49.少年王の来訪
49話目です。
よろしくお願いします。
うまく兵士達の隙をついて馬車の守りに付いたヴェルナーではあったが、傷を負った右腕は完治どころか傷口が塞がってすらいない。じくじくとした痛みを抱えたまま、袖口に染み出る血を一瞥する。
「デニスに一番負担がかかっているな。アーデル殿には悪いが、自力でどうにかしてもらおう」
アーデルがオーラフと対峙する所をみたヴェルナーは、その近くで狼狽えている帝国貴族らしき男を見て、ため息を吐いた。
「あれじゃ駄目だな。兵士を制御できていない」
しっかりと訓練されて規律が浸透している部隊であれば、上官が一声かけるだけで進むも止まるも自在だが、肝心の上官を見る限りではそれも期待できない。
「うおっ、と!」
槍の一撃が後ろから迫って来たのを、どうにか避けながらも馬車の横へとたどり着く。馭者が周囲の兵士が近づいてきた事に怯えていた。
「馬車の中に入ってろ!」
「は、はいぃ……」
馭者席の背後にある小さな入口から逃げ込む馭者に対して槍を振るう兵士に対し、ヴェルナーは全力で腹を蹴りつけて転ばせた。
「あー、まずいな。殺さずにやるのは苦手だぞ」
戦える三人の中で、ヴェルナーだけが怪我をしており、非力で尚且つ武器もナイフのみだ。
「致し方ない。うっかり首や腿の大動脈が破れない事を祈るか」
そう言ってヴェルナーは手のひらにプラスティック爆薬を生み出した。一掴みはある粘土状の爆薬を、小さくちぎってはばら撒いていく。
まだ小さな体格を活かし、槍や剣の攻撃をかわしながら、ヴェルナーは周囲一帯に爆薬をばら撒いた。
「準備完了だ。さあ、相手してやろう」
「観念したか!」
生け捕りにするつもりなのか、一人の兵士が槍の石突を前に出して近づく。
「一人目はお前だな」
ヴェルナーが目の前に掲げた右手の指を弾くと、破裂音が響いた。
「え……? う、うわあああ!」
兵士の足元にあった爆薬が爆ぜ、ブーツの底を破った爆発が足の裏を半ばからつま先まで粉砕する。
「なんだ、どうした!? うぐぁつ!?」
別の兵士が近づくと、その足元も爆ぜた。
ヴェルナーが指を弾くたびに兵士達の足元は爆ぜ、死なないまでも激痛を感じる大けがを負って転げまわる。
あっという間に片付いた周囲の敵を、ヴェルナーは丁寧に一人ずつ確認して首を絞めて気絶させていく。痛みを感じて悶えているよりは楽であろうと考えたからだ。
「それにしても……」
馬車と馬の間から見えるアーデルの戦闘を見たヴェルナーは、その魔法にそら恐ろしい物を感じていた。
接近戦では使い所が難しいプラスティック爆薬の魔法に比べ、遠距離戦にはまるで向かないが近距離では無類の強さを誇るであろうアーデルの魔法は、対応のしようがない。
鉄も皮膚も骨も、溶かして焼き尽くしてしまうのだから。
アーデルとヴェルナーが、最も多くの兵士を相手にしていたデニスに加勢し始めるとあっという間に帝国の兵士達は大小の怪我を負って降伏した。
唯一無傷だったのは、彼らの上司であるベルンハルト・ツェラーただ一人だ。彼は状況に対して部下を止める事もできずにただ狼狽するばかりであり、オーラフの無惨な死に様を見て腰を抜かしていた。
「改めて自己紹介しておこう。ラングミュア王国国王ヴェルナー・ラングミュアだ。お前の名は?」
「あ、あう……」
ヴェルナーの問いに対し、座り込んだままで口をパクパクさせるばかりのベルンハルトは、アーデルが近づくとより怯えた表情を見せた。
「失礼な反応を……。それより、陛下にご挨拶をなさい。お詫びはするにしても、まずは帝国の貴族として恥ずかしい姿を見せないで」
「わ、わかりました」
よろよろと立ち上がったベルンハルトは、左腰のサーベルを鞘ごと外して右手に持ち替え、一礼した。
「て、帝国軍所属のベルンハルト・ツェラーです、陛下。この度は……」
「謝罪は良い。それよりも状況の説明を」
必死で言葉を選んでいたベルンハルトは、ヴェルナーの言葉にホッとした表情を見せた。だが、それはぬか喜びに過ぎない。
「正式な謝罪は帝都に戻ってからしっかりやらせるから、そのつもりでいなさい」
当然でしょう、とアーデルは絶望的な顔をしているベルンハルトに言い放った。
「わ、私は騙されたのです、あの男に!」
ベルンハルトが指差した先には、黒く焼け焦げた喉笛を抉り取られた状態で倒れているオーラフの死体があった。
「あいつが……あいつが、“オトマイアー将軍がラングミュアの国王を騙る犯罪者を連れてくる”と言ったんだ!」
命令書や連絡文などは持っていなかったが身分を証明する書状を持っていたので、「緊急のため」という言い訳を鵜呑みにしたらしい。
「どうして貴方がわざわざ捕縛に出てくるのよ。他国とはいえ王の名を騙るのは大罪。通常なら捕縛の為の部隊が編成されるはずよ」
「それは……」
言いよどむベルンハルトを見て、ヴェルナーは納得した。
「目先の功績に釣られた、か。戦力としてもアーデル殿がいれば問題無いからな」
「ですが、私が否定しても彼は部下を止めませんでした。さらに、私を狙って近づいたオーラフを止める事もしませんでした」
「さ、先に攻撃を仕掛けてきたから、オトマイアー将軍が何かの理由で操られているかと考えたまでであって……!」
しどろもどろになって弁明するベルンハルトは、ヴェルナーに睨まれて押し黙った。
「だとしても、兵を止めて状況の確認をするべきだったな……。デニス、そいつを連れて来い」
「はい」
指示を受けてデニスが襟首を掴んで引き摺って来たのは、デニスに攻撃されたように見せかけて、自ら腕に傷をつけた兵士だ。
戦闘に参加し、デニスの剣で強かに殴りつけられて足を折られた男は、痛みに声を上げながらヴェルナーの前まで引き摺られた。
「腕に傷がある。おそろいだな」
そう言いながら、ヴェルナーは血がにじんでいる兵士の袖を裂け目から引きちぎった。
「こう見えて、デニスは割と腕が立つ。彼に斬られてこの程度で済むと思うか?」
露わになった傷口は細く線を引いたようなものだった。剣で斬りつけられたにしては明らかに小さい。
「似たような事例を知っているからわかるが、攻撃をされた振りをして罪をなすりつける方法だな。随分と手馴れていたが……こいつは、お前の部下か?」
「ち、違います。伝令が連れてきた護衛だと言っていました」
つまり、とヴェルナーは首を横に振る。
「オーラフは部下と一緒にこういう手を常套手段にしていたわけだな」
「ボルネマンを叱責する理由がまた一つ増えました。全ては皇帝陛下へ伝えまして、ヴェルナー陛下への謝罪内容についてしっかりと検討させていただきます」
「ああ。納得いくものを用意して貰えると期待する」
跪いたアーデルに微笑みを向けたヴェルナーは、袖口からポタポタと血を流していた。
「へ、陛下、傷が……!」
「悪いが、侍女たちを呼んでくれ。村で貰った軟膏と包帯を頼みたい」
馬車に向かって駆けだしたデニスに「落ち着け」と言い、ヴェルナーは跪いているアーデルへ声をかけた。
「さて。皇帝にお会いするには、これじゃあまずいだろう。どこかで服を調達せねば」
「城内にゲスト用の衣装があります。陛下に合う物もきっとありますし、多少の調整は針子にやらせますから、問題ありません」
アーデルは、遅れて跪いたベルンハルトへ目を向けた。
「ヴェルナー陛下を城へお連れします。貴方も同行なさい」
「ははっ、かしこまりました」
「いや、それには及ばないぞ、アーデル殿」
ヴェルナーは侍女から手当を受けながらベルンハルトを見下ろす。
「ベルンハルト・ツェラー」
呼びにくい苗字だ、と内心で特殊な家名に舌を噛みそうな言い難さを感じながら、ヴェルナーは名を呼ぶ。
顔を上げたベルンハルトに、左手で周囲に座り込んだり倒れている兵士を指差して口を開いた。
「お前には、やるべき事があるだろう」
「や、やるべき事ですか……」
「お前の阿呆な真似に付き合って怪我をした者たちをすぐに回収して治療する。復帰できない者は生活に困らぬよう手配する。全て、今すぐに、“お前が”やるべき事だ」
違うか、と問われたベルンハルトはすぐに立ち上がった。
「わ、わかりました!」
返事だけは良かったがまず何をすれば良いかわからないようで、ベルンハルトは部下たちの間を右往左往するばかりだ。
「ベルンハルト・ツェラー。私たちが王都に着いたら迎えを回すように連絡を入れます。それまでここで応急手当をしながら待機してなさい」
アーデルは侍女たちに包帯と薬を渡すように命じると、ヴェルナーを馬車内へと促した。
「やれやれ。何事も予定通りには行かないものだな」
「数々の非礼、お詫び申し上げます。そして、ベルンハルト・ツェラーへのご指導にも、感謝いたします」
「そういうわけじゃないさ。兵士が可哀想だと思っただけだよ」
デニスがベルンハルトを手伝って兵士達を木陰に移動させ、早めの処置が必要な者には侍女たちが簡単な手当を施した。
侍女たちとデニスが馬車へ戻ると、ベルンハルトに見送られ、馬車はゆっくりと進み始める。
「兵士全ては、偉いとされる連中の命令でどんな馬鹿な事でも、どんな下らない事でもやらされる。指揮する奴が多少でも利口なら、適当に済ませて笑って帰ってこられるんだけどな」
まるで自分が一兵士だった事があるかのような物言いに違和感を感じながらも、アーデルはその考えに同意した。
「だからこそ、陛下はベルンハルトへ向けて兵士に対する責任についてお話されたのですね」
「最低の指揮官ってのは、俺が思うに作戦に失敗した奴じゃない。作戦の為に部下を消耗する事に疑問を感じない奴のことだよ」
デニスが大きく頷いているのを見て、ヴェルナーの言葉が以前も語られたものだとアーデルは察した。
「私も……部下にそのお話をさせていただきたいと思います」
「いいね」
ヴェルナーはにっこりと笑う。
「戦争なんてのは殺し合いだし、それ自体を否定するつもりは無い。それでも無駄死にが減るなら大歓迎だ」
●○●
帝都へ到着したアーデルから、さしあたって到着とヴェルナーについての連絡が帝都正面門を守る兵士によって城内に伝えられると、ヘルムホルツ皇帝カスパールは、すぐに迎え入れるようにと命じた。
一報を受けて、慌ただしく国賓待遇の来客に向けて準備が始まった城内では、主だった高官たちは突然の来訪に不快感を囁いていた。
だがそれも、ヴェルナーが城内に入り、同行していたアーデルから詳細が伝えられると彼らの態度はくるりと変わる事になる。
「なんという事をしたのか……」
頭痛を感じ、眉間を押えた皇帝は低く呻いた。
冷静で慌てる事が無いと称されている皇帝には珍しく、額に汗を浮かべて怒りとも懊悩ともつかぬ表情を見せている。
「ラングミュアの少年王はどうしているのだ?」
「はっ。現在は控えの間にて治療中です」
「怪我をしているのか。その傷は……よもや我が国の者に因るものではあるまいな」
皇帝の質問に、彼とアーデルが向き合っている謁見の間に集まる者たちがざわめいた。他国の王に怪我を負わせたとあっては、その人物は死罪だけでは済まない。
「いえ。グリマルディ王国軍が我が国の領土に侵攻し、それを撃退した際に負われたものです」
アーデルの言葉に一同は安堵の息を吐いたが、皇帝だけは厳しい表情を崩さなかった。
続きを促され、グリマルディ王国侵入から帝国への移動をする間に起きたことを、アーデルは詳らかにする。
それはヴェルナーの魔法の威力や汎用性について語る事と同意でもあり、話が二千名を一度に吹き飛ばした事にまで及ぶと、主に武官の間で交わされる言葉は声量を増して行った。
「仮に問うが、オトマイアーよ。お前の魔法と比して、かの少年王の力をどう思う?」
「……ラングミュア王国が友好国であり、その能力とすぐに対峙する必要が無い幸運に感謝するばかりです」
軍人として「勝てぬ」とは言えなかったが、アーデルは正直な心情を吐露した。
「わかった。会うのは当然だが、精々友好的に振る舞うとしよう。財務の者は緊急の支出があることを予め覚悟しておけ。それと、軍部の者は部下の綱紀粛正について意見をまとめよ」
一同が揃って皇帝へ一礼する。
「対等に……そうだな、対等に話し合わねばなるまい。謁見の形式では良くないだろう。アーデルに任せるゆえ、会談の設定をせよ」
「はっ!」
「娘を嫁に出す相手ではあるが、友人となれれば最上だな」
迷惑料に何を要求されるかはわからないが、皇帝は不安では無く不思議と興味が湧いてくるのを感じていた。
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もうすぐ二章も終了ですが、まだ続きます。




