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47.港湾破壊工作

47話目です。

よろしくお願いします。

「なるほど、な」

 オーラフはたった今殺害した兵士を見下ろして、奪い取った書状に目を通して呟いた。

「こいつはいわゆる“先触れ”のための伝令なのか」

 首を絞められて殺されたのは、ボルネマンの部下だった。皇帝へ渡すための書状を抱えて馬を走らせていたところをオーラフと鉢合わせ、追手と勘違いされて戦闘になった。


潜伏する場所を探して道を進んでいたオーラフは、アーデルとヴェルナーが帝都へ向かうことを知り、とある策を思いつく。

「おい。こいつの鎧を脱がせ」

「どうするんです?」

「なぁに。ちょっとした芝居を打つだけだ」


 死んだ兵士の鎧は、城を訪ねるために騎士用のものに似た立派なものだった。それを体格の近い部下に着せる。

「馬もこいつの方が立派だな。こっちを使う」

 鎧を着せた部下を馬に乗せて、奪った剣を腰に下げさせる。

「まあ、大丈夫だろう」


 嫌な予感を感じながらも、部下たちは言われた通りに動くしかない。協力して穴を掘り、死体を捨てた彼らに、オーラフは馬に乗るように促した。

「いいか。お前は伝令。俺とこいつらはボルネマンに命じられたお前の護衛だ」

「えっ?」

「そういう“フリ”をしろって言ってるんだよ」


 ただし、伝える命令は俺が決める、とオーラフは書状を破り捨てた。

「ボルネマンとオトマイアーが、偽の王に騙されたフリをして城に向かっているから、帝都へ向かう途上で捕縛してくれと頼みに行く」

 密かに、しかも急ぎでの命令で書状は預かっていないという理由を作り、彼らは帝都へ向けて進み始めた。


●○●


 港町にて待つこと三日。一日遅れで姿を見せた迎えの船を確認した当番の兵士は、さり気なく朝市が開かれている場所から離れて仲間が待つ宿へと戻った。

 報告を聞いた一同は一様に緊張した面持ちを見せ、一応はこの集団のリーダーとされているイレーヌを中心に、宿の食堂に集まった。

 他の宿泊客もおらず、宿の人間も見当たらないことを確認する。


「……早い方がいい、と思う。すぐにでも始めましょう」

「では、早速行動予定を確認しましょう」

 イレーヌの言葉を受けて、兵士のまとめ役であるファラデーは自作の手書き地図を広げた。略図だが、桟橋や投石器などが書き込まれている。

 全員の視線が、その地図に吸い込まれた。


 年齢も経験もファラデーたちが上なのだが、身分と家柄の差も考えてそうするべきだ、とファラデー自身が進言してそうなった。

 イレーヌとしても自信はなかったが、他に誰もいなかったのでやらざるを得ない。

「この桟橋の両端に手漕ぎのボートが数艘係留されています。誰かがいるとしても一人か二人です」


「それじゃあ、あたしとアシュリンが投石器と現在港にいる大型船を全て破壊するから、その間にボートに分乗して準備をする事。荷物は任せます」

「はっ!」

 イレーヌの指示を受けて、ファラデーたちは急ぎ準備を始めた。鎧は持ってきていないが、荷物の中に隠していた剣を身に着け、シンプルな胸甲だけを身に付ける。


「バンニンクさんは、あたしたちと一緒に行動してください」

「わかりました」

「みんな。わかっていると思うけど、一般の人は傷つけないように」

 その言葉に全員が頷いたのを確認して、イレーヌはヴェルナーから預かった作戦資金が入った袋を掴んで厨房の奥へと入っていった。


「ああ、どうかされまし……」

 イレーヌの姿を見て、昼食の準備をしていたのだろう宿の主が、野菜の皮むきをする手を止めたと同時に、言葉も止まった。

 サーベルを腰に提げた姿は、とてもじゃないが商家の子供には見えない。

「すぐに宿を出るわ。申し訳ないけど、余計な事に首を突っ込んで命を縮めるのを望まないなら、お昼までは宿から出ないことをお勧めするわ」


 金が入った袋を調理台にどさりと置いて、イレーヌはウインクした。

「ごはん美味しかったわ。偉い人の奢りだから、お釣りはいらないわ」

 どう反応して良いかわからないまま、主はどうにか頷いた。

「それじゃ、さようなら」

 イレーヌは優雅に一礼して、仲間とともに宿を後にした。


●○●


 朝の港町は、突然の落雷と爆発で一気に騒然となった。

 炎上し始めた投石器を遠くから見ている人々は、それが攻撃だとは判断できない。晴れているのに突然雷が落ちた偶然に驚いたのだ。

 だが、その直後に男たちが市場を駆け抜けて剣を抜き、桟橋に繋がれたボートへと走り出すと、市場は本格的な混乱を迎える。


「邪魔をするな!」

 武装した者たちにいわれれば、一般の民衆は道を開けざるを得ない。

 爆破の音と煙を確認したのだろう。沖にいるオスカーの船が、抜錨を始めた。

 ファラデーたちは想定通りに進んでいることを確認しながら、桟橋へ向けてひた走る。彼らがボートを確保しない限りは、全員が窮地に陥るのだ。


「どけ!」

 短く叫ぶファラデーの前から、ボートの近くにいた者たちが慌てて逃げていく。鍛え上げた兵士が剣の柄を握って威嚇するのだ。漁民たちは一も二もなく離れていく。

 桟橋の簡素な杭に繋がれたボートのもやい綱は、船を扱うものが使う特殊な結び方をされている。解き方がわからないという兵士たちに対して、ファラデーは剣を抜いて切断して見せた。


「これで解決だ。切った縄が流されないようにしろ」

 荷物を載せたボートの舫い綱が次々に切られ、出船準備が進む中、港町の警備兵が駆けつけてきた。

「待て! どこの者だ!」

「思ったより早いな」


 再度剣を抜いたファラデーは、半数が準備を進めるように指示し、残り半数と共に桟橋の手前で敵を迎えうつ。

「ぬぅん!」

「ぐわっ!?」

 ファラデーの気合いを込めた一撃が、最初に向かってきた警備兵を切り捨てた。


「イレーヌ様たちがもどるまで、ここを死守……いや、片づける!」

「応!」

 ファラデーと共に剣を抜いてならんだのは、ヴェルナーがまだ王となる前から専属として仕えていた兵たちだ。

 彼らはヴェルナーの戴冠後、それぞれに部隊を率いる地位まで引き上げる事が決まっていたが、それを断ってヴェルナー直属の平兵士でいることを希望したという経緯がある。


 元々は単なる平民出身の一兵卒だった彼らが重用された事に対する恩を感じての希望であった。

 ヴェルナーは自分について来てくれると表明する彼らに報いるべく、自分を鍛える際に彼らにも付き合わせた。この世界で初めて、近代的なトレーニングと格闘術を仕込まれた部隊となったのだ。


 厳しい訓練ではあったが、城で提供される彼らのためにヴェルナーが考案した栄養価の高い食事と道具を使った筋力トレーニング、そしてヴェルナー直々に仕込んだ戦闘技術は目覚ましい効果を示した。

 倍を超える数の敵兵を前にしても、彼らは互いを守るようにして戦い、次々と打倒していく。


●○●


 落雷と爆発、そしてファラデーたちの大立ち回りによって耳目が桟橋に集中している間、イレーヌはアシュリンとバンニンクを連れて別の桟橋に係留されている船に近づいていた。

係留されているのは二隻。うち一隻は商船らしく最低限の船員だけが載っていたようで、船の側面にしっかりとプラスティック爆薬を貼り付ける事に成功した。

 問題はもう一隻だ。こちらは軍船であり、少数だが警備の兵が乗っていた。


「待て、それ以上近づくな! そこから用件を話せ!」

「ああ、もう!」

 船に近づいたところで船の上から警備兵に誰何されると、イレーヌは悪態を吐いてサーベルを抜いた。

「申し訳ないけど、ちんたら相手してられないのよ」


 イレーヌが小さな雷撃で敵兵を気絶させている間に、アシュリンが船と桟橋の間に渡されていた板を海へと蹴り落とした。

「それっ!」

 掛け声と共にアシュリンが両手に握っていたプラスティック爆薬を船体側面に投げつけると、ばん、という音と共に次々と貼りついていく。


「これで大丈夫かな?」

「そこに穴が空けば間違いなく傾きます。ゆっくり沈みますから、逃げ出す時間はあるでしょう」

 アシュリンの疑問にバンニンクが答え、兵士達がバタバタと騒ぎ始めた船から急いで離れる事にする。


 だが、上陸していた船員らしい兵が数名、桟橋を塞ぐように立ちはだかった。

「何をしている! うん? お前は……」

 兵士の一人が、バンニンクを見て考えるようなそぶりを見せた。

 バンニンクは慌ててフードをかぶり、イレーヌがその前に立ちはだかる。

「イレーヌ。まだ粘土が残っている」


 アシュリンが敵兵に使ってはどうかと提案したが、即座に却下した。

「こんな至近距離で使えるわけないでしょ! ここだと船にも近すぎるから、突破するわよ!」

「任せて」

 いつもの大槍では無いのでやや使い難そうではあるが、組み立て式の槍を軽々と振るってアシュリンが敵兵に吶喊する。


「バンニンクさんを任せようと思ったのに。まあいいわ。行きましょう」

 バンニンクを庇うようにして前を進み、アシュリンが戦うのを雷撃でサポートしながら敵兵を薙ぎ払う。

 敵兵はあまり練度が高くないようで、身体強化の魔法を存分に使って突きだされ、振り回されるアシュリンの槍にまるで対応できず、組織だった動きもできないままに打ち崩されていく。


「走って!」

「はい!」

 アシュリンが意図的に槍を大きく振るい、ボートがある方への道を開いたところでイレーヌはバンニンクの手を取って走り出した。

 ボートは既に数艘が漕ぎ出しており、敵兵を追い払ったファラデーたちが待ち構えている。


「はあああああ!」

 気合一閃、アシュリンは振り抜いた槍を頭上で振るって再び敵に叩きつけた。

 数人がまとめて飛ばされて仲間を巻き込んで転倒したのを見て、アシュリンはイレーヌを追って走り始めた。

「槍が……」


 怪力に耐えられなかったようで、槍が無惨に曲がってしまったのを両手で無理やりまっすぐに戻そうと四苦八苦しながら走るアシュリン。

「追いつかれるから急ぎなさい!」

「あ、うん」

 槍に集中して足が遅くなるアシュリンをイレーヌがどやしつけながら、飛び移るようにして三人がボートに乗り込む。


「追いかけて来られても困るから、悪いと思うけど壊させてもらうわね……アシュリン、ちょっと支えててくれる?」

 揺れるボートの上でアシュリンに腰を掴んでもらいながら立ち上がったイレーヌは、立て続けに雷撃を放って二隻の船に取り付けたプラスティック爆薬を爆破した。

更には少量の爆薬を仕掛けて置いた桟橋にも雷撃を落とし、小舟も使えないようにすると、イレーヌはボートに座り込んだ。


「……終わったわ」

「あれは!」

 疲れた、とイレーヌが大きく息を吐くと、オールを操っているファラデーが声を上げた。

 沖で先にたどり着いた兵士や物資を回収しているオスカーの船に、一隻の船が近づいているのが見える。大きさは同程度だが、船の動きの滑らかさは比では無い。


 ボートから敵船までの距離は五百メートル程だが、味方の船までは二百メートルも離れていない。そして、その距離はどんどん近づいている。

「このままだとぶつかるわね……」

 弓矢を持って甲板へ上がってくる様子が見えるが、揺れる船の上で、敵の船にいる兵士を狙い打つのは不可能に近い。

 激突となると、操船がまだ拙いオスカー側が不利なのは間違いないだろう。

「ファラデーさん、急いで!」


 イレーヌが叫びながら膝立ちになり船への雷撃を二度、三度と繰り返したが、まだ距離が遠く、船体を焦がすばかりで敵兵も見える場所には姿を見せていない。

「イレーヌ。ちょっと雷を止めて」

「何をするつもり……って、何よそれ」

「余った粘土で作ってみた」


 アシュリンが握っていたのは無理やりまっすぐに戻した槍で、先端を包むようにプラスティック爆薬を取り付けている。

「これを敵の船に刺す。そしたら雷を落として」

「届くの?」

「大丈夫。ファラデーさん、前を船に向けてください」


 了解です、とファラデーは慣れない手付きながらもどうにかボートの向きを変えた。

「行くよ」

 ダン、と踏みつけたボートの舳先が軋み、アシュリンが振るった腕はファラデーも消えたかと思ったほどに速い。

 風切り音を残した槍は、少しだけ山なりではあるものの、勢いがほとんど衰える事無く、敵船の側面に突き刺さった。


「なんという力……っと?」

「肩を借りますね!」

 絶句しているファラデーの肩に左手をかけて立ち上がったイレーヌは、飛んで行った槍に向けてサーベルを振るった。

「爆ぜなさい!」


 槍の軌跡を追いかけるように雷撃が突き刺さり、起爆した爆薬は船体と海面を激しく叩いた。

 船の側面大部分を吹き飛ばし、オールを掴んでいた兵士達も悉く吹き飛ばされたかと思うと、雨のように海水が周囲に降り注ぐ。

 木が軋む音が響き、まるで悲鳴のような甲高い不協和音が轟いた。


 敵船は無惨に沈み、生き残った敵兵は懸命に港へ向かって泳ぐ。

 その間にイレーヌ達は船へとたどり着き、梯子を使って甲板へと到達すると同時に安堵の息を吐いた。

「疲れたぁ」

 イレーヌが愚痴をこぼしている目の前で、オスカーとバンニンクは感動の再会を抱擁で演出していた。


「アシュリン」

「うん?」

「王都に帰ったら、何か甘い物を食べましょう」

「うん」

 海水の雨はしょっぱい、とイレーヌはキスにまで発展した恋人たちの睦み合いから目を逸らした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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