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5.掃き溜めへ

たくさんの評価、ありがとうございます!

5話目です。

よろしくお願いします。

 爆発炎上したのはホイヘンス侯爵とマルコーニ子爵が所有する倉庫だ。周囲の建物に燃え移る事は無かったが、爆風で多少の被害は出ているらしい。

 翌朝になっても、城内を右往左往する者たちが幾人もいた。事故では無く貴族の財産を狙った犯罪と断定されたうえ、王都内での爆発という異常事態である以上無理も無い事だが。


 朝食を終えたヴェルナーが、現場の状況を報告する為に駆け込んでくる騎士たちの姿を横目に悠々と城を出ていく。

 今日はオットーの他には直属の兵士ファラデーだけを供に付けて、徒歩でのんびりと街へ向かうのだ。

「ずいぶんと騒々しいな」


「爆発の魔法など、伝説でしか存在いたしません。単なる火事で何か危険物に引火したものと考えられますが……まず真実に辿り着かれる事はないでしょう」

 オットーの予測にヴェルナーも頷いて同意した。

「おまけに被害品の半数以上は、金儲けのために他国から非合法な手段で輸入した薬物や貴金属だ。王国の調査官に正直に話したりはしないだろう」


 二人の貴族はヴェルナーの兄であるマックスに対して少なくない援助を行っている筆頭だった。

 それぞれがお抱えの商人を使って蓄えていた違法な財産がかなり被害を受けた形になる。援助も減らさざるを得ないだろう。

「王子という立場の、なんと不自由な事よ」


 ヴェルナーもそうだが、兄マックスも弟エミリオも資産は持っていない。一定の予算が組まれているのをある程度自由に使えるに過ぎないのだ。

 それ故に貴族からの援助が強い影響力を持つのだ。幼少時からの援助は将来その王子が戴冠して実権を握った時に効果を発揮する。

 次代やその次の当主が要職を得るための強力な武器になるのだ。


「今後も同じような形で、マックスに協力する貴族たちには苦しんでもらう。兄が窮地に陥ったと気付いた時、手助けできない程度には痩せ細ってもらおう」

 そうなったとしても、人数的な不利は否めない。

「金も人材もない。王子だというのに情けないことだな」

 ハハハ、と乾いた笑いを浮かべながら城を出た。


 ヴェルナーの計画では、人材を見極めて接触していきつつ、マックスが成人するまでに貴族を敵対するものと味方になる者にわけることが第一だ。

 大半の領地持ち貴族は自分たちの身代に影響がなければ概ね権力に従うと思われる。権力闘争中に地方反乱でも始まったなら、タイミング次第で王に押し付けて戦力の引きはがしに使うかヴェルナー自身の成果作りに利用できる。


「問題は城に出入りしている役職持ちの連中だ」

 人通りの少ない貴族街を歩きながら、ヴェルナーはオットーに計画を話し続ける。

「要するに城内での派閥争いに参加している連中だな。立場的に何の力も持っていない俺は、今のところ連中からは眼中に無い」

 逆に言えば多少動いても目立たないと言える、とヴェルナーは考えていた。


「自分の周囲を固めつつ、敵対勢力を弱めて兄の立ち位置を弱くしていく。地味な三年間になりそうだ」

 仕方ないとは思いながらも、戦場に行って戦っていたころの単純さが懐かしいヴェルナーだった。

 話していると貴族街を抜けて一般市民の中でも裕福な者たちが住むエリアへと入る。人通りは増えて、店も多く並んでにぎやかだ。


 一見して栄えているように見えるが、人口二十万の都市でも今いる通り以外はさびれているのだ。

 多くの市民が住むエリアでは貧しい生活をしている者が少なくない。今の王が戴冠してからスラムは拡大しているという話もある。王国はゆっくりと壊死しているといってもよいかも知れない。

 だからこそ王から民心が離れやすくなっていて、ヴェルナーが付け入る隙もあると言えるのだが。


「さて、あまり時間をかけても問題だな。馬車で行こう」

 ヴェルナーが指したのは、市民が使う貸馬車だ。

「城から馬車を出させた方が早かったのではありませんか?」

「行くのはスラムだぞ? 紋章付きの箱馬車で乗り込む場所じゃないだろう」


●○●


「失敗したな……」

 隣に座るオットーに向けて、ヴェルナーはぼやいた。

 スラムは当然のことながら治安が悪い。貸馬車の馭者が了承するギリギリまで近づいてもらうように依頼したのだが、馭者が「このあたりで」と言って馬を止めたところで十数人の集団に囲まれた。


 まだ周囲の建物はさほどボロでもないのだが、思っていたよりもスラムの勢力は広いらしい。

 馬車は安全圏で待たせておくつもりだったが、スラムの住人達が察知する方が早かったようだ。

「やれやれ、どうもこの国は加速度的に治安が悪くなっているな」


「いかがいたしましょう?」

「そうだなぁ。思い切って全員吹っ飛ばしても構わないか……いや、俺がいるところで騒動を起こすのはまだやめた方がいいな」

 目立つなら、もっとしっかりと準備ができてからだ。

「俺が出て話をつけよう。どうせスラムの顔役のことも聞かないといけないからな」


 馭者が逃げないようにオットーを馬車に残し、緊張した面持ちのファラデーだけを連れて馬車を降りる。

「お前は手を出さなくていい。後ろから不意打ちされたり、矢や投石にだけ気を付けてくれ」

 馬車を降りたのはファラデーが先で、ヴェルナーに一礼して従う様子を見せたことで一行の主人が誰かわかったのだろう。


 顔に傷がある一人の男が進み出てきた。

「何かと思えば貴族の坊ちゃんか」

「ちょっと違うな。まあ、似たようなものだ」

 怯える様子をまるで見せない子供に、男は嫌な顔をした。

「強がってる……というわけでもねぇな。お前、誰だ?」


 ヴェルナーは首を横に振る。

「悪いが、お前程度に教えてやる気はない。スラムのボスに会いたくて来たんだが、案内してもらえるか?」

「あのな、坊主」

 男は挑発にも冷静に反応し、錆の浮いた片手剣をちらつかせて睨みつけてきた。


「スラムにはスラムのルールがある。坊主が貴族でもでかい商人の息子でも、そんな肩書はここじゃあ何の価値も無ぇんだ」

「わかってる。スラムじゃ力を持っている者の総取りだ。だろ?」

「舐めた口ききやがって!」

 気の短い者が混ざっていたらしい。

 目の前の男ではなく、横合いから汚い棍棒を振り回した若い男が迫ってきた。


 ヴェルナーが正面の男を一瞥すると、どうやら静観するつもりのようだ。

「わかりやすいね。助かるよ」

 動こうとしたファラデーを目で制しつつ、ヴェルナーはナイフを抜いて棍棒の横を滑らせるように振る。

「ひっ!?」


 ヴェルナーが突然ナイフを抜いたことに周囲のスラム住人達は驚いているが、棍棒を握った男はそれどころではない。

 喉元にぴったりと、冷たいナイフの刃が当てられているのだ。

「子供だと思って油断しすぎだ。棍棒が強力な武器なのは認めるが、もう少し使い方を考えるべきだな」


 ナイフは左手に握っている。身長差もあるので、腕を伸ばした状態ではあるが首を掻き切る余裕は残していた。

 動けずにいる男は悪臭を放っており、着ている服も獣の皮を張り合わせたものと穴だらけの麻で作られた汚い物だったが、ヴェルナーは我慢して右手を胸に当てて押し返した。

「うっ……」

 距離が離れたところで、男は自分の首を触って怪我を確かめていた。


「切れちゃいない。安心しろ」

「大した腕だが……」

 正面にいた男が声をかけた。他の者が口を開かないあたり、彼がこの集団のリーダーなのだろう。

 ヴェルナーの見立てでは、男は握っている剣を使い慣れた雰囲気であり、錆の中には血の跡と思える赤黒い物も見える。人を殺すのにためらいもないだろう。


「お前、そのナイフ一本と後ろの兵士一人でこの人数を相手にするつもりか?」

「まさか」

 ナイフをくるりと持ち替えて逆手にすると、腰に手を当てた。

「そいつを見てみろ」

 ヴェルナーが先ほど突き飛ばした男を右手で指差し、視線が集まったタイミングを見計らって指を弾いた。


 ボン、と小さな爆発が起き、先ほどの男は胸の部分を大きくえぐられて倒れた。

「う、うわ!」

「魔法か!」

 スラムの男たちが口々に恐怖を語るのを見やって、ヴェルナーはにやりと笑う。先ほど突き飛ばした時に、適当な量のプラスティック爆薬を胸に張り付けておいたのだ。首を確認する事に必死で、胸についた小さな粘土には気付かなかったらしい。


「てめぇ……」

 リーダーらしき男がヴェルナーを睨みつけてくるが、その視線をヴェルナーが涼しい顔で受け止めていることで逆に驚いたらしい。

「ただのガキじゃねぇって事か」

「そういうこと。案内してくれないなら、スラムを片っ端から吹き飛ばしていってもこっちは一向に構わないんだけどね」


 どうする、と尋ねるヴェルナーに、男はため息をついて剣を持つ手をおろした。

「……わかった。案内しよう」

「いいんですか、グンナーさん」

「あのガキの言う通り、強い奴には従うべきだろう。反対するつもりなら、お前があいつを殺してみせろよ」

 俺は嫌だ、とグンナーと呼ばれた男は言うと、ヴェルナーに再び顔を向けた。


 誰もが顔を見合わせたが、爆殺された男の無残な死体を見て、武器から手を放した。

「賢明な判断だな。こいつの魔法は正体がわからない。ナイフの腕もある。おまけに……」

 ガキの顔を見てみろ、とグンナーは顎をしゃくった。

「人を殺したのに、薄笑いしてやがる」

 こんな奴の相手なんかしたくねぇ、とグンナーは吐き捨てる。


「はっは。随分な言われようだな」

 後ろにいるファラデーを振り返りながら、ヴェルナーは破顔した。

「紳士的な相手には危害を加えないさ。なあ、ファラデー」

 改めて爆破の恐怖を思い出しているらしいファラデーは、頷くのが精一杯のようだ。その様子が、より周囲の恐怖を掻きたてる。


「じゃあ、案内を頼むよ。馬車はここに待たせるから、手出ししないように頼む」

「わかった。約束しよう」

 グンナーの言葉に「信用する」と答え、オットーを呼び寄せたヴェルナーはスラムの奥へと向かう。

 人材探しは上手くいきそうだ、と予感しながら。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。

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