50.二人の国主
50話目です。
よろしくお願いします。
皇帝から会談の準備を命じられたアーデルは、散会となった後の謁見の間を出たところで多くの大臣級から声をかけられた。
内容は「会談に自分も立ち会いたい」というものだ。
皇帝が特に非公開とは言わなかった事を受けて、自分たちも噂の少年王を見てみたいと思ったのだろう。
「それなら会場の準備を少しくらいは手伝ったらどうなのよ。まったく!」
プリプリと怒りながら、自分の着替えすら後回しにして指示を出しているアーデルは、まず場所から悩む必要があった。
警備の問題がある。今回はヴェルナー側が連れている警備はデニス一人なのだ。それだけでも異例だが、これを好機と見る愚か者が出てこないとも限らない。
信用できる近衛だけで警備をし、かつ見学者たちが話を聞ける程度に近くに座れるようにしなければならない。
「長時間になる可能性もあるし……うっ、時間といえば!?」
今から用意をして会談となると、間違いなく夕食の時間までかかることに気づき、アーデルは早足で厨房へと向かった。
「護衛は私が自分で指揮を執ることにしましょう。中庭なら、この季節寒くも暑くもないから問題ないわ。近衛を使って出入り口を封鎖して、念のため屋上の警備も増やして……」
中庭にティーテーブルを用意させ、周囲にもいくつか席を設けて大臣たちが同席できるようにすれば、ずらりと重鎮の顔を並べておくよりもヴェルナーが感じる圧迫も減るだろう。
どうにか小一時間で用意ができそうだと判断したアーデルは、皇帝や各大臣に侍女を向かわせて連絡を入れさせ、自らはヴェルナーを訪ねた。
最上級の控えの間には、騎士が二人緊張した面持ちで護衛に立っていた。心の準備もないまま、突然他国の王を警備せよと言われたのだ、無理も無い。
「ラングミュア国王は?」
「中にいらっしゃいます。少々お待ちください」
騎士の一人がノックをしてアーデルの来訪を告げると、入室を許可するデニスの声が聞こえた。
「どうぞ」
騎士が開いた扉から踏み込んだアーデルは、着替えが済んだヴェルナーに一礼した。
「一時間程で会談の用意が整います」
「わかった。将軍自らのご連絡とは、ずいぶんと待遇が良いね」
「当然です。友好国の王が来訪されたのですから、できうる限りのことはいたします。何か不自由はありませんか?」
無い、と否定しながらヴェルナーは王族ながらホイホイと訪ねてきていたスド砂漠国の王子ミルカを思い出した。
決して長い付き合いではないが、思い出してみると彼がここしばらく静かにしているのが妙に気になってくる。
「さすがは皇帝の居城で働く侍女だね。行き届いているおかげで、俺もデニスもずいぶんと楽にさせてもらっているよ」
ミルカについては今は考えても仕方ない、とヴェルナーは部屋の隅で待機している侍女を褒めた。
ヴェルナーの後ろに控えているデニスも同調するように頷く。
「ありがとうございます。皇帝にもそのように伝えておきます」
「アーデル殿。一つ確認しておきたいのだが」
「なんでしょう?」
「グリマルディ王国の兵と、それを率いていたエトムントという男はどうしている?」
質問の意図はわからなかったが、捕縛に協力したヴェルナーに対して隠す必要はないだろうとアーデルは判断する。
「兵士たちは、戦争後の処置を待って帝都郊外の牢におります」
単なる平民である兵士たちは、これから奴隷身分に落とされるか労役を科せられる。裕福な家の出であれば身代金と引き換えに解放される可能性もあるが、まずいないだろう。
「エトムントは城の敷地内にある特別牢で取り調べを受けています」
エトムントは一応は苗字もちの貴族家出身らしい。だが、彼は身代金を要求されることなく処刑されるだろう、とアーデルは話した。
「何か、気になる事でもありましたか?」
「やり残したことがあるから、ちょっと確認しただけさ。大した事じゃあない」
ヴェルナーは軽く眠っておくと言って、遠回しにアーデルの退室を求めた。
「では、後程迎えが参りますので」
一礼したアーデルが出ていくと、デニスがそっとヴェルナーに顔を寄せた。
「何かお考えがあられるのですか?」
「ああ。戦争で帝国側が有利になって、俺もすっきりする方法を考えた」
にやにやと笑ったヴェルナーは、血が減ってだるいから寝る、と言ってさっさとソファに横になった。
毛布を持ってきた侍女に「折角用意してもらった服に毛がつくから」と断りを入れたかと思うと、あっという間に寝息を立て始める。
その様子に、侍女はびっくりしたようだ。
「こういう方なのです」
目を丸くした侍女を見て、デニスは苦笑した。
●○●
中庭に用意された席に着き、紅茶や軽い酒を飲みながらヴェルナー・ラングミュアの登場を待っていた重臣たちは、先に姿を見せたのが皇帝であった事に驚きを隠せなかった。
慌てて立ち上がりながら頭を垂れて皇帝の着席を待つ重臣たちに、よく通る声が聞こえる。
「これからラングミュア王国の国王を迎える。かの者は友好国の元首であると同時に、我が帝国に対して戦略上大きな利益を与えてくれた」
皇帝の言葉は、アーデル以下護衛として中庭の各所にいる騎士たちの耳にも伝わる。
「しかし、余の臣下や陪臣の中に一部の不届き者がいた。それらはラングミュア国王に対して非礼という言葉では足りぬほどの被害を齎したという」
誰もが無言であり、内容を聞かされている重臣たちは苦々しい顔をしている。特に、軍務に関わる者たちは汗顔しきりだ。
「余は、かの国王と語り合う前にそれを詫びることとする」
重臣だけでなく、騎士までもが驚きの表情を見せた。皇帝はこの国において絶対不可侵の存在であり、誰かに謝罪するなどあり得ないことなのだ。
「へ、陛下……」
「言うな。余の臣下が犯した罪は、その上位にある余にも責任のある事だ」
「ですが、皇帝陛下は至尊の座におわすお方。国王とはいえ陛下御自らが謝罪なさる必要などありますまい……!」
一歩進み出てそう言ったのは、一人の重臣だった。痩せた顔を青くして話す姿は老齢なこともあってどこか憐れみを感じさせたが、それでも皇帝は厳しく睨み付ける。
「何か勘違いしておらぬか?」
視線は重臣たちを向いているが、その声は全ての者に聞かせるように響く。
「余は皇帝として臣下が横暴な振る舞いをする後ろ盾ではない。余はヘルムホルツ帝国そのものである。帝国臣民の行うことは余の行うことである。であれば、臣民の罪もまた、余に帰するものだ」
皇帝はアーデルを近くに呼び、ヴェルナーがベルンハルトに対してその罪を責めるよりも先に、兵の治療と帰還を手配させた事を詳細に説明させた。
この話に関しては、大臣格の者たちよりも騎士たちの方が衝撃を受けている。中には、顔を伏せてしまった者もいた。
「彼は知っているのだ。人を使う者の責任が何かを。余は権力だけを振りかざす愚かな皇帝でいるつもりは毛頭無い。それを改めてここに宣言するゆえ、お前たちも自らのあり方を今一度振り返るが良い」
皇帝の言葉が終わると、中庭は静まり返った。
耳鳴りが聞こえるほどの静寂は、一人分の拍手で終わる。
「素晴らしいお覚悟。国主とはかくありたいものだと私も思う」
侍女に連れられ、ヴェルナーが中庭に踏み出しながら笑顔で手を叩いていた。
脇に下がった侍女に小さく礼を言い、デニスを引き連れて皇帝の前に立ったヴェルナーは、礼ではなく右手を差し出した。
だが、皇帝は左手を差し出す。
「お気遣い、感謝する」
皇帝の行動が、自分の怪我を慮っての事だと気づいたヴェルナーは、改めて左手でかたい握手を交わした。
「まずは、余の臣下の非礼を詫びよう」
「いや、それには及ばない。皇帝としてのあなたの覚悟は先ほどの言葉でしっかりと伝わった。これ以上は野暮というものだろう」
ヴェルナーは敬語を使わなかった。
重臣たちの中には面白くない、という顔をしている者もいたが、あくまで対等であるという意思表示をしておきたかったのだ。ラングミュアは決して帝国の属国ではない。
テーブルへと席を移し、話は戦況についての事から始まった。
「帝国は遠からず勝利を手にする。そしてヴェルナー殿の協力によって、我が国は多くの臣民が救われ、またグリマルディ王国の士気を挫いたことは間違いない」
「それについては、カスパール殿が快く帝国内の通過を許したこと、そしてオトマイアー将軍の機転による成果でもある」
ヴェルナーはアーデルを高く評価した。
「なるほど。悪い話ばかりが耳に入っていたが、余にも良い臣下がいたというわけか。君臨するだけでは駄目だな。よくよく見ておかねばならぬと痛感したよ」
デニスも厳しい戦いをヴェルナーと共に切り抜けた事を皇帝から褒められ、深々と礼をする。ヴェルナーもうれしそうに笑った。
振り返ってみれば、これほど信頼できる側付きが自分にはどれほどいるだろうか、と皇帝はふと自分の周囲を振り返る。
多くの者が仕えているのは間違いないが、目の前にいるヴェルナーのように、部下の成果を自分の事のように喜べる相手が。
「羨ましいことだな」
「父や兄には恵まれなかったが、周囲の者たちには恵まれた。おかげで随分と楽をさせてもらっている」
「ははは。遠征先まで書類仕事がついてくると聞いたが、それでも楽だとは、大分勤勉な王だな」
「あっ、それを知られていたか。恥ずかしいなぁ」
アーデルから伝わっていたのだろう。二人の国主は互いに笑い、まるで周囲の者など見えないかのように語り合った。
しかし、時間は有限である。
「ささやかながら晩餐の用意をしている。だが、その前にここで決めておきたい事がある。両国の友好のために、我が娘エリザベートを迎えていただきたいのだが、どう思うかな?」
「その件だが、一つだけ条件……というより、ご理解いただきたいことがある」
何か、と皇帝は首をかしげた。
「私には、数年来の婚約者がいる。気立てがよく穏やかな女性で、容姿もそうだが心の美しい人なんだ。他国から妃を迎えるとしても、彼女を追いやるわけにもいかない」
「良い子なのだな」
「私には勿体ないほどに」
エリザベートを第一王妃とすることはできない。ヴェルナーははっきりと宣言した。家柄などを考えれば異例な事だが、譲れない事だと断言する。
「よかろう。だが、あれもわがままな娘なのでな。余は許可するが、本人の説得はヴェルナー殿でやってもらいたい」
話がここまで進んでしまうと、重臣たちも口をはさむ事をしなかった。ヴェルナーとカスパールは年齢こそ親子ほど離れているし、実際に義理の親子となる間柄だが、すっかり親友のように打ち解けていたのだ。
「ああ、もちろん。その件とは別にグリマルディ王国との対応において協力をしてもらった分は礼をする。何か希望はあるかね?」
「では、二つ頼みたいことがある」
「ふむ。聞こう」
「グリマルディ王国に入ったは良いが、例の帝国侵入部隊へ対応した事で、やり残したことがある。そのために再び帝国内を通過する許可をもらいたい」
皇帝は書記官を呼び、ヴェルナーの言葉を書き取らせた。
「許可しよう。前回同様の制限は設けるが……もう一つとは?」
「捕縛されている、グリマルディ王国軍所属のエトムント・アンデの釈放」
「なに?」
皇帝は一瞬だけ眉を顰めたが、ヴェルナーの笑みを見て笑顔に戻った。
「何か楽しそうな事を考えているな? よし。では夕食の席でゆっくり聞かせてもらおう」
そして、ヴェルナーが夕食の席で語った“計画”は、手を叩いて破顔した皇帝によって即座に許可された。
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※地図の希望をいただきましたので、
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