騎士爵家を継ぐ事ができるようにする」

 男性当主が亡くなった場合、子が女子だけになっても妻や娘が家を継ぎ、騎士爵の年金を受け取る事が出来る。


「騎士と言っても戦うだけじゃなくて文官としての採用もあるから、訓練を受けていない女性でもできる仕事は沢山ある。これで人手不足は多少は解決できるはずだ」

 文字の読み書きや簡単でも計算ができる人材を無駄にする事無く国の運営に吸収するための策だったが、アシュリンのように多少ひいきだと言われても実績を残している女性候補がいると貴族社会も納得しやすい。


 騎士爵位だけであれば反発も少ないだろう、とヴェルナーはオットーやミリカンと相談していた。アシュリンが騎士訓練校を卒業するのに合わせて最初の公表をする予定になっている。

「では、アシュリンはこのまま騎士として城に勤める事ができるのですね」

「びっくりしましたけれど、アーデルのように女性でも優秀な方はおりますものね。わたくしも良い事だと思いますわ」


 マーガレットやエリザベートの反応は、ヴェルナーにとって嬉しい事だった。何事も、新しく始めると反発は大きいのだ。王とその周囲が納得していれば、多少の反対も抑え込めるだろう。

「問題はボー・バンニンクの件だな」

 ヴェルナーがヘルマンから相談された内容を話すと、その場にいた全員が考え込んでしまった。


 貴族が嫁いでくる女性に貴族を求めるのは身分と育ちであり、平民が貴族家に入る場合は妾の扱いになるのが一般的だった。

「オスカーがバンニンクを妾扱いするつもりは無いらしいからなぁ……」

 結局この件については保留となり、ヴェルナーにとって最も大きな課題についての話となった。


「わたくしはヴェルナー様から誠意を持って説明を受けましたから、第二王妃になるのは別に構いませんわ」

「ですが、帝国を軽んじたと他の貴族たちに受け取られかねません。それではヴェルナー様の評価が下がる可能性もあります」

 お互いに理解はしているらしく、どちらもヴェルナーを最優先に考えていた。ただ、エリザベートは彼の感情を優先し、マーガレットは王としての彼の立場を優先しているのだ。


「オットー、ミリカン。二人はどう思う?」

「そうですなぁ……」

「陛下のお心のままに。ただ、良くお考えいただきたい事がございます」

 ミリカンはこれと言った案は無いようで、オットーの方が立ったままでヴェルナーに意見する。


「この国では何よりもヴェルナー陛下のお考えが優先されます。私やミリカンもそうですが、マーガレット様もエリザベート様も、陛下に意見具申はしても強制はできないのです」

 その通りだ、と頷くヴェルナーにオットーは続ける。

「誰もが皆、似ていてもそれぞれ違う考えを持っています。陛下には耳を塞いでいただきたくはありませんが、陛下は陛下のお考えを押し通す事を最優先にお考えください。それに私どもは喜んで従いますし、付いて行きますから」


「押し通す、か」

 考えてみれば、政治をしやすくするために自分の人気をある程度作り上げるつもりだったのが、いつの間にか順序が逆になっていた、とヴェルナーは思い至った。

 ヴェルナーはオットーの存在をありがたいと思っていた。昔から彼と話すと考えが整理できる。最近は仕事を抱えてくる怖い存在でもあるが。


「よし。決めた」

 ヴェルナーは立ち上がり、マーガレットとエリザベートそれぞれに手を差し出して立ちあがってもらうと、二人の手をしっかりと握る。

「第一とか第二とか面倒だ。二人とも正妃で序列は廃止。そういう事にしよう」

 俺が決めたから誰にも文句は言わせない、と宣言したヴェルナーに二人の婚約者もミリカンも呆然としていたが、オットーだけは微笑んでいた。


 無理やりな解決を見たところで、手紙を握りしめたレオナが執務室に駆け込んできた。


●○●


「今の時点では動けないな」

 ヴェルナーはマーガレットとエリザベートを退室させた。スド砂漠国が関わるとなるとミルカの影が出てくる。彼は二人の婚約者をミルカに関わらせたくなかったのだ。

「少なくとも、状況を知るまでは俺たちが軽々しく入り込む問題じゃない。どちらかと言えば、この国に逃げ込まれても迷惑だ」


「そんな……」

 きっぱりと言うヴェルナーに、レオナは肩を落とした。

「ミルカはどこにいるんだ?」

「おそらくは以前と同じマルコーニ子爵領かと……どうか、陛下のお力でミルカ様をお救い下さい!」


「いい加減にしないか!」

 大喝したのはミリカンだった。

「レオナ。お前はすでにスドの国民では無くヴェルナー陛下の臣下である。それを弁えず自分が何を言っているかわかっているのか!」

「そ、それは……」


 レオナは反論する言葉を持たず、唇を引き結んで視線を落としてしまった。

 ミリカンは禿げ頭を紅潮させて怒っていた。騎士待遇であるレオナは、デニスの部下であると同時にミリカンの部下でもある。そんな彼女が自分のわがままで国王に直訴したというのが許せなかったのだろう。

「ミリカン。その辺りで良い」


 ヴェルナーが止めると、ミリカンは大きく深呼吸をして大声を出した事を詫びた。

「ミルカがどうこうというのは脇に置いても、隣国の政変という意味では対応しなければなるまい。オットー」

「はい。マルコーニ子爵は王都の屋敷にいるはずです。すぐに登城するよう連絡します」

「そうしてくれ。ミリカンは騎士二人と数名の兵士を選んでマルコーニと共に子爵領へ行って調査をさせる用意を」


「わかりました。ただちに」

 オットーもミリカンも執務室を出ていくと、残されたのはヴェルナーとレオナ。そして待機している侍女が一人だけだ。

「熱い紅茶をいれてくれ。二人分な」

「かしこまりました」


 侍女が命じられた通りの用意をしている間、ヴェルナーは今わかる範囲での情報を聞き出そうとした。ミルカがスドを長期間留守にしている理由が、単なる放蕩では無いとすれば最初からヴェルナーが目を付けられていた可能性もある。

「ミルカ様は王を継がれる正統な後継者であらせられます。ですが、腹違いの弟であるチェニェク王子を推す勢力が強く、毒殺を恐れた王はミルカ様に極力王宮から離れているように言われていたのです」


 表向きには外遊や就学のためとして、実際は信用できる護衛を連れての逃避行か、とヴェルナーは想像したが、それにしては手勢を使ったり帝国の情報を集めたりと自由に過ぎる。

「待て待て。それならば逆に国にいて勢力を集めておかないと不利になるんじゃないか」

「はい。ですが国王は自分が責任を持って地位を譲るために動くとして、ミルカ様の身の安全を最優先とされたのです」


 レオナが言うには、ミルカが国を出てラングミュアの貴族たちとの繋がりを得て違法な貿易などを始めたのは六年前。まだ十二歳の頃だったらしい。

「国王が望まれた方法は、ミルカ様にとっては放置と感じられた事でしょう。王の愛情の在り方が間違っていたなどとは私も考えておりませんが、ミルカ様ご自身がどう感じられたか……」


「若いうちから放置されて、ミルカの性格が歪んだわけか。放置なら俺だってそうだったが、こうして立派に育っているぞ」

「えっ?」

「お前が俺をどう見ているかは今の反応でわかった」

 腹の立つ奴だな、と思いつつもヴェルナーはレオナが以前よりも多少は正直に表情を変えるようになったと感じていた。ラングミュアに来た当初は仏頂面から変化しなかったのだ。


「ミルカの状況がどうあれ、この国に問題を持ち込んだ以上は俺の判断で動く。スドがどう動くかミルカがどうしたいか。あくまで俺とラングミュアの利益に適う方法を取る。それが原則だ」

「……わかりました。どうか、よろしくお願いいたします」

「何を人任せにしようとしているんだ」


 ヴェルナーの言葉に、下げた頭をもう一度上げたレオナは、顰め面を見た。

「俺は結婚式やら民衆への告知やら忙しい。お前も働け。ミリカンが選んだ連中やマルコーニと一緒に子爵領に行け。そして情報を整理する手伝いをしろ」

 それがヴェルナーの気遣いだと知ったレオナは勢いよく立ち上がり、ラングミュアの騎士たちの敬礼として拳を胸に当てた。


「このご恩は、いずれ必ず!」

「しっかり仕事をしろ。それが俺に対する恩返しだ」

 そうして、寝耳に水と言った様子で慌ただしく準備したマルコーニ子爵と共に、レオナ他数名の騎士や兵士がマルコーニ子爵領へと旅だった。

 彼らが戻るのは、予定通りであればヴェルナーの結婚直前となるはずだ。


 しかし、彼ら派遣部隊はヴェルナーが想定した以上の大問題に見舞われる事になる。ミルカ・スド王子がラングミュア国内で誘拐されたのだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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