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52.国王陛下のお悩み

52話目です。

今回から第三章スタートです。

よろしくお願いいたします。

 ヘルムホルツ帝国とグリマルディ王国との戦後処理が粛々と進む中、一人の貴族家長男が自宅に軟禁されていた。謹慎ではない。帝都にある屋敷をぐるりと帝国兵に囲まれているのだ。

 その男の中はベルンハルト・ツェラー。帝国子爵家の嫡男であり、将来を約束されていたはずだが、今は全く逆の立場にいる。明日生きていられるかどうかすら危うい状況なのだ。


「功績をあげろだと? この状況でどうしろというのだ?」

 自室で後悔の日々を送っていたベルンハルトを、一人の胡散臭い男が訪ねていた。兵士たちの警備を難なく掻い潜ってきたらしい相手に怯えながらも、ベルンハルトは彼と向かい合っている。

「機会は用意します。これは内密の話ですが、皇帝の命を狙っている勢力がいるという情報があり、私どもはこれを阻止するために動いています」


「皇帝陛下を……! 大問題ではないか、近衛たちは何をやっているのだ!」

「近衛騎士たちでは役に立ちません。彼らは武器を抜いて正面から来る者たちには強い。ですが私どものように影に潜む者には無力です」

 男は、皇帝が毒殺される可能性があると語った。

「残念ながら、誰が毒を盛るかまでは特定できておりません。そこで、貴方に協力を仰ぎたいのです」


 特に役職についていない状況で、城に入る理由があっても不自然ではない人物に依頼したいのだと男は言う。

「時期は未定ですが、貴方は城に呼ばれるはずです。それが慣例ですし、誰が見ても不自然ではありません」

 男が指している慣例というのは、犯罪を犯した者が貴族である場合、皇帝の前で弁明をする機会を与えられる事を指していた。


「貴方は職務に忠実だっただけですし、実際に被害を受けたラングミュア国王は“許す”と明言したそうではありませんか。ここで一つ功績を作れば、汚名返上は間違いないでしょう」

「それはそうだろうが……お前は、何者だ?」

 ほほえみを浮かべる男は、ベルンハルトに対して一つの書状を見せた。


「特別に身分を明かしますが、私は代々皇帝一族を陰からお守りしている家のものです。名は明かせませんが、帝国が安定して継続するために尽力する一族です。ベルンハルト様。貴方と同じく正義のために働いているのです」

 書状には大昔の皇帝の名でサインが入った命令が書かれていた。

「貴方のツェラー子爵家と同様に古い家柄ですが、表に出ることはありません。私どもはそういう家系なのです」


 男は、ラウク家を名乗った。


●○●


「納得できません」

「だがなあ……」

「エリザベート様のお立場をお考え下さいませ。私個人にとって良いことであっても、陛下は国家そのものなのですよ? 私情によって軽重を誤るようなことはあってはなりません」


 国に帰ってしばらくの間、ヴェルナーは内政に注力していた。

 成人である十五歳まで一ヶ月を残すのみとなり、誕生を祝うと同時にマーガレットやエリザベートを同時に妻として迎える準備が進められていく。

 そんな中で、エリザベートは第二王妃としての立場を快く受け入れたのだが、マーガレットの方が反対した。


「皇女殿下と侯爵家の娘なのですよ。先に私が結婚していたならまだしも、同時であればエリザベート様が第一王妃となるのは当然でしょう」

 これが、マーガレットの主張だった。

 想定外の苦情を聞くことになったヴェルナーは、マーガレットを抱き寄せて歯の浮くようなセリフで彼女を落ち着かせようとしたのだが、流石に付き合いの長い彼女はヴェルナーが逃げ腰なのを見抜いた。


「誤魔化しはおやめください。皇帝が許したとしても、皇帝の家臣たちは面白くないと思うのは当然でしょう。そこに気づかないヴェルナー様ではないでしょう」

 言い返す言葉が出ないヴェルナーは、ほとほと困り果ててしまった。マーガレットを第一王妃にしたい理由は彼女が婚約者として早くから隣にいたという事もあるし、彼女自身が優秀だという事もある。


 事実、ヴェルナー不在の間に忙しく働いていた侯爵エックハルトを良く支えており、城内では武官文官を問わず信頼されている。

「留守が多いヴェルナー様よりも余程人気ですよ」

 とオットーなどは言っていたが、その口調が半分冗談ではなかったほどだ。

 どうにか調整をしなければ、本格的にマーガレットに嫌われかねない。


 自分の城なのに追い出されるんじゃないかと思えるほどにきつく注意を受けたヴェルナーは、どうするべきか考えながらウロウロと城を徘徊していつの間にかバルコニーに出ていた。

「おかしい。俺はこの国で一番偉いはずなのに」

 執務室にいれば書類に押しつぶされそうになり、婚約者には理詰めで注意され、どこに行っても落ち着かない。


「ここにおられましたか、陛下」

 と、十四歳にしてさみしい背中を見せて黄昏ていたヴェルナーに声をかけたのは、技術部門のヘルマン・グリューニング子爵だった。彼は今、ヴェルナーの命を受けて国産船舶の開発にかかりきりになっている。

「ヘルマン。戻っていたのか」


「はい。状況のご報告とご相談がございまして」

「ここで聞こう。今日は気持ちの良い風が吹いている」

 そう言って、ヴェルナーは執務室へ向かうのを避けた。

「報告から聞こう」

「わかりました。例の“帆船”の件ですが……」


 ヴェルナーはガレー船から本格的な帆船への変更を考えていた。ガレー船は構造が複雑で複製も難しく、人員も多く必要になる。帆船であれば人数は半減できる上、その分船内に余裕ができるのだ。

 まずは小さな模型から試し、現在では全長五メートル程の大きさの船である程度成功しているという。


「概ね順調です。周囲から資材も採れるのが大きいですね。騎士オスカーと兵士たちも良く働いてくれますし、タイバー氏の指導も助かっております」

 港は整備が進み、建物も次第に増えていて天幕生活をしている者も残り少ないという。イレーヌたちと共にラングミュア王国へ戻ったボー・バンニンクも、ヴェルナーから正式に国民として認められ、オスカーと同じ家で生活しているという。


「輸送船の大まかな造りがそのまま流用できますから、計画としては二十人乗りの帆船が半年程度で作れるかと。ただ、操船技術については未知数です」

「わかった。上々の進捗だな。ヘルマンに任せて良かった」

「ありがとうございます。今後もご期待に沿えるよう、努力して参ります」

 恭しく右手を添えて一礼したヘルマンに、ヴェルナーは頷いた。


「それで、相談というのは?」

「はあ、そのオスカー殿のことなのですが……」

 オスカーはめでたくバンニンクと結ばれた、で済んだわけではなかった。バンニンクは外国からの移民であり、貴族ではないのだ。ルーデン子爵家の継嗣であるオスカーの正式な妻としては、そのまま迎えるのが難しい。


「どうやら、父親であるルーデン子爵からはやんわり反対されてしまったようで、先日は非番の日にオスカー殿が酔った状態で相談に来られたほどに悩んでいるようです」

 オスカーもバンニンクも、迷惑をかけているヴェルナーに相談する勇気は無かったらしい。私事である以上、国の最上位者に相談するのも妙な話ではあるのだが、貴族として後継者問題に繋がるので最終的にはヴェルナーが調整する事になる。


「あいつらもか……」

「も?」

「いや、なんでも無い」

 問い返したヘルマンから、ヴェルナーは目をそらした。まさか自分も婚約者二人の調整に困っているとは恥ずかしくて言えなかった。


 家柄を気にするのは、血統の継続を第一に考える貴族や王族として当然のことでもあるが、現代人の感覚をもっているヴェルナーには違和感があることでもあった。首相なり大統領なりが誰と結婚しようと、大した問題じゃない。

 しかし、ここで身分制度を廃止するわけにもいかない。ヴェルナーとしてはあくまでも、身分制度のトップに君臨して自分の欲望に忠実に生きたいのだ。


 今のところ、あまり自由は得られていないのだが。

「わかった。仕事の外まで苦労をかけるが、その件については俺が預かる。港へ戻ったら、二人には短慮を起こすなと伝えてくれ。そうだ。ついでにバーチュ男爵に会っていくと良い。今は王都の屋敷にいるはずだ」

「バーチュ男爵。ああ、例の件ですね。畏まりました」


 バーチュ男爵は現在簡易港が造成されている場所の近くにある町の領主だった。今回の港湾開発にあたって、ヴェルナーから資金を融通する代わりに港町の開発に協力をするよう命じている。

 男爵自身は港町の価値についてあまり理解していないようだったが、人員や物資について最大限協力すると言質は取っている。


「利権の関係で鼻の利く連中が集まってくるのは仕方ないが、あまり変なのと付き合いができないように気をつけろよ」

 ヴェルナーはヘルマンに注意を促した。

 港湾が整備されて物流に変化が起きれば、船が停泊できるような海岸線を領地に持つ貴族に働きかけをする商人も出てくるかも知れない。


 だが、ヴェルナーは先んじて手を打っていた。港湾の整備事業を許可制にしてヴェルナーの知らぬところで大型の船が出入りできないようにしたのだ。

 さらに今造成中の港には町を作るが、港そのものの使用権は王が持っており、商用船の乗り入れには使用料が発生する事になっている。港町に人が増えて金が落ちる分、バーチュ男爵などは潤うが、船の出入りに手出しはできない。


「国防の問題だから、よくよく注意してくれ」

「はっ。では気を付けて進めていきます」

 ラングミュア王国は北と西に大きな海岸線を持っている。日本という海に囲まれた国が侵入を阻むことの難しさを知っているヴェルナーは、できうる限りの対策を講じる必要を感じていた。


 ヘルマンが離れると、ヴェルナーは改めて王妃の問題と新たに増えたオスカーの問題に頭を悩ませた。

「アシュリンの件もあったな……。よし、こうなったら当人たちと相談するか」

 自分で答えが出ないなら、人の意見を聞こう。そう言ってヴェルナーはバルコニーから城内へ戻ると、近くにいた侍女に声をかけた。


「今から言う者たちを俺の執務室に集めてくれ」

 指名されたのはマーガレットとエリザベート、そしてオットーの三人だった。

「あと、ミリカンをな」

「畏まりました」

 一礼して踵を返した侍女を見送り、ヴェルナーは小さく息を漏らした。


「前の人生で惚れた女に花束を持って行った時より緊張する」

 その時はケーキも買っていった、と思い出したヴェルナーは、多少でもマーガレットたちが心穏やかに会話してくれるよう願い、お菓子を用意させようと決めた。

「王なのになぁ……」

 やっていることが傭兵時代と変わらない、と苦笑いするしかないヴェルナーだった。


●○●


 城の敷地内には複数の宿舎があり、その一つが小ぶりながらまだ新しい建物である女性武官のための独身寮となっている。

 スド砂漠国の王子ミルカからヴェルナーへと“贈られた”レオナはここに住んでいた。

 デニスに身柄を預けられた彼女は女性騎士たちと同様に訓練に参加しており、最近ではスド砂漠国で教わった潜入や隠密行動の技術を教える事も増えている。


 ヴェルナーの依頼であり、それがラングミュアにおける彼女の仕事になっていて、彼女にとっては不思議な事だが一定の給金まで支給されていた。

 城の敷地を出る際は誰か他の騎士と一緒である必要があったが、それ以外は特に制限はされていない。

 一人部屋を与えられ、殺風景だった部屋も何度か王都を見て回るうちに同僚の女性騎士に勧められたりして買った物が増えていた。


 お気に入りの羽ペンスタンドを置いたデスクに向かい、レオナは一通の手紙を握りしめて震えていた。

「なんという事を……」

 それはつい数か月前まで同じ主人に仕えていた護衛からのもので、スド砂漠国での政変が発生し一度帰国したミルカが再びラングミュアへと入ったという手紙だった。


 ミルカが命を狙われていると書かれたそれは、ミルカに無断で護衛が出した手紙らしい。

「こうしてはいられない……!」

 レオナは立ち上がり、手紙を握りしめたまま城へと急いだ。今、彼女が頼れるのはヴェルナーだけだった。

「ミルカ様をお救いしなくては」


 それは命令に反する事かもしれないが、彼女の正義は間違いなくそこにあった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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