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46.港町へ

46話目です。

よろしくお願いします。

「改めて、よろしくお願いします」

「良かったの?」

 イレーヌに問われ、ボー・バンニンクは頷いた。

「私の人生は、ラングミュア王国で続けます。……両親には、戦いが終わって落ち着いたら、ヴェルナー様に許可をいただいて会いにいきますから」


 再び会えるという保証はないが、それでも、生き延びていれば機会はある。そう信じてやるべき事をするのだ。

「イレーヌ。そろそろ行こう。バンニンクさんも」

 他の兵士たちと合流して馬車の用意をしていたアシュリンに呼ばれ、イレーヌとバンニンクは町を後にした。


「この中で、陛下の魔法について知っている人は少ないわ」

「ファラデーさんたち五人だけ。後は陛下がものを弾けさせる魔法を使えるとしか知らない」

 イレーヌとアシュリンは、バンニンクを交えて馬車の中で顔を見合わせていた。そのファラデーたちの護衛を受けながら、一行は港町を目指す。


 タイバーが見た当時のままであれば、港町には五台の投石器がある。そして常時数隻の船がいるはずだ。それらをことごとく爆破して、小舟を奪って港近くまで漕ぎ寄せた迎えの船に移る予定だ。

 かなりアバウトな作戦ではあるが、バンニンクは船に乗ってやってくるオスカーを信じているし、イレーヌや兵士たちはヴェルナーの作戦を信じていた。


 しかし、頼っているだけではいけないこともわかっている。

「港についたら、船が到着するまでに投石器と停泊中の船にこの粘土を仕掛けておかないとね」

「小舟の手配はどうする?」

「それは、私に任せてください。沖に投錨している船と港を行き来するための小舟が必ずあります。場所を確認しますから、作戦開始後に強奪しましょう」


 さしあたって五つ分、投石器に取り付けるためのプラスティック爆薬を千切り取って、イレーヌとアシュリンがそれぞれ自分の荷物に入れた。

「残りはその時にならないとどれくらい必要かわからないわ。半分はアシュリン。半分はファラデーさんに預けましょ」

 馭者も緊張で心が逸っているいるのか、馬車は少しだけ速めに進んでいる。


「そういえば、アシュリンは泳げるの?」

 イレーヌの質問に、アシュリンは首を横に振った。

「あたしもなのよね……。帰国したら、どこかで泳ぐ練習でもした方が良いかしら」

「それなら、オスカーさんに習おう」

 そう提案したアシュリンの首に、イレーヌはにっこり笑って腕をかけて引き寄せた。


「あのね、アシュリン」

 バンニンクに聞こえないよう、小さな声で囁く。

「バンニンクさんはオスカーさんと一緒にいたくて国を捨てたのよ。それなのにあたしたちに時間を使わせるわけにいかないでしょ」

「そうなのか?」


 いまいち理解できていない様子のアシュリンに、イレーヌは腕の力を強めたが細腕の筋力ではアシュリンにはあまり通用しないようだった。

「とにかく、習うにしても他の人にお願いするわよ」

 とはいえ、水泳など一般的ではないラングミュアで泳げる人物などどれほどいるだろうか。


 雷撃が水を伝達することは知っているので、イレーヌとしては後回しにしても良い話題だったが、会話の中でアシュリンが想像以上に人の恋愛感情に疎い事に改めて気づかされ、友人の今後に不安を覚える。

「アシュリン。貴女ね……」

「でも、自分は帝国に行っている間に受けてない授業の補修を受けないといけないから、その後になる」


 アシュリンは暗い顔をしていた。

 これが実技なら喜び勇んでやるのだが、座学が苦手なことは以前から変わっていないのだ。

「はあ……わからないところは教えてあげるから、しっかりしなさい」

「うん。ありがとう」


 ラングミュアに戻ったら、学友かマーガレット様に相談してみよう、とイレーヌは考えていた。

「あたしたちは許嫁もいないんだから、自分たちで探すのよ」

「イレーヌもいないのか?」

「両親が連れてきたけれど、女を見下したクソ野郎だったから、しばらく気絶する程度に電撃をくらわせてやったわ」


 思い出しても腹が立つ、と指先を帯電させたイレーヌの腕を、青い顔をしたアシュリンが慌てて掴む。

「何するの。危ないじゃない」

「あああ危ないのはイレーヌの方」

 すぐ傍に置かれたプラスティック爆薬のことを思い出し、イレーヌは汗を流して素直に謝った。


「ふぅ……それにしても、婚約者ねぇ……ヴェルナー陛下みたいな人がいればね」

 イレーヌがぽつりと呟くと、アシュリンが目を見開いたような気がしたが、突っ込むと疲れそうな気がしたので放置した。

 馬車は時折大きく跳ねながら進む。


●○●


 予定の二日で港町まで到着すると、簡易港で味わったような潮風の香りの他、市場に並んだ魚介類の干物が、また少し違った匂いを放っている。

「うはぁ。おいしそうね」

 イレーヌが歓喜の声を上げると、バンニンクが隣に立って並べられている干物に視線を落とした。


「これなんて、少し炙って食べるとおいしいんですよ」

「そうなんですか! ねえ、アシュリン。干物なら日持ちするから、買っていこうか?」

「観光じゃないんだぞ。船が来るまであと二日しかないんだし」

 そう言いつつ、アシュリンは魚が視界に入らないように目をそらした。

「あら、魚は嫌い?」


「た、食べなれないだけ……うっ!?」

 イレーヌが魚を開いて一夜干しにしたものを摘み上げ、アシュリンの目の前でゆらゆらと揺らすと、彼女は青い顔をして走って逃げてしまった。

「……嬢ちゃん。買わないならやめてくんねぇか」

「ああ、ごめんなさい。これも買うし、それとそれも買うわ。包んでもらえる?」


 注意した老店主は買ってくれるならありがたい、と二つほどおまけして、乾燥させた大きな葉に包んで縄で括った。

「都会のお嬢ちゃんには、たまにああいう子がいるさね」

「ああいうって?」

「逃げた嬢ちゃんだよ。魚の目ぇが怖いのさ」


 店主が日に焼けた真っ黒の指で指したのは、白濁した干物の目だった。

「ああ、そういうことなのね。悪いことしたわ」

「仲直りなら、ほれ。これを持っていくとええ」

 そうして店主が手渡したのは、果物だった。潮風にあたって育つ柑橘類で、不思議と甘さの強い果実が生る品種だという。


「ありがとう。これはいくら?」

「やるよ。もらいもんだが、わしはそれが苦手でね」

 イレーヌは礼を言うと、干物の分を支払ってバンニンクと共に宿へと戻った。

「干物だけじゃなくて、生きている魚も売っているのね。それに安いわ」

 バンニンクにあれこれと説明を受けながら、帰路も町の中を見て回る。観光客然とした様子だが、やっているのは敵情視察だ。


「ラングミュアも海に囲まれてはいるけど、王都も含めて内陸の都市が多いから魚は高級品なんです」

 海での漁もさほど盛んではなく、魚といえば川魚を示すことが多い。臭みのある川魚も多く、貴族はあまり口にすることが無いのが現状だ。

 ヴェルナーは刺身を食べたがったが、生の魚を食卓に載せる事を料理人もオットーも、マーガレットも反対したのでありつけていない。


 実際、手に入るのが川魚ばかりで刺身に向いているとはとても思えなかったのもあって、ヴェルナーは渋々諦めたのだ。

 もしここにヴェルナーが来ていたら、喜んで自分のナイフで刺身を造っていたかもしれない。

 そして醤油がないことにがっかりしただろう。


「投石器は五台確認できたわ。夜になったら粘土を仕掛けましょう」

 船は当日港にいるかどうかが不明だったので、今いる船に仕掛けても出航して持って行かれるのも問題だろうという事になった。

 同じように町を探索した兵士たちからの報告も確認し、あとはオスカーたちの船が来るのを待つばかりとなる。


「おいしい」

「良かった」

 同じ部屋の中で、アシュリンとイレーヌは果物を摘まみながら遅くまで話をしていた。それぞれに仕事で長く別々にいた間のことを、改めてたくさん話そうと互いに言いだし、話し始めるといつまでも止まらなかった。


●○●


「ほ、本物だった、だと……?」

 スローフォルトの兵隊長オーラフは、彼を捕縛しに来たボルネマン伯爵の使いという兵士に聞かされて絶句した。

「お前がやったことは、帝国を危機に陥れるものであり、また栄光ある帝国軍に対して反逆したも同然だ。伯爵は状況を勘案して、オトマイアー閣下のご意見を伺って沙汰を申し渡すと決められた。おとなしく縛につき……」


「うるせえ!」

 話の途中でオーラフは剣を抜いた。

「抵抗するか!」

「無駄なことをして罪を重くするな」

 数名の兵士に包囲され、近くではオーラフの部下が怯えた顔で狼狽えていた。


「罪を重く、だと? 侯爵家の奴を冤罪で投獄したんだ。死罪は確定だろうが!」

 目の前で罪状を説明していた兵士が剣を抜いた瞬間、オーラフは剣を振るって武器を弾き飛ばし、蹴りをくれて突き飛ばした。

「お前らも同罪だ! 獄中で散々いたぶられて殺されるぞ! 剣を抜け、こいつらを殺せ!」


 オーラフは部下たちをたきつけ、剣を抜かせた。

 彼らは自分たちがオーラフと共に捕えた罪人に対して何をしてきたかを思い出したのだ。それが自分に降りかかるとなると、正義も何もない。ただ現状を打破したい一心となる。

「俺に考えがある。まずはこいつらを始末するぞ!」

 言うが早いか、蹴倒した兵士を真っ向から斬りつけて、オーラフは他の兵士たちをにらみつけた。


「こいつ、正気か!?」

「おうよ、正気だとも!」

 オーラフは肥えた身体の割には動きは俊敏だった。

 体格もあるせいか、一人の兵士と剣を打ち合わせるとあっという間に敵の武器を弾き飛ばし、また一太刀で切り倒す。


「囲め、かこ……ぎゃあ!」

 指示を叫んだ兵士は、背後からオーラフの部下に斬り殺され、他の兵士たちも次々にオーラフとその部下たちに殺されていく。

結果としてオーラフの部下が一人殺されたが、捕縛に来た兵士は全滅した。

「ふん……都市でぬくぬくやってた連中に負けるかよ」

 べったりと血が付いた剣を引っ提げて、オーラフが啖呵を切る。


「これからどうするんですか、隊長……」

 場所は兵の詰所目の前で、近くには町の入口も見える。

 周囲にいた住民たちは巻き込まれては敵わない、と逃げ散ってしまっているが、オーラフが反逆したことは知っているだろう。

「……武器と食料を馬車に積み込め。早くしろ」


 数名の死体を打ち捨てて、オーラフとその部下たちは町を後にした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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