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45.帰郷

45話目です。

よろしくお願いします。

「ガキが!」

 ライナーが振るった剣を潜り抜け、ナイフを突き出したヴェルナーはわずかに切っ先が引っかかる手ごたえを感じた。

 嫌な音を立てて鎧の表面を削った切っ先は飛び上がったライナーの足を切り裂いたが、傷は浅い。


「浅いか!」

 体格が小さい事もあり、相手に対してリーチで劣るヴェルナーはどうしても身体ごとぶつかるような格好で攻撃しなければ届かない。

 しかも、ライナーはすぐに空中へと飛び上がる。

「ふぅ、ふぅ……」


 ライナーの目が、ギラギラと見開かれてヴェルナーだけでなく周囲の地面を舐めるように見ていく。先ほどの爆発した粘土を探しているのだ。

「こうなるなら、弓を持って来るべきだったか!」

 大して上手くは無いが、それでも上空から一方的に攻撃できる利点がある。剣では投げつける以外だと相手の所まで降りなくてはならない。


「くそっ!」

 粘土が見当たらない事は確認しながらも、想定外に近接戦闘に慣れている少年に対してライナーは慎重に上空から距離を詰めて行く。

 ちらりと視線を送ったが、副官は別の敵と殴り合いになっていた。

「使えんな……!」


 二メートル真上まで近づいたところで、突然降下速度を上げて剣を振り下ろす。

 ヴェルナーはそれを待っていた。

「勢い充分! 助かるぜ!」

 格闘術は多くが地面に立っている相手、もしくは跳躍してくる相手を想定してのものであり、空を飛んでいる相手に使う技など存在しない。


 ヴェルナーは飛びかかってくるような勢いで斬りつけてくるのを待っていたのだ。

「なっ!?」

 差し入れるように伸びてきたヴェルナーの左手が、ライナーの両手の間から剣の柄を掴み取り、ぐるりと引き込む。

 前に転がるように体勢を崩したライナーは、頭から落ちるコースを回避するために身体を引き上げようとしたが、その腹にヴェルナーが腰を強かに打ち付ける事で回転を止められなかった。


「ぐあっ!」

 頭を地面に当てる事はどうにか避けたが、背中を強打したライナーは痛みを堪えつつ横に向かって転がった。

 直後に、ナイフが頬をかすめる。

「痛ぅ……! おのれ!」


 ライナーの飛翔魔法は脚力などは無関係の様で、二度ほど転がった後に立ち上がる事無く再び浮かび始めた。

「おっと、今度は俺も乗せてもらうぞ」

 鎧を掴んで自らもライナーに引き上げられる格好になったヴェルナーは、自由になった足でライナーの手首を蹴り飛ばして剣を落とさせた。


「離れろ!」

 背中側に回ろうとするヴェルナーに対して肘を突きだしたライナーは、その腕に巻きつかれる感触を覚えて、慌てて振りほどこうとした。

「遅い」

 ヴェルナーは腕を組むような形でライナーに絡みつくと、そのまま五メートルの高さにいるライナーの背中から身体を捻りながら飛び降りた。


「うぐぁっ!?」

 ヴェルナーの体重でも、関節を逆に捻られたところに全身を預けられては抗いようも無い。

 骨が折れる音が響いたと同時にライナーは落下した。

「うおっ、と」

 ライナーは気を失って思い切り叩きつけられ、ヴェルナーは手を振りほどいて慣れた様子で足から落ちて転がる。


「ヴェルナー様!」

「おう、そっちも終わったか……って、随分と派手にやったな」

 ライナーが起き上がらない事を確認してから顔を上げたヴェルナーは、デニスが顔を腫らしている事に気づいて苦笑した。

「これくらいは平気です。陛下は大丈夫ですか?」


 問題無い、とヴェルナーは立ち上がり、ライナーを見下ろした。

「こいつを縛り上げてくれ。お前の相手は?」

「死にました」

 デニスがいた方向を見ると、腹に剣を突き刺されて仰向けに倒れている人物がいた。ピクリとも動かず、刺さっている剣を素手で掴んだまま、視線は天を見ている。


 ヴェルナーは副官の死体に近づき、その瞼に指を当ててそっと閉ざした。

「お疲れさん。次はまともな奴の部下に……いや、軍人にならずに済む人生なら良いな」

 ライナーを縛り上げたデニスと共に、地面に座り込んだヴェルナーは大きく息を吐いた。

「まさか空中戦をやる事になるとは思わなかった」

「村へ戻りましょう。お怪我の手当てを」


 デニスに言われて初めて気づいたが、ヴェルナーは右腕にざっくりと傷を作っていた。綺麗に切られているので治りも早そうだ、と五センチ程の長さの傷は大したことが無いと確認する。

「あの男を担いでいけるか?」

「はい。問題ありません」

 ライナーを担ぎ上げたデニスと共に、ヴェルナーは村人が避難している場所へと向かった。


 村人たち全員が安堵した様子で元の場所へ帰ってきたころ、ボルネマン伯爵と数名の手勢を連れて、アーデルが到着した。

 突然領主がやってきた事に村の者たちは驚いたが、それ以上にヴェルナーを紹介されるなり地面に倒れ込まんばかりにして謝罪した姿に混乱している。

 脂汗を流して無言のヴェルナーの前で平伏するボルネマンの隣で、アーデルはヴェルナーが二千名弱の敵を一人で粉砕した事に驚愕していた。


 アーデルはヴェルナーを連れて帝都へと向かうつもりでいたが、少し考え直すべきかも知れないと感じ始めた。

 だが、阻止する理由も無ければ力も無い。

「ボルネマン伯爵。俺は帝国の者では無いから、あの不躾な兵隊長をどう処分するかは領主たる伯爵の好きにすると良い。俺はただ、どうしたかの報告を聞いて、色々と考えるだけだ」


 井戸水で傷口を綺麗に洗い、村人が提供してくれた薬草をすり潰した物を塗って包帯を巻いた。そこから漂う香りだけで苦味を感じさせる空気に辟易しながら、ヴェルナーは語る。

「も、もちろん、私が責任をもって処罰いたします。また、陛下に対する私の気持ちとして、最大限の歓待をご用意させて頂ければ……」


 いらない、とヴェルナーはにべもなく断った。

「それよりも、俺たちとアーデル殿が帝都に行くまでの護衛と、馬車を用意してくれると助かる」

「はっ。お任せください!」

「ああ、それと……」


 ヴェルナーは自分の服を指差した。

「皇帝に会うのにこの服はちょっとな。一着用意してくれないか?」


●○●


 ヴェルナーと別れ、四十名の兵士たちと商人を装ってグリマルディ王国内を移動していたイレーヌ達は、ようやくボー・バンニンクの故郷にたどり着いた。

 そこは破壊予定の港から馬車で二日ほどの場所にある小さな町だった。

 彼女の実家だという場所へは、バンニンクと共にイレーヌとアシュリンだけが付き添った。大勢でおしかけても迷惑になると考えたからだ。


「あら、どうしたの!?」

 庶民の家よりは少し大きい程度の平屋を訪ねた一行を、ふくよかな女性が出迎えた。

「外国に行く仕事があるって手紙を寄越して以来じゃない」

「うん。色々あったから……中で話していい?」

「もちろんでしょう、貴女の家なんだから。さぁさ、お連れのお嬢さんたちもどうぞ」


 にこやかに迎え入れたバンニンク夫人は、奥に向かって丁度休みだという夫を呼びに行った。

 そうして揃った一同は、食堂にて夫人が淹れた紅茶を飲みながらの話し合いへと入る。

「今はラングミュア王国で仕事をしているんだけれど、ちょっと事情があって……」

 ボー・バンニンクが両親に対して説明をしている間、イレーヌとアシュリンは黙って聞いていた。ヴェルナーからバンニンク一家に何かを強制するような言動は控えるように言われていたからだ。


「なるほど、そんな事があったのか……」

 バンニンクの父は、騎士爵の三男に生まれ、今はこの町の警備兵の一人として働いている。仕事に付けただけマシという、どこの国にもよくいる貧乏な貴族子弟の一人だ。

 実家の爵位が高かったり商売に成功して裕福であれば良いが、領土を持たず地方回りが多い騎士爵は、長男以外に譲る財産も無い。


 一通りの事情を聞いたバンニンクの父は、立ち上がってイレーヌとアシュリンに頭を下げた。

「王命とはいえ、とんでもないご迷惑をかけた。それなのに娘の命を助けて頂いたうえに私ども夫婦にまで気をかけてくださるとは……」

「ええっ。えっと、あたしたちは単にヴェルナー様に指示されて動いてるだけなんで……」


 突然大人から礼を言われ、イレーヌは手を振って否定したが、アシュリンは何故かゆっくりと頷いている。

「ヴェルナー様は恐ろしい方です。でもお優しい方でもあるから、味方になるべきだと思います」

 アシュリンが淡々と並べた言葉に、バンニンクの方が反応していた。


 彼女はヴェルナーの魔法がどれほどの威力かを知っているつもりになっている。彼女の中にある評価は実際よりは過小だが、それでも充分恐怖に値するものだ。

「多分……グリマルディ王国は帝国とラングミュアとの対立で、近々占領されるわ。その時、お父さんは兵士だから……」

 戦いに参加せざるを得なくなるだろう。位置的にライナーの部隊に呼ばれる事は無かったが、国土に侵入されれば問答無用で戦闘に巻き込まれる。


「ヴェルナー陛下が居られる限り、この国に勝ち目は無いわ」

「そこまではっきりと言える程なのか……すごい人物なのだな、ヴェルナー陛下は」

 噛みしめるように頷き、小さなため息をついて妻を見る。そして、互いに微笑んだ。

「ボー。私たちはここに残るよ」

「お父さん!?」


「確かにグリマルディ王国は敗けるかも知れない。私も死ぬかも知れない。……だが、敵が来るからと言って逃げるような兵士でありたくはない。私たちが逃げ出せば、帝国やラングミュアの兵士にこの町の人々が殺されるかも知れない」

「ヴェルナー様はそんな事は……!」

 イレーヌが反論しようとしたが、手をかざして止められた。


「娘が生きている事も、こうして訪ねて来てくれた事も、確かにヴェルナー陛下の優しさを示している。だが、末端の兵までそうだろうか。部隊を束ねる者は? ……戦争とは、奪うか奪われるか、血を見ずに終わる戦いなど、ほとんど無いんだよ……」

 生まれて四十年。長くグリマルディ王国で兵士として勤務し、給金を得てきた以上は、その恩に報いたい、と彼は語った。

 その妻もまた、同じ気持ちのようだ。


「お嬢さん。君たちがやろうとしている事に何も言わないし、誰にも洩らすことは無いと誓おう。だが、私たちはここに残る理由がある。実力は陛下の万分の一しか無くとも、兵士としてやり遂げなければならない事があるんだ」

 わかって欲しい、と告げる父親に、ボーは顔を覆って泣き出した。頭では、理屈ではわかっていても理解したくない気持ちが涙を溢す。


「わかりました。……どうしますか?」

 イレーヌの問いは、ボーに向けられたものだ。彼女がもし、家族と共に残るのであればそのままでも良かった。そうヴェルナーに報告するだけだ。

 きっとヴェルナーは「あ、そう」で終わるだろう。

 全ては、ボー・バンニンク自身の気持ち次第だった。


「お父さん、お母さん。わたし、ラングミュアで好きな人が出来ました……」

「そうか。相手はどんな人だい?」

 ボーが断片的で、しかしながら好意が伝わるような説明をすると、両親は揃って笑顔で聞いていた。

「気持ちは伝わった。良い人のようだから安心だ。……行きなさい、ボー。お前はお前の人生を生きなくてはいけない」


 暫く語り合ってから、イレーヌとアシュリンだけがバンニンク家を辞した。町中で一晩だけ宿を借り、ボー・バンニンクが家族との別れを済ませ、本格的に国を出る支度をする時間を作ったのだ。

「戦争ってさ……」

「あんまり考えると、また戦えなくなるぞ、イレーヌ」


 アシュリンの忠告にムッとしたイレーヌは言い返そうとして口を閉ざした。

 隣を歩くアシュリンの唇が震えているのに気付いたからだ。

「泣いてる?」

「泣いてない。自分は強い騎士になる。迷ったり泣いたりしないんだ」

 彼女の父親との関係を知っているイレーヌは、何も言わずにアシュリンの背中を軽く叩いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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